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序章 魔性
03 使命
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国境に向け三人が馬に跨り走っていると、途中で鉄道の建設中に遭遇した。ヘクターはそれを見て説明する。
「確か来年の夏に開通予定だったな。本当は戦争前に始まってとっくに開通してる筈が戦争で工事が中断。その後も何度か延期され、これ以上の延期は出来ないとか大臣が怒り狂っていたな。確か、戦争で予算不足で延期になって以来の再開じゃないのか」
鉄道が開通すれば人や物の移動も段違いになるだろう。
更に進むと、養豚場が見えてきた。石畳の道の奥には石造りの民家が見える。俺は一度連れて来られた時にあの町を通過したから町の様子は知っていた。のどかな町で通り道には沢山の花が咲いており、町行く者はあの町を『花の玄関口』と呼んだ。その町には欠けたタワーがある。かつてはシンボルとして建設されたタワーは戦争によって破壊され上が欠けていた。タワーはそのままになっていた。あのタワーがあれからどうなったかは知らない。
「それで、地下トンネルはどこにあるんだ?」
「町から離れた墓地に」
「あの迷路のような広い墓地か。なるほど、よく考えたな。ならこっちだ」
墓地の入口は門があって、石畳の通り沿いに墓があり、それを緑が囲っていた。
馬は墓地近くの空き家を利用し、馬をその裏につけ、自分達は墓地の奥へと進んだ。墓石は様々で、立派な程に生前の身分が想像出来る。
墓地には名前があり、中には背中に翼を生やした美女の像がある。
更に奥には回廊がある。元兵士が言うには回廊の過ぎたその先にある筈だからよく探してみろだった。
だが、やはりどの墓も目印のようなものが見当たらない。分かりやすくはしてはいないだろうが、元兵士はよく探せとしか言わなかった。探しているうちに本当にあの元兵士の言うことは本当だったのか心の中がざわついた。
だが、ヘクターがそれを見つけてくれた。
「見ろ」
指差した方向に黒い十字の墓がある。
「僅かだがズレている」
ヘクターはその墓石を動かそうとしたので自分もそれに加わる。
「もし違ったら俺達は単なる墓荒らしになるな」
ヘクターは笑いながら墓石を押し出すと、墓石の下から穴と梯子が現れた。
「ビンゴだ。お前の言う通りだったよ」
穴の先は暗かった為、ヘクターはランタンを灯しながら先に降りた。次にオリビア。最後に俺とヘクターで墓石を戻しながら穴を塞いだ。
穴のスペースは一人分で問題はなかった。どんどん奥へ進んでいくと、突き当りに梯子が現れた。ヘクターが登り上の蓋を動かすと、そこは外へと繋がっていた。塞いで穴を隠していたのは石碑だった。戦争で犠牲になった兵士達の追悼とある。その周りはお花畑になっていた。
「なるほど、ずっと戦争後もこの脱出ルートは守られていたわけか」そう言いながらヘクターは後ろを振り返る。遠くに国境の壁が見えた。巨大でまるで刑務所の塀のようだった。
「それで、お前達はどうするよ? 俺は馬があのままだから一旦引き返すぜ」
「俺達は先へ進みます」
「そうか。なら、お別れだな。無事、生き延びろよ」
「はい」
「それじゃあな」
ヘクターはそう言って穴の中へと戻っていった。
俺は自由を求め、オリビアもまた自由を求めた。国境を越えた俺達はまさに自由を手にしたのだ。そのスタートがお花畑に囲まれ追悼の石碑のある場所だった。俺の住んでいたところまではまだまだかなりの距離がある。
正直に言えば、ここまで来るのに疲労がないわけじゃない。あちこち痛いし疲れた。ただ歩くだけでも辛い。むしろ、ここまで来れたのが奇跡だ。それもこれも果実を口にしてからだ。かわりに相棒は永遠の眠りの中。ふと思うのだ。どちらの方が幸せだったのかと。眠ったまま死ねるのなら、何故俺はここまでして生きたんだ? その原動力はなんだ? それは死が怖いからか? 怖い? それじゃ俺の生きる目的はなんだ? 理由? そんなものは考えたことがなかった。
この世界に痛みがある理由も苦しみがある理由も、俺には分からない。この世界が地獄なのか? 神に罰せられているからか? でも、確かなことは覚えている。
辛くても人は何故か不思議と人生という道を歳を重ねながら歩んでいることを。だが、そこから抜け出したい人がいたことも。母は…… 。確かに苦痛は止まった。同時にその道も絶たれた。俺にはその時は分からなかった。
