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序章 魔性
02 カーヌス
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街を目の前にして突然美味しそうな匂いが二人の鼻に届いた。風は丘の上から吹いており、丘の上には大きな建物が見える。俺はオリビアをこの場に待たせ一人丘の上を目指した。上までは道があり、看板にはカーヌス病院とその横に「炊き出しやってます」とあった。どうして街の外にあるのか不思議に感じながらもとりあえず上まで行くと、案内通り建物の前で炊き出しが行われていた。そこには貧しい人達が集まっており、器を抱えていた。器からは湯気がたっていて、それを見た俺の腹は空腹のラッパを鳴らした。俺はお腹を擦りながら炊き出しの方へと向かった。そこでは複数の職員が集まって手分けして配っていた。俺はその人達から大きな鍋でつくった野菜たっぷりのポトフを渡してくれた。中にはソーセージが一つ入っている。俺は下にもう一人待っている子がいることを説明すると、職員は笑顔で疑いもせずに渡してくれた。
俺はそれを持って丘を降り、待っていたオリビアに一つを渡して一緒に草の上で食べた。
二人はお腹から体が温まるのを感じると、街の方を見た。
「暗くなってから街を行ってみよう」
オリビアは頷いた。彼女にとって俺無しで一人で出歩くわけにはいかない。
二人が座って長い徒歩の旅の疲れを休めていると、二人の頭上を巨大な蜘蛛の巣が二人まるごと包んだ。
「なんだこれは!?」
それは捕獲用ネットだった。
「まさかお前みたいなガキが逃げ出したとは驚いたよ」
そこに現れたのは例の眼帯男だった。更に今回は他に仲間がいるようで見ない顔の男達が三人もいた。
「お前は!?」
「よぉ。俺とお前はどんな巡り合わせかよく会うな」
「賞金稼ぎ!」
「今度は人の奴隷を連れて逃亡とは。随分余裕なこった」
「どうして分かった」
「なんだ、意外に間抜けなんだな。あの炊き出しは俺達が用意した罠さ。空腹の獲物を狩るための常識。あの病院はな、あの街の汚れた川の水を飲んで体調を崩した連中ばかりがあそこで入院している。皆病気を恐れてこの病院にはまず近づいたりはしねぇ。あの街の住人ならよ。つまり、病院に近づくのは街以外の人間にほとんど限られる。更に言えば、お前が向かう方向と次にある街に焦点を当てればドンピシャさ。お前は食料の心配で追跡する俺達を惑わす為に遠回りする程の余裕はない。当たりだろ?」
ぐうの音も出なかった。
「さぁ、行くぞ」
俺達は当然抵抗した。だが、男達数人相手では子ども二人を抑えつけるなんて簡単なことだった。あの、警察署で見せた能力は何故かここでも発揮されなかった。
その後、目の前にある街へ連行された俺達。街の空気は悪く、左右見渡しても工場ばかりだった。気になったのはどの工場の建物も同じ豚の腹に歯車が描かれたシンボルがあったことだった。
眼帯の男は俺の見ているものに気がつき「気になるか?」と聞いてきた。
俺は「別に」と答えたが、男は構わず説明を始めた。
「あの工場も向こうの工場も全て同じ経営者なんだ。ここでは機械に必要とされる部品のほとんどがここで生産されている。組み立ては他の場所に点々とある。その方が持ち運びの際に便利だからさ」
機械ってどんなの? と思ったが、それで反応したら眼帯の思うつぼな気がして質問をやめた。
「しかし、お前分かっているのか? 他人の奴隷を連れ出したってことは、奴隷の窃盗になるんだ。お前はまた罪を増やしたわけさ」
「今更俺の運命が変わるのか?」
「確かにその通りだな」男はそう言って工場を見渡した。
