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第2章 世界の蔓延
07 悪の花
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「これからどこへ向かうんですか?」
「当分は人のいない場所だな」
俺は船長のその答えに苦笑しながら「確かに」と賛同した。
「聞いた話しじゃ都市も大混乱らしい。まだ死人の出現はないが起きた時のことを考えれば、都市から離れようとするのは誰もが考えることだろう。元々人口が密集しパンクしていた都市だ。港では人が溢れ船は積荷より人の方が多い。それでも乗り切れなかった人達の行列が都市の外から長い黒い蛇をつくっている。都市では大規模開発中で道の拡張、直線の道を増やし公衆衛生の向上を目指した国家プロジェクトの最中だった。人手を失った都市は建築途中の建物がそこらでそのままになっているそうだ」
「その人達はどこへ向かおうとしているのですか?」
「既に森にテントを張ってる奴がちらほらいるらしい。森はテントだらけかもな。まぁ、実際行き場なんてないんじゃないのか? いつ、自分も死人になるか分からない、その恐怖がどこへ行こうとついて回る。逃れられない死の恐怖に遂に自ら死を選んでいっそ楽になろうっていう奴も少なくはない。むしろ、もっと増えていくだろうな」
「国は何をしてるんですか」
「何も出来ないだろうな。国は軍を動かし死人に対抗しようとしたが、その軍が死人になって武器を持ったまま人を襲い始めた。人は死人にはどう足掻いても敵う相手じゃない。人間が凶暴化したらどうなるか、それがあの有様なんだろう」
「死人から人に戻った人はいないんですか?」
「そんな話は聞いたことがないな。もし、そうだとしたら人類の希望になるだろうが、残念ながら俺は自分が生き残ることしか考えていない。そんな余裕は皆無いんだよ」
船の持ち主は空を見上げた。どんよりとした曇り空だった。
「俺達が魔法を失ったのも、死人が暴れたのも神が人から去ったのも、これは何かの天罰なんじゃないかって気がするんだ。最初はふざけんな神野郎って、ぶち殺してやるぐらいの怒りを感じたが、俺達が使っていた魔法は幸せよりも不幸の種を撒いていたんじゃないかって思うんだ。エスクラヴだって戦争に負けて奴隷に落ちたとしても、元々同じ人だ。俺達人間は同じ人を傷つけ生きている。その上に幸せを築こうとしている。そうやって人間の業で撒かれた種が悪の花を咲き、この世は地獄と化したんじゃないのか」
「人間の不幸は元凶を辿ればそれは人間ってことですか……」
「だから、これは神のせいなんかじゃないんだ。これは人間の業なんだ」
確かに、この男の言う通りなのかもしれない。俺達は自分が不幸になると誰かのせいや何かのせいにしがちだ。それは自分という都合を持っているからだ。そのくせ、自分より劣っている人を見ると安心するのだ。自分はそれよりマシな方だと。それがもし自分が最底辺だったとしたらどうするか? 簡単な話だ。そうならない集団へ移るだけだ。そして、低レベルの集団同士が群れて更にレベルが下がる。自分のレベルを自分で下げているという自覚もないまま時間だけが無駄に過ぎていく。そして、不幸を誰かのせいにする。無能、有能という言葉に敏感なのは、自分が無能と呼ばれたくないというだけで他人の評価をただ恐れているだけだ。それが理解したとしても変われない自分がいる。
俺は自分が嫌いだし、自分を愛することは出来ない。それなのにまだ生きたいと思うおかしな矛盾。ただ、体験したことのない死に恐怖し、それに足掻いているだけの臆病。見栄を張ってたまに「死にたい」と口にしても、周囲は本気にしない。それでも口にするのは死を恐れない為の魔法の呪文みたいに言うのだ。それは全く効力が無い。身近な死を見た時、俺はどんな顔をして死ぬのだろうかと思うんだ。
死が輪廻転生の為の一つの突破すべき壁と考えるか、単に考えることを無駄として老後の心配をしながら貯金を気にするのか、死は必ず終わりがあるという救いとして受け入れ安心して人生を送ると考えるか。
だが、死を恐れるのはまだ死より今がマシだと思っているからではないのか。だから、まだ死ねないと考えられる。だから、死人からこの命を奪わせまいと逃げられる。自分の足で。
例えるならゾンビ映画の絶望した世界で何故生存者はそれでも生きようと必死になれるのか。それは単に死を恐れたパニック映画ではないからだ。