人が不器用なのか、それとも世界が完璧でないからなのか、 (世界を認識しているのが人であることを考慮するなら)どちらが先なのか。
ともあれ、俺はまだ足を止めようとは思わない。まだ今は…… 。
それから数カ月後。
黒ずくめ達は既に少年達は国外へと逃亡してしまったのではないかという懸念を持ち始めていた。あれだけ情報公開が行われても全くといっていい程に情報が入っていなかったからだ。情報公開が遅れた警察への不信感は今更ではあるが、黒ずくめ達にとって、禁断の果実を口にした者は監視対象だ。その監視対象が行方不明のままでは話しにならない。
既に美の魅力を手にしたモデルは異性のみならず同性からもその魅力と虜となっており、一方でそのモデルの周囲では不審死が頻発していた。警察は捜査はするものの早期で打ち切られることがほとんどで、おそらくは権力者が裏で間に入った可能性がある。その女モデルに弱みを握られているか、それとも純粋に心酔して骨抜きにされているか、どちらにせよこの国の状況は危機に向かっている。
魅力は魔性に近く、禁断の果実を口にした者はその力を己だけで手放すことは出来ない。故に対処方法は隔離か最悪死だ。だが、ほとんどの場合は魅力を持って抵抗し我々の言葉に耳を貸すことはない。だから殺すしかない。
人は誰しもが魅力に取り憑かれる。やがて嫉妬し、欲するようになる。だが、それは手に入るものではない。そうと分かれば自己否定か攻撃的になる。美を持たぬ者が嫉妬し、自分に自信を無くし否定してしまうように。だからこそ、強い魅力は魔性であり危険なのだ。
そして、インフルエンサーに人は集まるのではない。魅力が人をひきつけている。例えその人物の発する言葉にそれが真実でなくても、その人物の言うことなら大概信じ込んでしまう。その人物の言うことなら金を差し出し、身を差し出し、全てを失ってから気づいても、誰もその人物の警告には耳を傾けることなく、被害は拡大していく。
かつて、天才という魅力の果実『知恵の果実』を口にした者の発言を鵜呑みにした人類が大戦争を起こしたように、奴の口は終焉を知らせるラッパ、音は言葉で表せるように、それは天使と悪魔の戦いに置き換えられ幾つもの絵画に残された。
再び歴史を繰り返すことだけは避けなければならない。それが我々の使命だ。
「確か来年の夏に開通予定だったな。本当は戦争前に始まってとっくに開通してる筈が戦争で工事が中断。その後も何度か延期され、これ以上の延期は出来ないとか大臣が怒り狂っていたな。確か、戦争で予算不足で延期になって以来の再開じゃないのか」
鉄道が開通すれば人や物の移動も段違いになるだろう。
更に進むと、養豚場が見えてきた。石畳の道の奥には石造りの民家が見える。俺は一度連れて来られた時にあの町を通過したから町の様子は知っていた。のどかな町で通り道には沢山の花が咲いており、町行く者はあの町を『花の玄関口』と呼んだ。その町には欠けたタワーがある。かつてはシンボルとして建設されたタワーは戦争によって破壊され上が欠けていた。タワーはそのままになっていた。あのタワーがあれからどうなったかは知らない。
「それで、地下トンネルはどこにあるんだ?」
「町から離れた墓地に」
「あの迷路のような広い墓地か。なるほど、よく考えたな。ならこっちだ」
墓地の入口は門があって、石畳の通り沿いに墓があり、それを緑が囲っていた。
馬は墓地近くの空き家を利用し、馬をその裏につけ、自分達は墓地の奥へと進んだ。墓石は様々で、立派な程に生前の身分が想像出来る。
墓地には名前があり、中には背中に翼を生やした美女の像がある。
更に奥には回廊がある。元兵士が言うには回廊の過ぎたその先にある筈だからよく探してみろだった。
だが、やはりどの墓も目印のようなものが見当たらない。分かりやすくはしてはいないだろうが、元兵士はよく探せとしか言わなかった。探しているうちに本当にあの元兵士の言うことは本当だったのか心の中がざわついた。
だが、ヘクターがそれを見つけてくれた。
「見ろ」
指差した方向に黒い十字の墓がある。
「僅かだがズレている」
ヘクターはその墓石を動かそうとしたので自分もそれに加わる。
「もし違ったら俺達は単なる墓荒らしになるな」
ヘクターは笑いながら墓石を押し出すと、墓石の下から穴と梯子が現れた。
「ビンゴだ。お前の言う通りだったよ」
