理想と現実と果実

アズ

文字の大きさ
上 下
1 / 6
第1章 アルカディア

01 鍵人

しおりを挟む
 白い廊下に白色灯の清潔感にはまるで病院か研究施設の中のようで、実際に念入りに掃除が時間で入るようになっており、埃一つない。ただ、この施設に清掃員が雇われているわけではないのだ。全て、機械による自動化が行われていた。いや、かつて人間が行ってきた仕事のほとんどが自動化へと完了しており、人間の労働はほとんど必要とされなくなった。
 しかし、それはあくまでもほとんどということで、完璧にというわけにはいかない。
「本気なのか?」
 10メートル間隔に正方形の嵌め殺しの窓があるだけの廊下に、二人分の足音が響いた。
 二人とも黒いシューズで、一人は細身、もう一人は太っていた。細身の彼は日本の平均成人男性の身長ぐらいあって、その隣の太った彼はそれよりかはやや低いぐらいで、身長差はあまり感じられなかった。
 二人とも日本人で、太った男性は丸眼鏡をかけており、頭の天辺はハゲかかっていて、姿勢はやや猫背だ。服装は上下黒いジャージで、動きやすいからというより、それが楽な服装だから選ばれた、といったところか。右手にはコーラを手にしている。対して細い彼はツーブロックヘアに耳にピアスをしていた。
 質問したのは白いパーカーの細い方だった。
 聞かれた方は仕方なさそうな顔をしながら、自分の顎髭を触った。
「誰だって不満はあるさ。ただ、イレギュラーなことが発生したのは事実だ。そして、その対処方法を我々は考えてはこなかった。しかし、例え考えていたとしても、最終的にこの決断に至ったと思う」
「ですが、橘は大規模なテロを起こした実行犯ですよ。36名の死者と114人の負傷者を起こし終身刑を言い渡された凶悪犯をこの世に出すなんて」
「だから監視をつけるんだろ。いくらアースの判断とはいえ、流石に野放しというわけにはいかないだろう。俺だって思うことはあるよ。ただね、アースの判断が覆らない限り、我々はアースの判断に従うしかない。流石に、アルカディアを稼働させないままにはしておけないだろう? アルカディアを起動するには鍵人マスターキーが必要不可欠だ。アルカディアの次の鍵人が決まった以上」
「凶悪犯をアルカディアの玉座に座らせるのですか。アルカディアの住民はどう思いますか」
「そりゃ、凶悪犯が自分達の王座につくのには同情するけど、それを僕に言ってもねぇ……どちらにせよ、アルカディアが起動しなければアルカディアは発電出来ない。電力無しでは人間は生きられないんだ」
 丸眼鏡の男性は正方形の窓へと視線を移した。
「不満は君だけにあるわけじゃあない」
「だったら! 不満のない世の中を築くんじゃなかったんですか」
「そりゃ傲慢だよ。傲慢になった人間がろくなことをしなかったのは歴史が証明している」
 正方形の窓の先に見えるのは緑豊かな自然風景だった。
 川が流れ、小鳥がその上を飛んでいる。
 沢山の種類の植物には沢山の種類の虫も生息していた。
 しかし、これは人工的につくられた環境だった。例えば植物には春夏秋冬によって咲かせる花が変わってくる。しかし、気温、湿度やそれ以外の環境問題を完全克服し、花を咲かせていた。
 これは人類が成した科学だ。
 この一帯は植物と虫を保管するエリア。人間がここに来て、リアルに虫や植物と触れ合えることが出来るよう一箇所にまとめていた。
 かつては人に危害があった毒を持った植物や虫は人間によって毒を持たないよう操作されてあった。



◇◆◇◆◇



 かつて、人間は肉体労働で農業や家を築いた。やがて社会を築き、更に生産性を上げる為に機械の発明をし、機械化を進め、遂に人類は肉体労働から完全に解放された。
 ロボットはロボットを作り、システムの点検すらコンピュータが担っている。
 全ての機械には共通する基礎のAIが組み込まれてある。それがアースだった。アースはどこにでも存在し、その中央にはアースのメインコンピュータが存在する。
 医療福祉も全て機械が担い、全ての人々は幸福に近づいた。
 かつては、アースを恐れた発展途上国が存在した。アースの存在は、労働者から仕事を奪う恐ろしい存在だったからだ。これにより破綻する可能性すら見えたが、アースはむしろ、全ての人々に労働から解放し、食料も環境に左右されない完璧な操作を築き、完全なる農業の自動化により食料不足を克服し、全ての人々が満足な食事を手にすることが出来るようになった。
 人類の進化は更に加速していき、次々と完全な自動化を達成した国々は、労働者が消えて、全て機械に任せ、自分達は好きなだけいつでも食事ができ、あらゆるサービスもアースが全て運営し、人間の芸術を学んだAIは人間無しに映画や音楽まで作るようになり、それらを無料で受けることができた。
 お金の存在は、まだ人類に労働というものがあった古い時代の話しとなり、今やお金すら人類はもう必要としなくなった。



