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◆陵伽12
しおりを挟む「うはっ、圭介すげー顔してる!なかなか貴重な瞬間見ちゃったー」
「うるせーよ、コウタ!ほら、陵伽も離れろ。今のは酔っ払ってない時に言え。」
せっかく人の体温が気持ちよかったのに、引き剥がされた。
「美咲さん、ジンジャーエールすっごく美味しかったですー」
「そう?ありがとう。また歌いに来てくれたら、出すわよー。あ、普通にお客としてきてくれても出すわよ。」
「圭介、もう彼女送って行ってあげなよ。」
「そのつもりだ。美咲さん、この子ちょっと見てて。車、下に持って来るから。」
この子……ひどいなあ。ヤらせろとかいうわりに子供扱い。やっぱりあれってただのノリで言っただけ?抱きたいというくせにキスのひとつもしてくれない。
スタッフルームから私の荷物を持ってきて、店の外にさっさと出て行ってしまった背中を見送った。
「…圭介さんのヘタレ」
美咲さんとコウタさんが目を丸くした。
私を助手席に乗せると、運転席側に回り込みシートに滑り込んだ。シートベルトに手を伸ばしているのを見て声をかけた。
「圭介さん」
「なんだよ」
あれ?機嫌悪い?
「お持ち帰りしてくれてもいいんですよ?」
「……お前が言うなよ」
呆れたような顔で見られた。がっかりして窓の外に目を向けた。
ガチャッ
シートベルトの金具の音が聞こえたから、発進するのを待った。
「陵伽、こっち向け」
「?」
言われた通り振り向いたら、顔を押し付けるようにキスをされた。びっくりして息が止まるかと思った。唇が離れると、視線が絡まる。私がそっと瞼を閉じるとまたキスをされた。じっくり味わうように唇に吸い付かれ、喰み舐められた。軽く舌先が触れゾクゾクした。圭介さんからはタバコの匂いがしたけど嫌じゃない。別にこれ、最後のキスじゃないよなーと、酒で酔っているのか雰囲気で酔っているのかわからないポーッとした頭で歌詞を思い出した。ずっとこうしていて欲しいなと思ったけど、唇は離れた。
「今日のところは、それで我慢しとけよ」
「……はい、大満足です。」
「ったく。これ……」
なんと続く予定だったのか、幸せでご機嫌でふわふわな私は聞き流した。圭介さんはシートベルトを締め直し、車を出した。滑るように景色は、流れず、渋滞に捕まった。圭介さんはため息を吐いたけど、一緒に居られる時間が長くなるから、私はむしろ嬉しかった。
「圭介さん、デートしましょう。」
「一昨日行っただろ。」
「あれ、仕事半分だったじゃないですか。せっかくの連休です。遊びに行きたいです。圭介さんと一緒にいたいです。」
「お前なあ……こっちの身にもなれってんだよ。学生と一緒にすんな。」
「お仕事ですか?」
「そうだよ。」
「そうですか……」
そうか、浮かれていた私は思い出した。自分はカレンダー通りに生活する学生で、でも圭介さんは社会人で、しかも一般企業に勤めるようなカレンダー通りに働くわけでもなく自由業。不規則な仕事、不規則な生活、こうやって一緒にいられる時間があって、私に合わせてくれるだけでもありがたいことなのに。
ひとつ願いが叶うと、またひとつ、欲望が生まれる。願いは尽きない。欲望は果てがない。貪欲だ。
そして私はワガママで自分勝手だ。自分の都合と気持ちを押し付けてる。叶わなくてふてくされてる。
「明日明後日は徹夜必至、明々後日はほぼ一日潰れてる。連休最終3日間がイベントだから、その前の2日間は空いてる。」
ため息を吐いた後、ぽつりとこぼしてくれた。
「いいの!?」
「報酬、貰ってねえからな。」
ニヤリと笑われる。現金なもので先ほどの反省はどこに行ったのやら、気分はパッと浮上した。見るからに下心満載な笑みだって気にしない。
「遠出もありですか?」
「どこ行きたい?」
「パーっと関越通って、日本海まで抜けるって言うのもいいですね。それか東名通って富士山見にいく?」
「運転するのは俺か……」
「あ、そっか。美味しい食事と一緒に美味しいお酒が楽しめませんね。」
「宿泊ありなら問題ねえぞ。知ってるか?高速道路のインター付近にはラブホが多いんだぞ。」
「え!」
「子供の頃、妹が城とか船の建物見て、行ってみたいって親を困らせてたな。」
「……それ私もです。そうじゃなくて、あの、そもそも飲んじゃったら運転できませんよ?」
「ち…」
「舌打ちした!」
さっきまで、キス一つしてくれないとため息ついてたのに、何この押せ押せ具合は!この人のスイッチがどこにあるのかわからない!