「この街はだいぶ変わっちまった。例の経営者が現れてから競争が全てで金がものを言う街になった。確かに技術も街も大きくなったが、工場で働く労働者はかわりになにか大事なものを失った。いや、金に変えられたと言うべきか。それまでは仲間意識も高く人付き合いは良かった。だが、今じゃ働き手を増やす為に余所者を集めるようになり、結果見知らぬ顔が増えた。治安も悪化し、警察は賄賂を受け取る始末。隣近所の顔を知らないことも当たり前になった。昔あった小さな工場は潰れ、大きな工場が増えていった。皆、最初は街が大きくなるのを喜んださ。年寄りは違ったがな。結局は年寄りが一番世の中をよく見えてたわけだ。いいことも悪いことも両方全部押し寄せてくる。街は金持ちになったが、ごうつくが増えた。人の欲は飯のようには満たされない。あの頃が幸せだったと思い込んでももう遅い。若者はその頃を知らずに生きている。自分達より上の世代が金持ちなら、自分達も金持ちになりたいと思うのは当然だ。なぁ? 世の中は思う通りには進まないものだ。噂では、その経営者はお前と同じく例の果実を口にしたらしい。魅力はせいぜい想像がつく。金とかだろ。現に何もしなくても奴のところに金は集まっていく。魔法のようだが呪いのようにも見える」
「何故そう思う? お前も金の為に俺を捕まえに来たんだろ」
「そりゃ生きる為さ。だがな、ここにいる労働者と一緒に働いてたらいつかは病気になっちまう。ここにいる連中は命がけで働いてるのさ。文字通りにね」
「そうまでしなきゃならないのか」
「そうだ。だからこそ盗みは重罪なんだ」
街の中心に来ると、通りは沢山のお店が並ぶ商店街となっていた。間口が狭く、一軒一軒の店との隙間がなく、繋がっているように見える。入口の広い店からは奥が全く見えない。パンを売る店、服を売る店、雑貨屋、本屋、色々あって品揃えも充実していた。だが、不思議と子どもの姿は少ないように見えた。
暫くして、警察署が目の前に現れた。警察署の入口には街のシンボルである金槌と火の旗が掲げられてある。
その警察署の中に入ると、街の歴史を感じられる昔の写真が幾つも壁掛けに飾られてあった。まだ小さな工場が建ち並び、その中には額に汗をかいた鍛冶職人の姿がある。この国のシンボルでもある剣だ。昔はここで沢山の武器が作られていたんだ。
「手配書にあったガキを連れて来たぞ」
眼帯の男は近くの警官にそう言った。警官はガキ二人を見た。
「どのガキだ?」
「は? 男の方だよ」
警官は他の警官に「こんなガキ手配書にあったか?」と聞き始めた。
「悪いが新しい手配書はまだ来ていない」
「都市ではこいつの似顔絵の手配書があちこちに貼られてあるぞ」
「だが、その手配書はここへは来ていない。おそらく最近の手配書だろ? 手配書は余所じゃ毎月更新される。よっぽどの犯罪者じゃない限りは更新頻度は変わらんよ」
「こいつの首には金貨50枚がかけられているんだぞ!」
「金貨50枚だって? なにをやったんだ」
「例の林檎を口にした」
「このガキが? なら、噂通り魅力がある筈だ。見せてみろ」
「いや、それがこいつはまだ林檎を口にして日が浅く、まだ力を出せないようなんだ」
すると、警官達はクスクスと笑いだした。
「あぁ、分かるよ。だがな、俺の目からしたらこのガキに金貨50枚は流石につかんよ。どちらにせよ確認のしようがない。国に対する反逆罪でもない限り手配書は毎月更新だ。手配書が更新されるのを待つか、その都市に行ってくれないか」
「わざわざ苦労して捕まえてここに連れて来たのにか?」
「ご苦労さま」
「ふざけるな! よく聞け。このガキをあんたらが逮捕して俺に金を渡す。そしたら、あんたらは大物を逮捕出来たと手柄を得る。俺は金さえ手に入ればあんたらの手柄にしたっていい。俺は口が堅い」
