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03 世界
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世界を一つのフィルムで例えると、一コマ一コマに世界の出来事が描かれ、それは連続性があり、俺達はそれをもとに過去と現在を認識し、その先にあるであろう未来を想像している。もし、フィルムが突然終わっていれば、その未来もないということだ。だが、もし、その一コマと一コマの間に別の世界のコマがあったらどうだろうか? しかし、そのコマに俺達地球人は登場しない。俺達は、自分達が登場するコマだけ認識が可能で、それを繋ぎ合わせるとそれはまるで連続しているように感じる。だが、フィルム事態を見ると、俺達の知らない瞬間、つまり一コマが存在している。そして、それを世界Bと例えると、そのB同士もまた繋ぎ合わせることで連続性になる。
だが、多世界というフィルムを通して見るとそれは連続性ではなく、違うフィルムの映画を切って繋ぎ合わせたかのような断片的な映像になるのだろう。
大抵、多世界を考えると別宇宙が俺達の宇宙の外側のどこかに存在すると想像してしまうが、そこに時間を加えると、そんな単純な説明には本来ならないのだろう。
俺達の世界は宇宙を科学で説明しようとするが、それはその宇宙という全体をまだ知らなくても因果律そのものを否定出来たことにはならないように、因果を、科学を信仰しているのだが、それが多世界やその世界との関係性とまで拡大すると、その前提となっていた安定性(法則等)は危うくなり、それはつまり不安定を意味し、俺達の世界の科学力では説明がつかない事態となる。そして、それはあり得る話しだ。
何故今そう考えるのかというと、俺がこの世界に来てしまった因果は突き止められないということもあり得る話しになってくるからだ。
【考察】
引用と反復によって証明される裏には、その安定性が不可欠だ。科学はその法則性を見つけることで、必ずその答えになる式を導き出す。例えるなら2+2が4であるという式は、俺達にとって常識として刷り込まれ、誰しもが疑うことなく同じ答えにたどり着く。反復可能というのはそういった安定性が不可欠であり、答えが一定しない不安定さは反復が可能とは言えない。逆に法則性があり、反復可能であれば、それは誰にでも応用が可能である。俺達世界はそうやって科学を進歩させ発展させてきた。
しかし、世界は広く、そういった法則に縛られず俺達のルールの中では認識されない領域が実は潜んでいてもおかしくはないのだ。
物理法則が通用しない世界。それは俺達の頭の中では想像もつかないものであろう。
それこそ魔法がそうであるように。 ……だけど、ふと考えてみれば魔法の呪文や魔法の薬の発明には実は安定性が実在し、ルールが存在する。つまり、科学とは違った法則であって、反復が可能だ。それは決まった呪文を唱えれば、その答えも決まったもので、炎の呪文を唱えれば炎の魔法が出るように……結局魔法は魔法という世界の中にある法則に縛られている。
法則はある種の鎖であり、魔法はその鎖を打ち破ったと完全には言えないのではないのか。
鎖のない解放は法則のないまさにカオスを指すのだろう。そして、それは多世界の渦の中心にそれはあるのかもしれない。
では、カオスを指すのか?
だが、反復不可能と言えばもっと身近にある。それは人生だ。人生は一度きりであり、人生はやり直せない。
宇宙もまた始まりがあり終わりがあるなら、世界もまたそれ事態決まりがないように思える。
人も宇宙も誰かに支配されているわけではない。法則というのはあくまでも鎖というより、むしろそれが無くては秩序が保たれず無秩序になり、世界が今の世界でなくなり、人が人でなくなる故に、必要な基盤であろう。例えるなら物理法則があるからこそ、ある種、俺達はそれを利用している。
社会という鎖もまた秩序を生み出しており、鎖のない社会は無秩序を指す。俺達は社会に秩序を求め、それ故に社会に縛られている。だが、決して支配とは違うのだ。
ただ、多世界は俺の知る常識ではない。だが、法則がないとも限らない。もし、何かしらのルールがあるならば、まだ望みはある。
そして、例えば異世界人である俺達に共通する点とか…… 。
「……なるほどね。それで、他の街に行って回り他のコミュニティにも参加して原因を探りたいわけね。でもね、それはこの国の政府達もまず一番に気づいたことなのよ? あなた達から聞いた情報も含めた調書がどれだけ分厚いものか想像出来る? 見たことはないけれど、それはきっとあなた一人ではとても成し得ない量よ。それでも分かっていることの方が少ない」
マルテンターサラン観察管に率直に返された俺は何も言い返せなかった。沈黙が流れ、マルテンターサランは俺に助言をくれた。
「でも、街の外へ出る許可は出すわ。ユエは戻ってきたし、彼女が私達の監視から逃亡しようとしたわけじゃないことも分かったからね。ただし、条件は幾つか付けさせてもらうけどね」
「ありがとうございます」