「…そういや」
「なんでしょう?」
「あ、いや、嫌なこと思い出させるかも」
「……言ってください。なんですか?」
「GWに車乗って遠出って、怖くないのか?」
「…3年も前です。大丈夫です。」
信号で停まった隙に、じっと私を覗き込む。私も目を逸らさず見つめ返す。
「運転手が見えていて、それが信頼できる人なら怖いと思いません。通院していた頃、父の車に乗ってわかりました。」
「もしかして、通えない距離じゃないのに、一人暮らししてるのは電車通学を避けるため?」
「それはないとは言いませんが、人混みが…元から苦手でしたし乗り換えが多いので、通いにくいですし。練習時間が通学時間になってしまうのはもったいないからです。」
「そうか」
信号が変わり、またまっすぐ前を向いて運転に戻る。静かに車が動く。
自宅前に着くと、助手席から降りる私に手を貸してくれた。
「圭介さん、おやすみのキスはしてくださらないんですか?」
ゆっくり顔が近づき目を閉じたら、キスが落ちたのはおでこだった。
「でこちゅー……」
「今日はそれで勘弁な。仕事に戻れなくなる。」
「……はい」
「…これ、酔っ払ってて覚えてませんでしたとか言われたら、俺、立ち直れないんだけど……」
「そこまで酔ってません。ちゃんと覚えてます、圭介さんの……」
言ってるうちに思い出して、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。顔が熱くなって、俯いた。
「俺の、何?」
ニヤッと勝ち誇ったような、意地悪な笑みを向けられた。
「すごく嬉しかったから、忘れません!おやすみなさい!」
私は逃げるように、背を向けエントランスに向かった。
「仕事終わったら連絡する。レッスンはサボるなよ。」
背中に声をかけられたけど、恥ずかしくてエントランスでも振り返れず、エレベーターに乗り、3階の廊下を進んだ。玄関のドアの前で振り返れば圭介さんが優しい顔を向け、手を振ってくれた。
唇が動く。
『おやすみ』
私の顔は勝手に緩み、手を振った。ドアの中に滑り込み、もどかしい手つきで鍵とバーロックをしてベッドに倒れこんだ。
もう大丈夫。
私は一人盛大に悶えた。
おやすみと動く唇がアップで、スロー再生される。
助手席のシートに押し付けられ、口付けられた感触が蘇る。
きゃぁぁああーー!!
いかにも仕方ないなあという、優しい表情で下がる目尻。
頬を滑らせる長い指。
唇が離れた瞬間にふっと漏れる吐息の温度。
自動ランダム再生される圭介さんの仕草に、私はベッドの上をのたうちまわった。
土日の間、ニヤけては悶え発声練習にならないので筋トレとストレッチばかりやっていた。月曜日、いつにも増してぎこちなく歩く私につばさが声をかけてきた。
「陵伽~、金曜日デートならそう言ってくれればよかったのに」
「え?」
そう言えば、金曜日の帰りに、圭介さんが迎えに来た時二人がいたこと忘れてた。
「優しそうな人だったね、陵伽には。」
「私には?」
「私たち見るときは、結構きつめの目つきしてたのに、陵伽が手触れたら一瞬で変わったよ」
「うそ、それ私が見たかったかも。でも嬉しいな、えへへ」
「で、今日の歩き方、そんな激しかった?それともはしゃいで遊びまわってた?」
「ちょ、ちょっと!」
「つばさ、それは聞かされる方も恥ずかしいから」
「洋子、それは恥ずかしい方を聞かされると限定してるから」
「どっちでもないよー。あ、そうだ。その人のね、曲歌うの。」
「は?」
「アニメの主題歌、BSとかケーブルTVとかでやるらしいんだけどね。」
「へえ、どんな曲?聴いてみたいな」
「GWラスト3日にイベントで歌うよ。入場無料だから良かったら来て。」
「妹誘ってみるね。」
「うん、ありがとう!」
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