つぎはぎだらけの異世界

アズ

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06 研究

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 グリージブの港に到着すると、そこは人であふれかえっていた。喧騒な都会であり、高層ビルや巨大な研究施設が幾つも集まる街。俺達は港から荷物を届けると、報酬を受け取りながらコミュニティの場所を訊いた。
 場所は街の中心部ということで、俺達は早速その中心部に向かって歩きだした。
 街は活気にあふれており、道中の広場では彫刻職人が技を競う大会が行われていた。それはまるで技能五輪のようだ。観客の目の前で実際に作品を完成させ、その作品の中から優秀作品が選ばれる。だが、3Dプリントのような技術があれば機械はあっという間に人間の技術をこえた作品を短時間で生産してしまうだろう。この世界に来る前もAI技術の発達により芸術作品をどんどん機械が大量生産し、それを危機とする芸術家が沢山出現した。クリエイティブにAIの膨大な学習能力によって機械も作品を手掛けるようになり、しかも望むものに近いものを機械に作らせることが可能になれば、芸術家は居場所を失い兼ねない。イラストレーターがまさにそうだった。俺はそういったニュースを知った時、嫌な世の中になったと思った。同時になんとかならないのかと感じたものだ。AIとの共存がどのような社会像なのか、イメージが沸かなかった。
 この世界はまだそういったことは起きてはいないのか?
 ふと、天羽は俺の顔を覗き込んできた。
「なに?」
「余計なことを考えてる」
「ちょっと嫌なことさ」
「一つ訊いていい?」
「どうぞ」
「もし、地球に戻れたとしてここで起こったことを誰かに話す?」
「どうしてそんなことを聞くの?」
「なんとなく」
「信じるわけないよ」
「私ね、小説にしようと思うの。それなら信じる信じない関係ないでしょ? 最初はネットに投稿して、それで編集者の誰かが運良く私の作品を見つけて本にしないかって声がかかるの」
「夢みたいな話しだな」
「分かってる。夢みたいな話しだって言いたいんでしょ」
「いや……」
「実際、私は小説とか得意じゃないし」
「執筆したことあるのか?」
「ある。でも、どれも人に見せれるようなできじゃない。私の妄想をそのまま文章にしてるから素人丸出しだし、小説のルールとかもよく分かってない。本当、酷い文章。でも、叶わないと思っても夢みたっていいでしょ?」
「そうだな」
「あなたって夢とかないでしょ?」
「なんだよいきなり」
「図星か」
 否定できなかった。目標があるかと問われてもない。とりあえずは進学……特になりたい自分がまだ見つからないし、見つかるのかも分からない。だが、このままでいいとも思ってはいない。なりたい自分が見つかれば、目標があれば、それに向かって頑張れる。そういう頑張れるものが一つあったっていい。
「いつかは見つける」
「そう」
 天羽は素っ気ない返事をした。でも、俺は別に構わなかった。
 今は俺達はこの街のコミュニティに向かっている。そして、当分の俺達の目的は地球に帰ることだ。今は目的がハッキリしている。今はそれでいい。
 中心部に近づくと、路上でアカペラで歌う老人がいた。
 この世界の言葉を少しずつ学んできた俺はなんとなく老人が歌う歌詞を聴き取ることが出来た。



朝目覚める。
太陽が僕らを見る。
命に感謝し果実から絞ったジュースを飲む。
それから読書をし、
外に出て色んな人に挨拶して、
働いて、
日が沈む前に帰る。
毎日が変わらないように見えて、
何かが違う。
空を見る。
街を見る。
何も変わらない。
でも、同じではない。
日々のちょっとした変化は昨日昼に魚を食べなかったことだ。
布団に入る。
そして、夢を見る。