「一つ情報を教えるとオドスシアという街にあなたと同じ日本から来た人がその街に住んでいるわ」
「オドスシアですか?」
「ええ。街の中心に水深の深い古代湖があって、そこでとれる魚が新鮮なまま市場で売られたりするの。この街にも流通してるでしょ?」
「はい……深海魚みたいなグロテクスの見た目をしてますが」
「深海だからほとんどの魚は目が退化しているのよ」
「いや……色も緑色の魚があったり……」
「? 私達は見慣れてるから普通に感じるんだけど」
「そ、そうなんですね……でも、目が見えないのならどうやって生息しているんですか?」
「音波よ。魚には小さな穴があるわ。そこから餌を探すの。因みにあなたが言った緑色はクリーウクという魚で、掃除屋と呼ばれているわ。湖が綺麗に保たれているのもその魚のおかげよ」
「他にも沢山の種類の魚がいるんですか?」
「魚だけではないわよ」
「?」
「まぁ、その街のコミュニティに参加してみれば、居場所を知れる筈よ」
「分かりました。ありがとうございます」
「問題だけは起こさないでよね」
「はい」
◇◆◇◆◇
オドスシアへ行くには鬱蒼とした森を突っ切る他なかった。霧が現れ、虫達の鳴き声が森中に響き渡る。だが、その森には危険な生き物は生息していないという。例えば猛毒を持った虫や肉食動物がいないという意味だ。夜になると、紫色をした葉が紫色に光る。その光だけでは遠くの視界までは照らせないし、葉を取ると発光をやめてただの紫色の葉に戻る。食用として問題はない。ただし、無味。栄養素は少しある。地球の言葉で言えばビタミンが含まれているらしい。森の中では松明など火を扱うことが禁じられており、違反すると罰金または禁錮刑になる。理由は火災を防ぐ為だ。
俺は道とは呼べない道をなんとか歩き森を進んでいた。本来なら木を伐採し道をつくるべきだと思うが、ここは原生林であって環境保全の対象区域に含まれてしまっている為に手が出せないのだ。というより、一本一本の木は太く、伐採するのも大変そうだが。
というわけでほとんどの住民は森を避けた遠回りの道を使って移動をする。ただ、俺みたいに徒歩で行く人には森を突っ切る方がずっと近道になるのだ。
道には必ず紫色の葉があるので夜中であれば光っていてむしろ目印を見つけやすかった。
足に疲労がたまっていくのを我慢して、ようやく森を抜けた時には遠くの空から朝日が見えた。
俺は驚いた。噂は本当だった。
原生林のような場所に長時間いると、外と中とでの時間の流れが違って感じることがあるというらしいが、俺は昼間に森に入って早くに暗くなり、森を出た時にはもう朝日になっていた。体感としては長時間いなくても外は早くに時が流れてしまう。
何故、そうなるのか? 誰もその理由が分からないらしい。
森を無事抜けた先に見えてくるのは目的地であるオドスシアという街だ。
オドスシアの周囲は植物に囲まれ大地も恵まれ、作物がよく育つ街でもある。植物を使った敷物や籠、袋などの日用品の多くがここから各地へと出回る。木の食器類もそうだ。だが、そんな街の人でも俺がさっき通った森を伐採することはない。人工林が別の方角にあり、それを基本材料としている。その奥には綺麗に天辺から真っ二つに割れた山があり、その山も緑に溢れていた。その緑には変わった虫が生息している。コオロギサイズで丁度似た色をしている。頭にプロペラのような羽らしきものがあり、木の枝から落ちながら羽が回りプロペラのように回しながら飛ぶのだ。だが、実際は飛んでいるというよりゆっくり落ちているが正しい。風に乗ればより遠くへ飛ぶことができる。その虫の足は4本あり、どれも小さなトゲトゲがある。木登りする際に活躍するその足で頂上へといき、飛ぶのだ。
山の上は強い風が不定期でやってくる。風に乗っかったその虫はより遠くへ飛び、湖のある街へまでたどり着く。その虫には口器があり、家畜の生き物に飛び移ると口器で突き刺し、その生き物の栄養素を吸い取るのだ。その虫事態は直接人間に危害を加えたりはしない。ただ、その虫は病気を運ぶ為に厄介な虫として街の人は迷惑をしていた。
何故、こんな話しをしているのかというと、その虫はなんと食用にもなり、そして美味いらしいということだ。正直、虫を食べるなんて絶対嫌だし、地球でも食用コオロギが話題となったらしたが、俺は学校給食にコオロギを出すなんて反対派だったし、それよりかは農業に政府はもっと力を入れるべきだと考えるぐらい、虫は見た目もだが口に入れることに抵抗があった。
だが、この世界に来てから美味いものに出会っていない俺はオドスシアへ行くと決まった時にコミニティの一人から聞いた噂を確かめたい気持ちでいっぱいだった。
街に行く目的が一つ増えたところで問題あるまい。
オドスシアは湖を囲むように街があり、木造建築か石造りの建物が多い。道はアスファルトや石畳ではなく土がむき出しになっており、左右には草や花が育っている。
そして、例の虫は街に入って早速見つけ、入口直ぐの屋台で透明の瓶に詰められた状態で販売されていた。その光景を見て俺は買うのを躊躇ってしまい、その屋台を一瞥するだけで通り過ぎてしまった。あとで寄っていくかは少し考えてからにしよう。
