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聞いてください、やらかした僕のラララな話

追いかけて、初夏

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 馬車は馬がいなくても馬車って言うんだったっけ。


 ヴィラの厩舎脇で引いてくれる馬を失った馬車を前に、僕は立ち尽くしていた。
 本当ならば、今日はこの馬車に乗って新しく住まわせてもらうコレットのお祖母様の屋敷へ挨拶に行き、その後近場の観光地へ日帰りで旅行する予定だったのだ、が。

「あの、ここにいた馬は……」
「そこにいなければいませんねー」

 嘘でしょう!? と、よくよく聞いてみればコレットが乗って行ったという。えっ、大丈夫なの? 落馬してたりしたらどうしよう、すぐに追いかけなくちゃ、でも僕は馭者はできても乗馬はまだできないし、どうしたら、とにかく馬の手配をして後を追う!


 どうにかこうにか馬を借りて馬車に繋ぎ、まずはコレットのお祖母様の屋敷へ向かう。
 コレットの実家のパカラ牧場へ向かうにしても、まずは屋敷のある街を通らなくてはならないからだ。
 焦る気持ちが手綱に伝わらないよう大きく深呼吸をして目を閉じた。

『こんな地味で面白くない女と結婚したくなかった』

 どうして僕はあんなことを言ってしまったんだろう。
 考える内に過去のことが思い出されてきた。
 あれは寄宿学校に入ったばかりの十五の頃のことだ。


 ◇ ◇ ◇


 「モーモー商会のクロテッドクリームは絶品よねえ!」

 聞こえてきた声につい振り返る。
 今は、この秋入学した寄宿学校の教育指導の一環により少人数のグループに分かれて学校周辺の街歩きをしているところで、僕は子爵家の子息のピジョン、会計事務所の息子のジャンとともに三人で大通りを歩いているところだった。
 すれ違った女の子たちの口から自分の家の商会の名前が出てきたら、どうしたって気になる。

「おいモーモー、お前、今のたちに御用聞きしてこいよ」
「するわけないでしょ。それじゃフェルナンが不審者になっちゃうよ、悪い冗談だよ」

 意地悪な表情で指示しようとしたピジョンに、間髪入れずに言い返したのは僕ではなくジャンだ。僕はまごまごしてしまい、情けなさに眉が下がる。

「確実に渡せるかもわからないものを売りつけることはできないよ。そもそもクロテッドクリームは家で取り扱ってるだけで、作っているのはパカラ牧場だもの」
「マジメか! つまんないヤツだなあ、そういうことじゃないんだよ。会話のきっかけにしてかわいいをオレに繋げって言ってんだよ」

 うっわ、と嫌そうな声を出したのはジャンだ。色気づいた猿かよと聞こえたのは気のせいだと思いたい。

「ピジョン君は、僕にそれができると思うの……?」

 問うと、ピジョンはまじまじと僕を眺めた。

「……無理だな。お前、さえないもんな。あーあ、やる気なくなるぜ。もう課題も終わったしオレは別行動で帰る。じゃあな!」

 言ってさっさと行ってしまった。

「なんのやる気だっつーの。あほか」
「ジャン……」
「フェルナン、君はさえなくなんてないんだからね。真面目なのは何にも代えがたい美徳だし、君の髪の赤色は鮮やかだし眼の色の緑は新緑みたいで爽やかだし、眼鏡は賢そうに見えるしソバカスは……えーと」
「頑張って褒めてくれてありがとう、ジャン。でも照れるからそのへんで……」
「そっか、わかった」

 ジャンはすかさずフォローしてくれたけど、きっとこの頃から呪縛のように「さえない」とか「つまらない」って言葉が僕を取り囲んでいったんだ。


 ◇ ◇ ◇


 コレットに初めて会ったのは僕が十六、コレットが十五の時だ。

 名馬の産出と質の良い乳製品を作り出すことで名の知れたパカラ牧場へ、今後とも末長い取引を願って父が僕も連れてきたのだ。次世代もよろしくね、という気持ちだったのだと思う。
 父としては後継の兄を連れてきたかったのだろうと思うのだけれど、この頃の兄は香辛料にハマっていて異国へ飛び出たまま帰っていなかったので仕方がない。

 街中にある僕の家と違って、広々として天井も高い造りの家に感心している内にパカラ夫妻、僕の兄と同い年のロベールさん、その一つ下のブルーノさん、そして僕の一つ下のコレットを紹介された。
 コレットは松葉杖をついていた。
 僕はそっと父の袖を引いて耳打ちする。

(父さん、怪我をおしてまでご挨拶いただくなんて申し訳ないよ。早めにお暇しよう)

 声は抑えたつもりだったし、向こうの家族でも会話のやり取りをしていたので大丈夫だと思っていた。
 けれどもすぐにロベールさんがくるりと顔をこちらに向けて「気にすんな!」と言ったことで聞こえていたことがわかる。

「こいつの怪我はたいしたことないし、自業自得だから! 牛から落ちたんだ……ムガッ」
「(お黙りロベール!)ホホホ、手伝いをしてくれていたんですけれど、生き物相手なものですから色々と不測の事態が、ね(牛二頭並べて左右一頭ずつの背中に足をのせて仁王立ちしたとかぜっっったいに口にするんじゃないわよ愚息! コレットも黙っていらっしゃいよ?)」

 笑顔でロベールさんの口にクッキーをつっこんだ夫人と、こっくりと頷くロベールさんとコレット。ロベールさんは「これ美味しいな!」と口をモゴモゴさせ、クッキーを持参した父は「お口に合ったようで幸いです」と微笑んだ。
 慣れない手伝いで転んじゃったりしたのかな? きっと女の子で大切にされてるんだろうな。

 そんなことを考えていると、ふとコレットが僕の顔をじっと見つめていることに気が付いた。

「?」

 僕が首を傾げると、にこーっとした笑顔で頷き返された。えっ、なに、どういう意味?
 同じ年頃の女の子なんて身近にいたことがないから、こう言う時にどう反応したらよいのかわからない。ただ、顔が熱いので自分の顔が赤くなっていることはわかる。

「どうしたフェルナン」
「おや?」
「あらあらあら?」

 それ以上コレットと目を合わせることができずに俯く僕に、親たちの冷やかすような声がかけられていたたまれない。
 心情としてはほうほうの体でその場から退散して、そのまま学校の寄宿舎へと逃げ帰った。
 どうして僕はこうなんだろう。

 それなのに、ほどなくして僕とコレットの婚約話が持ち上がった。親たちで盛り上がって、よかったらどうだろう? ということらしかった。
 その話を聞いて最初に僕が思ったこと。
 それは、婚約をしたら僕は変われるだろうか? ということだった。
 

 
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