「そりゃ金を積めば口は誰だって堅くなるさ。金が尽きればその口も緩む。お前達のような連中はそうやって金をむしり取るのさ」
「おれはそんなことしない。金貨50枚だぞ。その前にも稼ぎがある」
「金は幾らあったところで困りはしないだろ。そうだ、いいことを思いついた。お前の話しが本当ならお前を逮捕して、俺達の手柄にすれば口止め料はゼロ。タダで手柄が手に入る」
警官達はクスクス笑いながら眼帯男達を囲んだ。
「そこまで腐ったか」
「お前がなんと言おうと世間は警官を信用する。お前の罪状なんて簡単に作れる。大人しくすれば軽い刑期で済むぞ」
「そんなつもりはないくせに!」
眼帯男は拳銃を取り出し、警察署内でぶっ放した。
「クソッ! 本当に撃ちやがった! ここが警察署だって分かってるのか!」
「汚職警官がよく言うぜ」
壁掛けの写真に警官の撃った弾丸が当たり、床に落ちる。パリンパリンと割りながら、俺達は警察署から抜け出した。
「お仲間がやられたぞ。いいのか?」
「お前のせいでこうなった。最悪だ」
「俺のせい!? ふざけるな。あの時、大人しく引返せば良かっただろ。汚職警官だって分かってたくせに」
「お前みたいなガキに説教されるとはな」
眼帯男は俺達の縄をナイフで切ると全速力で走って逃げた。だが、オリビアには足枷がついていた。眼帯男は「クソッ!」と言って彼女をいきなり抱えると、そのまま走った。
眼帯男は道に詳しようで、細い道にどんどん入っていく。そこは工場で働く労働者の住宅で、部屋はどれも狭く、道の上は洗濯物がロープで干されてある。その下をどんどんと進んでいくと、酷い悪臭が襲った。その通りには上半身裸の男が地べたに寝っ転がっていたり、座り込んでいる汚らしい人達がいた。
「ここは?」
「働けなくなって金もなくなった人間がいきつく場所さ」
体を壊すまで働いても誰も感謝されることなく使い捨てにされた人達はまるで奴隷と同じ物のような扱いだった。
「ここまで来れば連中もこれ以上は追いかけては来れまい。警察でもここは進んで来るような場所じゃないからな。それじゃあな」
「ちょっと、どこへ行くのさ?」
「もうお前達とは関わりたくない。俺は警官をやっちまったんだぞ。もうこの国にはいられない」
「なら、俺達と一緒に国外へ逃げないか?」
眼帯の男は鼻で笑った。
「なんで俺が足手まといのお前達と共に行動しなきゃならないんだ?」
「俺がどうやってあの警察署から逃げ出したのか知りたくはないか?」
眼帯の男は「なんだ」と聞いた。俺はうまくは言えないが頑張ってそれなりには伝えた。
「なるほど。つまり、お前には何かしらの力があると……だがな、コントロール出来ないなんて頼れないね。それに、一人で行動した方が逃げやすい」
確かに眼帯の男の言う通りだ。奴には得することはない。
「分かったよ」
「……なんだよ、随分素直じゃないか。チッ……なんかあるならもったいぶらずに言いやがれ」
「警官殺しのあんたがそう簡単に国境をこえられるとは思えないってだけさ」
「それはお前もそうだろ。いや……でなきゃお前ルートを知ってやがるな?」
「戦争時グラは特殊部隊が敵の懐まで行く為に密かに地下トンネルをつくったんだ」
「何故ガキのお前がそれを知ってる」
「奴隷として連れて行かれる時に一緒にいた元兵士から聞いたんだ。もし、逃げるチャンスがあったらそのルートを使えって」
眼帯男は少し考えてから「いいだろ」と返事をした。
「そうとなればその女の枷を外さないとな」
「なんとかなるのか?」
「この街には鍵職人だっているんだ。金さえ積めば黙って引き受けてくれるさ」