さて、本題であるオドスシアの地球人のコミュニティの会場へと向かう。場所は観察管から聞いておいたので知っていた。
因みに、湖の景色を眺めることが出来る土地は一等地と呼ばれ、相場は高値。対して日当たりの悪い土地は相場も安く、そこにコミュニティの施設があった。扉の横には地球の絵が看板としてつけられてあった。扉を開けるとベルが鳴り、奥から一人の男性が現れた。白人で金髪、背は180はありそうだ。年齢は30後半から40代といったところだろうか。上はサファリジャケットに似たもの、下は長ズボンを履いていた。
「あ、あの……」
いや、日本語ではまずいか? 俺はカタコトの英語で自己紹介をした。彼の返事はやはり英語だった。聞き取れた範囲で分かることは、彼はアメリカ人で名はウォルターであるということくらい。
すると、ウォルターは突然「サイトウ」と呼び出した。
暫くして現れたのは丸眼鏡をかけた黒髪の冴えなそうな雰囲気の男だった。
「もしかして日本人だったりする?」
「あ、はい」
「良かったぁ! ここにきてようやくの日本人だよ」
「あ、そ、そうですか……自分もです」
「君もそれじゃ突然日本からここに?」
「はい。サイトウさんもですか?」
「あぁ。そして何故か皆が同じ理由だ。正直、原因は分からないよ。何でこうなったのかも…… 。とにかく日本人に会えて良かったよ」
すると、ウォルターは皆にも紹介させたいから奥へ案内するよと言い出した。勿論、英語で。
そこで出会ったのはやはり国籍の違う5名の男女だった。年齢は様々。学生、社会人、中には無職の人もいた。
ウォルターは無職ではなかったが、車上生活を送っていた。高まる物価高や家賃が期日通りに支払えなかったりといった理由からだった。無職ではないのに車上生活を余儀なくされている人は少なくはなかったと彼は話した。
俺は日本のことしか知らなかった。当然ニュースもほとんど国内ばかりで、国際的な話題は政治にほぼ限定されていた。だからこそ他所の事情には詳しくはなれなかった。 (サイトウの通訳により知る)
「それじゃ君は皆がこの世界に来てしまった原因を知りたいんだね?」とウォルターは俺にそう訊いてきた。
「原因が分かれば戻る方法も分かるかもしれない」
「戻れるのか?」
「ユエという中国人がこの世界から一度俺の日本へ行ってたことがあったんだ」
「その話しなら俺の観察管から聞いたよ。その時は信じられなかったけど、本当だったのか?」
「俺はそう思っている。本当なら、ユエが行方不明になる前の行動を同じようにやってみて確認したかったんだけれど、軍が規制していて無理なんだ。勿論、この世界の政府も軍も原因について調べているだろうし、情報量でいったら向こうの方があるのは分かっているけど、だからといってじっともしていられない」
「なるほど……分かった。此方も協力は惜しまない」
すると、サイトウは少し驚いた様子を見せた。
「あれ? ウォルターはこの世界に留まりたかったんじゃなかったの?」
「いや……家族に一生会えなくなるのはね……確かに向こうにいっても幸せなことなんてなかった。ただ、生きるのに必死で、その為に働いてたよ。でも、時々思うんだ。生きる目的ってなんだろうって……勿論、辛いからそう感じてしまうんだろうっていうのは分かってはいるんだけどさ、子どもの頃の俺が想像していた大人は今の俺なんかじゃないんだよ」
ウォルターは手で顔を覆った。
「いや……違うか。俺がまだ子どものままなんだろうな。理想ばかり追って悪いと何かのせいにして……悪い、雰囲気暗くしてしまったね」
ウォルターは逃げ出したいと思っているのか? その場所が地球でなくても彼はいいと少しでも思ったのだろうか? 彼の本心はどこにあるんだろうか。そうやって手で顔を覆って目をそらしても、幸せはやってこないことくらい彼は気づけるだろうに。
目的を地球で見失い、この地で新たにそれを見つけようと試みているのか。この際、これをきっかけにと。
「家族はあなたの失踪をどう思っているんでしょうか?」
ハッと気づき両手を顔から離した。
「……両親は自分が車上生活をしていることを知らない」
「でも、連絡が来た時、どうするんですか?」
「そうだな……このままはまずいよな」
「俺は正直、まだ学生なのでウォルターさんの辛さがちゃんとは分かりません。俺は地球にいた頃なんていい加減な性格で、だから助言とかもできませんけど、日本にいた時、俺は本当に困った時、いつも悩み続けるより、まぁどうにかなるでしょと、まぁ楽観的に考えるようにしてるんです。その方が楽だから。多分、現実逃避ですね。でも、それで死ぬわけじゃない。死ぬ程のことなんてそう人生に何度も訪れるもんじゃないと思ってるんです。実際、俺はここまでなんとなくでこれました。楽観主義的かもしれませんが、なんだかんだと人間は乗り越えられるんだなと思うんです」
「君の話は面白いよ」
「そうですか? 自分じゃよく分かりませんけど」
「実は一つだけ気になっていることがあるんだけど」
え? 早速??