 全ては機械がやってくれる。人間の代わりに。



 それがアースである。
 そうなると、関税も意味をなくし、人と物の行き来はより自由になっていった。
 それでも、国というかたちはある。政治はコンピュータに任せず人間があくまでも行うことを徹底したからだ。しかし、それも見せかけに過ぎない。実際、リモートで行われる議会は行われても、政治家が真面目に話しを聞いているわけではなかった。マッサージを受けながら、音楽を聴きながら、全く会議すら見ずに映画やテレビ番組、動画配信を見ている政治家もいる。しかし、それを咎める人々はいない。何故なら、政治事態面倒であり、結局のところ政治家がやるのは承認か不認可かの多数決で、あとは全てアースが実行する。
 ただ、これだけの機械化、自動化を完全化させるにはそれなりの電力を必要とされた。
 そう、人類にとってエネルギーは重要性が増し、その電力をどうやって安定した供給を行えられるのかが問題となった。もし、電力不足に陥り、自動化が止まりでもすれば、そこに住む人々の生活に多大な影響を及ぼすことになるからだ。
 しかし、それすらも人類は克服した。
 巨大で新しい発電設備。その施設には各それぞれに理想郷の名が付けられた。
 その一つがアルカディアだった。
 発電施設には必ず鍵人が必要になる。鍵人は発電設備を稼働するキーとなり、それがいなければ稼働出来ない仕組みになっている。
 実はその仕組みは一般的に知られていない。極秘事項である為に、情報は伏せられているのだ。
 ただ、分かるのは鍵人はアースが選ぶということだけだった。



◇◆◇◆◇



 軍の輸送機が天候の悪そうな雲行きの中、旧羽田空港に着陸した。新羽田空港は別の場所にあって、一般の方はそこを利用していた。つまり、ここは特殊な事情で使われる秘密の場所だった。現在ここは使われていない廃墟ということになっている。
 輸送機の扉が開くと、その中へと輸送機の到着を待っていた隊員達が銃を構えながら入っていった。
 ヘルメットに防弾チョッキを装備した隊員達は警官隊と呼ばれた。
 中には正方形の檻と、檻の中には一人の女が上下白い服に拘束具を椅子に付けられ、動けない状態になっていた。
 ここまでやる必要性は実際にないのだが、念入りにこしたことはない。
 何故なら、この女こそ橘楓であり、過去にテロ行為をし、沢山の死者を出した恐るべし凶悪犯だからだ。
 6名の警官隊は檻を囲み、銃口を女に向けた。
 拘束具は口と目にもされており、女が声を発することは出来ないものの、耳までは塞がれていないから、此方の声は聞けた。
「橘楓、これよりお前を旧東京まで移送する」
 一方的に言われ、彼女の意思は無視され、隊員達は訓練通り檻を開けて、椅子と彼女を固定する拘束具だけ外し、それ以外の拘束具は付けたまま、橘を黒い移送車に乗せ、移送車は発進した。



 移送車に乗ってからどれだけの時間が経ったのか視覚すら閉ざされた橘には分からなかった。ただ、自分はどこかへ運ばれているという認識しかなかった。勿論、こんなことは今までなかったことだ。
 その移送車が停止すると、橘は無理やり立たされ、今度は徒歩で移動した。
 まだ、外なのか室内なのか分からないが、おそらく室内だ。そう分かるのは、外にいれば風が感じられるからだ。
 移動が終わり、再び椅子に座らされた楓はその椅子に拘束具を付けられた。
 橘楓は24歳。それに対し大人達のこれ程までの厳重な対応に内心呆れていた。
 私相手にこの人達はなにを怯えているのか。
「私の声が聞こえるか? 私は警察庁長官の遠藤だ」
 警察庁長官?
「橘楓、お前は19の時、旧システムAIゼウスのシステムを暴走させ死者36人、負傷者114人を出した罪で終身刑が言い渡され収監された身であったが、何故そんな貴様がその収監された場所から出ることになったのか、まずそれから説明しよう」
 すると、目を塞いでいたものが取れた。
 目の前にライトで照らされたおっさんがパイプ椅子に座って此方を見ていた。スーツ姿で白髪混じりの四角い眼鏡をかけた人だ。スーツ姿なんて珍しいと思った。何故なら、人類のほとんどは労働する必要がなくなったからだ。それがこの時代だからだ。
 この人が警察庁長官? わざわざそんな人が私に今どきリモートではなく対面で会うのか?
「先に言っておくと、君はアースに選ばれた。鍵人に選ばれたのだ」
 はい? と言いたくなったが、私の口はまだ自由になっていなかった。
「まだ、お前に自由に発言させるわけにはいかない。確かに、アースはお前を選んだ。何故かは知らんが、我々……いや、多くは君のしたことを許さんだろうし、アースの判断は間違っていると信じたいところだが、アースのAI判断に間違いはない。残念なことに。しかし、お前が罪人であることには変わらない。従って、お前にはこのまま拘束具を付けたまま鍵人としての使命を果たしてもらう。無論、君に拒否権はない」
 鍵人ってなんだ? アースが私を選んだ?
「話しは以上だ。連れていけ」
 長官が部下にそう命令すると、部下は再び私の視界を塞いだ。



◇◆◇◆◇



 今の時代、昔と違って犯罪件数はだいぶ激減した。特に、窃盗や詐欺といった犯罪は現代において意味をなさない。何故なら、欲しい物はたいてい誰にでも手に入る世の中だからだ。
 それに、今や民家でも消火設備は義務付けられており、火事の被害が最小限におさえられる他、住宅地エリアにも防犯カメラの設置をし、全てAIによって監視され、不審な動きを見せれば顔認識システムにより個人情報を取得したのち、その人物のスマホに警告が送られ、それでも警告を無視した場合、警備ロボットが出動する。その到着時間はどの場所にいても数十秒以内。
 もはや、犯罪とは無縁、警察無用の社会……とまではならなかった。
 残念ながら、いくら防犯カメラにより死角がなくなったとはいえ、家の中などのプライベート空間にまでカメラの設置までは至らず、結果的に家庭内暴力を未然に防ぐことは出来ない。
 それでもAIの最高の頭脳は対策を立てた。それは、カメラ映像を通じて人々の健康状態のみならず、精神分析まで行い、ストレスチェックの自動化に成功し、不安やストレスを感じている人々にカウンセリングの案内を送り、人々の精神をよくしていくと共に、AIは人々の不安やストレスといった原因の情報を集め、学習し、ストレスのない社会へ新たにシステムをアップデートしていく。
 より多くの人々が理想とされる社会になるよう、アースは人々の支えとなる存在へ常に進化し続けるのだ。



