腐った林檎

アズ

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第1章 カントン

03 ルルー

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「オラス、大きくなったらお前もこの村を守る戦士になるんだ」
 オラスは頷き、父が見ている前で木刀で素振りをした。



 父ちゃん……。



 目が覚めると、カビた天井があった。
 オラスは視線を天井から左へと横に向けた。カビた天井は壁まで続いており、そのそばには骨董市にありそうな茶色い壺が壁沿いに置かれてあり、その壺から大量の透明な水がジャバジャバと溢れ出ていた。蛇口らしきものは見当たらず、なんで水が溢れ出ているのか不思議に見ていると、女の声で「あ、起きた?」と話しかけられた。
 声の方向に視線を向けると、自分の頭の斜め後ろで机の上で作業をしていたピンク色のローブ姿の少女がいた。フードは外され、サラッとしたピンク色の髪と顔が確認できた。見た目は十代後半、瞳は綺麗なブルー色をしている。眉の色は髪と違う色でそこは黒かった。鼻は丸く、唇は薄いピンク色をしている。
「あなた撃たれたの。覚えてる?」
 オラスは頷いた。
「あなたの体にあった2発の弾は取り除いたから」
 そう言われオラスは自分の体を見た。体にはグルグル巻にされた包帯姿になっていた。
 すると、ドアがノックされ鉄の分厚いドアが開いた。
 出てきたのは身長150もない白衣姿の女だ。右目に眼帯をしマスクをし、腰まである長い髪を垂らし、唯一確認できる左目の瞳の色は紫色をしている。ポケットに両手をつっこんでおり、そのうち左手のポケットから白い手袋をした掌を上にして此方に向けた。
「ギニャールちゃん、こいつに金はないよ」
 すると怒ったギニャールは「は?」と言って壁を思いっきりグーで殴った。
「お支払いはツケで」
 ギニャールはピンクガールを睨みつけると、黙って部屋を出ていった。
「あんた、なんでこの街に来たのさ?」
 オラスは自分の喉に指を差して声が出ないジェスチャーをした。
「あんた声が出ないの?」
 オラスは頷いた。
「流石に声は治せないかな。手話は?」
 オラスは首を横に振った。
「手話は分からないか。なら、覚えたら?」
 そう言って本棚から一番高い段にある一冊を取って、それをオラスに渡した。因みに、棚にはその一冊ともう一冊しか入っていなかった。
「これ読んで勉強したら?」
 かなり古い分厚い茶色の本だった。なのに、不思議と重量は然程重さを感じなかった。本を開くと、いきなりタイトルで『父ちゃんは何故殺されたのか?』とあった。
「あら、あなたが知りたいのはそれ?」
 オラスはどういうことかとピンクガールを見て目線で訴えた。
「この本の著者はブランシャール。もう亡くなってるけどね。この本は読者が知りたい真実を伝える本なの。でも、これじゃ手話の勉強は出来ないわね」
 そう言ってピンクガールはオラスから本を取り上げると、本を閉じ、また開いた。
 開いたままオラスに本を渡しそれを受け取ると、タイトルが『手話』に変わっていた。
 オラスはピンクガールを見て首を横に振った。
 言葉がなくても言いたいことが伝わったピンクガールは「ダメよ」と言った。
「知る必要はないわ。あなたはまず手話を勉強するの」
 オラスはまた首を横に振った。
「わがままな子ね。知ってどうするつもり? 復讐でもするの?」
 オラスは急に父ちゃんを殺したあの男の顔を思い出した。
 すると、急にピンクガールの鼻がピクリと動き、急に嫌な顔をしながら鼻をつまんだ。
「血なまぐさい! 嫌なニオイ……本当、男の子なのね。復讐は嫌いよ。それはあなたでも倒せる相手なの? さっき警官に撃たれて死にかけたばかりなのに?」
 オラスは分からない顔をした。
「バカね。分からない問題じゃないでしょ。復讐なんて考えたってあんたには出来ないのよ。それより、あんたは生きることを考えるの。それが親なら一番に願うことなんじゃない?」
 ピクリガールは呆れた顔をして部屋を出ようとして、ふと思い出し振り返った。
「そこの水、飲めるから」
 オラスは壺を指差してから空中でハテナマークを描き、あれは? というジェスチャーをした。
「ああ、あれね。止め方分からないの。あなた分かる?」
 オラスは首を横に振った。
「だよねー」
 そう言ってピンクガールは部屋を出て行った。
 オラスは自分がいるベッドから床を覗いた。床はすっかり水浸しになっている。一様、この部屋の角には排水口があるようだが、壺が出す水の方が排水を上回っているようだ。
 大量の溢れ出る水を見てオラスは勿体ないと思った。こんなに飲める水がこうして無駄になっているのだから。直後、オラスの腹が鳴った。そう言えば自分は暫く何も食べていなかったことに気づいた。オラスはベッドから降りた。素足が水に浸かり、ズブズブと進みながら壺に近づくと、壺の中を見た。透明な水の底には何も入ってはいなかった。やはり、どうやってこんな大量な水が溢れ出ているのか分からなかった。
 オラスは両手で壺の水をすくうと、それを口に運んで一気に流し込んだ。
 からっからの乾いた口の中に透明な水がそれを潤し、喉の先まで到達する。
 ゴクゴクと喉を鳴らし、気づけば手が次へ次へと求めに応じ動いていた。
 ゴクゴクゴク。
 大量の水を摂取したことで、腹の中は水風船のように膨れた。
 もういっぱいだと感じると、オラスはさっきの女の子を追いかけるように分厚いドアを開けた。
 ドアを開けたのと同時に部屋にあった水が外の通路に流れ出た。
 オラスはドアを開けたままさっきの少女を探しに回った。
 通路の右を進んでいくと、階段があった。階段の中央の隙間を覗くと、一番下は海水があり、逆に見上げると一番上は太陽の光が差し込んで明るい。オラスはとりあえず階段を登りだした。
 階段は息があがる程に長かった。
 一番天辺まで行くと、その外にあのピンクガールがいた。
 オラスはピンクガールの横に来た。
 そこは柵があって街を見下ろすことが出来た。地上からも感じたが、沢山の人達がせかせかと行き交っている。そこから離れた場所には例の塔が見える。
「あの塔は地上にさえいればどこからでも見れるわよ。あの塔から権力者は街の人々を見下ろしてるのよ。自分達はまるで神にでもなった気になってね。私は選ばれし者なの。別になりたくてなったわけじゃないんだけどね。この世界に神はもういない。それは知ってるでしょ? いったい誰が選んでるんだか。だってそうでしょ? 選ばれし者なんて呼ばれるんだから、だったら誰が選んでるんだって? 神なんてとっくにいなくなったって言うのにさ。結局、この世の不平等なんて神が決めてなんかいなかったのよ」
 ピンクガールがそう言うと、階段の下の方から女子が「ルルー!」と大声が響いた。
「カミュだ」
 ピンクガールは階段の下を覗き「なにー?」と大声で返した。
「ルルー、ドア開けっ放しにしたでしょ! 通路が水浸しよ!」
 ルルーはオラスの方を見て「ドア閉めなかったの?」と訊いてきたので、オラスは首を横に振った。
「マジか」
 ルルーはそう言ってから、下にいるカミュに向かって「ごめーん」と返した。
「後で掃除してよ」と返事がきた。
 ルルーはオラスの方を向き「あんたのせいだからね」と言って階段を降り始めた。
 
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