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アカデミーの近くには女子寮と男子寮が別々の建物にあり、間には鎧戸のついた建物、倉庫がある。
また、アカデミーの門を出てから隣には美術館があり、有料で誰でも入場が出来るようになっている。
ミアは中年女性に案内され女子寮の自分の部屋へ向かった。二階の階段を登って通路の三つ目のドアがミアの部屋となった。
扉を開けると、二段ベッドが部屋の真ん中にあり、左右には机と椅子があった。
入口そばに部屋全体を照らす電気のスイッチがある。
「私は寮母のタルボット。門限は守ること。夜遅くまで起きないこと。シーツは自分で洗うこと。食事は朝と夜に出ます。足りない分は自分で用意すること。ペットは禁止です」
寮での過ごし方についてタルボットは淡々と説明する。
「あなたは右の方のスペースを使いなさい。ベッドは同じルームメイトで話し合って決めて。食事は一階の食堂よ。朝食は8時、夜は7時よ。遅れないでよ」
「あの、ルームメイトは?」
今は姿が見えない。
「さぁ?」
寮母はそう言うと、部屋を出て扉を閉めた。
一人だけになったエマ。
机を見ると、ペン立ての中には鉛筆が入っていた。
引き出しを上から順に開けていくが、どれも空っぽだった。
他にはキャンバス立てがあるが、肝心のキャンバスが見当たらない。
探しに行かなきゃないみたいだ。
ふと、気になって隣のを覗いた。
怒られるかもと罪悪感はあったが、これから同じルームメイトになる人を事前に少しでも知っておきたかった。
整理整頓はされているようで、机の上は割と散らかった様子もない。キャンバス立てにキャンバスがあり、翼を背中に生やした女性が何人も描かれてある。周りの風景は青空で、足が地面についていないことからも、空を飛んでいる様子が分かる。
(天使……)
エマはこの絵を見て、登場人物達は全員天使だと思った。
表情は柔らかく、白い肌をしたどれも髪の長い女性だった。
ふと、背後に気配を感じ後ろを振り返ると、そこにはいつの間にか部屋のドアは開けられていて、そのドアの所には十代くらいの女性が腰に両手を置いて仁王立ちしていた。
「コホン、私の絵を勝手に見たわね」
「ごめんなさい」
エマは素直に頭を深く下げて謝った。
「いいわよ、別に見ても」
「え?」
「あなたね、新しいルームメイトは。私はアンジェよ」
「私はエマ」
「あなたネレイド人ね」
そう言った彼女はというと赤髪でそばかす顔に丸眼鏡の黒縁が似合う灰色の瞳をしていた。
「あなたは?」
「私は半分カロンよ。ほら、見える角度によっては緑にも見えなくはないでしょ?」
「うーん……」
エマにはグリーンが見えると言われても灰色しか見えなかった。
「まぁ、そう自分に言い聞かせてるんだけどね。なんで私の瞳はグリーンじゃないんだろって」
「グリーンじゃなきゃ嫌なの?」
「母親がグリーンだから。父親譲りなの、灰色は。どうせなら、母親似と言われたいわ。にしても本当に子供がアカデミーに来たのね」
「あなただって子供よ」
「あら、私は16よ。あなたはどうなのよ」
「10歳」
「本当!? よく、両親が許したわね」
エマはうつ向いた。
「どうしたの?」
「両親は病気で亡くなったの」
「ゴメン……」
「ううん、いいの」
「あなた、強い子ね。両親もいないのに一人で頑張ろうとしてる」
確かに、画家は一人でも出来る職業だ。だが、それは自分を雇ってくれるところがないだけで…… 。
「あなたの絵、見ちゃった」
「だからいいわよ」
「天使を描いてるの?」
「ええ。どう?」
「上手いよ。どうやったら……」
「アンジェ」
「ゴメン。アンジェみたいになれるの?」
「私も最初からここまでは描けなかったわよ。皆、描いていくうちに上手になっていったわ」
「私もそうなる?」
「どうかな?」
「え?」
「あの、意地悪だと思わないでね。中には人それぞれ得意不得意があるの。それにね、全員が画家で有名になれるわけじゃないの。ここを卒業していった人は最初は画家としての夢を諦めないけど、途中から売れないと分かると、画家を諦めていくわ。有名な画家も、最初からいきなり有名人になれるわけじゃあない。まぁ、たまに例外はいるけど」
