異世界コラボ

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第3章 終焉

03 何者

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 夜空と違って暗闇の海の深くから青い光が浮上してきた。それは光り輝くクラゲの集団だった。ドラゴンが上空を過ぎ去ってからだいぶ時間が過ぎている。夜の海は静けさが広がっていて、穏やかだ。ジャスミンとテイラーの二人の故郷、アルゴボスという村へ向かって大陸を回る。海から見える陸は深い森と山で村はその中にあるが、その手前は断崖絶壁が立ちはだかる。まさか、それを登っていくわけにも行くまい。かといって港のある街は業火に焼かれ、残りは死人が彷徨っている有様だ。陸にいるより海が安全そうに見えるが、船の燃料だって無限にあるわけではない。いずれは陸に上がらなければならない。人は陸に生まれ、地に足をつける必要がある。例え技術が発展しようと、人のあるべき場所は決まっている。
 とりあえず一晩は船の上で過し、まだ空が暗い早朝に動き出した。天候は生憎の雨で船は夜の静けさから一変、波に船は揺れた。
 また、エギルが嘔吐するんじゃないのかと船長は袋を渡しておく。既に彼の顔色は青ざめていた。
 他の人達もあまり深い眠りにつけたわけではない。それでも死人に怯えず休めただけマシかもしれない。
 風がこんなにうるさいと感じたのは海の上だからだろうか?
 せっかく乾かした服はすっかり元通りびしょ濡れだ。漁師は自分達のレインコートを持っている。派手な黄色だ。暗闇だと黒いレインコートは海に落ちた時見つけにくいからだそうだ。求めてもいないのに船長がわざわざそう説明した。俺は「へぇ」と返事をする。
「それよりこれからどうするつもりなんですか?」
海蝕洞かいしょくどうがあってそこから入っていく。この船じゃギリギリだからよ、日が出て明るくなってからと思ったがとんだ天気だ」
 すると、ガストンも言う。
「船長が天気を見誤るなんてことはねぇ。だが、俺もリュウも急な天気で読めなかった。まるで、これもドラゴンの仕業なんじゃないかって気がしてならねぇ……」
「とにかく行くしかねぇ!」
 船長は慎重に舵を取った。
 その船長が言う通り、目の前に入口のようなものが見えてくる。
「あれが、自然で出来たのか……」
「そうだ、ヤマト。自然をナメちゃいけねぇ。自然だって牙を向けばそれは恐ろしいもんよ。特に漁師をやってる俺達なんか忘れたことなんてない。だから、大昔はその自然を祀り崇めた。そんな事をしても意味がないとすっかり儀式をやる奴はいなくなったが、意味はあるさ。忘れない為だ」
 ぽっかりあけられた穴へ船が入る。確かに横幅はギリギリだ。左右をそれぞれガストン、リュウが見張りながら指示を出す。それをデイヴィスは信じた。
 奥には浜があり、崖がある。その上は森だ。
 デイヴィスはエンジンを止め、船から降りて泳いで浜へ向かう。俺達もそれに続いた。
 先に漁師が崖をロッククライミングの要領で登っていく。そして、ロープを木か何かで固定し終えるとそれを下へ垂らした。それを使って今度は俺達が登った。
 登りきるとそこは森が広がっていた。
「村まではこの森を突っ切るのが最短ルートだ」
 分厚い雲で太陽が隠された森は暗く、森を行く者の足をすくませる。だが、その森を率先したのは船長のデイヴィスだった。
「このルートを選んだのは俺だ。俺が責任をとる」
 そう言うと、先頭を歩きだした。俺達はデイヴィスに勇気をもらい、それに続いた。




 その頃、アリスはというと目を覚まし体を起こすと、そこは暖炉のある見知らぬ部屋だった。暖炉に火はない。床の絨毯を見るに埃もなさそうなので掃除はされてある。空き部屋という感じではない。窓も汚れはない。自分はソファーに横になっていたようで、そこからとりあえず動き出す。
 隣の部屋はテーブルがあり、その上には二人分の皿と食器が置かれてある。料理がまだ乗る前の皿には一つのしずくが落ちて出来たような模様が描かれており、色鮮やかな明るい食器だった。その部屋の窓からは広い手入れされた庭が見え、空は晴れて雲一つない。その部屋には壁掛けの肖像画が飾られてあり、一人座るその人物の顔には黒く塗りつぶされてあった。
 アリスはその絵から目を離し音のする方へ向かう。そこからはなんだか心が踊るような匂いがした。
 そこは台所だった。一人のスーツの上にエプロンをした老人が料理をしているところだった。その人の隣にいくと、その人はフライパンで緑野菜の蒸し焼きをしていた。その隣のコンロには大きな鍋があり、そこから良い匂いがした。
「スープね」
「少し待ちなさい」
「私はアリス。あなたは?」
「名はとうに捨てた」
「名前を捨てた?」
「ほら、まずは手を洗いなさい」
「私のこと、気にならないの?」
「魔法使いだろ?」
「知ってるの!?」
「ああ、知っている。魔法なんてもう無くなったと思ったが」
「どうして知ってるの?」
「手を洗ってきなさい」
「……洗面所どこ?」




