一人で寂しい夜は

春廼舎 明

文字の大きさ
上 下
37 / 37
そんなもん

32

しおりを挟む
 朝目が覚めれば晴天で窓の外でシーツがはためいている。

「葵ちゃん、そろそろ起きて。」
「……ん~」
「せっかくの洗濯日和なんだから。」

 ぐいっと起こされた。そのままの姿勢でぼーっと吏作さんの作業を眺めた。掛け布団をどかし、布団乾燥機のマットを伸ばす。腰の下にはバスタオルがあった。私のところで布団乾燥機のマットは止まった。

「せめてソファでゴロゴロして。乾燥機かけられない。」

 素っ裸にワンピースの部屋着を被せられ、ぽいっとソファへ転がされた。
 ひどい

「パンツが欲しい…」
「え~…なに? 何か言った?」

 布団乾燥機のスイッチを入れたおかげでつぶやきは音にかき消されたようだ。
 動いたおかげでどろりと流れる出る感触に慌ててバスルームに駆け込む。

「あれ、残り湯は洗濯に使っちゃったよ。」
「シャワーだけでいい。」
「そう……」
「……なに?」
「いいおっぱい」
「……」

 無言で脱衣所との境の戸を閉めた。バスチェアに座り込む。座り込んだら動けなくなった。
 裸になった吏作さんが入ってくる。

「何してんの?」
「それはこっちのセリフ。」
「シャワー浴びに来たに決まってるだろ。なんでお湯も出さず座ったままなの?」
「ぼうっとしてた。」
「見りゃわかる」

 シャワーのお湯を出し、足元からゆっくりお湯をかけられる。洗ってくれるらしいのでおとなしくしている。

「シーツはどうやって剥いだの?」
「一旦葵ちゃんをソファに寝かせた。全然起きてくれないんだもん。」

 むくむくに泡立った海綿のスポンジでゆっくり体を洗われる。シャワーで泡を流され肌を撫でられる。
 中までしっかりかき出すように指を入れられ洗われる。

「そこはいいってば!」
「いいんでしょ?」
「つ、つかささん…」

 くすりと笑われて、耳たぶを舐めれる。

「もっとしたくなっちゃった?」
「…しません! 本気で体力限界です!」
「そっか、限界まで付き合ってくれたんだ、嬉しいな。」
「そこは、ごめんねじゃないの?」
「なんでさ」
「……悪気はないってことね。」
「悪いことしてるわけじゃないだろ?」

 ぼうっとしたまま、ゴウゴウとやかましいドライヤーの熱風を受けていた。結局「葵ちゃん可愛い」ととろりとした笑顔にほだされて、しっかり可愛がられた。さすがに昨夜から何度も気をやり続ければ起きてられない。HPも空っぽどころかマイナスへ振り切ってる。わたの抜けた人形のようにくったりソファにもたれた。ただただ休みたい。吏作さんが何事もなかったかのように、キッチンに立ち、鍋を火にかける。
 湯気とともに、出汁と柚子の香りが漂ってくる。
 大好きな柚子の効いたにゅうめんも香りだけで十分。食べやすいものをとせっかく作ってくれたけど、食べられなかった。口を動かし摂食、消化活動にエネルギーをあてるくらいなら回復に充てたい。食べられる? 聞かれたけど、首を横に振るのさえ億劫だった。

「食べないと回復しないよ~?」
「食べるエネルギーを回復に回したい。」

 吏作さんの食事が終わり、しばらくすると鼻先にいい香りが近づいた。目を開けると吏作さんが大きめのマグカップを持って来てくれた。中身は少しだけとろみのあるかき玉汁だった。

「せめてこれだけでもお腹に入れて? 水分と塩分補給が必要だから。」
「うん…ありがとう。いただきます。」

 出汁と柚子の香りのきいた美味しいスープだった。一口ずつゆっくり味わった。

「吏作さんって、こんな料理どこで習ったんですか? もしかして家事は吏作さんの方が得意?」
「いや、にゅうめんは子どもの頃、風邪引くと定番だったんだ。」
「そうなの?」
「喉が痛くてもつるんと入る。柚子で鼻がスッキリする。」
「そっか。」
「葵が子どもの頃は風邪の引き始めって言うとどんなもの飲んでたの?」
「リンデン? タイムとかエルダーフラワーとか。」
「えーっとハーブティ?」
「そうそう、菩提樹のお茶。」

 ゆっくりスープを飲み干し、吏作さんがカップを洗いに行く。戻って来ると、隣に座り私の頭を抱えお腹を撫でた。

「早く欲しいな」
「だからって、初めから飛ばしすぎです」
「賑やかなのがいいな」
「そうですね…」

 吏作さんが連想ゲームを始める。

「犬か猫飼う?」
「それもいいですね。」
「犬猫を飼ってると子供の情操教育に良いっていうな」
「そうですね」
「あ、性格は個体差あるから、やんちゃな子だと大変かな。」
「うん…」
「犬だとお腹が大きい時に散歩は大変だな…生まれてから飼うとなると、赤ちゃんと犬の世話両方は大変だし」
「え」
「飼い始めてから、赤ちゃん迎えると犬ってやきもち焼くっていうな。赤ちゃんの使ってたものを渡して匂い嗅がせておくといいとか言うから…」
「ちょっと、ちょっと」

 連想ゲームのノリが彼のお母さんのおしゃべりを彷彿とさせた。吏作さんを止める。にこ~っととろりとした笑みを浮かべられる。

「でも、その前に葵ちゃんが子どもの頃過ごした町って見てみたいな。行くなら飼い始める前かな。」
「……もうあんまり覚えてませんよ。」
「……葵ちゃん? 新婚旅行の話だよ。どこ行きたい?」

 やっぱり結婚しても流されるんだな、と思った。
 一人で寂しい? むしろ、寂しく過ごす夜なんて当面願っても来ないんだろうな、幸せのため息をついた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...