◇◆◇◆◇



 それじゃ何故犯罪はなくならないのか、その答えは単純にAIに監視された世の中を嫌う人々が僅かにいるからだ。また、SF映画にありそうなAIの暴走で人類は滅ぼされるのではないのかと訴える人までいる。
 実際、人間の私生活のほとんどにアースは存在し、アースのない区間を見つけるのは困難といったところだ。
 分かりやすく言うと、例え家の中ではカメラはなくても、電化製品やスマホのデジタルにもアースの存在がある。もしかすると、スマホをいじっている間もそのカメラからAIアースは覗いているのではないのか。そういった監視された社会を嫌う人々がいるのは確かだった。
 しかし、それでもアースの存在により飢餓に苦しみ人々は消え、公衆衛生の向上に向かっていったのは事実だ。その事実を人々の大半は受け止め、アースの監視を了承した。それが安全と安定した社会の持続に繋がると信じたからだ。
 つまり、人々には大きく二手に別れる。
 AIアースを必要とする人々と、AIアースによる監視された社会から再び人類が主導権を握る人間社会を求む人々と。
 橘楓はその後者に属し、テロ行為に及んだ。AIの弱点をつき、欠点があることを世に示す為に。
 しかしながら、橘楓がついたAIというのはアースではなく、まだアースに乗り換えが進んでいない古いAIタイプ、ゼウスだったことから、アースの弱点を彼女が見つけたというのは虚構に終わったのだった。



 AIゼウスの弱点は橘楓が見つける以前から科学者はそれを見つけており、だからこそ更に上回る性能を持つアースの切り替え作業が決行されたのだった。
 今は全てのAIはアースに切り替えが完了しており、橘楓のような犯罪行為はもう行えないようになっている。言い方を変えれば、橘楓のような犯罪は今後生まれてはこないということだ。
 それもまた、新たな犯罪者を生み出さないとするアースあってのことだ。
 橘楓は当時19歳。少年法の改正により橘楓の名前は全世界に広がった。故に当時の事件を知る者は多く、同じく橘楓という名前も知れ渡っている。
 橘楓が収監されていた場所から出てきたとなれば世間は大騒ぎするだろう。だが、その情報は極秘扱いで、世間に知らされることはない。



◇◆◇◆◇



 移送車の中で橘楓は思った。AIにとって私は驚異になる存在なのに、そのAIが私を指名したという話しだったが、それはAIが私を驚異として捉えていなくて、私が思い上がって勝手に自分をAIの驚異となる存在へと格上げしていたということになる。
 そう思うと、なんだか笑えてくる。
 AIに人間のような感情はないし、私をいつまでも驚異の対象にはしないのは分かっていたことだ。AIには学習能力がある。既に私が収監されている間にもこいつはより化け物へと進化し続けていったに違いない。今、この瞬間にも。