眼帯男のおかげでオリビアの足枷が外れた。それから俺達は日の落ちる時間帯に動き出しヘクターと仲間が乗っていた馬を回収すると街を急いで出た。
「ねぇ、聞いてもいい? その目どうしたの?」
「そういうのは聞かないでおくもんだ」
眼帯男はそう言って質問には答えてはくれなかった。
街の外で眼帯男ヘクターの仲間が乗っていた馬に慣れる為の練習を受けた。馬の名前はトーマス。馬に乗れれば今までかかっていた移動時間が大きく変わる。ヘクターの教え方もうまく、さほど時間もかからず乗れるようになった。
「トーマスは賢いからな。やんちゃな暴れ馬とは違う」
ヘクターは馬のおかげだと言った。
それからヘクターの馬にオリビアも乗り、俺はトーマスに乗って国境まで目指した。
国境まで直進するとして、このまま行けばもう一つ町があって、その先は軍の基地があって、国境がある。最後に補給をするとしたらその途中にある街になるが、当然その街には軍人も出入りしている。
ヘクターの後ろで跨っていたオリビアはヘクターに質問をする。
「手配書が出回るのに時間がかかるなら、国境を越えるのもそんなに問題なく行けるんじゃないの?」
「国境を渡るには身分証が必要だ。お前達にそれがあるのか? それに、身分証を発行するには時間がかかるんだ。一日じゃ出来ないのは、そいつが指名手配されているかどうか、スパイかどうか身辺調査を受けるからだ。お前達がこの国に簡単に入れたのは身分証が無くてもお前達の身分が奴隷だったからだ。その場合、一緒に渡る人間の身分証と奴隷の所有権を一緒に提示すればお前達は簡単に入れる。俺はどちらも持っていない。それに俺は今回ので賞金首になっちまっただろうよ。警察署で銃撃戦して、しかも警官をやっちまったんだから当然だろう」
実のところヘクターの読みは当たっていた。ヘクターの首には金貨30枚、そしてティルの首には金貨70枚がかけられていた。ティルに至っては、こう噂されていた。
奴隷だった少年は主人を裏切り林檎を口にし脱走。更に都市の警察署で暴れ警官を負傷させ街を逃げ、その道中で奴隷と食料を盗み、更に次の街で今度は仲間を連れ銃撃戦、死者、負傷者を出した。たかが子どもだと甘く見るな。見た目に惑わされスキを見せればその命は簡単に落とすだろう。そうやって勇敢で正義ある若者(警官のこと)がこの世を去ったように。
小さな天使と死神を見誤ることがないように気をつけよ。
無論、彼らはそれを知らない。
俺はそれを持って丘を降り、待っていたオリビアに一つを渡して一緒に草の上で食べた。
二人はお腹から体が温まるのを感じると、街の方を見た。
「暗くなってから街を行ってみよう」
オリビアは頷いた。彼女にとって俺無しで一人で出歩くわけにはいかない。
二人が座って長い徒歩の旅の疲れを休めていると、二人の頭上を巨大な蜘蛛の巣が二人まるごと包んだ。
「なんだこれは!?」
それは捕獲用ネットだった。
「まさかお前みたいなガキが逃げ出したとは驚いたよ」
そこに現れたのは例の眼帯男だった。更に今回は他に仲間がいるようで見ない顔の男達が三人もいた。
「お前は!?」
「よぉ。俺とお前はどんな巡り合わせかよく会うな」
「賞金稼ぎ!」
「今度は人の奴隷を連れて逃亡とは。随分余裕なこった」
「どうして分かった」
「なんだ、意外に間抜けなんだな。あの炊き出しは俺達が用意した罠さ。空腹の獲物を狩るための常識。あの病院はな、あの街の汚れた川の水を飲んで体調を崩した連中ばかりがあそこで入院している。皆病気を恐れてこの病院にはまず近づいたりはしねぇ。あの街の住人ならよ。つまり、病院に近づくのは街以外の人間にほとんど限られる。更に言えば、お前が向かう方向と次にある街に焦点を当てればドンピシャさ。お前は食料の心配で追跡する俺達を惑わす為に遠回りする程の余裕はない。当たりだろ?」