「その人とは会ったことあるの?」
「あるもなにも、アカデミーにいるわよ。名前はマーサ。変わった男子で、絵も変わってるの」
「え? どんな?」
「女性の絵ばかり描いてる変わった人。あんまり写実的な絵は人気出ないと思うんだけど、その女性の絵には変わった見たこともない服装をしているの。写実的だけど、そこだけは違うの。それがまた不思議でね。かと言って宗教画ではないの。私は宗教画も描くから分かるけど、マーサが描く絵はどの宗教にもないわ」
「どうしてアンジェは宗教画を描くの?」
「え、どうしてか? ええー!? それは……評価されやすいからだよ。歴史画とかはさ、割と人気があって需要があるの。対して写実主義の風景画とかはさ、見たものをそのまま描くでしょ? あんまり芸術的かな~? って」
「私は見たものをそのまま描くにはどうしたらいいかを知りたい」
「アハハ、まぁそうだよね。最初のうちは風景画でもいいかも」
「風景画は人気ないの?」
「全くというわけじゃあないよ。人気のある作品もある。例えばカロンじゃなくてフェーべという国なら、労働者を描いた絵画が人気になったりしているよ。フェーべでは労働者による革命が起こったりしたから。エマはさ、何を描きたいの?」
エマは悩みながら「人物かな」と答えた。正直、まだそこは決まっていなかった。でも、割とそれは本当かもしれない。
「なら、キャンバスを持って公園に行ってそこで絵を描くなんかもいいかもしれないわね」
「私、先生からあと2ヶ月で作品を出すように言われてるの」
「2ヶ月?」
「延長は出来るみたいだけど」
「なら、とりあえず描いてみたら? 描き始めないことには始まらないよ」
「うん」
「公園の場所分かる? 案内しようか」
「いい。ついでにこの辺りの地理も覚えたいし」
「分かったわ。あ! でも、スラムの方まで行っちゃ駄目だからね」
「スラム?」
「まぁ、ここからじゃ遠いから心配ないかもしれないけど、そこは治安が悪いから」
「分かった。近づかない。あ、そうだ! キャンバスってどこに行けばあるの?」
また、アカデミーの門を出てから隣には美術館があり、有料で誰でも入場が出来るようになっている。
ミアは中年女性に案内され女子寮の自分の部屋へ向かった。二階の階段を登って通路の三つ目のドアがミアの部屋となった。
扉を開けると、二段ベッドが部屋の真ん中にあり、左右には机と椅子があった。
入口そばに部屋全体を照らす電気のスイッチがある。
「私は寮母のタルボット。門限は守ること。夜遅くまで起きないこと。シーツは自分で洗うこと。食事は朝と夜に出ます。足りない分は自分で用意すること。ペットは禁止です」
寮での過ごし方についてタルボットは淡々と説明する。
「あなたは右の方のスペースを使いなさい。ベッドは同じルームメイトで話し合って決めて。食事は一階の食堂よ。朝食は8時、夜は7時よ。遅れないでよ」
「あの、ルームメイトは?」
今は姿が見えない。
「さぁ?」
寮母はそう言うと、部屋を出て扉を閉めた。
一人だけになったエマ。
机を見ると、ペン立ての中には鉛筆が入っていた。
引き出しを上から順に開けていくが、どれも空っぽだった。
他にはキャンバス立てがあるが、肝心のキャンバスが見当たらない。
探しに行かなきゃないみたいだ。
ふと、気になって隣のを覗いた。
怒られるかもと罪悪感はあったが、これから同じルームメイトになる人を事前に少しでも知っておきたかった。
整理整頓はされているようで、机の上は割と散らかった様子もない。キャンバス立てにキャンバスがあり、翼を背中に生やした女性が何人も描かれてある。周りの風景は青空で、足が地面についていないことからも、空を飛んでいる様子が分かる。
(天使……)
エマはこの絵を見て、登場人物達は全員天使だと思った。
表情は柔らかく、白い肌をしたどれも髪の長い女性だった。
ふと、背後に気配を感じ後ろを振り返ると、そこにはいつの間にか部屋のドアは開けられていて、そのドアの所には十代くらいの女性が腰に両手を置いて仁王立ちしていた。
