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4月4日
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夜明けと共に一日が始まった。包帯の交換や消毒などで悲鳴があがるが、昨日程ではなかった。
医師の回診も午前のうちに行われ、動ける者はリハビリの予定を昼前の会議にて行われた。
俺はその会議には参加せず、早めの昼休憩をいただいた。
既にトラックが支部前に何台もとまっており、そこから必要な物資が都市から送られてきていた。
その中には食料も含まれるわけだが、全て配給となり平等に配られることになっている。
都市でも、節約は騒がれており、贅沢をしようとする者なんてこの国にはほとんどいなかった。
ギルド支部が負傷兵の受け入れ先になれば、当然日雇い労働者は仕事を失う。だが、職は全く募集していないわけではなかった。
支部にいつの間にか貼られていた軍の募集に俺は目をやった。そこに、背後から近づく複数の足音に気づいた。
ここの廊下はよく足音が響くから直ぐに分かった。
背後から肩に手がかけられ、軍服の30代前半あたりの兵士が「お前もこれ見て志願する気になったのか」と言ってきた。
もう一人は自分の左背後に立っていた。二人とも自分より身長が高かった。
「いつまでこんな場所にいるつもりだ? ほら、来いよ」
断る勇気もなく連れてこられた場所は支部の第2会議室だった。
世界が魔王と戦う前は、この辺りもそれなりに発展しようとしていた。かつては、単なるじゃが芋畑しかなかった場所に次々と建物ができ、移住する人達が現れ、人口も増加傾向にあった。それが、戦争の近場というだけで、逆戻りどころか人口はそれ以前に減少していた。
そもそも、世界の人口も減っているのだから、ここだけに限った話しでもなかった。
とにかく、今のエルスキアの姿から想像できない程、支部にしては規模がでかいのも、会議室が二つ以上あるのも、そういった歴史的背景があったからだった。
現在使われている会議室とは別の会議室で何をされるのかと思っていると、一枚の用紙をテーブルの上に置いた。
「これにサインしろ」
それはつまり、志願しろということだ。
脅迫ともとれるが、まだ彼らは何もしていない。だが、断ればその先に何があるかだいたい想像がつく。もし、何かをされたとして、俺がこの人達を通報し訴えられるだろうか。むしろ、この二人の仲間からの報復やそれだけでなく、全国から臆病者として罵られるのだろう。
俺はその用紙にサインするしかなかった。
後で手違いでしたと言えばいい。どこか、そんな甘い考えがなかったわけではなかった。
二人は納得したようでその用紙を黙って取ると、自分を置いて立ち去っていった。
◇◆◇◆◇
休憩がそろそろ終わる時間帯。俺はマスターに言って急用が出たと言って、早めに軍の基地へ向かい志願は手違いだったことを伝えようと考えていた。
だが、自分の知らない間に自分が志願したことはあっという間に何故か知れ渡っていた。
それを最初に知ったのは看護師が俺を見て「志願したんだって。聞いたよ。頑張んな」と言われたことだった。
何故、もう知れ渡っているのか分からなかった。
もしや、あの二人が言いふらしたのかと疑った。
そこに、ソフィーがやってくる。
「嘘つき」
彼女はそう言って、階段を駆け下りていった。
俺は追いかけようとしたが、そこにマスターが上の階から現れた。
何事かという顔をした後に、俺の顔を見て「先程二人の兵士から話しを伺った。志願したそうだな。君の勇気ある決断止めやしない。ここはもういいから、午後一番の列車に乗って基地へ向かえ。そこで正式に身体検査を受けることになっている」と言った。
すると、それを聞いていた周囲は拍手で自分を応援した。
もう、断われないと思った。
だが、この周りの応援の言葉や、皆のがらっと変わった空気にまるで、自分が自分でない不思議な感覚を味わった。
今までの人生でこれ程までに注目を浴びたことはない。
まるで、それは自分がヒーローになったかのような気分だった。その一方で期待されているという重圧で押し潰されそうだ。
正直、やめてくれ皆、という気持ちがある。自分はそんなんじゃない。