「近くに原生林があるでしょ? そこの時間の感覚が森と外では違うんだ」
「あ、それは自分も感じました」
それはまるでウラシマ効果だった。
「時間の歪なんじゃないかって思うんだけどどう思う?」
「ウォルターさんはそういった時間の歪みが地球人を別の場所へと移動させたと思っているんですか?」
「分からない」
「なら、俺がその原生林に暫く居続けたらどうなるか試してみます」
「いや! それは危険だ。危険過ぎる。君にそんなことをさせるわけにはいかない」
「だからといって他の人に無理強いは出来ません」
「君は自分を犠牲にするのか?」
「いや、望みが残っているんだったら犠牲にはならないと思います」
「それは違うよ。自分が言っているのはリスクに対するリターンのつり合いを考えるべきだと言いたいんだ。それはつり合うものなのか?」
「それは……分かりません」
「焦っても仕方ない……一つだけ訊いてもいいか?」
「はい」
「君は元の世界に戻りたいと思う気持ちに家族以外に理由があるのか?」
「それはつまり?」
「最悪、俺達はこの運命を受け入れなきゃいけない時がくるかもしれない。生きる目的に場所なんて関係ないだろ? ただ、自分の場合は元の世界でうまくいかなかった。だからというわけじゃないんだ。俺達は助け合える。この国も意外に俺達を受け入れようとしている」
「監視された状態で? これは普通ではない。いつまでこの状況が続く? 俺達は罪人なんかじゃない。こんな扱いは本来正当ではない筈でしょ?」
「そんなことは分かっているが、この国の事情を考慮してみたら分かる。それに収容施設から出れたのも国の判断だ。この国の俺達に対する扱いは少なくとも進歩している」
それはまるで後退がないと言わんばかりだ。異世界人も移民同様受け入れますというのか? 俺が一番心配するのは、自分達の保証にまだ不安要素があるからだ。そこは楽観出来ない。
ただ、俺の考えはともかくとして、別のコミュニティに参加して分かったのは、この世界を受け入れ住民になろうとする派と、戻る可能性を探る派にわかれるということだ。
目の前の彼は多世界という分岐を人生の分岐と重ね、現状を受け入れ、むしろこの状況をやり直そうとしている。それは理解出来ないわけではない。第二の故郷としてこの世界に留まるということだろう。だが、それは新天地での生活であって、必ずうまくいくとは限らない。
俺はサイトウの方を見た。
「サイトウさんは戻れるなら戻りたいですか?」
「戻れるならね。でも、ずっと諦めずにいるっていうのはツラいことでもあるよ。忘れた方がいいと分かれば、吹っ切れるだろうし」
「忘れられますか」
「そこは努力するしかないけど……自信はないな」
すると、ウォルターは「少し感情的になってしまった」と言って謝ってきた。
「正直な話、俺は君とこの話をする前までは地球のことを忘れようとしていた。俺は諦めてたんだ。そして、その方がいいじゃないかと自分に言い聞かせて納得していた。でも、君はまだ諦めていない。なら、原生林の不思議な現象の調査、俺も手伝うよ」
「しかし……」
「そもそも言い出したのは俺だしね」
「ウォルターさん……」
とはいえ、何が起こるか分からない調査に結局加わったのはウォルターのみで、俺と二人で原生林へと向かった。
「そう言えばウォルターさんはこの世界に来てから今まで何をしていたんですか?」
「地球人を探してコミュニティに参加を促したり、仕事は資源となる虫を捕まえたりしていたよ」
「電気虫とかですか?」
「それだけじゃないし、特に狙ってるのは、この世界で一番といっていいほどの珍しい青い昆虫さ。その虫は知能が高くて、ある専用の特殊機械と繋げることで、その虫とやりとりが可能になるんだ。そして、その虫に計算をやらせたり助言を貰ったり出来るんだ」
「まるでパソコンみたいですね」
「まさにそれ! あれは驚いたね。どういう仕組みかは全く分からないけど。まぁ、でもその分、数は少ない。捕まるのは大変なんだけど、かわりに一匹で一年分のお金が手に入るんだ」
「それじゃ沢山捕まえられれば一気に金持ちですね」
「その分、ライバルも多いから奪い合いだしトラブルも起きたりする」
「捕まえられたことあるんですか?」
「いや、ない。ベテランは捕獲ポイントを熟知しているし、当然教えてはもらえない。だから、自分で見つけるしかないんだ」
原生林の中で外は一日が過ぎた。でも、感覚は半日もない。
「何もなかったら次はどうする?」
「分かりません。本当ならユエに直接会って話したいぐらいなんだけど」
直後、俺は急に睡魔に襲われた。立っていられなくなり、バランスを崩した俺はその場に倒れ込んだ。
「どうした! 大丈夫か!?」
ウォルターは俺の名を何度も大声で呼んだが、俺の意識は朦朧とし、ウォルターの声はどんどん遠くなっていき、遂には完全に意識が消失した。
◇◆◇◆◇
意識が戻り目を覚ました時には自分は見知らぬ場所にいた。寝椅子に自分はいつの間にか横になっていて、体を起こすと目の前には滑走路、近くには二重反転プロペラの飛行機がとまっていた。空は青空で雲は少ない。太陽が眩しく俺は視界を空から地上に戻し辺りを見渡した。天井がないだけでなく、壁もなく、アスファルトの上に寝椅子があった。