 移送車は止まり、私は立たされまた移動した。
 何故、最初から目的地へと向かわなかったのか。わざわざ私と長官に合わせる為にか? いや、違う。長官がわざわざリモートでなく直接会ったのは、私にあることから勘づかれない為だ。私は移動中、視覚を塞がれている。
 多分、移送車を途中で変えたのだろう。その途中で変えたことを探られない為の工作だったと考えられる。
 どうやら連中は私の仲間が万が一にもこの状況を聞きつけ、救出に来るのではないかと念には念を入れているようだ。
 確かに、直接的な知り合いでなくても、テロを実行した私を仲間に取り入れたいテロリストもいてもおかしくはない。ただ、実際にいるとは思えないが。リスクが大き過ぎるし、今の私では期待通りにはならないだろう。それに、この移送事態かなり特殊で情報事態漏れる可能性は低い。
 再び、私は椅子に座らされ椅子と自分を拘束具で固定された。そして、今度は首になにか装着された。それから、視覚を塞いでいたものが外され、再び私は光を取り戻した。
 見ると、目の前にハンサム顔の黒い半袖姿の男が私の目の前に立っていた。周りを見ると、皆同じ格好をしている。靴もズボンも統一された黒で、動きやすい長ズボンにシューズだ。
「今からお前の口を塞いでいる拘束具を外すが、騒ぐようならまたそれを装着させる」
 目の前に立つ男がそう言ってから他の隊員に目で指示すると、隊員は私の口の拘束具を外した。
「ここは? 見たところ、殺風景で何もないけど」
 広々とした部屋にベッドが一つあるだけだった。
「お前の部屋だ。好きに使え。言っとくがお前が逃げようとしても、お前の首につけた首輪がお前の居場所を知らせてくれる」
「GPSか」
「そうだ。ま、そんなものに頼らなくても、アースの監視から逃れられるとは思えないがな。さて、本題だがお前にはこれから鍵人になってもらう」
「その鍵人っての知らないんだけど」
「なんだ、テロを引き起こした天才ハッカーでも知らないのか」
 天才と呼ばれる程ではない。実際、私は目的を達成出来なかった。
「実は俺達も知らん」
「?」
「鍵人がなんなのか、俺達には知る権限がない。つまり、極秘事項というわけだ。まぁ、いずれお前だけには知らされるだろうが、だいたいの話し、鍵人はアルカディアの電力を補う為のエンジンを動かすのに必要ということらしい」
「全く意味が分からない」
「さっき言ったろ? 俺は知らないって。知らされてないんだ。多分、俺達に知る必要はないからなんだろうな」
「それで納得するのか?」
「なんでそれを聞くんだ? 納得する必要はあるのか?」
「私が憎くくないのか? 犯罪者だぞ。その犯罪者がこうして出てきている」
「ああ、それは俺達に言われてもな。むしろ、お互い似たもの同士ってところかな」
 男はそう言うと、左腕の袖をまくって見せた。袖に隠れていた部分に黒い5桁の数字(識別番号)が入れられてあった。
 それを見て瞬時に理解した。
「ここにいる全員昔は収容されていた身だ。まぁ、流石に終身刑を言い渡された奴は初めてになるが。皆、それぞれ罪を償い出所した奴らばかりだ。言っとくが長官は違うぞ」
「全員、アースの更生プログラムを受けたのなら、なんでこんなことをしている?」
「なんで仕事をしているのかって? そりゃ、他にやることがないからだよ」
「……」
「確かにこんなことは全部ロボットに任せればいいことだ。働く必要がないなら、酒でも飲んで好きに生きればいい。もう、俺達は一般人と変わらない。一般人もAIの更生プログラムを信じているからな、もう俺達がすっかり更生したと信じている。確かに、もう犯罪に手を出そうとは思わない。まぁ、お前から見たらAIに洗脳でもされたんだろうって思うかもしれないが、そもそも更生プログラムは似たようなもんだろ。悪いことは悪い。二度とそうさせない。それがプログラムの主旨に今はなっているんだからな。社会復帰とか職業訓練とかそんなものはとっくになくなった。毎日、薬とセラピーを受け、体の為に運動をする。そうしていくうちに、なんで犯罪なんか犯したんだろうと、過去の自分の愚かさに気づく。これは決して悪いことじゃない。実際にAIの更生プログラムは人間が担っていたのと違ってAIのは再犯率を1パーセント以下におさめた。それが犯罪とは無縁の社会に近づいている現状だ。その現状を誰も手放したいとは思わないだろう。 ……話しが脱線したな。俺達は単に生きる目的が欲しいと感じたからだ。不器用なのか、なにもしなくてもいい、お前達は自由だと言われても、なんかじっとできなくてな。気づけば落ち着きをなくしていた。理由はそんなところだ」
 理由には納得した。ロボットに生かされている今の人々にとってそれは幸福となり得るのか? 確かに格差や貧困はなくなった。そして、便利な世の中になった。それでも、人々が求めていた幸福が今の社会なのだろうか? それは疑問だろう。
「俺達は2課と呼ばれ、1課はロボットを指す。あんたは鍵人だから、俺達と同行して任務にあたるわけじゃあないから安心しろ」
「そう言われても私は自由じゃないだろ」
「別に檻に閉じ込めようって話しじゃない。長官は厳しいことを言っていたが、気にするな。単に気に入らんのだろう。お前はAIの更生プログラムの対象外、つまり、終身刑だからな。これは人間が望んだことで、AIの判断じゃあない。人々が納得できず不満が噴出することを避ける為の処置だ。AIのプログラムは信じていても、それとこれとは違うというパターンだ。分かるだろ? お前は沢山の人を殺した。それを許せない人達はいて、そんなお前に死刑を望んでいる。更生はいいから死んでくれ。それがお前に向けた人々の願いだ。まぁ、AIは死刑制度に反対し、死刑制度が撤廃された後だから、お前は終身刑になったんだが。ここにいてくれる限りはお前を必要以上に拘束したりしない」
 そう男が言うと、男は腕時計の画面をタッチした。すると、私にしてあった残りの拘束具全てが外された。
「正気!?」
「ああ、正気さ。お前を恐れる奴はここにはいない。この施設にも警備ロボットはいるんだぜ」
「ここはいったいどこなんだ」
「ハッキリとは教えられないなぁ。機密なんでな。言えることは、この施設はアルカディアの近くにある地下ってとこぐらいだ。ま、ゆっくり寛いでくれ。用が出たらまた知らせる」
 そう言うと、周りにいた隊員達はぞろぞろと部屋を出ていった。
「あ、そうだ。自己紹介が遅れたな」
 ハンサム顔の男がふと気づいたかのように振り返りながらそう言った。
「俺の名は石塚勝だ。勝つと書いてまさるだ。宜しくな」
 手を振りながら最後にその男が部屋を出ていった。
「え……」
 置いてかれた私は暫く放心状態になった。