「魔法って信じる力みたいなものだと思うんです。でも、それは神を信じるとかではないんです。魔法の言葉は自分にはね返るんじゃないかと思うんです。ネクロマンサーが放った呪いが自分にはね返るように、呪えば呪うだけ自分が呪われ、その逆が魔法なんだと思う。俺、多分アリスが何で魔法が使えるのか分かった気がする。でも、アリスはそれを何でか知らないけど忘れている。魔法の呪文は言葉の力で、その力に神が宿る。俺の世界にはギリシャ神話のように多神教という考えがあります。火の神や水の神とかがいるように良い神、悪い神がいるように、言葉にもそれがある。俺の国ではそれを言霊と言います。魔法の呪文はそれかもしれません」
「それを知ったとして魔法の力が戻るわけじゃない。逆に何で魔法を突然全世界の人が使えなくなったのか、その説明にもならない」
「そうです。きっと、他に何かあるんだと思います。重要なことが。その鍵がずっと俺のそばにあったんだ。でも、それはなんとなく気づいていた。アリスは何故か知らないようだったけど、この世界でもう一度魔法を取り戻せられるのはやっぱりアリスしかいない」
「そのアリスっていうのはどこにいるんだ?」
「今はいません。遠くへ行ってしまった」
「それじゃ、そのアリスを探した方がいいんじゃないのか?」
「でも、その前にやらなければならないことがあります。戦争による負の遺産、もっと広く言えば人の業をどうするか。一つの国の歴史を消しても、歴史は消えるわけじゃない」
「人の業をどうにかするだって!? どうするつもりだ? そんなのできるわけないだろう」
俺は師匠の話に出たエスクラヴの姫を思い出す。
「まずはエスクラヴの姫に会いに行こうと思います」
「エスクラヴの姫って……本気なのか? それともエスクラヴの姫は何か知っているのか?」
「アリスの師匠はそれに気づいて先に行きました。もしかすると運が良ければその師匠に会えるかもしれません」
「いいか、自分の業はともかく他人の業まで考えるのは正気ではない。確かに、この世界には救済が必要だ。だが、お前が言っていることは神になるようなものだ」
「俺にそんな大層な力も世界を変えられる言葉も持ってませんよ。もし、そんな言葉があるなら知りたいです。しかし、もしそんな言葉があるなら、それはとてつもない魔法になる筈です。それは残念ながら俺では無理です」
「分からないな。さっぱりだ。それはアリスという女なら出来るということか?」
「アリスが希望になるのは確かだと思います。そして、その魔法はきっと他の魔法よりも強力な、究極魔法になるでしょう」
「あればだろ。全く……おかしな奴を乗せてしまったようだ。だが、確かにそんな魔法があるなら知りたいもんだな」
「当分は人のいない場所だな」
俺は船長のその答えに苦笑しながら「確かに」と賛同した。
「聞いた話しじゃ都市も大混乱らしい。まだ死人の出現はないが起きた時のことを考えれば、都市から離れようとするのは誰もが考えることだろう。元々人口が密集しパンクしていた都市だ。港では人が溢れ船は積荷より人の方が多い。それでも乗り切れなかった人達の行列が都市の外から長い黒い蛇をつくっている。都市では大規模開発中で道の拡張、直線の道を増やし公衆衛生の向上を目指した国家プロジェクトの最中だった。人手を失った都市は建築途中の建物がそこらでそのままになっているそうだ」
「その人達はどこへ向かおうとしているのですか?」
「既に森にテントを張ってる奴がちらほらいるらしい。森はテントだらけかもな。まぁ、実際行き場なんてないんじゃないのか? いつ、自分も死人になるか分からない、その恐怖がどこへ行こうとついて回る。逃れられない死の恐怖に遂に自ら死を選んでいっそ楽になろうっていう奴も少なくはない。むしろ、もっと増えていくだろうな」
「国は何をしてるんですか」
「何も出来ないだろうな。国は軍を動かし死人に対抗しようとしたが、その軍が死人になって武器を持ったまま人を襲い始めた。人は死人にはどう足掻いても敵う相手じゃない。人間が凶暴化したらどうなるか、それがあの有様なんだろう」
「死人から人に戻った人はいないんですか?」
「そんな話は聞いたことがないな。もし、そうだとしたら人類の希望になるだろうが、残念ながら俺は自分が生き残ることしか考えていない。そんな余裕は皆無いんだよ」
船の持ち主は空を見上げた。どんよりとした曇り空だった。
「俺達が魔法を失ったのも、死人が暴れたのも神が人から去ったのも、これは何かの天罰なんじゃないかって気がするんだ。最初はふざけんな神野郎って、ぶち殺してやるぐらいの怒りを感じたが、俺達が使っていた魔法は幸せよりも不幸の種を撒いていたんじゃないかって思うんだ。エスクラヴだって戦争に負けて奴隷に落ちたとしても、元々同じ人だ。俺達人間は同じ人を傷つけ生きている。その上に幸せを築こうとしている。そうやって人間の業で撒かれた種が悪の花を咲き、この世は地獄と化したんじゃないのか」
