異世界で『殺し屋』

アズ

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第一章

03 最初の仕事

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 殺し屋と言っても実際のところフィクションの世界でしか知らない自分にとって、これから何が始まるんだという不安は勿論あった。そもそも、殺される人はどんな人だろうか? 組織にとって邪魔な存在? 政治家の弱みを持つ人間? 裏切り者? 深い恨みを買われた人? 出来れば殺されて当然の人が殺される依頼がせめてもの救いとモチベーションになるのだろうが、ケリーにいくら訊いても彼女の答えは決まって「あなた達が知るべきは名前であって何者かではない」とだけだ。何故殺されるかも知らされるわけではない。ターゲット、場所、殺害、完結。殺しに目的を持たせてはくれない。
「組織は正義を振りかざして殺害をあなた達にさせるわけではないし、社会にとって死ぬべき人、生まれてくるべきではない人、それらを世間から選別するわけでもない。ただ、殺される人がいて、そこに殺す人がいて、それは誰かというだけよ」
「君は死刑制度についてどう考える? 国は、司法は、選別しているがまさか君は人は選別すべきではないと言うきか?」
「司法は法律がそうなっているからそれに従っているだけよ。国は国民が求めているから死刑制度を維持しているだけ。国民が死刑制度を望み、国民によって殺される。社会の為に死ねと宣告してね。そう考えると人狼ゲームは社会の縮図だと思うの。冤罪が世の中にあるように、冤罪も場合によっては誤って殺される。それをよしとして人狼ゲームを続ける。世の中にいったいどれだけの人狼が潜んでいると思う? 当然私達はそれを知らない。ヒントを頼りに探っても毎回が的中とは限らない。かと言って慎重になり過ぎれば人狼は野放しのまま」
「それはお前達じゃないのか?」
「あなた達でもある」
「そうだな」



 ケリー・キングが案内した組織の拠点はひっそりとしたものでは全くなく、高い塀に囲まれ正面には派手な門扉、そこから長い道が続いており、ようやくたどり着くとそこには城のような邸宅が建っていた。噴水と立派な庭があり、取り囲んでいる塀は木々によって隠されてあった。
「あの木の下には罠が仕掛けられてるから近づかないように」
「罠?」
「侵入者を防ぐ為よ」
 中は豪華なシャンデリアが天井にぶら下がっており、巨大な絵画が部屋や通路に幾つも飾られてある。ほとんどが宗教画で天使や天国のモチーフもあれば恐ろしい地獄を表現した絵画もあった。知らない絵画だが、きっとどれも名画に違いない。床は高級な絨毯が敷き詰められており、高級感ある家具に囲まれ、敷地内にはスーツを着た護衛が何人もいた。その豪奢ぶりの生活にはいったいどれだけの金が裏社会に流れ出ているのか。これがこの世界の実態かと思うとゾッとする。
「政治家も関わっているのか?」
「ここだけの話し、ノーブルも大統領選に勝つ為に組織から資金援助を受けているわ」
「なんだと!?」
「ノーブル支持者だった?」
「いや……」
「あら、そう。まぁ、選挙は所詮金よ。どれだけ軍資金があるかで勝敗が決まる。大統領選はノーブルの勝利よ」
「それで、組織はどんな利を受けるというんだ」
「知りたい?」
「いや、いい。想像したよ。それで、結局君はこの裏社会から抜け出せないでいるのか?」
「あなたに関係ある?」
「望むなら抜けるか?」
「無理よ。私は知り過ぎた。あなたもね。組織から抜ける時は死んだ時よ。あなた達も組織からは抜け出せないわ。組織に一度でも関わった時点でね」
「私は既に死んでいる。サヤカも国籍がない以上、行き先があったわけじゃない。無論、裏社会以外の生き方も考えた。サヤカの能力ならそれも出来ただろう。誰も知らない土地で自給自足の生活を送るんだ」
 ケリーはクスッと笑った。
「本気?」
「本気だった」
「だった?」
「サヤカはそうじゃなかった。自給自足のやり方を知らないと言うし、自分の能力に自信がついたようだ。楽に生きていける道があるならそちらを選ぶ。今の若者の発想だな。犯罪に手を染める若者の決まり文句を聞いて私達の未来は決まった。私は厳密には自由じゃない。死んで蘇った時から。彼女は日本語が喋れる私を雇うつもりで蘇らせ生かした。でなきゃ、私は今頃墓地の中だ。私の人生はとっくに終わっているのだから、私の時間は彼女の所有物だ」
「逃げたら?」
「逃してくれるか?」
「それは無理ね」
「だろ。分かってるさ。だから、死にたくなったらその時に死んでやろうと思う」
「彼女がまた蘇らせるかも」
「それが怖い。死んだのが無駄だとあの子がいる限りそう思わされる」
「彼女を殺すとか? 寝ている時なら殺れるでしょ?」
「君の口からそんなこと聞きたくないな。だが、正直打ち明けるとそれは考えた。だが、彼女は銃を手放さずに寝ているんだ。安全装置を解除したまま」
「あらま。いつか誤射するんじゃない」
「どうだろうな。ともかく、それはつまり彼女は私を信用していないということだ。だから、私は下手に彼女に嘘をつくことが出来ない」
「信じていないのにそばに置くわけ?」
「死んだら蘇らせるだろうな。死は恐怖で慣れるものじゃない。ゾンビじゃないんだからな。痛みも苦痛も感じる。拷問さ。私が言うことを効くまで繰り返すかもしれない」
「何故分かるの?」
「そういう夢を見るんだ。悪夢さ。それで目が覚める。正夢でないことを祈っているさ」
「もし、私達が自由になれたらどうする?」
「私達?」
「あなたは彼女から、私は裏社会から」
「まるで夢みたいな話しだな」
「そう、夢よ。あなたにとってはチャンスでしょ」
「チャンスか……それこそ夢のまた夢だ」