◇◆◇◆◇



 場所変わってとある研究施設。機密情報の為、公に研究施設であること事態伏せられ名目は別になっている。
 太った丸眼鏡に顎髭の男はさっきいた植物と虫の保管施設(そこは一般公開されているが、来場者はごく僅かで、大抵はネット検索の画像や動画、図鑑の情報で人は満足するか、そもそも今の人は興味を示さない)から離れた場所になる。
 そこで行われている研究内容はAIの研究とネット犯罪の研究が主になる。
 後者はAIアース事態を人間が攻撃しても、既に人間には敵わないからアースにとってもはや驚異に感じることはないとされている。実際にアースの稼働した当初に比べると攻撃の手は激減し、今はほとんどないと言っていい。勿論、ゼロにはならない。その理由は興味本位でアースの中身を暴く狙いといった幼稚な考えだったりする。まぁ、それは不可能だが。
 テロの驚異もまた、一般的には終息していると世間は受け止めている。
 だが、この男は全く違う考えをしていた。
 終息ではなく、今は姿を隠している。そんな気がなんとなくしていた。なんとなくだから根拠はないが、未だにAIに監視される社会を嫌う人達がいないわけではない。
 多くは冷静になったつもりで、SF映画の見過ぎだと牽制するが、意外と冷静なのはあちら側かもしれない。
 そう考えるのは、万が一にもAIが人類の敵になった時に、人間はそれに気づけるのかどうかという点だ。完全に信用しきっていたら当然発見は遅れる。
 今のところ、アースにそんな動きはないが、AIを監視する研究者は必要だ。
 パソコン画面にはアースが起こしたエラーの件数が表示されてある。


 本日のエラー0件。


 これは今日だけの話しではない。昨日、一昨日、いや、ここ数年ずっとこの調子だ。
「さて、どこまでこの数字を信用していいんだか」
 男はそう言ってデータをコピーして、それを別のパソコンに移した。そのパソコン内には彼が自ら開発した調査用AIがある。それを起動させ、データのスキャンが開始された。
 スキャン完了には時間がかかる為、その間彼は珈琲を飲みながら雑誌を読んだりして時間を潰した。
 スキャンが終わるのにだいたい一時間ぐらいかかる。どんなに改良してもそれが限界だった。それは、アースが行っているとされるデータ量が毎回膨大な為だ。
 定期的にこれを行っているが、毎回問題は無しに終わる。
 特にアースのあら探しをしたいわけではないので、無いことにこしたことはない。だが、もしあったら大変なことだ。



 ピコン。



 あり得ない。音が鳴った時、男はそう驚いた。
 雑誌を横に投げつけ、まさか! と画面を見る。
 しかし、画面に赤く表示されたのはアースが起こしたエラーコードではない。見つけたのは、アースが独断で行いそれを政府側に報告しなかった内容が一件あったということだ。
「おいおい、アースは何をしてたんだ」
 男はキーボードで操作し、内容を確認する。
 勿論、ハッキング対策に暗号化されているが、男はそれを解読できるソフトまで開発していた。
 男は解読開始の許可をキーで打ち命じた。
 そして出てきたのは……



 隕石衝突の確率と被害の計算



だった。
「おいおい、アースはなんでそんな計算をしているんだ」
 カチャカチャとキーを打つ音が早くなる。
 そして、検索結果を見て男は唖然とした。
「こりゃ大変だ」



◇◆◇◆◇



 その頃、橘楓は殺風景な部屋から出て、長い通路を歩いていた。
 部屋には鍵がかかっていなかった。先程の部屋にはカメラもなかった。流石に、部屋を出た通路にはカメラが設置されてあったが、ここまで自由にしていいのか。
 いくらAIを信じているからといって危機管理が鈍くなっているんじゃないのかと思ってしまう程だった。
 長い通路を出ると、広い空間の部屋に出た。広い空間と説明した理由は、天井も高くなっているからだ。
 丁度、3階分の吹き抜けだ。
 こっから先は下に降りる階段しかなく、その下にはトレーニング器具があってまるでそこがジムになっているようだ。
 そこでは先程の隊員達四人がトレーニングマシンを使っていた。
 三人男で一人が女性だ。
 階段の上から見ていると、トレーニングしていた石塚が橘に気づき、今していたトレーニングをやめ階段を登ってきた。
「お前もやるか?」
 首にかけた白いタオルで汗を拭きながらそう聞いてきた。
「あんた、ここのリーダーなの?」
「リーダーってことになるかな? 別に志願したわけでもなく、単に流れ的にそうなっているだけだ。俺達に階級はないし、年功序列は基本的にないんだが、俺が単にここが長くて経験があるから、皆俺の指示に従っているって感じだな」
「よくそれでまとまるな」
「まぁな。一様、俺はサバイバルゲームでリーダーをしていたから、それもあるかもしれん」と石塚は笑いながらそう言った。
「とは言っても所詮ゲームだ。本物の軍人とはいかんだろうが」
 すると、石塚の電子腕時計が鳴った。
「お、丁度任務がきた」
 他の隊員達の腕時計も鳴っており、同じ内容が送られていた。
「任務? 事件か?」
「ああ、そうだ。残念だが、事件はやっぱり起きてしまうんだ。どうだ、お前も来るか?」
「なんで?」
「どうせ暇だろ?」
「鍵人は?」
「言ったろ? その時になったら知らせるって。まだ、今日の話しじゃない」