 老人に言われた通り洗面所へ行って手を洗いそれから戻ると、さっきのテーブルで老人が椅子に座っていた。自分の席は向かいのそこらしい。老人はわざわざそれを言わないので、察しろと理解したアリスはそこに座った。
「いただきます」
「え? 神に祈らないの?」
「神はもういなくなった」
 語気を強め老人はそう言った。老人はそれから先に黄色のスープを口にだした。目の前にはパンもある。それをむしって黙々と食べ始める。アリスはあの肖像画について質問してみた。
「あれ、あなたですよね? どうして顔を塗り潰したんですか?」
「自分の顔を忘れる為だ」
「忘れる為?」
「この家に鏡はない。自分の顔がどんな顔をしているのか気にする必要もない。その窓や水が溜まったバケツを覗いても、顔が映ることはない」
「どうしてですか?」
「まずは食事だ」
 老人はそう言ったので、アリスは仕方なく老人が作ったスープを口にした。
「美味しい……」




 二人が食べ終わり片付けまでやると、老人は約束通りアリスに説明する為、地下へと案内した。石造りの螺旋階段を降りていくと、広い部屋に出た。その部屋を見てアリスは衝撃を受ける。それは、壁四方に沢山の人の顔が飾ってあったからだ。老若男女問わず……その中に、自分そっくりの顔があった。
「私の顔!?」
「それはお前の顔ではない」
「どうしてここにあるの!? あれは私の顔よ」
「いや、違う。あれはただ似ているだけだ」
「だけど」
「お前の顔は」と言って人差し指をアリスに向けた。
「そこにある」
 アリスは思わず自分の顔を触って確かめた。唇、目、鼻、眉……どれもある。
「今、お前はどんな顔をしている?」
 老人の質問にアリスは戸惑った。今、自分がどんな顔をしてるだって? だが、直ぐに答えられなかった。この鏡のない場所では、自分の顔を確認することは出来ない。
「お前は鏡を見なければ答えられないのか?」
「……」
「そんなに顔が怖いか? まるで、自分の顔が奪われたんじゃないのか、そう思ったのか? なわけあるまい。自分の顔が勝手にいなくなるわけがあるか。お前の顔は死ぬ時だって離れんよ」
「死ぬ時だって?」
「そうだ。人は自分の死に際の顔を知らない。死んだ後の顔も。当然だ。顔は単に美でもなければ感情を見せるものでもない。顔は人だ。お前だ。さて、さっきの質問だ。お前はいったいどんな顔をしておる? 正義のヒーローか? 魔女の顔か? ただの少女か? 私は嘘つきが大嫌いだ。私に嘘をつくのは構わない。だが、自分に嘘をつく愚か者は大嫌いだ。私は沢山の顔を見てきた。そのどいつもが自分を知らずのうのうと生きている。本は読むか? 魔法使いなら本を読むだろう。なら、本で例えよう。大抵、読者に伝わりやすいよう一人称は統一されてある。俺を語る奴、自分と語る奴、私と語る奴、僕と語る奴、わしと語る奴、自分の名前を語る奴……そうやって目に見えるもので自分を固定し、時に語尾をつけキャラを演じる。それのどこが自分だというのか。自分を知らずに自分を語る馬鹿はいない。だが、大抵は馬鹿ばかりだ。お前はどうなんだ? アリスよ。それは単なる名であり、記号でしかない。お前はいったい何者なんだ? もし、その問いに答えられたら私も答えよう。私が何者なのか」
「あなたは自分を知っているのですか?」
 そう訊いておきながらアリスは思った。自分の顔を忘れようとした人だ。きっと、自分を忘れたい程のことがその老人にはあったのではないかと。
 だが、老人は笑った。
「知っている、か……ああ、分かっているとも。お前は若いからな、若者は自分が何故生まれたのか、何故生きるのかを知らない。考えもしない者もいるが、最後は必ず判明するものだ。その人がどんな人物だったのか、その死顔に全て現れる。人生とは人の道と言うが、自分探しの旅だ。自分がどんな人間だったのか、残された者がそれを語るわけだ。若者よ、もし、行く先の人生が暗闇で見えないのだとしたら、お前はまだ知らないことがあるということだ。どう見えるかなんて人それぞれは当たり前のことだ。それを人にたずねて知れるものではない」
「ヒントは? ヒントがあれば」
「ヒントはない。クイズじゃあるまいし。そんなものはないんだ。ただ、沢山転んで怪我をして、それでも立ち上がり前へ進む。それだけだ。それとも、旅をするときゴールに何があるのか知らなきゃお前は旅も出来ないのか?」
「……いいえ」
「ああ、そうだろう。では、行くのだ」
 老人はそう言って人差し指で後ろのドアをさした。
「はい」
 アリスはそう言い、階段を登り地上へと出る。太陽の光が眩しい。風が吹いた。その行く先にアリスは向かう。
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