その場を逃げるように階段を駆け下りた。
◇◆◇◆◇
結局、俺は列車に乗っていた。手違いだったと今言えば間に合うにしても、どっちにせよ一度は基地の方へ向かわなければならなかった。
列車が動きだし揺れると同時に、俺の心の不安は加速する。
自分の都合のいい未来を何パターンか想像してシュミレーションし、その可能性を考える。
だが、いくらシュミレーションしたところで、所詮自分の都合のいいことしか考えていない時点で、未来の予測とは程遠い。
為せば成るという言葉があるが、そんな言葉に命のかかっているこの状況で頼りたくもない。
そうこうしているうちに、終着駅に到着してしまった。
駅を降りると、軍用車両が何台もとまっており、近くにあるレンガ調の建物があって、その入口の手前に軍人が此方に向かって手招きしている。
俺のことを呼んでいるのは直ぐに分かった。
その手招き通りに受付のところまでいくと、威圧感ある声で「名前は」と聞いてきた。
「アサイ」
思わず素直に答えてしまうと、軍人は「中に入れ」と言った。
この人を怒らせたら駄目だと本能がそう自分に言い聞かせた。
中に入ると、何人かは上半身裸の男達が検査を受けていた。
身長、体重、視力等々、順番に回っていく。
列車の中で考えたパターンで俺は視力が実はそこまでいいとは言えない。全く悪いというわけではないが、運良くそれで落ちないかと愚考するが、視力検査は問題なく通過されてしまい、俺の入隊手続きは順調に進んでいってしまった。
断る勇気もなく、周りに怯え、努力もたいしてせず、ただプライドが高く、孤独で駄目な俺は親に知らせることもせず、軍服を渡され、入隊となった。
「訓練は明日からだ」
そう言われ、自分の部屋の番号を言い渡され、その部屋の番号を探していると、その番号の6人部屋を見つけた。
6人部屋なんて、ただでさえ人見知りなのに共同で暮らすなんてやっていける自信がなかった。
だが、更に不幸なことその部屋に入り弱々しく「宜しくお願いします」と言って、メンバーの顔を見ると、その中にあの巨漢の姿はがあった。ギルドで俺を臆病者呼ばわりした奴だ。
「ああ?」
巨漢は俺を見て驚いた顔をしていた。
「なんだお前、志願したのか?」
「あ……まぁ、そうなります」
自信なさげに答えた。だって、あれは無理矢理だったからだ。
「なんだ、知り合いか?」
スキンヘッドのもう一人が巨漢にそう聞いた。
「いや……」
彼の名前は確かピズマ。
ギルド退会の届け出にあったサインがそんな名前だった気がする。
すると、スキンヘッドの男は此方を向き「俺はベニニタス。これから宜しくな」
「よろしく」
「それでこいつがピズマ」
「おい、勝手に紹介するんじゃねぇ」
「なんだよ、冷たいな。お前が入ってきた時はそんな態度じゃなかっただろ。やっぱ、二人はどこかで会ってるな」
ベニニタスは面白そうに二人を指差した。
「勝手に詮索してるんじゃねぇ。こいつとはなんでもない」
「何言ってるんだ。知らない筈がないだろ? 今後班に振り分けられた時、だいたい同じ部屋の人間同士で組まされるんだ」
「ふざけるんじゃねぇ。こんな弱そうな男が俺達と同じ班だって?」
「嫌か?」
ピズマは答えなかった。
「言っとくが、班の振り分けに俺達新人が口出しできるわけないだろ。上官の命令には逆らえない。それが軍隊だ」
ピズマは舌打ちして俺を睨んだ。
「なんでお前なんかがここに来た。臆病者はとっとと家に帰ってろ。お前みたいな奴に背中預けられるか」
「安心しろ、どんな奴も訓練をこなしていけば変われる。まぁ、きついがな」
両手に腰をあてながら彼はそう言った。
「どうせ訓練で弱音を吐いて数日にはいなくなっているよ」
「まぁ、それはそれで連帯責任でペナルティが俺達にも与えられるが」
「なんだと」
「そりゃそうだ。仲間だからな」
当たり前の顔をしてベニニタスは答えた。
「ふざけんじゃねぇ!」
ピズマは怒りのままにロッカーを殴った。
ベッドとベッドの間には個人に一つロッカーが与えられた。
「あ、そのロッカー新人が使うところ」
ベニニタスはそう言ったがもう時は遅し、まだ使ってもいないロッカーは彼の拳サイズに凹んでしまっていた。
ピズマは近づき、俺の胸ぐらを掴んだ。
「逃げ出しら容赦しないからな」