◇◆◇◆◇



 橘は石塚の誘いに乗ることにした。石塚の言うように暇だからとかの理由ではなく、単純に格差もない社会でどんな犯罪が起きたのか気になったからだ。
 すると石塚は付いていくならと隊員達が着ている服を渡してきて、それに着替えるよう言われた。いつまでも囚人服でいるよりマシだったので素直に従った。
 更衣室には鏡があり、着替えの途中自分の左腕にある数字に目がいった。この識別番号でその人物が過去にどの犯罪を犯したのか特別なサイトで知ることができる。ただし、閲覧には権限を持った者に限られており、数字は犯罪種類の識別を示しているわけではない。
 全員5桁の番号と決まっており、橘の番号は41888だった。
 その左腕をもう片方の手で強く握った。自分を痛みつけるように。
 それから、着替え終わると赤色灯のついた黒いバンに橘含む5人が乗り込み、車は自動で走り出した。事前に目的を指定し、それを車に指示を出せば後は勝手に車が自動運転で目的地まで運んでくれる。
 車はもう全てが自動化され、人間は緊急時以外の理由で運転してはならないと道路交通法に定められている。
 故に、運転席はあるものの人間は運転できない。
 それは空を飛ぶヘリ等や海上を行き来する船も自動運転と決まっている。
 自動運転を改造し勝手に解除してドライブしようものなら、すぐさまロボットが派遣され、その車は押収されスクラップ行きだ。そのロボットを警告を無視して強引に押し退けたりすれば、言い逃れ出来ずに逮捕され、AIの更生プログラムを受けることになる。そうなれば晴れて左腕に数字が入れられる。基本的にAIはバイオメトリックで識別が可能でわざわざ左腕に数字を入れる必要はないのだが、人間が識別するに便利だからと囚人に数字を入れるようになった。それも今やアースのアップデートにより意味がなくなった。相手の顔画像やアースが記録する防犯カメラ映像から個人情報を権限持った人間のみに限り一瞬で出るようにより便利に対応されたからだ。それでも、未だに数字を入れ続けている。政治家の一人が抑止力として見せしめとして残したのが理由だ。
 数字を消そうにも先にレーザーで焼入れられている為に綺麗に消すことは困難だ。それでも、今のアースによって発展した医療技術なら可能だ。しかし、数字を消すようアースに頼んでも、アースはしてくれないよう強い権限で決められている為、一度入れられた数字は一生付き合うしかない。



 橘には石塚達の持っている電子時計があるわけではない為、移動中に今回の任務について石塚から説明を受けた。
「今回容疑者になっているのはロックバンドのようだ」
「ロックバンド?」
「まぁ、AIが作る音楽が今じゃメジャーだが、そんな時代になってもまだ人間だって音楽作りをやめたわけじゃあないってことだ。そりゃそうだろ。AIが作る歌詞に感動なんてするか普通? 俺も聴くなら人間が作る音楽だな」
「それで、なんの容疑なの?」
「警備ロボットを破壊した器物破損だ」



 どうしてまたと思ってしまったが、現場の収録スタジオで周りに取りおさえられた派手でロックな衣装をした20代の男から聞き取りするとその理由が分かった。
「俺の作った曲をAIに盗まれてるんだ」
 AIは人間が好む音楽を学習する為に色んなアーティストの曲を分析したりしながら、AIは実際に作曲にあたる。
「つまり、AIはお前の曲を真似したと言いたいんだな」
「そうだ!」
「だが、証拠はあるのか? そもそもAIがお前の曲を何故盗む必要がある」
「AIが俺の曲を学習したのが証拠だろ!AIは学習するものだと言われてはいそうですかって納得できるかぁ! 俺の曲だぞ」
「ああ、分かった分かった。お前の言い分は理解したが、それで警備ロボットに当たっても仕方がないだろ?」
 石塚がボーカルの人と話している間、橘は壊れて動かない警備ロボットの方を見た。
 底が車輪で移動する白い見た目で警告を表示する画面は割れて使いものにならない状態で横に倒されてあった。
 確かに、それを操作しているAIアースだ。AIに対し怒りが込み上げ手を出してしまったのだろう。
「お前にはまだファンがいるだろ? AIじゃなくお前の歌を聞きたいファンが」
「AIは俺の特徴的な歌い方まで完全にコピーしやがった……」
「……まぁ、今回は人間に被害が及んでいないんだ。まだ、情状酌量の余地がある。ここで堪えただけマシだ。でなきゃ、本当に収容されるところだったんだぞ」
 すると、周りにいた人の一人、スタッフが複雑そうにしながら「いや……」と言った。
「皆で止める時に暴れてたものだから、一人のスタッフがその際に殴られていて」
「つまり、暴行か」
 これでは情状酌量はなくなる。
 今は裁判も全てAIで人間が裁判官をしていたのと違い今は簡略化されており、裁判所で裁判が行われることもなくなっていた。判決はその場で知らされる。
 石塚の電子腕時計が鳴る。石塚は分かってはいるが、一様画面を見た。



 更生プログラムの対象、直ぐに捕らえて下さい。



「残念だが、AIが判断を下した」
 石塚はそう言ってボーカルの男に手錠をかけた。
「俺はもう終わりさ。分かっていたよ……」
「更生プログラムが終わったらまた曲を作ればいいだろ」
 その言葉にボーカルの男の胸に果たして届いただろうか。私にはそうは見えなかった。



◇◆◇◆◇



「どんなに世の中が便利になろうと人の欲求は埋まらない」
 ひと仕事終え戻ってきた石塚はそう独り言を口にした。いや、私に向かって言ったのかもしれない。だが、私はそれに返事をしなかった。
 移動中の車は非常に酔った。理由は、車内で薬の臭いが微かにしたからだ。車には窓はあっても移動の途中は窓が暗闇になり、外が見えなくなる。やはり、私達に場所を知られない為か。となると、知らないのは私だけじゃないんだな。



