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鬼
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40歳にもなった飯塚は未だ独身だった。結婚願望があるわけではないし、結婚が幸せだとも思っていない。もし、結婚し子どもをつくらなかったら死刑という法律があったら必死に相手を探していただろう。だが、少子化問題と個人が子どもを欲しがるかは別問題だ。それは経済的な問題だけではないと思う。
今、少子化対策において政府は実質負担を国民に求めようとしている。マスコミ各社と世間はそれに反対する意見がよく耳にする。だが、この国の人口減少は単なる少子化だけでは済まない。人口流出にも目を向けるべきであろう。賃上げが中々されない社会で国外へと若者が流出している事実がある。大企業に就職しなかった飯塚も中々賃金が上がらなかった。中小企業に働く定めか? むしろ、雀の涙しか上がらない賃金なら好条件の職場へ転職するのが理にかなうだろう。だが、飯塚はしなかった。遺産相続人である飯塚にとって経済面で直ぐに困るわけではなかったからだ。だから、貧しいというわけでもないが優秀でもなかった。
他人から見たらつまらない人生かもしれない。派手ではないが、他人に迷惑をかけるような派手でなければいいだろうというのがそもそも根底にある。
飯塚は一人、こたつに足を突っ込み、テレビを見ながらビールとコンビニで買ってきたツマミを食べながらお笑いを見ては笑った。すると、家の固定電話が鳴った。子機ならこたつの上にあったのでそのまま電話に出る。
「もしもし、飯塚ですがどちら様ですか?」
「飯塚、俺だ俺!」
それは聞き覚えのある声だった。だが、それはまさかの相手だった。
「鎌田だ。覚えてるか?」
「覚えてるも何もお前は去年の夏に死んだ筈だ! 何の悪戯だ」
「悪戯じゃねぇよ! 確かにお前の言う通り俺は死んだよ。交通事故でな」
「なら、お前は誰なんだ」
「だから鎌田だって。ただし、あの世からだけどな」
「あの世って!?」
「驚いたか? 悪いが時間がねぇんだ。俺が死んだ事故の事は知ってるだろ?」
「あ、ああ……」
「助手席に俺の女性が座っていた筈だ」
「その事でお前の奥さん怒ってたぞ。子どももお前に失望していた」
「別に不倫じゃねぇよ。それで、生きてるか?」
「……いや、亡くなったよ」
「そうか……」
「スピード違反で事故ったのか? ニュースではそうあったが」
「ああ、そんなところだ。俺の不注意で巻き込んだなら悪いことをしたよ」
「随分と軽いんだな」
「そんなんじゃねぇよ。俺が今どこから電話してるか分かるか?」
「どこって、そんなの知るかよ」
「地獄さ」
「はぁ?」
「本当だ。俺は今、地獄にいる」
「地獄って」
「報いさ。そこでお前に電話したのは俺を地獄から救い出して欲しいんだ」
「地獄から救い出してって」
「悪い。鬼が現れた。またかけ直す」
そう言って電話は切れてしまった。
飯塚は頭の中が混乱した。死んだ筈の鎌田からいきなりの電話、しかもその鎌田は今地獄にいて、それを救い出して欲しい……悪戯だと思いたいが、それにしてはよく出来ている。悪戯だとしてもまた電話が来るのを待ってみるか。
だが、いくら待ってもその日に電話がかかることはもうなかった。
◇◆◇◆◇
鎌田から再び電話がかかったのはあれから三日後の夜8時だった。三日前と同じ時間だ。
「三日も電話がなかった? それは多分地獄とそっちじゃ時間の流れが違うからかもな。こっちじゃまだ一時間しか経ってない」
「え? そっちは一時間?」
「ああ」
それだと地獄では一時間はこちらでは三日という計算になる。
「それで、俺の救出を飯塚にお願いしたいんだが」
「待て待て待て。第一お前は死んでるんだよな?」
「そうだ」
「それで地獄にいる?」
「そうだ」
「どうやってお前を救えって言うんだよ。蜘蛛の糸を垂らせってか?」
「ハハハ、それだったらもっと頑丈なのを頼むよ」
「だからどうやってだよ」
「今のは冗談だよ。それよりお前しかいないんだ」
「何で俺なんだ?」
「こっちからの連絡で出たのがお前だったからだよ」
「ん?」
「こっちからじゃどこに連絡するかは決められないんだ。こればかりは運でね。で、俺はついていたってわけ」
「いやいや、なんで助ける前提なんだよ」
「言っただろ。お前しかいないって。お前が拒否したら俺は一生地獄だ」
「その地獄って」
「知りたいか?」
飯塚は思わず固唾を呑む。
「地獄に落ちた人間は地獄にいる鬼に追いかけ回されるんだ」
「鬼って?」
「人間を生きたまま食らうんだ。もしくは殺される。でも、それで終わりじゃないんだ。また、蘇ってまた鬼に追いかけ回される。それがずっと続くんだ。地獄はあちこちがトラップだらけで、それで死ぬ奴もいる。お前は俺に言ったよな? 俺が死んだのが去年の夏だって。それすら俺は知らない。こっちの時間間隔がそっちと違うからだ。その間に俺は何度も鬼に殺された。殺された時の記憶は残っているんだ。お前、想像出来るか?」
「……」
「俺は地獄に落ちて当然かもしれない。だが、こんな運命を受ける程俺が悪いことをしたのか? なぁ、頼むよ」
「……それで、俺にどうしろと言うんだ」
「ハハッ! 流石だぜ。そうでなくちゃな。難しい話しじゃない。それだけは約束する。まずはこっちの準備があってそれを済ませてからもう一度電話する。そこで具体的に指示を出すからそれに従ってくれ」
