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エレベーター
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男は闇の中で死を覚悟した。その刹那、うめき声の中から聞き覚えのある声がした。それは自分を呼ぶ声で、それはどこか懐かしく、男はその声を覚えていた。それが母親であると気づくのには然程かからなかった。男は母を呼んだ。
すると、闇から一筋の光が現れた。糸だ。地獄に一本の糸が垂らされたのだ。そこに闇に潜む無数の白い腕が蛇のように男に絡みしがみついた。それでも、光の先から「頑張って」と声がし、男は賢明に腕を伸ばした。不思議と、あの倦怠感は消えていた。そのまま男の手が光に届くと、光は更に強くなった。
気がつくと、その光は天からではなく、病室の天井の照明だった。その白い光が眩しく感じた。男の手には母が握っていた。
男が最後に送ったメッセージを見て駆けつけてきてくれたのだった。
後から聞いた話、医者が言うにはかなり危険な状態までいっていたとのこと。そこに両親が駆けつけ声を必死にかけたら、徐々に顔色が良くなっていったんだとか。今はバイタルも安定し、不思議な発熱もすっかり消えて無くなっていた。だが、男にとって腑に落ちないのは、何故自分はあんな目に合ったのかということだ。
古すぎでもない病院には庭があり、鳥の囀りも聞け、医者や看護師の対応も悪くなく、とても悪い病院ではない。むしろ、あのビルにしても病院にしても、共通するのはエレベーター…… 。
◇◆◇◆◇
あれから男は数日で退院できた。両親とあんなかたちだったが久しぶり会えて気持ちも落ち着いた。今度はちゃんと顔を見せにいくつもりだ。
それと、あのおかしな現象はあれから一度も起きていない。あれで終わったと思いたい。ただ、やはりエレベーターに乗るのはどうしても嫌だった。
職場で流石に階段を使うと皆から「あれ、ダイエットですか?」と勘違いされるが、おかしな体験を話す勇気もなく苦笑しながら「実はそうなんです」と誤魔化すのだった。
それから2年後。
実家から突然連絡があり、父が階段から落ちて病院へ搬送されたと母からの電話だった。なんでも頭から出血はあったもの意識はあって命に別条はないんだとか。とりあえず休みだった男は母から教えられた病院へ向かい、お互い現地で合流することになった。
高速を使い、それなりに長い距離をナビの案内を受けながら向かうと、ようやくその病院が見えてきた。それは見るからに古そうで、どこか気味悪い感じがした。直感的に出来れば近づきたいくない……そんな雰囲気がその病院から漂ってきていた。
その病院の一般駐車場に車をとめ待っていると、母の乗る軽自動車が入ってきた。男は車を降りて母と駐車場で会うと、一緒に病院へ行き受付に向かった。外も相当だったが中も想像した通りの古さを感じた。
受付を済ませると、父が入院する病室は3階へ母は当たり前のようにエレベーターへ向かった。男は迷った。自分は階段へ行くよとは中々言い出せない。男は迷ったすえ、もうあれから何も起きていないのだからと、一緒にエレベーターに乗った。そのエレベーターはかなり古いタイプのもので、見ると地下もあるようだ。
母は3階ボタン押してから閉めるボタンを押したが、エレベーターは中々扉が閉まらなかった。その時、エレベーターに何かが乗った気配がした。
「え?」
直後、エレベーターは扉が閉まった。
エレベーターは二人しかいない。でも、何故かそれだけじゃない気がしてきた。それとも気にし過ぎか? あのトラウマが忘れられないだけか?
エレベーターが3階に着いて扉が開くと男は急いでエレベーターから降りた。二人をおろしたエレベーターは扉が閉まる。その寸前の隙間からうめき声のようなものが聞こえてきた。
終わっていない……でもなんで? 男には分からなかった。対処する方法も思いつかず、男は病室へ来た。大部屋の窓際のベッドで、父は笑顔で二人を出迎えた。
「なんだ元気そうじゃん」
男は必死に悟られないよう平常を装った。
「なんだ母さん、わざわざ呼んだのか。別にこれくらいたいしたことないんだから」
それから談笑を暫く続いた。その内容はというと、父が病院の愚痴をこぼし、二人の笑いを誘うもので、例えば「入院している患者の中に夜中に大声をあげる年寄りがいてね、廊下でズボンとパンツを脱いで小便しだすんだ。看護師は慣れてるみたいだったけど、ありゃ大変だわ」と言っていた。
それから暫くして、母が病院内にある売店で何か買ってくるからと言って病室から一度は離れていった。その間、父と二人きりになった。あまり父と二人きりになるなんてことはあまりなく、気まずい沈黙が続いた。父と息子なんてそんなものだろう。だったら自分が代わりに売店へ行けば良かったと思ったその時、父がなにやらぶつぶつと呟いているのに気がついた。耳をよく澄まして聞いてみると、父は「うめき声が聞こえてくる……」と呟いていた。
男は一瞬ゾッと寒気が襲った。
「何言ってるんだよ、父さん」
すると、父はブンと頭を回し顔を向けてくると、黒い瞳が男をじっと見てから「お前、覚えてるか?」と突然訊いてきた。
「俺とお前の約束、秘密は誰にも話していないよな」
「秘密って……なんだよ」
「そうか、忘れたか……だが、思い出しても、誰にも話すなよ。いいな?」