◇◆◇◆◇



 とある研究施設。
 太った丸眼鏡の男が見つけてしまった隕石落下の可能性。それを細身の男を呼び出し説教をしていた。
「つまり、隕石は落ちるんだな」
「隕石が地球に衝突する確率は99.6パーセント。落下場所は東京。あと、落下までに24時間の猶予しかない」
「隕石が落下する前に破壊出来ないのか?」
「既にアースは出来るだけのことをしているが、落ちてくる隕石はかなりの大きさだ。隕石を破壊しても、破片が飛び散る。被害をゼロにするのは難しいな」
「それでも、なんとかなるのか?」
「なんとかなるって? まぁ、アースは人間が死んでも悲しんだりはしないさ。感情を持っているのは人間で、AIに感情を持たせるのは不可能だ。感情を持っている風に出来ても、それは人間を学習し、人間を真似ているだけに過ぎない。となれば、AIは最小限の被害に留めながら復興に着手するだろう。救出も復興も人間がやるより早い筈だ。そうなれば、この国が滅びることもないだろう。AIに任せておけば。だが、AIはそれを我々人間には知らせなかった。AIはその必要がないと判断したからだ。分かるか、その意味が? 隕石が落ちて死ぬ人がいる。その前にせめて知らせるべきだという人間の心理よりも、混乱を避ける為に隕石衝突まで知らせないでおくことにしたんだAIはな。結局は無理なのさ、人間の代わりは。AIは所詮機械。生物の我々とはそこに大きな違いがある。これを政府に知らせるつもりだが、おそらくその前にアースが止めに入るだろう。しかし、政府に知らせるにはアースが管理している衛生を使用することになる」
「そこで俺の出番というわけか」
「そういうこと」
「分かった、任せろ」
 細い男、岡田はそう返事をすると、太った男、松居と別れた。



 岡田は屋上へ向かう階段を登っていき、隠れて飼っていた鳩のゲージを開け、鳩の足に手紙を括り付けた。
「古いやり方だが、これならアースも気づかないだろう」
 機械に頼らない手段となると、手数が今では限られる。
 伝書鳩を飛ばし、知り合いの政治家に向かって飛んでいった。
「頼むぞ」



 しかし、岡田の願いは叶わなかった。
 伝書鳩は数キロした地点で、どこからか狙撃されてしまった。
 その近くの地上では、AIに反対し横断幕を持って行進する人達の姿があった。
「AI反対! AI反対! AIに権限を与えるな! AI反対! AI反対!」
 そこに野次馬が「お前らのような連中がいるからテロが起こるんだろうが!」と怒鳴り声が向けられたが、一行は気にせずAI反対を訴え続けていた。
 それを一部テレビで放送されており、石塚達も見ていた。
 橘も暇だったから一緒に見ていたのだが、なにか見えたのか「なんか空から変なの落ちなかった?」と聞いた。
「いや、見えなかったぞ」と石塚は答える。
「そう……」
「それよりどうだ? まだAIは反対の立場なのか?」
「いや……もう遅いと知った」
 全て自動化されアースがそれを動かしている。今やアース無しでは人間は生きてはいけないだろう。
「AIは人間の敵に回ると思うか?」
「あなたは回らないという根拠があるの?」
「さぁな。そういう難しい話しは苦手だ」
「あなたって無責任なのね」
「無責任はどちらかな。沢山の死者を出しといて責任がないとは言わせないぞ」
「だから、罪は認めている。だが、一方で認めていない奴がいるぞ」
「ん? そいつは誰だ」
「AIだ」
「まさか」
「私はアースを狙っていた。だが、実際には目標がすり替わっていた。アースの仕業だ。直接的には私でも、そこにいた人達を犠牲に選んだのはアースだ。間接的にAIが全く無関係だとは言わせない」
「なるほど。理屈ではそうだな。だが、もしアースが本当に攻撃されて停止でもしたら人類はどうなっていたと思う?」
「だから言った。もう、遅かったと。あのテレビに映っている人達の中にもそれに気づいている奴はいる。AIは、機械は、人を殺すのか? これはAI導入前に決着しておくべき問題だった。それを曖昧にしたのは人生の先輩達だ」
「耳が痛いな。それでさっき無責任と言ったのか」
 その時だった。石塚の電子腕時計が鳴った。



 ピコン。
 ピコン。



「おいおいマジかよ。タイミングが悪すぎだって」
「どうしたの? さっき2回も鳴ったけど」
「2つ同時に任務が来た。特に問題なのはさっき俺達が捕まえたボーカルが移送中に逃げやがった」
「は? なんで逃げられるのよ」
「警備ロボットは基本的に殺傷能力のある武器の装備はされていない。移送中は薬で眠らせるから暴れ回られる心配もない。無人の移送車が空港まで行く手筈だった。だが、どうも外部から逃亡の手助けをした奴がいる」
「逃げられるじゃん」
「いや、そう簡単にはいかない。もう既に警備ロボットが向かった筈だ。だが、俺達も向かう。でもその前に出番だ」
「はい?」
「忘れたのか? 自分の役目を。鍵人としてアルカディアの中心部へ向かってもらう」