俺は頷くしか出来なかった。
こうして俺は気づけば軍に入隊し、後日から厳しく訓練に参加することとなった。
医師の回診も午前のうちに行われ、動ける者はリハビリの予定を昼前の会議にて行われた。
俺はその会議には参加せず、早めの昼休憩をいただいた。
既にトラックが支部前に何台もとまっており、そこから必要な物資が都市から送られてきていた。
その中には食料も含まれるわけだが、全て配給となり平等に配られることになっている。
都市でも、節約は騒がれており、贅沢をしようとする者なんてこの国にはほとんどいなかった。
ギルド支部が負傷兵の受け入れ先になれば、当然日雇い労働者は仕事を失う。だが、職は全く募集していないわけではなかった。
支部にいつの間にか貼られていた軍の募集に俺は目をやった。そこに、背後から近づく複数の足音に気づいた。
ここの廊下はよく足音が響くから直ぐに分かった。
背後から肩に手がかけられ、軍服の30代前半あたりの兵士が「お前もこれ見て志願する気になったのか」と言ってきた。
もう一人は自分の左背後に立っていた。二人とも自分より身長が高かった。
「いつまでこんな場所にいるつもりだ? ほら、来いよ」
断る勇気もなく連れてこられた場所は支部の第2会議室だった。
世界が魔王と戦う前は、この辺りもそれなりに発展しようとしていた。かつては、単なるじゃが芋畑しかなかった場所に次々と建物ができ、移住する人達が現れ、人口も増加傾向にあった。それが、戦争の近場というだけで、逆戻りどころか人口はそれ以前に減少していた。
そもそも、世界の人口も減っているのだから、ここだけに限った話しでもなかった。
とにかく、今のエルスキアの姿から想像できない程、支部にしては規模がでかいのも、会議室が二つ以上あるのも、そういった歴史的背景があったからだった。
現在使われている会議室とは別の会議室で何をされるのかと思っていると、一枚の用紙をテーブルの上に置いた。
「これにサインしろ」
それはつまり、志願しろということだ。
脅迫ともとれるが、まだ彼らは何もしていない。だが、断ればその先に何があるかだいたい想像がつく。もし、何かをされたとして、俺がこの人達を通報し訴えられるだろうか。むしろ、この二人の仲間からの報復やそれだけでなく、全国から臆病者として罵られるのだろう。
俺はその用紙にサインするしかなかった。
後で手違いでしたと言えばいい。どこか、そんな甘い考えがなかったわけではなかった。
二人は納得したようでその用紙を黙って取ると、自分を置いて立ち去っていった。
◇◆◇◆◇
休憩がそろそろ終わる時間帯。俺はマスターに言って急用が出たと言って、早めに軍の基地へ向かい志願は手違いだったことを伝えようと考えていた。
だが、自分の知らない間に自分が志願したことはあっという間に何故か知れ渡っていた。
それを最初に知ったのは看護師が俺を見て「志願したんだって。聞いたよ。頑張んな」と言われたことだった。
何故、もう知れ渡っているのか分からなかった。
もしや、あの二人が言いふらしたのかと疑った。
そこに、ソフィーがやってくる。
「嘘つき」
彼女はそう言って、階段を駆け下りていった。
俺は追いかけようとしたが、そこにマスターが上の階から現れた。
何事かという顔をした後に、俺の顔を見て「先程二人の兵士から話しを伺った。志願したそうだな。君の勇気ある決断止めやしない。ここはもういいから、午後一番の列車に乗って基地へ向かえ。そこで正式に身体検査を受けることになっている」と言った。
すると、それを聞いていた周囲は拍手で自分を応援した。
もう、断われないと思った。
だが、この周りの応援の言葉や、皆のがらっと変わった空気にまるで、自分が自分でない不思議な感覚を味わった。
今までの人生でこれ程までに注目を浴びたことはない。
まるで、それは自分がヒーローになったかのような気分だった。その一方で期待されているという重圧で押し潰されそうだ。
正直、やめてくれ皆、という気持ちがある。自分はそんなんじゃない。
その場を逃げるように階段を駆け下りた。
◇◆◇◆◇
結局、俺は列車に乗っていた。手違いだったと今言えば間に合うにしても、どっちにせよ一度は基地の方へ向かわなければならなかった。