ぐうの音も出なかった。
「さぁ、行くぞ」
俺達は当然抵抗した。だが、男達数人相手では子ども二人を抑えつけるなんて簡単なことだった。あの、警察署で見せた能力は何故かここでも発揮されなかった。
その後、目の前にある街へ連行された俺達。街の空気は悪く、左右見渡しても工場ばかりだった。気になったのはどの工場の建物も同じ豚の腹に歯車が描かれたシンボルがあったことだった。
眼帯の男は俺の見ているものに気がつき「気になるか?」と聞いてきた。
俺は「別に」と答えたが、男は構わず説明を始めた。
「あの工場も向こうの工場も全て同じ経営者なんだ。ここでは機械に必要とされる部品のほとんどがここで生産されている。組み立ては他の場所に点々とある。その方が持ち運びの際に便利だからさ」
機械ってどんなの? と思ったが、それで反応したら眼帯の思うつぼな気がして質問をやめた。
「しかし、お前分かっているのか? 他人の奴隷を連れ出したってことは、奴隷の窃盗になるんだ。お前はまた罪を増やしたわけさ」
「今更俺の運命が変わるのか?」
「確かにその通りだな」男はそう言って工場を見渡した。
「この街はだいぶ変わっちまった。例の経営者が現れてから競争が全てで金がものを言う街になった。確かに技術も街も大きくなったが、工場で働く労働者はかわりになにか大事なものを失った。いや、金に変えられたと言うべきか。それまでは仲間意識も高く人付き合いは良かった。だが、今じゃ働き手を増やす為に余所者を集めるようになり、結果見知らぬ顔が増えた。治安も悪化し、警察は賄賂を受け取る始末。隣近所の顔を知らないことも当たり前になった。昔あった小さな工場は潰れ、大きな工場が増えていった。皆、最初は街が大きくなるのを喜んださ。年寄りは違ったがな。結局は年寄りが一番世の中をよく見えてたわけだ。いいことも悪いことも両方全部押し寄せてくる。街は金持ちになったが、ごうつくが増えた。人の欲は飯のようには満たされない。あの頃が幸せだったと思い込んでももう遅い。若者はその頃を知らずに生きている。自分達より上の世代が金持ちなら、自分達も金持ちになりたいと思うのは当然だ。なぁ? 世の中は思う通りには進まないものだ。噂では、その経営者はお前と同じく例の果実を口にしたらしい。魅力はせいぜい想像がつく。金とかだろ。現に何もしなくても奴のところに金は集まっていく。魔法のようだが呪いのようにも見える」
「何故そう思う? お前も金の為に俺を捕まえに来たんだろ」
「そりゃ生きる為さ。だがな、ここにいる労働者と一緒に働いてたらいつかは病気になっちまう。ここにいる連中は命がけで働いてるのさ。文字通りにね」
「そうまでしなきゃならないのか」
「そうだ。だからこそ盗みは重罪なんだ」
街の中心に来ると、通りは沢山のお店が並ぶ商店街となっていた。間口が狭く、一軒一軒の店との隙間がなく、繋がっているように見える。入口の広い店からは奥が全く見えない。パンを売る店、服を売る店、雑貨屋、本屋、色々あって品揃えも充実していた。だが、不思議と子どもの姿は少ないように見えた。
暫くして、警察署が目の前に現れた。警察署の入口には街のシンボルである金槌と火の旗が掲げられてある。
その警察署の中に入ると、街の歴史を感じられる昔の写真が幾つも壁掛けに飾られてあった。まだ小さな工場が建ち並び、その中には額に汗をかいた鍛冶職人の姿がある。この国のシンボルでもある剣だ。昔はここで沢山の武器が作られていたんだ。
「手配書にあったガキを連れて来たぞ」
眼帯の男は近くの警官にそう言った。警官はガキ二人を見た。
「どのガキだ?」