「鎌田、それで本当に大丈夫なんだろうな?」
「問題ない。それじゃ一旦電話を切るぜ。こっちは鬼から逃げながら電話してるんで。また連絡する」
そう言って電話が切れた。
飯塚は鎌田の言われた通りいつ来るか分からない電話を待った。
今、少子化対策において政府は実質負担を国民に求めようとしている。マスコミ各社と世間はそれに反対する意見がよく耳にする。だが、この国の人口減少は単なる少子化だけでは済まない。人口流出にも目を向けるべきであろう。賃上げが中々されない社会で国外へと若者が流出している事実がある。大企業に就職しなかった飯塚も中々賃金が上がらなかった。中小企業に働く定めか? むしろ、雀の涙しか上がらない賃金なら好条件の職場へ転職するのが理にかなうだろう。だが、飯塚はしなかった。遺産相続人である飯塚にとって経済面で直ぐに困るわけではなかったからだ。だから、貧しいというわけでもないが優秀でもなかった。
他人から見たらつまらない人生かもしれない。派手ではないが、他人に迷惑をかけるような派手でなければいいだろうというのがそもそも根底にある。
飯塚は一人、こたつに足を突っ込み、テレビを見ながらビールとコンビニで買ってきたツマミを食べながらお笑いを見ては笑った。すると、家の固定電話が鳴った。子機ならこたつの上にあったのでそのまま電話に出る。
「もしもし、飯塚ですがどちら様ですか?」
「飯塚、俺だ俺!」
それは聞き覚えのある声だった。だが、それはまさかの相手だった。
「鎌田だ。覚えてるか?」
「覚えてるも何もお前は去年の夏に死んだ筈だ! 何の悪戯だ」
「悪戯じゃねぇよ! 確かにお前の言う通り俺は死んだよ。交通事故でな」
「なら、お前は誰なんだ」
「だから鎌田だって。ただし、あの世からだけどな」
「あの世って!?」
「驚いたか? 悪いが時間がねぇんだ。俺が死んだ事故の事は知ってるだろ?」
「あ、ああ……」
「助手席に俺の女性が座っていた筈だ」
「その事でお前の奥さん怒ってたぞ。子どももお前に失望していた」
「別に不倫じゃねぇよ。それで、生きてるか?」
「……いや、亡くなったよ」
「そうか……」
「スピード違反で事故ったのか? ニュースではそうあったが」
「ああ、そんなところだ。俺の不注意で巻き込んだなら悪いことをしたよ」
「随分と軽いんだな」
「そんなんじゃねぇよ。俺が今どこから電話してるか分かるか?」
「どこって、そんなの知るかよ」
「地獄さ」
「はぁ?」
「本当だ。俺は今、地獄にいる」
「地獄って」
「報いさ。そこでお前に電話したのは俺を地獄から救い出して欲しいんだ」
「地獄から救い出してって」
「悪い。鬼が現れた。またかけ直す」
そう言って電話は切れてしまった。
飯塚は頭の中が混乱した。死んだ筈の鎌田からいきなりの電話、しかもその鎌田は今地獄にいて、それを救い出して欲しい……悪戯だと思いたいが、それにしてはよく出来ている。悪戯だとしてもまた電話が来るのを待ってみるか。
だが、いくら待ってもその日に電話がかかることはもうなかった。
◇◆◇◆◇
鎌田から再び電話がかかったのはあれから三日後の夜8時だった。三日前と同じ時間だ。
「三日も電話がなかった? それは多分地獄とそっちじゃ時間の流れが違うからかもな。こっちじゃまだ一時間しか経ってない」
「え? そっちは一時間?」
「ああ」
それだと地獄では一時間はこちらでは三日という計算になる。
「それで、俺の救出を飯塚にお願いしたいんだが」
「待て待て待て。第一お前は死んでるんだよな?」
「そうだ」
「それで地獄にいる?」
「そうだ」
「どうやってお前を救えって言うんだよ。蜘蛛の糸を垂らせってか?」
「ハハハ、それだったらもっと頑丈なのを頼むよ」
「だからどうやってだよ」
「今のは冗談だよ。それよりお前しかいないんだ」
「何で俺なんだ?」
「こっちからの連絡で出たのがお前だったからだよ」
「ん?」
「こっちからじゃどこに連絡するかは決められないんだ。こればかりは運でね。で、俺はついていたってわけ」
「いやいや、なんで助ける前提なんだよ」
「言っただろ。お前しかいないって。お前が拒否したら俺は一生地獄だ」
「その地獄って」
「知りたいか?」
飯塚は思わず固唾を呑む。
「地獄に落ちた人間は地獄にいる鬼に追いかけ回されるんだ」
「鬼って?」
「人間を生きたまま食らうんだ。もしくは殺される。でも、それで終わりじゃないんだ。また、蘇ってまた鬼に追いかけ回される。それがずっと続くんだ。地獄はあちこちがトラップだらけで、それで死ぬ奴もいる。お前は俺に言ったよな? 俺が死んだのが去年の夏だって。それすら俺は知らない。こっちの時間間隔がそっちと違うからだ。その間に俺は何度も鬼に殺された。殺された時の記憶は残っているんだ。お前、想像出来るか?」
「……」
「俺は地獄に落ちて当然かもしれない。だが、こんな運命を受ける程俺が悪いことをしたのか? なぁ、頼むよ」
「……それで、俺にどうしろと言うんだ」
「ハハッ! 流石だぜ。そうでなくちゃな。難しい話しじゃない。それだけは約束する。まずはこっちの準備があってそれを済ませてからもう一度電話する。そこで具体的に指示を出すからそれに従ってくれ」
「鎌田、それで本当に大丈夫なんだろうな?」
「問題ない。それじゃ一旦電話を切るぜ。こっちは鬼から逃げながら電話してるんで。また連絡する」
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