 それは単なる日常だ。しかし、それを歌うことで、彼らは意識するのだ。自分が何をしているのかを。
 天羽と俺は中心部に到着し、コミュニティを見つけた。地球の絵が目印だ。
 ドアノブを回すと抵抗なくドアはガチャと開いた。
 中は広かった。壁の四方には本棚があり、脚立がある。高い棚の本もそれで取れるようになっているが、お目当ての本を探す時は大変そうだった。床にはカーペットが敷いてあり、椅子とテーブルといった家具が揃っている。そこには黒人の男女と白人の女性が一人いた。
 三人は見た目からして年齢が近く、高身長は黒人女性だった。ヒールを履いているわけじゃないのに、男性との身長差は明らかだった。対して黒人男性は身長は170前半といったところだ。三人ともスリム体型で男は髭を剃ってあった。白人だけブロンドヘアであとは黒髪だった。
 三人は新参者を驚く目で見つめていた。俺は拙い英語で自己紹介と事情を説明しようとすると、隣で聞いていた天羽は呆れたようにため息をついて、いきなりペラペラの英語で三人に事情を説明しだした。
「英語喋れたの?」
「まぁね」
 三人は俺達二人を歓迎してくれた。それからの英語の会話はほとんど俺は加われずに天羽と四人の会話が暫く続いた。
「天羽、いい加減なにを話しているのか教えてくれないか?」
「彼らはまず私達の住居を提供してくれると言ってきてるわ。それからあなたは逃亡者扱いになると思うから軍はあなたの行方を捜索している筈だから外出は控えた方がいいと警告してる。私も仮国籍がないから同様ね」
「だが、ずっとそうしてるわけにはいかない」
「えぇ、それは私から既に彼らに言ったわ。それじゃ生活出来ないって。彼らは与えられるのはせいぜい住まいだけだって言ってる。大きな街となると監視の目は多いから、本当ならこの街から離れて人気の少ない田舎の方へ行った方が安全だって。そこなら軍の基地も遠くなるからだって。田舎についたらあなたの仮国籍を連中に見せたら疑わず受け入れるからそこでなら暮らせるって言ってる」
「でも、万が一バレたら……」
「なら、訊いてみようか?」
「いや、いい」
「そうね。三人に迷惑をかけるわけにはいかない。私達はここに長居すべきじゃない」
「行こう」
 天羽は三人にお礼を言うと、三人のうち一人が天羽にお金を渡してきた。天羽は遠慮したが、その人は首を横に振った。天羽はお礼を言うと、俺もお礼を言った。
 コミュニティを出ると「残念だけどまた移動ね」と言った。
「でも、仕方ないよ」
「そうね」



◇◆◇◆◇



 早く地球に帰りたい。地球に戻ったら美味しいご飯を食べて、安心できる布団の中で落ち着きたい。宇宙飛行士なら、異世界を興味津々にワクワクするのかもしれない。だが、誰もが宇宙飛行士のようにはいかない。それは自分も含めてだ。
 グリージブから田舎へは街の外に見た目が巨大なムカデの全長12メートルの背中に乗って移動することになるらしい。三人も初めてあれを見た時は衝撃的だったようだが、今では便利な移動手段として受け入れたらしい。
 俺達は街に出る前に店で簡単な食料と水袋を購入し肩掛けの鞄に入れた。鞄もこの街で購入した。天羽は田舎に行くなら今のうちに街で買えるものをと服と下着を何着か購入し、天羽も鞄を買って自分のはそれに入れた。
 そんなこんなで三人がくれたお金は使い果たし、所持金はあっという間に僅かになった。
 天羽は突然思い出し俺に「研究施設で種の開発を依頼する件はどうするの?」と訊いてきた。
「この街にいられなくなった以上、それも出来ないだろ」
「それもそうか」
「準備は出来たか?」
「うん。でも、気が進まない」
 天羽が言ってるのは巨大ムカデの背に乗ることだ。
「それは俺だって同じさ。文句言ったって仕方ない」
 そう、仕方ないのだ。
 俺達はその巨大ムカデの乗り降り場へと向かって歩きだした。