穴の先は暗かった為、ヘクターはランタンを灯しながら先に降りた。次にオリビア。最後に俺とヘクターで墓石を戻しながら穴を塞いだ。
穴のスペースは一人分で問題はなかった。どんどん奥へ進んでいくと、突き当りに梯子が現れた。ヘクターが登り上の蓋を動かすと、そこは外へと繋がっていた。塞いで穴を隠していたのは石碑だった。戦争で犠牲になった兵士達の追悼とある。その周りはお花畑になっていた。
「なるほど、ずっと戦争後もこの脱出ルートは守られていたわけか」そう言いながらヘクターは後ろを振り返る。遠くに国境の壁が見えた。巨大でまるで刑務所の塀のようだった。
「それで、お前達はどうするよ? 俺は馬があのままだから一旦引き返すぜ」
「俺達は先へ進みます」
「そうか。なら、お別れだな。無事、生き延びろよ」
「はい」
「それじゃあな」
ヘクターはそう言って穴の中へと戻っていった。
俺は自由を求め、オリビアもまた自由を求めた。国境を越えた俺達はまさに自由を手にしたのだ。そのスタートがお花畑に囲まれ追悼の石碑のある場所だった。俺の住んでいたところまではまだまだかなりの距離がある。
正直に言えば、ここまで来るのに疲労がないわけじゃない。あちこち痛いし疲れた。ただ歩くだけでも辛い。むしろ、ここまで来れたのが奇跡だ。それもこれも果実を口にしてからだ。かわりに相棒は永遠の眠りの中。ふと思うのだ。どちらの方が幸せだったのかと。眠ったまま死ねるのなら、何故俺はここまでして生きたんだ? その原動力はなんだ? それは死が怖いからか? 怖い? それじゃ俺の生きる目的はなんだ? 理由? そんなものは考えたことがなかった。
この世界に痛みがある理由も苦しみがある理由も、俺には分からない。この世界が地獄なのか? 神に罰せられているからか? でも、確かなことは覚えている。
辛くても人は何故か不思議と人生という道を歳を重ねながら歩んでいることを。だが、そこから抜け出したい人がいたことも。母は…… 。確かに苦痛は止まった。同時にその道も絶たれた。俺にはその時は分からなかった。
人が不器用なのか、それとも世界が完璧でないからなのか、 (世界を認識しているのが人であることを考慮するなら)どちらが先なのか。
ともあれ、俺はまだ足を止めようとは思わない。まだ今は…… 。
それから数カ月後。
黒ずくめ達は既に少年達は国外へと逃亡してしまったのではないかという懸念を持ち始めていた。あれだけ情報公開が行われても全くといっていい程に情報が入っていなかったからだ。情報公開が遅れた警察への不信感は今更ではあるが、黒ずくめ達にとって、禁断の果実を口にした者は監視対象だ。その監視対象が行方不明のままでは話しにならない。
既に美の魅力を手にしたモデルは異性のみならず同性からもその魅力と虜となっており、一方でそのモデルの周囲では不審死が頻発していた。警察は捜査はするものの早期で打ち切られることがほとんどで、おそらくは権力者が裏で間に入った可能性がある。その女モデルに弱みを握られているか、それとも純粋に心酔して骨抜きにされているか、どちらにせよこの国の状況は危機に向かっている。
魅力は魔性に近く、禁断の果実を口にした者はその力を己だけで手放すことは出来ない。故に対処方法は隔離か最悪死だ。だが、ほとんどの場合は魅力を持って抵抗し我々の言葉に耳を貸すことはない。だから殺すしかない。
人は誰しもが魅力に取り憑かれる。やがて嫉妬し、欲するようになる。だが、それは手に入るものではない。そうと分かれば自己否定か攻撃的になる。美を持たぬ者が嫉妬し、自分に自信を無くし否定してしまうように。だからこそ、強い魅力は魔性であり危険なのだ。
そして、インフルエンサーに人は集まるのではない。魅力が人をひきつけている。例えその人物の発する言葉にそれが真実でなくても、その人物の言うことなら大概信じ込んでしまう。その人物の言うことなら金を差し出し、身を差し出し、全てを失ってから気づいても、誰もその人物の警告には耳を傾けることなく、被害は拡大していく。
かつて、天才という魅力の果実『知恵の果実』を口にした者の発言を鵜呑みにした人類が大戦争を起こしたように、奴の口は終焉を知らせるラッパ、音は言葉で表せるように、それは天使と悪魔の戦いに置き換えられ幾つもの絵画に残された。
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