「ここはどこ!?」
まさか別の世界に移動したのか!? だが、肝心なのは俺の元いた時間の日本なのかということだ。
俺は寝椅子から降り立ち上がろうとした時、急に立ちくらみが起きて、アスファルトに向かって俺は転倒した。
急に自分の体が重く感じたのだ。
自分の体重を重いと感じたのは初めての感覚だった。まるで、自分の体ではないみたいに。
「なんだ……何が起こっているんだ……」
視界は回転する。
グルグルと。
目を回し、平衡感覚を失い、吐き気を催し、呼吸が苦しくなり、遂には再び意識が遠のいていった。
◇◆◇◆◇
目を覚ますと、また見知らぬ地面に俺は転がっていた。顔についた砂利を払いながら起き上がると、目の前には巨大なダンゴムシが数匹……いや数体、黄昏の荒野をゴロゴロと移動をしていた。
「ここはどこだ?」
言えるのはただ一つ、ここは地球ではないということだ。
だが、多世界というフィルムを通して見るとそれは連続性ではなく、違うフィルムの映画を切って繋ぎ合わせたかのような断片的な映像になるのだろう。
大抵、多世界を考えると別宇宙が俺達の宇宙の外側のどこかに存在すると想像してしまうが、そこに時間を加えると、そんな単純な説明には本来ならないのだろう。
俺達の世界は宇宙を科学で説明しようとするが、それはその宇宙という全体をまだ知らなくても因果律そのものを否定出来たことにはならないように、因果を、科学を信仰しているのだが、それが多世界やその世界との関係性とまで拡大すると、その前提となっていた安定性(法則等)は危うくなり、それはつまり不安定を意味し、俺達の世界の科学力では説明がつかない事態となる。そして、それはあり得る話しだ。
何故今そう考えるのかというと、俺がこの世界に来てしまった因果は突き止められないということもあり得る話しになってくるからだ。
【考察】
引用と反復によって証明される裏には、その安定性が不可欠だ。科学はその法則性を見つけることで、必ずその答えになる式を導き出す。例えるなら2+2が4であるという式は、俺達にとって常識として刷り込まれ、誰しもが疑うことなく同じ答えにたどり着く。反復可能というのはそういった安定性が不可欠であり、答えが一定しない不安定さは反復が可能とは言えない。逆に法則性があり、反復可能であれば、それは誰にでも応用が可能である。俺達世界はそうやって科学を進歩させ発展させてきた。
しかし、世界は広く、そういった法則に縛られず俺達のルールの中では認識されない領域が実は潜んでいてもおかしくはないのだ。
物理法則が通用しない世界。それは俺達の頭の中では想像もつかないものであろう。
それこそ魔法がそうであるように。 ……だけど、ふと考えてみれば魔法の呪文や魔法の薬の発明には実は安定性が実在し、ルールが存在する。つまり、科学とは違った法則であって、反復が可能だ。それは決まった呪文を唱えれば、その答えも決まったもので、炎の呪文を唱えれば炎の魔法が出るように……結局魔法は魔法という世界の中にある法則に縛られている。
法則はある種の鎖であり、魔法はその鎖を打ち破ったと完全には言えないのではないのか。
鎖のない解放は法則のないまさにカオスを指すのだろう。そして、それは多世界の渦の中心にそれはあるのかもしれない。
では、カオスを指すのか?
だが、反復不可能と言えばもっと身近にある。それは人生だ。人生は一度きりであり、人生はやり直せない。
宇宙もまた始まりがあり終わりがあるなら、世界もまたそれ事態決まりがないように思える。
人も宇宙も誰かに支配されているわけではない。法則というのはあくまでも鎖というより、むしろそれが無くては秩序が保たれず無秩序になり、世界が今の世界でなくなり、人が人でなくなる故に、必要な基盤であろう。例えるなら物理法則があるからこそ、ある種、俺達はそれを利用している。
社会という鎖もまた秩序を生み出しており、鎖のない社会は無秩序を指す。俺達は社会に秩序を求め、それ故に社会に縛られている。だが、決して支配とは違うのだ。
ただ、多世界は俺の知る常識ではない。だが、法則がないとも限らない。もし、何かしらのルールがあるならば、まだ望みはある。
そして、例えば異世界人である俺達に共通する点とか…… 。
「……なるほどね。それで、他の街に行って回り他のコミュニティにも参加して原因を探りたいわけね。でもね、それはこの国の政府達もまず一番に気づいたことなのよ? あなた達から聞いた情報も含めた調書がどれだけ分厚いものか想像出来る? 見たことはないけれど、それはきっとあなた一人ではとても成し得ない量よ。それでも分かっていることの方が少ない」
マルテンターサラン観察管に率直に返された俺は何も言い返せなかった。沈黙が流れ、マルテンターサランは俺に助言をくれた。
「でも、街の外へ出る許可は出すわ。ユエは戻ってきたし、彼女が私達の監視から逃亡しようとしたわけじゃないことも分かったからね。ただし、条件は幾つか付けさせてもらうけどね」