 通路を進んでいくとドアの前には二人の男が両サイドに立っていた。右の男は坊主に顔に蜘蛛の巣のようなタトゥーが入っており屈強な巨漢が仁王立ちで立っていた。もう一人は金髪の短髪に片目の下に涙のようなタトゥーが入った男だ。
 ケリーは「二人とは目を合わせないで」と忠告した。私はサヤカにも伝え言われた通りにした。
 部屋の中に一人の男が髭剃りをもう一人の男にしてもらっている最中だった。髭剃りが終わるのをじっと待ち、それが終わるとケリーはようやく男に話しかけた。
「二人を連れて来ました」
 髭剃りが終わった男は顔を上げる。散髪を終えたばかりのサッパリした黒髪に男は見るからに悪相、流石は裏社会に君臨する主顔と言うべきか。
 すると、さっきの見張りの男二人が部屋に入ってきた。
 ケリーは小声で「気をつけて」とコナーズにだけ聞こえるように忠告する。
「蜘蛛の巣のタトゥーの男は50口径を立ちながら撃つイカれたバカよ」
「聞こえてるぞケリー。ついでに説明してやれ。俺のムスコをしゃぶった時の感想をな」
 ケリーは舌打ちした。
「どうだった?」
「うるさい」
「また、躾けてやろうかぁ!」
「やめろ。下品な話はここではよせ。今日は大事な日だ。二人が我々のチームに加わるんだからな」
 すると、涙のタトゥーの男が「俺の紹介は必要か?」と言った。
 ケリーはコナーズに「先端を凹ませた弾丸を好んで使う男よ。勿論、違法。捕まれば重罪間違いないわ」と言いながら、男に向かって中指を立て「捕まれクソ野郎」といきなり叫んだ。
「何かあったのか?」
「こいつのせいで私は捕まった。仲間を平気で置き去りにする卑怯者」
「それは酷い言い草だ」
「よせ。こいつは既にケジメをつけさせた。これ以上は俺の前で文句は無しだ。さて、まずはお互い自己紹介から始めようか」



