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エレベーター
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父は単に足を滑らせて階段から転がり落ちて怪我をした。その時は意識もバイタルも問題はなかったにも関わらず、父の容態は日に日に衰弱していくばかりだった。痩せこけた父は自分でトイレも食事もままならないでいた。無気力で、家族の面会にも反応をほとんど見せない。そうなる前に父が自分にいった二人の約束、秘密がとても気になった。それはあのタイミングからの突然の告白だったからだが、それ以外に妙な不気味さがあった。その秘密はまるで今回の件と深く関わっているんじゃないかって。だから、男はもう一度父親にその秘密について聞いてみた。
「父さん、前に言っていた俺達だけの秘密って、あれって何のこと?」
しかし、父の目線は遠くに向けられ、いくらこちらから目線を合わせようとしても、虚ろな目は男を見ていなかった。
「どうしてそんな風になっちゃったんだ?」
その問いにも父は答えなかった。そもそもこちらの声が届いているのか? 男はもう一度、今度は耳元で同じ問いをした。すると、ようやく父は小さな声で「聞こえる……」と言った。
まさか、あの声のことか!?
男は父の手を握った。母が自分を救ったように自分も父を救えるかもしれない。そう思って父に呼びかけようとした時、父は急にぐるっとこちらを向くと「お前には見えないのか」と言った。
見えないのか……何を? と聞きたくない自分がいた。せっかく終わったと思った悪夢に再び引き戻されるんじゃないかと思ったからだ。男は父の手を離し手を引っ込めようとした時、父は俺の手を急に掴んだ。俺は咄嗟の出来事でビクッとした。その手は衰弱する割に強い力だった。男は父を見た。すると、父の目から涙がこぼれ落ちた。父が涙を流すところを男は初めて見た。父はそれだけ家族には弱いところを決して見せてこなかった。その父が初めて自分の目の前で涙を流したのだ。
「お前は悪くない。悪いのは父さんなんだ」
そう言うと、父は自分の手から手を離し、また虚ろな瞳に戻ってしまった。それから何度訊いても父の意識は遠くにいってしまったかのように、男の声に微動だにしなかった。
悪くないって……何か俺達は関わってしまったのか?
◇◆◇◆◇
父との会話はあれが最後だった。それからの父は会話も返事も出来る状況になく、食事も僅かにしか経口摂取できず、男は少しでもと水のみで少しずつ水分介助を行った。母はそんな自分に対して「ありがとね」と言った。ふと、母なら何か知っているんじゃないかと思って訊いてみた。
「ねぇ、母さん。俺と父さん昔になんかあったりした?」
「なによ、急に」
「いや……父さんがこうなる前に俺に多分昔話しをしたんだと思うんだけど全く思い出せなくて」 「そんなの私に聞かれたって分かるわけないじゃん」
「まぁ、そうだよな……」
「でも、父さんとよく小さい頃は一緒に出掛けたりしてたわね」
「そうだっけ? いつ頃の話し?」
「覚えてないの?」
「いや……いつも出掛ける時は家族一緒だったから」
「幼稚園の頃とか小学校一年生頃とか、どっか二人で出掛けてたわよ」
「へぇ……」
そう言われてみたらそうだった気がする。でも、そこで何かあったっけ? 思い出そうにも思い出せなかった。
男は父を見た。
父が流したあの涙……あの意味は何だったのか。悲しい……それとは違う。むしろ、流れ的に後悔の涙だったのではないのか。
「父さん、前に言っていた俺達だけの秘密って、あれって何のこと?」
しかし、父の目線は遠くに向けられ、いくらこちらから目線を合わせようとしても、虚ろな目は男を見ていなかった。
「どうしてそんな風になっちゃったんだ?」
その問いにも父は答えなかった。そもそもこちらの声が届いているのか? 男はもう一度、今度は耳元で同じ問いをした。すると、ようやく父は小さな声で「聞こえる……」と言った。
まさか、あの声のことか!?
男は父の手を握った。母が自分を救ったように自分も父を救えるかもしれない。そう思って父に呼びかけようとした時、父は急にぐるっとこちらを向くと「お前には見えないのか」と言った。
見えないのか……何を? と聞きたくない自分がいた。せっかく終わったと思った悪夢に再び引き戻されるんじゃないかと思ったからだ。男は父の手を離し手を引っ込めようとした時、父は俺の手を急に掴んだ。俺は咄嗟の出来事でビクッとした。その手は衰弱する割に強い力だった。男は父を見た。すると、父の目から涙がこぼれ落ちた。父が涙を流すところを男は初めて見た。父はそれだけ家族には弱いところを決して見せてこなかった。その父が初めて自分の目の前で涙を流したのだ。
「お前は悪くない。悪いのは父さんなんだ」
そう言うと、父は自分の手から手を離し、また虚ろな瞳に戻ってしまった。それから何度訊いても父の意識は遠くにいってしまったかのように、男の声に微動だにしなかった。
悪くないって……何か俺達は関わってしまったのか?
◇◆◇◆◇
父との会話はあれが最後だった。それからの父は会話も返事も出来る状況になく、食事も僅かにしか経口摂取できず、男は少しでもと水のみで少しずつ水分介助を行った。母はそんな自分に対して「ありがとね」と言った。ふと、母なら何か知っているんじゃないかと思って訊いてみた。
「ねぇ、母さん。俺と父さん昔になんかあったりした?」
「なによ、急に」
「いや……父さんがこうなる前に俺に多分昔話しをしたんだと思うんだけど全く思い出せなくて」 「そんなの私に聞かれたって分かるわけないじゃん」
「まぁ、そうだよな……」
「でも、父さんとよく小さい頃は一緒に出掛けたりしてたわね」
「そうだっけ? いつ頃の話し?」
「覚えてないの?」
「いや……いつも出掛ける時は家族一緒だったから」
「幼稚園の頃とか小学校一年生頃とか、どっか二人で出掛けてたわよ」
「へぇ……」
そう言われてみたらそうだった気がする。でも、そこで何かあったっけ? 思い出そうにも思い出せなかった。
男は父を見た。
父が流したあの涙……あの意味は何だったのか。悲しい……それとは違う。むしろ、流れ的に後悔の涙だったのではないのか。
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