「ありがとうございます」
「一つ情報を教えるとオドスシアという街にあなたと同じ日本から来た人がその街に住んでいるわ」
「オドスシアですか?」
「ええ。街の中心に水深の深い古代湖があって、そこでとれる魚が新鮮なまま市場で売られたりするの。この街にも流通してるでしょ?」
「はい……深海魚みたいなグロテクスの見た目をしてますが」
「深海だからほとんどの魚は目が退化しているのよ」
「いや……色も緑色の魚があったり……」
「? 私達は見慣れてるから普通に感じるんだけど」
「そ、そうなんですね……でも、目が見えないのならどうやって生息しているんですか?」
「音波よ。魚には小さな穴があるわ。そこから餌を探すの。因みにあなたが言った緑色はクリーウクという魚で、掃除屋と呼ばれているわ。湖が綺麗に保たれているのもその魚のおかげよ」
「他にも沢山の種類の魚がいるんですか?」
「魚だけではないわよ」
「?」
「まぁ、その街のコミュニティに参加してみれば、居場所を知れる筈よ」
「分かりました。ありがとうございます」
「問題だけは起こさないでよね」
「はい」
◇◆◇◆◇
オドスシアへ行くには鬱蒼とした森を突っ切る他なかった。霧が現れ、虫達の鳴き声が森中に響き渡る。だが、その森には危険な生き物は生息していないという。例えば猛毒を持った虫や肉食動物がいないという意味だ。夜になると、紫色をした葉が紫色に光る。その光だけでは遠くの視界までは照らせないし、葉を取ると発光をやめてただの紫色の葉に戻る。食用として問題はない。ただし、無味。栄養素は少しある。地球の言葉で言えばビタミンが含まれているらしい。森の中では松明など火を扱うことが禁じられており、違反すると罰金または禁錮刑になる。理由は火災を防ぐ為だ。
俺は道とは呼べない道をなんとか歩き森を進んでいた。本来なら木を伐採し道をつくるべきだと思うが、ここは原生林であって環境保全の対象区域に含まれてしまっている為に手が出せないのだ。というより、一本一本の木は太く、伐採するのも大変そうだが。
というわけでほとんどの住民は森を避けた遠回りの道を使って移動をする。ただ、俺みたいに徒歩で行く人には森を突っ切る方がずっと近道になるのだ。
道には必ず紫色の葉があるので夜中であれば光っていてむしろ目印を見つけやすかった。
足に疲労がたまっていくのを我慢して、ようやく森を抜けた時には遠くの空から朝日が見えた。
俺は驚いた。噂は本当だった。
原生林のような場所に長時間いると、外と中とでの時間の流れが違って感じることがあるというらしいが、俺は昼間に森に入って早くに暗くなり、森を出た時にはもう朝日になっていた。体感としては長時間いなくても外は早くに時が流れてしまう。
何故、そうなるのか? 誰もその理由が分からないらしい。
森を無事抜けた先に見えてくるのは目的地であるオドスシアという街だ。
オドスシアの周囲は植物に囲まれ大地も恵まれ、作物がよく育つ街でもある。植物を使った敷物や籠、袋などの日用品の多くがここから各地へと出回る。木の食器類もそうだ。だが、そんな街の人でも俺がさっき通った森を伐採することはない。人工林が別の方角にあり、それを基本材料としている。その奥には綺麗に天辺から真っ二つに割れた山があり、その山も緑に溢れていた。その緑には変わった虫が生息している。コオロギサイズで丁度似た色をしている。頭にプロペラのような羽らしきものがあり、木の枝から落ちながら羽が回りプロペラのように回しながら飛ぶのだ。だが、実際は飛んでいるというよりゆっくり落ちているが正しい。風に乗ればより遠くへ飛ぶことができる。その虫の足は4本あり、どれも小さなトゲトゲがある。木登りする際に活躍するその足で頂上へといき、飛ぶのだ。
山の上は強い風が不定期でやってくる。風に乗っかったその虫はより遠くへ飛び、湖のある街へまでたどり着く。その虫には口器があり、家畜の生き物に飛び移ると口器で突き刺し、その生き物の栄養素を吸い取るのだ。その虫事態は直接人間に危害を加えたりはしない。ただ、その虫は病気を運ぶ為に厄介な虫として街の人は迷惑をしていた。
何故、こんな話しをしているのかというと、その虫はなんと食用にもなり、そして美味いらしいということだ。正直、虫を食べるなんて絶対嫌だし、地球でも食用コオロギが話題となったらしたが、俺は学校給食にコオロギを出すなんて反対派だったし、それよりかは農業に政府はもっと力を入れるべきだと考えるぐらい、虫は見た目もだが口に入れることに抵抗があった。
だが、この世界に来てから美味いものに出会っていない俺はオドスシアへ行くと決まった時にコミニティの一人から聞いた噂を確かめたい気持ちでいっぱいだった。
街に行く目的が一つ増えたところで問題あるまい。
オドスシアは湖を囲むように街があり、木造建築か石造りの建物が多い。道はアスファルトや石畳ではなく土がむき出しになっており、左右には草や花が育っている。
そして、例の虫は街に入って早速見つけ、入口直ぐの屋台で透明の瓶に詰められた状態で販売されていた。その光景を見て俺は買うのを躊躇ってしまい、その屋台を一瞥するだけで通り過ぎてしまった。あとで寄っていくかは少し考えてからにしよう。