◇◆◇◆◇



 その頃、マルテンターサランはとある部屋へと案内された。その部屋には巨大な黒板があり、見たことがない方程式と仮説がずらっと並んでいる。そして、白衣を着た研究者達がマグカップを片手にお喋りをしていた。
「あの……」
 気まずそうにマルテンターサランはそこの職員に声をかけると一人のハンサム顔が「やぁ、来たね」と言った。青い瞳に白人、金髪、白い歯が綺麗に並んでいる。高身長で普段鍛えているのか研究者というよりスポーツタイプに見える。
「あの、私はここで何をされるんでしょうか?」
「あぁ……まだ、説明を受けていないんだったね。なに、怖がることはない。君を実験するわけではない。まず、君にはこれから地球という星について詳しく知ってもらう。君は既に地球人と接触しそれなりの知識があるから一から色々教えるより苦労はしないだろうと、君が選ばれた。まぁ、他にも理由は色々あるが……とにかくそこの席に座ってくれ。そして、そのテーブルにある資料をとりあえず全部記憶に入れておいて欲しい」
「これ全部ですか?」
 マルテンターサランは目の前にある山になってる資料に目線を向けながら訊いた。
「そうだ。なに、君なら楽勝だろ?」
 男はあっさりそう言い切った。
 出来ないとは言えなかった。自分の立場上、一度大きなミスをしたばかりだ。もうあとがない自分にとってはこれが最後のチャンスだった。今度こそ自分はまだ使えることをアピールしなければ。
 マルテンターサランは黙って席に座ると、山の一番上にある資料から手をつけ始めた。
 その資料は地球の地理と、国の基本情報、勢力図だった。次の資料は社会、その次は歴史……と続いた。
 全てを終えるのに一日ではとても足りなかった。
 結局、翌日、更に一日と三日かかったところでとりあえずは記憶したと思う。
 すると、例のハンサムは「次はこれね」とまた資料の山をどさっとマルテンターサランの目の前に置いて去っていった。
 弱音を吐く暇すら与えないわけか…… 。
 マルテンターサランはまた資料を読み始めた。
 これが何度か繰り返していくうちに、ここでの生活は一ヶ月が経過していた。
 例のハンサム顔の男が再び姿を見せてきた。
「どうだった? 今まで見た資料の感想は」
「よく調べられてあります」
「それだけかな?」
「まるで見てきたかのような印象を受けました。地球人から聞き取りしただけでは地球全体図のほとんどを理解するのは難しい筈です」
「その通りだ」
「どういうことです?」
「どういうことだと思う?」
 マルテンターサランは少し考えてから答えた。
「まさか、この世界の住人が地球へ行って調査し、こちらの世界に戻ってきたとか?」
「正解だ」
「まさか!? そんなことが可能なんですか? それじゃ地球人も」
「いや、今のところ連中はその事にまだ気づいてはいない」
「目的は何です?」
「なんだと思う?」
「茶化さないで下さい」
「茶化してなんかいないさ。君には考えてもらいたいんだ」
「私には分かりません。でも、いいことではないと思います」
「そうか。君にはそう見えるわけか。だが、我々は少なくともそうは思わない。多元宇宙が証明された以上、人は他の宇宙を干渉せずにいられるだろうか?」
 その問いにもマルテンターサランは答えられなかった。
「来たまえ」
 マルテンターサランは黙ってついていった。
 連れてこられたのは別のラボで、部屋に入った瞬間に小さな羽の羽ばたく音やカサカサと小さな生き物が動く音が真っ先に耳に入った。よく見れば、そこのテーブルの上には瓶が沢山置かれており、その中には色んな種類の虫達や植物が入れられてあった。
「虫の繁殖は素晴らしい。連中は勝手に数を増やしていく」
「こう見ると気味が悪いです」
「こいつらのオスは沢山のメスとやる。メスも同様にやりまくって数を増やすんだ」
「虫の目的は最初から数を増やすことにあります。人間のように恋愛感情があるわけではないですから当然嫉妬もしないでしょ」
「しかし、超大型の虫は違うと言われている。超大型のどれもが知能の高い脳を持っているからだ」
「その超大型の虫と一般的な虫は同じ虫になるんですか?」
「いい質問だ。実は学習によってわけるべきだという意見が多い。私もそれに賛同だね。超大型に関してはどのような進化過程があったのか分かっていない。誕生そのものが不明なんだ」
「それで、ここでは虫の研究を?」
「いや、虫だけでなく植物の研究もここで行われている。本当なら植物と虫の研究は別々で行いたいところだが、ここは軍の敷地内。研究エリアは限られている。ここでの研究はだね、地球の虫や植物が我々の世界にどのような影響を受けるのか、またその逆パターンにこちらの世界の虫や植物があちらの世界にどのような影響を与えるのか、そういう研究をここでは行っている」
「どのように?」
「ここには量子コンピュータがあって、それを使ってシュミレーションを行っている」
「量子コンピュータ?」
「君が知らないのも無理はない。量子コンピューターはこの世界の技術ではないからな」
「まさか」
「少しは分かってきたんじゃないのかな? こちらにない技術を地球側が持っていたら、その技術を欲するのは当然だろう。むしろ、こちらにある技術と応用出来ないか研究も行う」
「だいたいは分かりました。ですが、私は研究者にはなれません」
 ハンサムの男は笑った。
「君の任務は別にある」
「私にはそれがまだ分からないわ。いったい私に何をさせるつもり」
「それはだな」
 その後口にした内容を聞き、マルテンターサランは驚愕した。
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