「コホン、私の絵を勝手に見たわね」
「ごめんなさい」
エマは素直に頭を深く下げて謝った。
「いいわよ、別に見ても」
「え?」
「あなたね、新しいルームメイトは。私はアンジェよ」
「私はエマ」
「あなたネレイド人ね」
そう言った彼女はというと赤髪でそばかす顔に丸眼鏡の黒縁が似合う灰色の瞳をしていた。
「あなたは?」
「私は半分カロンよ。ほら、見える角度によっては緑にも見えなくはないでしょ?」
「うーん……」
エマにはグリーンが見えると言われても灰色しか見えなかった。
「まぁ、そう自分に言い聞かせてるんだけどね。なんで私の瞳はグリーンじゃないんだろって」
「グリーンじゃなきゃ嫌なの?」
「母親がグリーンだから。父親譲りなの、灰色は。どうせなら、母親似と言われたいわ。にしても本当に子供がアカデミーに来たのね」
「あなただって子供よ」
「あら、私は16よ。あなたはどうなのよ」
「10歳」
「本当!? よく、両親が許したわね」
エマはうつ向いた。
「どうしたの?」
「両親は病気で亡くなったの」
「ゴメン……」
「ううん、いいの」
「あなた、強い子ね。両親もいないのに一人で頑張ろうとしてる」
確かに、画家は一人でも出来る職業だ。だが、それは自分を雇ってくれるところがないだけで…… 。
「あなたの絵、見ちゃった」
「だからいいわよ」
「天使を描いてるの?」
「ええ。どう?」
「上手いよ。どうやったら……」
「アンジェ」
「ゴメン。アンジェみたいになれるの?」
「私も最初からここまでは描けなかったわよ。皆、描いていくうちに上手になっていったわ」
「私もそうなる?」
「どうかな?」
「え?」
「あの、意地悪だと思わないでね。中には人それぞれ得意不得意があるの。それにね、全員が画家で有名になれるわけじゃないの。ここを卒業していった人は最初は画家としての夢を諦めないけど、途中から売れないと分かると、画家を諦めていくわ。有名な画家も、最初からいきなり有名人になれるわけじゃあない。まぁ、たまに例外はいるけど」
「その人とは会ったことあるの?」
「あるもなにも、アカデミーにいるわよ。名前はマーサ。変わった男子で、絵も変わってるの」
「え? どんな?」
「女性の絵ばかり描いてる変わった人。あんまり写実的な絵は人気出ないと思うんだけど、その女性の絵には変わった見たこともない服装をしているの。写実的だけど、そこだけは違うの。それがまた不思議でね。かと言って宗教画ではないの。私は宗教画も描くから分かるけど、マーサが描く絵はどの宗教にもないわ」
「どうしてアンジェは宗教画を描くの?」
「え、どうしてか? ええー!? それは……評価されやすいからだよ。歴史画とかはさ、割と人気があって需要があるの。対して写実主義の風景画とかはさ、見たものをそのまま描くでしょ? あんまり芸術的かな~? って」
「私は見たものをそのまま描くにはどうしたらいいかを知りたい」
「アハハ、まぁそうだよね。最初のうちは風景画でもいいかも」
「風景画は人気ないの?」
「全くというわけじゃあないよ。人気のある作品もある。例えばカロンじゃなくてフェーべという国なら、労働者を描いた絵画が人気になったりしているよ。フェーべでは労働者による革命が起こったりしたから。エマはさ、何を描きたいの?」
エマは悩みながら「人物かな」と答えた。正直、まだそこは決まっていなかった。でも、割とそれは本当かもしれない。
「なら、キャンバスを持って公園に行ってそこで絵を描くなんかもいいかもしれないわね」
「私、先生からあと2ヶ月で作品を出すように言われてるの」
「2ヶ月?」
「延長は出来るみたいだけど」
「なら、とりあえず描いてみたら? 描き始めないことには始まらないよ」
「うん」
「公園の場所分かる? 案内しようか」
「いい。ついでにこの辺りの地理も覚えたいし」
「分かったわ。あ! でも、スラムの方まで行っちゃ駄目だからね」
「スラム?」
「まぁ、ここからじゃ遠いから心配ないかもしれないけど、そこは治安が悪いから」
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