さて、本題であるオドスシアの地球人のコミュニティの会場へと向かう。場所は観察管から聞いておいたので知っていた。
因みに、湖の景色を眺めることが出来る土地は一等地と呼ばれ、相場は高値。対して日当たりの悪い土地は相場も安く、そこにコミュニティの施設があった。扉の横には地球の絵が看板としてつけられてあった。扉を開けるとベルが鳴り、奥から一人の男性が現れた。白人で金髪、背は180はありそうだ。年齢は30後半から40代といったところだろうか。上はサファリジャケットに似たもの、下は長ズボンを履いていた。
「あ、あの……」
いや、日本語ではまずいか? 俺はカタコトの英語で自己紹介をした。彼の返事はやはり英語だった。聞き取れた範囲で分かることは、彼はアメリカ人で名はウォルターであるということくらい。
すると、ウォルターは突然「サイトウ」と呼び出した。
暫くして現れたのは丸眼鏡をかけた黒髪の冴えなそうな雰囲気の男だった。
「もしかして日本人だったりする?」
「あ、はい」
「良かったぁ! ここにきてようやくの日本人だよ」
「あ、そ、そうですか……自分もです」
「君もそれじゃ突然日本からここに?」
「はい。サイトウさんもですか?」
「あぁ。そして何故か皆が同じ理由だ。正直、原因は分からないよ。何でこうなったのかも…… 。とにかく日本人に会えて良かったよ」
すると、ウォルターは皆にも紹介させたいから奥へ案内するよと言い出した。勿論、英語で。
そこで出会ったのはやはり国籍の違う5名の男女だった。年齢は様々。学生、社会人、中には無職の人もいた。
ウォルターは無職ではなかったが、車上生活を送っていた。高まる物価高や家賃が期日通りに支払えなかったりといった理由からだった。無職ではないのに車上生活を余儀なくされている人は少なくはなかったと彼は話した。
俺は日本のことしか知らなかった。当然ニュースもほとんど国内ばかりで、国際的な話題は政治にほぼ限定されていた。だからこそ他所の事情には詳しくはなれなかった。 (サイトウの通訳により知る)
「それじゃ君は皆がこの世界に来てしまった原因を知りたいんだね?」とウォルターは俺にそう訊いてきた。
「原因が分かれば戻る方法も分かるかもしれない」
「戻れるのか?」
「ユエという中国人がこの世界から一度俺の日本へ行ってたことがあったんだ」
「その話しなら俺の観察管から聞いたよ。その時は信じられなかったけど、本当だったのか?」
「俺はそう思っている。本当なら、ユエが行方不明になる前の行動を同じようにやってみて確認したかったんだけれど、軍が規制していて無理なんだ。勿論、この世界の政府も軍も原因について調べているだろうし、情報量でいったら向こうの方があるのは分かっているけど、だからといってじっともしていられない」
「なるほど……分かった。此方も協力は惜しまない」
すると、サイトウは少し驚いた様子を見せた。
「あれ? ウォルターはこの世界に留まりたかったんじゃなかったの?」
「いや……家族に一生会えなくなるのはね……確かに向こうにいっても幸せなことなんてなかった。ただ、生きるのに必死で、その為に働いてたよ。でも、時々思うんだ。生きる目的ってなんだろうって……勿論、辛いからそう感じてしまうんだろうっていうのは分かってはいるんだけどさ、子どもの頃の俺が想像していた大人は今の俺なんかじゃないんだよ」
ウォルターは手で顔を覆った。
「いや……違うか。俺がまだ子どものままなんだろうな。理想ばかり追って悪いと何かのせいにして……悪い、雰囲気暗くしてしまったね」
ウォルターは逃げ出したいと思っているのか? その場所が地球でなくても彼はいいと少しでも思ったのだろうか? 彼の本心はどこにあるんだろうか。そうやって手で顔を覆って目をそらしても、幸せはやってこないことくらい彼は気づけるだろうに。
目的を地球で見失い、この地で新たにそれを見つけようと試みているのか。この際、これをきっかけにと。
「家族はあなたの失踪をどう思っているんでしょうか?」
ハッと気づき両手を顔から離した。
「……両親は自分が車上生活をしていることを知らない」
「でも、連絡が来た時、どうするんですか?」
「そうだな……このままはまずいよな」
「俺は正直、まだ学生なのでウォルターさんの辛さがちゃんとは分かりません。俺は地球にいた頃なんていい加減な性格で、だから助言とかもできませんけど、日本にいた時、俺は本当に困った時、いつも悩み続けるより、まぁどうにかなるでしょと、まぁ楽観的に考えるようにしてるんです。その方が楽だから。多分、現実逃避ですね。でも、それで死ぬわけじゃない。死ぬ程のことなんてそう人生に何度も訪れるもんじゃないと思ってるんです。実際、俺はここまでなんとなくでこれました。楽観主義的かもしれませんが、なんだかんだと人間は乗り越えられるんだなと思うんです」
「君の話は面白いよ」
「そうですか? 自分じゃよく分かりませんけど」
「実は一つだけ気になっていることがあるんだけど」
え? 早速??