列車が動きだし揺れると同時に、俺の心の不安は加速する。
自分の都合のいい未来を何パターンか想像してシュミレーションし、その可能性を考える。
だが、いくらシュミレーションしたところで、所詮自分の都合のいいことしか考えていない時点で、未来の予測とは程遠い。
為せば成るという言葉があるが、そんな言葉に命のかかっているこの状況で頼りたくもない。
そうこうしているうちに、終着駅に到着してしまった。
駅を降りると、軍用車両が何台もとまっており、近くにあるレンガ調の建物があって、その入口の手前に軍人が此方に向かって手招きしている。
俺のことを呼んでいるのは直ぐに分かった。
その手招き通りに受付のところまでいくと、威圧感ある声で「名前は」と聞いてきた。
「アサイ」
思わず素直に答えてしまうと、軍人は「中に入れ」と言った。
この人を怒らせたら駄目だと本能がそう自分に言い聞かせた。
中に入ると、何人かは上半身裸の男達が検査を受けていた。
身長、体重、視力等々、順番に回っていく。
列車の中で考えたパターンで俺は視力が実はそこまでいいとは言えない。全く悪いというわけではないが、運良くそれで落ちないかと愚考するが、視力検査は問題なく通過されてしまい、俺の入隊手続きは順調に進んでいってしまった。
断る勇気もなく、周りに怯え、努力もたいしてせず、ただプライドが高く、孤独で駄目な俺は親に知らせることもせず、軍服を渡され、入隊となった。
「訓練は明日からだ」
そう言われ、自分の部屋の番号を言い渡され、その部屋の番号を探していると、その番号の6人部屋を見つけた。
6人部屋なんて、ただでさえ人見知りなのに共同で暮らすなんてやっていける自信がなかった。
だが、更に不幸なことその部屋に入り弱々しく「宜しくお願いします」と言って、メンバーの顔を見ると、その中にあの巨漢の姿はがあった。ギルドで俺を臆病者呼ばわりした奴だ。
「ああ?」
巨漢は俺を見て驚いた顔をしていた。
「なんだお前、志願したのか?」
「あ……まぁ、そうなります」
自信なさげに答えた。だって、あれは無理矢理だったからだ。
「なんだ、知り合いか?」
スキンヘッドのもう一人が巨漢にそう聞いた。
「いや……」
彼の名前は確かピズマ。
ギルド退会の届け出にあったサインがそんな名前だった気がする。
すると、スキンヘッドの男は此方を向き「俺はベニニタス。これから宜しくな」
「よろしく」
「それでこいつがピズマ」
「おい、勝手に紹介するんじゃねぇ」
「なんだよ、冷たいな。お前が入ってきた時はそんな態度じゃなかっただろ。やっぱ、二人はどこかで会ってるな」
ベニニタスは面白そうに二人を指差した。
「勝手に詮索してるんじゃねぇ。こいつとはなんでもない」
「何言ってるんだ。知らない筈がないだろ? 今後班に振り分けられた時、だいたい同じ部屋の人間同士で組まされるんだ」
「ふざけるんじゃねぇ。こんな弱そうな男が俺達と同じ班だって?」
「嫌か?」
ピズマは答えなかった。
「言っとくが、班の振り分けに俺達新人が口出しできるわけないだろ。上官の命令には逆らえない。それが軍隊だ」
ピズマは舌打ちして俺を睨んだ。
「なんでお前なんかがここに来た。臆病者はとっとと家に帰ってろ。お前みたいな奴に背中預けられるか」
「安心しろ、どんな奴も訓練をこなしていけば変われる。まぁ、きついがな」
両手に腰をあてながら彼はそう言った。
「どうせ訓練で弱音を吐いて数日にはいなくなっているよ」
「まぁ、それはそれで連帯責任でペナルティが俺達にも与えられるが」
「なんだと」
「そりゃそうだ。仲間だからな」
当たり前の顔をしてベニニタスは答えた。
「ふざけんじゃねぇ!」
ピズマは怒りのままにロッカーを殴った。
ベッドとベッドの間には個人に一つロッカーが与えられた。
「あ、そのロッカー新人が使うところ」
ベニニタスはそう言ったがもう時は遅し、まだ使ってもいないロッカーは彼の拳サイズに凹んでしまっていた。
ピズマは近づき、俺の胸ぐらを掴んだ。
「逃げ出しら容赦しないからな」
俺は頷くしか出来なかった。
こうして俺は気づけば軍に入隊し、後日から厳しく訓練に参加することとなった。
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