「は? 男の方だよ」
警官は他の警官に「こんなガキ手配書にあったか?」と聞き始めた。
「悪いが新しい手配書はまだ来ていない」
「都市ではこいつの似顔絵の手配書があちこちに貼られてあるぞ」
「だが、その手配書はここへは来ていない。おそらく最近の手配書だろ? 手配書は余所じゃ毎月更新される。よっぽどの犯罪者じゃない限りは更新頻度は変わらんよ」
「こいつの首には金貨50枚がかけられているんだぞ!」
「金貨50枚だって? なにをやったんだ」
「例の林檎を口にした」
「このガキが? なら、噂通り魅力がある筈だ。見せてみろ」
「いや、それがこいつはまだ林檎を口にして日が浅く、まだ力を出せないようなんだ」
すると、警官達はクスクスと笑いだした。
「あぁ、分かるよ。だがな、俺の目からしたらこのガキに金貨50枚は流石につかんよ。どちらにせよ確認のしようがない。国に対する反逆罪でもない限り手配書は毎月更新だ。手配書が更新されるのを待つか、その都市に行ってくれないか」
「わざわざ苦労して捕まえてここに連れて来たのにか?」
「ご苦労さま」
「ふざけるな! よく聞け。このガキをあんたらが逮捕して俺に金を渡す。そしたら、あんたらは大物を逮捕出来たと手柄を得る。俺は金さえ手に入ればあんたらの手柄にしたっていい。俺は口が堅い」
「そりゃ金を積めば口は誰だって堅くなるさ。金が尽きればその口も緩む。お前達のような連中はそうやって金をむしり取るのさ」
「おれはそんなことしない。金貨50枚だぞ。その前にも稼ぎがある」
「金は幾らあったところで困りはしないだろ。そうだ、いいことを思いついた。お前の話しが本当ならお前を逮捕して、俺達の手柄にすれば口止め料はゼロ。タダで手柄が手に入る」
警官達はクスクス笑いながら眼帯男達を囲んだ。
「そこまで腐ったか」
「お前がなんと言おうと世間は警官を信用する。お前の罪状なんて簡単に作れる。大人しくすれば軽い刑期で済むぞ」
「そんなつもりはないくせに!」
眼帯男は拳銃を取り出し、警察署内でぶっ放した。
「クソッ! 本当に撃ちやがった! ここが警察署だって分かってるのか!」
「汚職警官がよく言うぜ」
壁掛けの写真に警官の撃った弾丸が当たり、床に落ちる。パリンパリンと割りながら、俺達は警察署から抜け出した。
「お仲間がやられたぞ。いいのか?」
「お前のせいでこうなった。最悪だ」
「俺のせい!? ふざけるな。あの時、大人しく引返せば良かっただろ。汚職警官だって分かってたくせに」
「お前みたいなガキに説教されるとはな」
眼帯男は俺達の縄をナイフで切ると全速力で走って逃げた。だが、オリビアには足枷がついていた。眼帯男は「クソッ!」と言って彼女をいきなり抱えると、そのまま走った。
眼帯男は道に詳しようで、細い道にどんどん入っていく。そこは工場で働く労働者の住宅で、部屋はどれも狭く、道の上は洗濯物がロープで干されてある。その下をどんどんと進んでいくと、酷い悪臭が襲った。その通りには上半身裸の男が地べたに寝っ転がっていたり、座り込んでいる汚らしい人達がいた。
「ここは?」
「働けなくなって金もなくなった人間がいきつく場所さ」
体を壊すまで働いても誰も感謝されることなく使い捨てにされた人達はまるで奴隷と同じ物のような扱いだった。
「ここまで来れば連中もこれ以上は追いかけては来れまい。警察でもここは進んで来るような場所じゃないからな。それじゃあな」
「ちょっと、どこへ行くのさ?」
「もうお前達とは関わりたくない。俺は警官をやっちまったんだぞ。もうこの国にはいられない」
「なら、俺達と一緒に国外へ逃げないか?」
眼帯の男は鼻で笑った。
「なんで俺が足手まといのお前達と共に行動しなきゃならないんだ?」