 組織のボス、タロン・ミケルセン。過去、母に暴力を振るった父を撃ち殺し、殺人罪で逮捕。未成年と日常的な家庭内暴力という家庭環境による情状酌量の余地ありとの判断で短い刑期で済んだ彼は服役中に仲間をつくり、出所後に小さな組織を結成。世の中に不満を抱える者が組織の噂を聞きつけ、それは瞬く間に拡大。構成員が百人を超えると、警察からも警戒されるようになる。ニ年後に地元に蔓延るマフィアとの抗争となり、それは激化。タロン・ミケルセンはそのマフィアのボスを始末したことで、地元では巨大な組織となる。ただ、マフィアとの戦いで昔からの仲間を何人も失っており、その時タロン・ミケルセンは武器と戦える兵士の重要性に気づく。手製の銃やかき集めた武器での武装集団では弱いと知った彼はまず資金を集め、それを武器の調達に回した。更に問題行動で辞めさせられた元兵士の勧誘や問題ありの元警官を積極的に集めだした。元警官からは捜査方法を聞き出し対策を立て、元兵士からは訓練や戦い方を仲間に教育させた。更には狙撃出来るスナイパーを用意させ、まるで軍隊をつくるかのように組織を強化していき、気づけば政界や経済界とのパイプも築いた。それらはビジネス、金、女だ。弱点を握られた警察、政治家は特に獲物だ。こうして組織は全国へと拡大し現在に至る。
 蜘蛛の巣野郎の方はアール・リップ、数多くの殺人に関与。何人始末してきたのか最早不明。今の地位に上り詰めるまでには手段を選ばない男。怪力自慢でもあり、恐れられる人物。現在はタロン・ミケルセンのボディガード。
 もう一人はレイフ・アボット。彼もまた数多くの殺人に関与。経歴は不明と謎のところもある。



「正直に話すと、幹部の半分は君達を組織に歓迎することに反対していた。能力者の力は我々に牙を剥くと。もし、彼女がその気になって組織を乗っ取ったらどうする? だが、組織とはそもそもチームだ。腕がよくても、リーダーになるにはここが必要だ」
 タロンはそう言いながら人差し指で頭を差した。
「俺には経済界、政治、経済、その他大勢との取り引き、パイプを持っている。組織を動かすには重要な要素だ。言葉が喋れないなら尚の事だ」
「私達にその気はない」
「そうか。それは良かった。では歓迎しよう。ようこそ、我がチームへ」



◇◆◇◆◇



 タロンはその部屋の壁に飾られてあるレバーアクションに近づいた。
「この銃は父が持っていた奴だ。父のことは憎かったが、この銃だけは手放せなかった。よく、これでスピンコックに憧れよくやったことがある。最近は性能の良い銃が出回って、これが使用される事は減ったよ」
 そう言いながら振り返り「武器は必要なだけ提供する。だが、鹵獲は罠がある場合があるから必要な時だけにしろ」と早速忠告というかアドバイスをし始めた。
「さて、お前達の歓迎会をしてやりたいところだが早速仕事がある。ターゲットはガルシアという顔に火傷の痕がある男だ。そいつは武器の密輸に関わっていた男で、その野郎は数ヶ月前に警察に逮捕された。問題は司法取引によって組織が持っていたルートがバラされたことだ。奴にはそれ以外の情報を持っている。これ以上、奴の口が軽くなる前に始末したい。だが、奴はホテルで警察の保護下にある。警察をやって構わないから、ガルシアを始末してもらいたい」
「警察がいるところに踏み込めと?」
「出来るだろ?」
 コナーズはサヤカを見て、今の内容をそのままに伝える。彼女にとっては造作もない任務だろう。彼女の答えは「分かった」の一言だった。
「やるそうだ」
「良かった。昔は組織を裏切る方が怖くて喋らないものだが、全くいかんな。こういう後始末は今後に響く。 ……スポーツはやるか?」
「昔に……」
「スポーツはチーム戦だ。我々は仲間だ。その仲間が勝つ為には何が重要か、それを考えるのが私だ。仲間を裏切るような奴は俺は容赦しない」
 それは私達に向けての発言でもあるのか?
「分かっている」
「そうか。なら、武器はこの地下にいくらでもある。好きなものを持っていけ。だが、撃つなら反動の少ないものにしておけ。どうせ撃ち合いにすらならんだろう」
 そう言ってタロンは葉巻を吸い始めた。