◇◆◇◆◇



「おい、まずいんじゃないのかお前」
「いいの。あなたさえ逃げてくれれば」
 道路の真ん中で停止している黒い大型の移送車。その周りには警備ロボットが到着しており、警告のアナウンスが流れている。
 機械音声で、だいたい決まったセリフしか言わない。移送車を襲った制服姿の女子高生はそれに臆することはなかった。まるで救出劇の勇姿のようだと言いたいところだが、これは犯罪だ。
「分かってるだろ? どこへ逃げたってそこらじゅうAIアースの目がある。それに、この首輪はGPS機能が付いているをだ。居場所なんて直ぐにバレるんだよ」
 ハァハァ言いながら、鉄パイプを放り投げボーカルの首に付いている首輪を取ろうとしたが、中々かたくてはずれない。
「無理だって! そんなことしてはずれるわけないじゃん」
「黙って!」
 女の子は急に怒鳴った。黙る相手男性。
「私にとってあなたの歌に救われたの。だから、どこにも行っちゃ嫌! 更生プログラムを受けたら歌えなくなるかもしれないんだよ?」
「……それは考えなかった」
 女子高生はもう一度はずそうと力を入れる。
「ん! んん!!」
「無理だ、やめておけ」
 その声に女子高生は後ろを振り返った。そこには新たに現れた黒いシャツ姿の隊員だった。名を青木。鍛え上げられ引き締まった体つきをしている。髪は短髪だ。
 女子高生は投げ捨てた鉄パイプを拾い上げながらそのまま勢いよくそれを隊員に向かって振るう。
「邪魔しないでよ!」
 しかし、いとも容易くその隊員は鉄パイプを片手で捕まえ、力づくで奪った。
「そんな……」
 隊員は女子高生の腕を掴み手錠をかけた。
「現行犯逮捕」



◇◆◇◆◇



 橘は目を開けた。
 あれ? 私、意識失ってた? まさか、また眠らされてたのか。
 気づいたら、服のまま液体の中に自分は入っていた。
 液体!? 酸素!!
 でも、直ぐに苦しくないことに気づいた。
 どうなってる?
 と、そこに石塚が目の前に現れた。石塚と私の間には分厚いガラスがある。私はポットの中にいた。
「やぁ、気分はどうだい?」
 液体の中なので喋れない。
「苦しくはない筈だ。君は呼吸しなくてもポット内では勝手に酸素を取り込んでくれる。まぁ、そんなことよりまず聞きたいのはその状況だろう。言ったと思うが君は鍵人に選ばれた。選んだのは君が嫌うAIアースだ。これから鍵人になるにあたって暫くはそのポットの中にいてもらう。ポットの中にある液体がなんなのかは俺にも分からないが、それでじっとしていればお前は鍵人になれるってわけだ」
 私は強く叩いたが、勿論、頑丈なそれは破壊出来ない。
「退屈かもしれんが暫くの辛抱と思ってくれ」
 石塚はそう言うと、背を向けどこかへと行ってしまった。
 周りは薄暗く、明かりは自分のポットだけだった。
 これなら囚人のままでもよかったな……私はAIに改造されるのか? アースめ……お前を殺そうとした私が死刑に出来ないから死刑より残酷な方法を思いついたのか…… 。
 また、意識が朦朧としてきた。
 眠い。
 多分、次目を冷ましたら私は私でなくなっている。その時は自分を嫌いになっていそうだ…… 。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ゲート・チェイン

瀬戸森羅
SF
とある研究をしていたマミとシノ。ある日不思議な声がして、もともとその研究は3人で行われていたと言われる。 実験の途中で別の世界に飛ばされてしまった3人目の研究者であるケイ先輩が2人に語りかけてきたのだった。 彼が言うには今研究している「エトロテスの原理」が世界を救う鍵になっているらしい。 先輩を探すため、そして世界を救うために2人は別次元を繋ぐ扉、ジュディアリアゲートへと旅立つ。

みらいせいふく

ヘルメス
SF
宇宙に対して憧れを抱いていた少年ニコ、彼がある日偶然出会ったのは…宇宙からやって来た女の子!? 04(ゼロヨン)と名乗る少女の地球偵察ストーリー、その後輩である05(ゼロファイブ)の宇宙空間でのバトル! 笑いあり!涙あり!そして…恋愛あり? ぜひ行く末をその目で見届けてください!

天地展開

羽上帆樽
SF
どうしてあらすじが必要なのか、疑問です。何も予備知識がない状態で作品を鑑賞した方が、遙かに面白いと思われます。人生もたぶんそうです。予定調和でいくと、安心、安全かもしれませんが、その分面白さは半減します。

蒼天のアダム

真朱マロ
SF
5歳の誕生日プレゼントはアンドロイドのアダムだった。 天才・フォワース博士の娘のイヴリンとアダムの関係はその日から始まった。 思考型AIを搭載したアダムとの日々は、イヴリンに色鮮やかな鮮やかな感情を生み出していく。 少女漫画風味 別サイトのロボット三原則コンテストに参加作品

日常

Shin.N
SF
日常の中の感謝しなければいけないことに気づくのは難しい。でも、なくなったときにそのありがたみを感じる。

ハッチョーボリ・シュレディンガーズ

近畿ブロードウェイ
SF
 なぜか就寝中、布団の中にさまざまな昆虫が潜り込んでくる友人の話を聞き、 悪ふざけ100%で、お酒を飲みながらふわふわと話を膨らませていった結果。  「布団の上のセミの死骸×シュレディンガー方程式×何か地獄みたいになってる国」 という作品が書きたくなったので、話が思いついたときに更新していきます。  小説家になろう で書いている話ですが、 せっかく アルファポリス のアカウントも作ったのでこっちでも更新します。 https://ncode.syosetu.com/n5143io/ ・この物語はフィクションです。  作中の人物・団体などの名称は全て架空のものであり、  特定の事件・事象とも一切関係はありません ・特定の作品を馬鹿にするような意図もありません

メイド型アンドロイド『鷹華』

きりたぽん
SF
メイド型アンドロイド『鷹華』が仕えるご主人様は猫なのだ。

処理中です...