「俺がどうやってあの警察署から逃げ出したのか知りたくはないか?」
眼帯の男は「なんだ」と聞いた。俺はうまくは言えないが頑張ってそれなりには伝えた。
「なるほど。つまり、お前には何かしらの力があると……だがな、コントロール出来ないなんて頼れないね。それに、一人で行動した方が逃げやすい」
確かに眼帯の男の言う通りだ。奴には得することはない。
「分かったよ」
「……なんだよ、随分素直じゃないか。チッ……なんかあるならもったいぶらずに言いやがれ」
「警官殺しのあんたがそう簡単に国境をこえられるとは思えないってだけさ」
「それはお前もそうだろ。いや……でなきゃお前ルートを知ってやがるな?」
「戦争時グラは特殊部隊が敵の懐まで行く為に密かに地下トンネルをつくったんだ」
「何故ガキのお前がそれを知ってる」
「奴隷として連れて行かれる時に一緒にいた元兵士から聞いたんだ。もし、逃げるチャンスがあったらそのルートを使えって」
眼帯男は少し考えてから「いいだろ」と返事をした。
「そうとなればその女の枷を外さないとな」
「なんとかなるのか?」
「この街には鍵職人だっているんだ。金さえ積めば黙って引き受けてくれるさ」
眼帯男のおかげでオリビアの足枷が外れた。それから俺達は日の落ちる時間帯に動き出しヘクターと仲間が乗っていた馬を回収すると街を急いで出た。
「ねぇ、聞いてもいい? その目どうしたの?」
「そういうのは聞かないでおくもんだ」
眼帯男はそう言って質問には答えてはくれなかった。
街の外で眼帯男ヘクターの仲間が乗っていた馬に慣れる為の練習を受けた。馬の名前はトーマス。馬に乗れれば今までかかっていた移動時間が大きく変わる。ヘクターの教え方もうまく、さほど時間もかからず乗れるようになった。
「トーマスは賢いからな。やんちゃな暴れ馬とは違う」
ヘクターは馬のおかげだと言った。
それからヘクターの馬にオリビアも乗り、俺はトーマスに乗って国境まで目指した。
国境まで直進するとして、このまま行けばもう一つ町があって、その先は軍の基地があって、国境がある。最後に補給をするとしたらその途中にある街になるが、当然その街には軍人も出入りしている。
ヘクターの後ろで跨っていたオリビアはヘクターに質問をする。
「手配書が出回るのに時間がかかるなら、国境を越えるのもそんなに問題なく行けるんじゃないの?」
「国境を渡るには身分証が必要だ。お前達にそれがあるのか? それに、身分証を発行するには時間がかかるんだ。一日じゃ出来ないのは、そいつが指名手配されているかどうか、スパイかどうか身辺調査を受けるからだ。お前達がこの国に簡単に入れたのは身分証が無くてもお前達の身分が奴隷だったからだ。その場合、一緒に渡る人間の身分証と奴隷の所有権を一緒に提示すればお前達は簡単に入れる。俺はどちらも持っていない。それに俺は今回ので賞金首になっちまっただろうよ。警察署で銃撃戦して、しかも警官をやっちまったんだから当然だろう」
実のところヘクターの読みは当たっていた。ヘクターの首には金貨30枚、そしてティルの首には金貨70枚がかけられていた。ティルに至っては、こう噂されていた。
奴隷だった少年は主人を裏切り林檎を口にし脱走。更に都市の警察署で暴れ警官を負傷させ街を逃げ、その道中で奴隷と食料を盗み、更に次の街で今度は仲間を連れ銃撃戦、死者、負傷者を出した。たかが子どもだと甘く見るな。見た目に惑わされスキを見せればその命は簡単に落とすだろう。そうやって勇敢で正義ある若者(警官のこと)がこの世を去ったように。
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