「は?」
父は目をそらした。男はもう一度聞こうとしたが、その前に母がタイミング悪く戻ってきた。
父との秘密……それは何だったのだろうか…… 。
すると、闇から一筋の光が現れた。糸だ。地獄に一本の糸が垂らされたのだ。そこに闇に潜む無数の白い腕が蛇のように男に絡みしがみついた。それでも、光の先から「頑張って」と声がし、男は賢明に腕を伸ばした。不思議と、あの倦怠感は消えていた。そのまま男の手が光に届くと、光は更に強くなった。
気がつくと、その光は天からではなく、病室の天井の照明だった。その白い光が眩しく感じた。男の手には母が握っていた。
男が最後に送ったメッセージを見て駆けつけてきてくれたのだった。
後から聞いた話、医者が言うにはかなり危険な状態までいっていたとのこと。そこに両親が駆けつけ声を必死にかけたら、徐々に顔色が良くなっていったんだとか。今はバイタルも安定し、不思議な発熱もすっかり消えて無くなっていた。だが、男にとって腑に落ちないのは、何故自分はあんな目に合ったのかということだ。
古すぎでもない病院には庭があり、鳥の囀りも聞け、医者や看護師の対応も悪くなく、とても悪い病院ではない。むしろ、あのビルにしても病院にしても、共通するのはエレベーター…… 。
◇◆◇◆◇
あれから男は数日で退院できた。両親とあんなかたちだったが久しぶり会えて気持ちも落ち着いた。今度はちゃんと顔を見せにいくつもりだ。
それと、あのおかしな現象はあれから一度も起きていない。あれで終わったと思いたい。ただ、やはりエレベーターに乗るのはどうしても嫌だった。
職場で流石に階段を使うと皆から「あれ、ダイエットですか?」と勘違いされるが、おかしな体験を話す勇気もなく苦笑しながら「実はそうなんです」と誤魔化すのだった。
それから2年後。
実家から突然連絡があり、父が階段から落ちて病院へ搬送されたと母からの電話だった。なんでも頭から出血はあったもの意識はあって命に別条はないんだとか。とりあえず休みだった男は母から教えられた病院へ向かい、お互い現地で合流することになった。
高速を使い、それなりに長い距離をナビの案内を受けながら向かうと、ようやくその病院が見えてきた。それは見るからに古そうで、どこか気味悪い感じがした。直感的に出来れば近づきたいくない……そんな雰囲気がその病院から漂ってきていた。
その病院の一般駐車場に車をとめ待っていると、母の乗る軽自動車が入ってきた。男は車を降りて母と駐車場で会うと、一緒に病院へ行き受付に向かった。外も相当だったが中も想像した通りの古さを感じた。
受付を済ませると、父が入院する病室は3階へ母は当たり前のようにエレベーターへ向かった。男は迷った。自分は階段へ行くよとは中々言い出せない。男は迷ったすえ、もうあれから何も起きていないのだからと、一緒にエレベーターに乗った。そのエレベーターはかなり古いタイプのもので、見ると地下もあるようだ。
母は3階ボタン押してから閉めるボタンを押したが、エレベーターは中々扉が閉まらなかった。その時、エレベーターに何かが乗った気配がした。
「え?」
直後、エレベーターは扉が閉まった。
エレベーターは二人しかいない。でも、何故かそれだけじゃない気がしてきた。それとも気にし過ぎか? あのトラウマが忘れられないだけか?
エレベーターが3階に着いて扉が開くと男は急いでエレベーターから降りた。二人をおろしたエレベーターは扉が閉まる。その寸前の隙間からうめき声のようなものが聞こえてきた。
終わっていない……でもなんで? 男には分からなかった。対処する方法も思いつかず、男は病室へ来た。大部屋の窓際のベッドで、父は笑顔で二人を出迎えた。
「なんだ元気そうじゃん」
男は必死に悟られないよう平常を装った。
「なんだ母さん、わざわざ呼んだのか。別にこれくらいたいしたことないんだから」
それから談笑を暫く続いた。その内容はというと、父が病院の愚痴をこぼし、二人の笑いを誘うもので、例えば「入院している患者の中に夜中に大声をあげる年寄りがいてね、廊下でズボンとパンツを脱いで小便しだすんだ。看護師は慣れてるみたいだったけど、ありゃ大変だわ」と言っていた。
それから暫くして、母が病院内にある売店で何か買ってくるからと言って病室から一度は離れていった。その間、父と二人きりになった。あまり父と二人きりになるなんてことはあまりなく、気まずい沈黙が続いた。父と息子なんてそんなものだろう。だったら自分が代わりに売店へ行けば良かったと思ったその時、父がなにやらぶつぶつと呟いているのに気がついた。耳をよく澄まして聞いてみると、父は「うめき声が聞こえてくる……」と呟いていた。
男は一瞬ゾッと寒気が襲った。
「何言ってるんだよ、父さん」
すると、父はブンと頭を回し顔を向けてくると、黒い瞳が男をじっと見てから「お前、覚えてるか?」と突然訊いてきた。
「俺とお前の約束、秘密は誰にも話していないよな」
「秘密って……なんだよ」
「そうか、忘れたか……だが、思い出しても、誰にも話すなよ。いいな?」
「は?」
父は目をそらした。男はもう一度聞こうとしたが、その前に母がタイミング悪く戻ってきた。
父との秘密……それは何だったのだろうか…… 。
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