◇◆◇◆◇



 ホテルまでの案内は組織の部下達が行った。部下はそこまででホテルへは私達のみだ。鞄に武器を詰めてホテルに堂々と私達は入り、まずは客のふりをする。受付けを済ませ、ターゲットより下の階に部屋をとると、武器を装備する。武器はタロンの言われた通り反動をおさえた武器にした。サヤカは銃を持って「あなたはこの部屋にいて」と言うと、彼女は一人で上の階へと向かった。
 階段で登り上の階にたどり着くと、時間はゆっくりながれ、サヤカはターゲットの部屋を探していく。通路には私服警官が何人も巡回していて、ある一つのドアの横にもう一人の私服警官が立っていた。あの部屋だと分かると、サヤカは手榴弾を放ち一旦離れると、時間は少し進み爆発が起こると、また時間はゆっくりと流れだした。強引に突破した入口から部屋へ入り奥に進むと、椅子から立ち上がろうとするターゲットがそこにいた。顔に火傷の痕。ガルシアで間違いないと分かると、サヤカはそいつに向かって銃で撃ち続けた。
 確かに、撃ち合いにはならない。



◇◆◇◆◇



 サヤカが部屋を出てからだいたい3分、ドアが開きサヤカが部屋に戻ってきた。
「終わった」
 そう言って撤収に取り掛かる。とは言ってもそうかかるものではない。直ぐに準備が終わると、私達は部屋を出た。私達以外の時間がゆっくりと流れ、階段を降りていく時に慌てて駆け上がるスーツの男達とすれ違い、一階ロビーを通過した。
 その時

 ワンワン!!

 ロビーにいた一匹の犬が吠えていた。その周りは明らかにゆっくりになっている。犬のそばで飼い主と思われる黒いスーツの男が椅子に腰を掛けている。長い黒髪で顔が隠れているが、その男もゆっくり流れている。
 サヤカは犬に銃口を向けた。
 私は思わずそれを止めた。
「やめろ。たかが犬だ。危害はないだろ?」
 サヤカは銃をおろし出口に向かった。何故、あの犬だけがゆっくりになっていなかったのか、それは謎だった。
 ホテルに出て時の流れは戻り、向かいの電話ボックスに向かう。サヤカは中に入るなり、電話をしようとしたが、何故か戸惑った。
「どうやるの?」
「公衆電話の使い方も知らないのか? 受話器を外して、いや、いい。私が電話する」
 サヤカと交代しコナーズが邸宅に電話した。
「もしもし」
「私だ」
 出たのはタロン・ミケルセンだった。その電話の向こうでは誰かの泣き叫ぶ悲鳴が聞こえてきた。
「コナーズだ。今終わったところだ」
「そうか。初めての任務にしては上出来だ。もう戻ってこい」
「分かった」
「コナーズ教授」
「?」
「殺しは慣れないだろ」
「……」
「言わなくても分かる。だが、チームにはコミュニケーションが重要だ。報告、連絡、相談、この3つのうち一つでも欠けてはいけない。分かるな?」
「ええ」
「いい返事だ」
 その直後、電話の向こうで「ああああ」と声があがった。その後で銃声がして、それからは静かになった。
「もしもし?」
「ああ、悪かった。女が一人店から逃げ出してな。その女は警察のところへ逃げ込んだんだ。未成年だったこともあってその店を切るしかなかったんだ。で、その店の責任者とちょっとな。知りたいか?」
「いや、電話の向こうで聞こえてた」
「何だって?」
「電話の向こうで聞こえてきましたよ」
「そうか。教授には悪かった。もう二度と起こらないだろう。二人が戻ったら歓迎会を開く。教授も参加しろ」
 勿論、断われなかった。
「分かりました」



◇◆◇◆◇



 運び屋ガルシアの死亡は直ぐ様裏社会に広まった。そして、それを殺したのはタロン・ミケルセンが新たに雇った殺し屋だということも。
 そして、裏社会にも耳を持つ大尉にもその噂は入っていた。
 ホテルの現場に入り、大尉を見た警官は彼を殺害された部屋へ通した。大尉はそこでガルシアの遺体を確認する。大尉には確信があった。自分が追っているターゲットの仕業だと。だが、何故ガルシアを殺害する? その答えはなんとなく想像がついた。ガルシアを真っ先に殺したい人物は間違いなくタロン・ミケルセンであり、その新しく雇った殺し屋がそのターゲットなら、奴の居場所はその組織ということになる。
「厄介なことになったな……」
 だが、おかしな点が一つある。異世界人はこちらの言葉を話せなかった筈だ。誰かがターゲットを手引きしている。そいつは誰だ?
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