「近くに原生林があるでしょ? そこの時間の感覚が森と外では違うんだ」
「あ、それは自分も感じました」
それはまるでウラシマ効果だった。
「時間の歪なんじゃないかって思うんだけどどう思う?」
「ウォルターさんはそういった時間の歪みが地球人を別の場所へと移動させたと思っているんですか?」
「分からない」
「なら、俺がその原生林に暫く居続けたらどうなるか試してみます」
「いや! それは危険だ。危険過ぎる。君にそんなことをさせるわけにはいかない」
「だからといって他の人に無理強いは出来ません」
「君は自分を犠牲にするのか?」
「いや、望みが残っているんだったら犠牲にはならないと思います」
「それは違うよ。自分が言っているのはリスクに対するリターンのつり合いを考えるべきだと言いたいんだ。それはつり合うものなのか?」
「それは……分かりません」
「焦っても仕方ない……一つだけ訊いてもいいか?」
「はい」
「君は元の世界に戻りたいと思う気持ちに家族以外に理由があるのか?」
「それはつまり?」
「最悪、俺達はこの運命を受け入れなきゃいけない時がくるかもしれない。生きる目的に場所なんて関係ないだろ? ただ、自分の場合は元の世界でうまくいかなかった。だからというわけじゃないんだ。俺達は助け合える。この国も意外に俺達を受け入れようとしている」
「監視された状態で? これは普通ではない。いつまでこの状況が続く? 俺達は罪人なんかじゃない。こんな扱いは本来正当ではない筈でしょ?」
「そんなことは分かっているが、この国の事情を考慮してみたら分かる。それに収容施設から出れたのも国の判断だ。この国の俺達に対する扱いは少なくとも進歩している」
それはまるで後退がないと言わんばかりだ。異世界人も移民同様受け入れますというのか? 俺が一番心配するのは、自分達の保証にまだ不安要素があるからだ。そこは楽観出来ない。
ただ、俺の考えはともかくとして、別のコミュニティに参加して分かったのは、この世界を受け入れ住民になろうとする派と、戻る可能性を探る派にわかれるということだ。
目の前の彼は多世界という分岐を人生の分岐と重ね、現状を受け入れ、むしろこの状況をやり直そうとしている。それは理解出来ないわけではない。第二の故郷としてこの世界に留まるということだろう。だが、それは新天地での生活であって、必ずうまくいくとは限らない。
俺はサイトウの方を見た。
「サイトウさんは戻れるなら戻りたいですか?」
「戻れるならね。でも、ずっと諦めずにいるっていうのはツラいことでもあるよ。忘れた方がいいと分かれば、吹っ切れるだろうし」
「忘れられますか」
「そこは努力するしかないけど……自信はないな」
すると、ウォルターは「少し感情的になってしまった」と言って謝ってきた。
「正直な話、俺は君とこの話をする前までは地球のことを忘れようとしていた。俺は諦めてたんだ。そして、その方がいいじゃないかと自分に言い聞かせて納得していた。でも、君はまだ諦めていない。なら、原生林の不思議な現象の調査、俺も手伝うよ」
「しかし……」
「そもそも言い出したのは俺だしね」
「ウォルターさん……」
とはいえ、何が起こるか分からない調査に結局加わったのはウォルターのみで、俺と二人で原生林へと向かった。
「そう言えばウォルターさんはこの世界に来てから今まで何をしていたんですか?」
「地球人を探してコミュニティに参加を促したり、仕事は資源となる虫を捕まえたりしていたよ」
「電気虫とかですか?」
「それだけじゃないし、特に狙ってるのは、この世界で一番といっていいほどの珍しい青い昆虫さ。その虫は知能が高くて、ある専用の特殊機械と繋げることで、その虫とやりとりが可能になるんだ。そして、その虫に計算をやらせたり助言を貰ったり出来るんだ」
「まるでパソコンみたいですね」
「まさにそれ! あれは驚いたね。どういう仕組みかは全く分からないけど。まぁ、でもその分、数は少ない。捕まるのは大変なんだけど、かわりに一匹で一年分のお金が手に入るんだ」
「それじゃ沢山捕まえられれば一気に金持ちですね」
「その分、ライバルも多いから奪い合いだしトラブルも起きたりする」
「捕まえられたことあるんですか?」
「いや、ない。ベテランは捕獲ポイントを熟知しているし、当然教えてはもらえない。だから、自分で見つけるしかないんだ」
原生林の中で外は一日が過ぎた。でも、感覚は半日もない。
「何もなかったら次はどうする?」
「分かりません。本当ならユエに直接会って話したいぐらいなんだけど」
直後、俺は急に睡魔に襲われた。立っていられなくなり、バランスを崩した俺はその場に倒れ込んだ。
「どうした! 大丈夫か!?」
ウォルターは俺の名を何度も大声で呼んだが、俺の意識は朦朧とし、ウォルターの声はどんどん遠くなっていき、遂には完全に意識が消失した。
◇◆◇◆◇
意識が戻り目を覚ました時には自分は見知らぬ場所にいた。寝椅子に自分はいつの間にか横になっていて、体を起こすと目の前には滑走路、近くには二重反転プロペラの飛行機がとまっていた。空は青空で雲は少ない。太陽が眩しく俺は視界を空から地上に戻し辺りを見渡した。天井がないだけでなく、壁もなく、アスファルトの上に寝椅子があった。
「ここはどこ!?」
まさか別の世界に移動したのか!? だが、肝心なのは俺の元いた時間の日本なのかということだ。
俺は寝椅子から降り立ち上がろうとした時、急に立ちくらみが起きて、アスファルトに向かって俺は転倒した。
急に自分の体が重く感じたのだ。
自分の体重を重いと感じたのは初めての感覚だった。まるで、自分の体ではないみたいに。
「なんだ……何が起こっているんだ……」
視界は回転する。
グルグルと。
目を回し、平衡感覚を失い、吐き気を催し、呼吸が苦しくなり、遂には再び意識が遠のいていった。
◇◆◇◆◇
目を覚ますと、また見知らぬ地面に俺は転がっていた。顔についた砂利を払いながら起き上がると、目の前には巨大なダンゴムシが数匹……いや数体、黄昏の荒野をゴロゴロと移動をしていた。
「ここはどこだ?」
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