「人間の不幸は元凶を辿ればそれは人間ってことですか……」
「だから、これは神のせいなんかじゃないんだ。これは人間の業なんだ」
確かに、この男の言う通りなのかもしれない。俺達は自分が不幸になると誰かのせいや何かのせいにしがちだ。それは自分という都合を持っているからだ。そのくせ、自分より劣っている人を見ると安心するのだ。自分はそれよりマシな方だと。それがもし自分が最底辺だったとしたらどうするか? 簡単な話だ。そうならない集団へ移るだけだ。そして、低レベルの集団同士が群れて更にレベルが下がる。自分のレベルを自分で下げているという自覚もないまま時間だけが無駄に過ぎていく。そして、不幸を誰かのせいにする。無能、有能という言葉に敏感なのは、自分が無能と呼ばれたくないというだけで他人の評価をただ恐れているだけだ。それが理解したとしても変われない自分がいる。
俺は自分が嫌いだし、自分を愛することは出来ない。それなのにまだ生きたいと思うおかしな矛盾。ただ、体験したことのない死に恐怖し、それに足掻いているだけの臆病。見栄を張ってたまに「死にたい」と口にしても、周囲は本気にしない。それでも口にするのは死を恐れない為の魔法の呪文みたいに言うのだ。それは全く効力が無い。身近な死を見た時、俺はどんな顔をして死ぬのだろうかと思うんだ。
死が輪廻転生の為の一つの突破すべき壁と考えるか、単に考えることを無駄として老後の心配をしながら貯金を気にするのか、死は必ず終わりがあるという救いとして受け入れ安心して人生を送ると考えるか。
だが、死を恐れるのはまだ死より今がマシだと思っているからではないのか。だから、まだ死ねないと考えられる。だから、死人からこの命を奪わせまいと逃げられる。自分の足で。
例えるならゾンビ映画の絶望した世界で何故生存者はそれでも生きようと必死になれるのか。それは単に死を恐れたパニック映画ではないからだ。
「魔法って信じる力みたいなものだと思うんです。でも、それは神を信じるとかではないんです。魔法の言葉は自分にはね返るんじゃないかと思うんです。ネクロマンサーが放った呪いが自分にはね返るように、呪えば呪うだけ自分が呪われ、その逆が魔法なんだと思う。俺、多分アリスが何で魔法が使えるのか分かった気がする。でも、アリスはそれを何でか知らないけど忘れている。魔法の呪文は言葉の力で、その力に神が宿る。俺の世界にはギリシャ神話のように多神教という考えがあります。火の神や水の神とかがいるように良い神、悪い神がいるように、言葉にもそれがある。俺の国ではそれを言霊と言います。魔法の呪文はそれかもしれません」
「それを知ったとして魔法の力が戻るわけじゃない。逆に何で魔法を突然全世界の人が使えなくなったのか、その説明にもならない」
「そうです。きっと、他に何かあるんだと思います。重要なことが。その鍵がずっと俺のそばにあったんだ。でも、それはなんとなく気づいていた。アリスは何故か知らないようだったけど、この世界でもう一度魔法を取り戻せられるのはやっぱりアリスしかいない」
「そのアリスっていうのはどこにいるんだ?」
「今はいません。遠くへ行ってしまった」
「それじゃ、そのアリスを探した方がいいんじゃないのか?」
「でも、その前にやらなければならないことがあります。戦争による負の遺産、もっと広く言えば人の業をどうするか。一つの国の歴史を消しても、歴史は消えるわけじゃない」
「人の業をどうにかするだって!? どうするつもりだ? そんなのできるわけないだろう」
俺は師匠の話に出たエスクラヴの姫を思い出す。
「まずはエスクラヴの姫に会いに行こうと思います」
「エスクラヴの姫って……本気なのか? それともエスクラヴの姫は何か知っているのか?」
「アリスの師匠はそれに気づいて先に行きました。もしかすると運が良ければその師匠に会えるかもしれません」
「いいか、自分の業はともかく他人の業まで考えるのは正気ではない。確かに、この世界には救済が必要だ。だが、お前が言っていることは神になるようなものだ」
「俺にそんな大層な力も世界を変えられる言葉も持ってませんよ。もし、そんな言葉があるなら知りたいです。しかし、もしそんな言葉があるなら、それはとてつもない魔法になる筈です。それは残念ながら俺では無理です」
「分からないな。さっぱりだ。それはアリスという女なら出来るということか?」
「アリスが希望になるのは確かだと思います。そして、その魔法はきっと他の魔法よりも強力な、究極魔法になるでしょう」
「あればだろ。全く……おかしな奴を乗せてしまったようだ。だが、確かにそんな魔法があるなら知りたいもんだな」
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