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受け視点2
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終わったのか、と気が付いた時には辺りは真っ暗だった。
ジシェン様の部屋に行ったのは、まだ昼餉すら食べていない時間だったのに。
何が起こったのか途中から記憶がない。
彼の膝に乗せられたまま揺さぶられて精を吐き出させられた後、寝台にうつ伏せに寝かせられ腰だけを上げさせられてまた突きこまれた。
脚が震えて態勢を保てなくなってからは、彼の動きに合わせて人形のようにただただ体を揺すられた。
くぐもった悲鳴のような嬌声。
幾度となく伸びてくる手。
覆いかぶさってくる大きな影。
ウリョウが何度も吐精していたのを、体の奥が覚えている。
……もしかしてウリョウは相当溜まっていたんじゃないか。
彼の子種だったら欲しがる女が列を作るだろうにもったいない。
いつまでも延々と終わらなかった時間を思い出して無駄なことを考えた。
いつの間にか帯が解かれた腕が僅かに痺れている。
さるぐつわも取り去られていた。
ならばいつまでもこの寝台を占領してはいられないと怠くて重い体を持ち上げる。
が、体は思ったよりもずっと消耗していたみたいだ。
腕がぶるぶる震えて、柔らかくすべらかな寝台の布の上を滑った。
あ……落ちる。
足ではなくて顔から床に着地しそうになって……太い腕に、がしりと抱きとめられた。
「……何をやっているんだ」
低く掠れた声が後ろからかかる。
そのまま張りのある筋肉のついた腕に、寝台へと引き戻された。
ウリョウ。
そう呟こうとしたがなぜか言葉にならない。
ウリョウは声を上げない私を寝台に転がすと、自分は胡坐をかいて座った。
かろうじて下半身は寝具に隠れているけれど、その厚い胸筋や割れた腹筋に顔が赤くなる。
お互いに裸のままだし、散々触れ合ったというのに。
だが一人で動揺する私を、深い皺を眉間に寄せた男は、冷え冷えとした視線で私を射抜いた。
まるで逃げ出そうとした愚かな羊を見るような瞳だった。
……本当に嫌われている。
その冷たさに、どこかふわふわと浮き上がっていたような気持ちがあっという間に凍えた。
抱かれて、知らず知らずのうちに調子に乗ってしまっていたのだろうか。
彼が、私のことを嫌っていると知っていたのに。
前は視線にも態度にも温かさがあった。
あれは演技だったんだろうか。
彼の優しさからでた、愚かな人質の気持ちを慰める、ただそれだけの。
抱いてみて、思ったよりも具合が良くなかったんだろうか。
気晴らしにもならないほどに。
前王は『叩いたほうがよく締まる』と言っていたし、それを彼に伝えれば良かった。
まぁ、もう次の機会なんてないのだろうから無駄なことだ。
それとも、汚い存在に触ってしまったことが不快だったとか?
だとしたら謝るほか術がない。
申し訳なさに眉を下げていると、ウリョウは渋い顔をしたまま口を開いた。
「これから外出は一切禁止だ。部屋の外に出たくなったら俺に遣いをよこせ。気が向いたら連れて出してやる。手紙のやりとりも、誰かに部屋を訪れさせることも許さん」
ウリョウは冷酷な顔をしたまま淡々と告げる。
その内容に私の体がびくりと跳ねた。
外出の禁止に、面会の禁止。
人質なら当たり前のことかもしれないけれど、私はどうやら幽閉されるらしい。
今、宛がわれている部屋はそのまま使わせてくれるんだろうか。
それとももっと狭い、牢のようなところへと移されるんだろうか。
分からないけど、彼の強い口調から私に選択肢なんてないことは分かった。
ただの人質であるのに今までが恵まれすぎていたんだ。
この国の王の息子に嫌われているなら、幽閉でも有難いくらいだ。
前王の手垢の付いた存在なんか、そんな恥となる存在を今まで外に出していたのが異様だったのだ。
「……何か言いたいことはあるか?」
私の意見なんて聞かれないだろうと思っていたら、ウリョウはなぜか自嘲するように呟いた。
予想していなかったことに思考が定まらなくて。
咄嗟に、思っていたことがそのまま口をついて出てしまった。
「……気持ちよかった」
いや、何を言っているんだ。
そういうことじゃない。
謹んでお受けする、とか、いやいっそ口を噤んだまま土下座をするとか。
こんなことを言うべきじゃないと分かっているはずなのに言葉は口から出てしまって、それが自分の耳に届いた途端、あまりに場違いな言葉に自分で驚いた。
だけど今までの……前王や他の男との性交とは全く違ったから。
彼が触れたところから体が溶けてなくなってしまいそうだった。
彼の唇が肌を吸う度に心まで震えた。
後孔が腫れたような感じはあるけど切れてはいないようだし、体には痣一つない。
前はただ痛くて怖くてぼろぼろにされたのに、今体を包んでいるのはどこか甘い気怠さだけだった。
本当にただ幸せな時間だったのだ。
「おい、何を、お前は、」
思い切り、変な顔をしたウリョウが低く呟く。
明らかに困惑した表情。
口元に手を当てて視線をさまよわせている。
……最後くらい思っていることを伝えてしまおうか。
その困ったような顔をみたら、なぜかそう思えた。
「私のことを嫌っているのに、最後に抱いてもらえて嬉しかった」
寝台の上に座りなおして頭を下げる。
「もう会えなくなると思うと寂しい。いや、こんなことを言われても疎ましいだけだとは分かってるけど……」
ウリョウが何に怒って、何を思って私を抱いたのかは分からない。
彼の心のうちなんて一つも私には分からない。
この先また会うこともない。
だけど今まで与えられた優しさが、たとえ偽りであっても、それだけが心の支えだった。
前王に囚われていたときからずっと。
感謝してもしきれないのだと頭を下げたまま言う。
彼は嫌がるだろうか。
それとも、冷たく嗤うだろうか。
少し彼の反応を恐ろしく思いながら顔を上げると。
「いや、違うだろう!」
「わ、!」
大きな声で怒鳴られた。
その迫力に仰け反って後ろに倒れそうになると、腕が伸びて来て両肩を掴まれる。
「故郷に帰せとか、もう触れるなとか……!思ってることを言え!」
「いや、故郷はこの間帰してもらって無事が分かったし、触れられるのもウリョウなら別に嫌じゃないし……」
だから思っていることを言ったんだけれど。
言外にそう告げながら肩を掴まれた手に触れる。
できるだけ刺激しないようにそっと。
しかしウリョウは顔を歪めたまま歯ぎしりをした。
「だがお前は、次はまともな男に貰われたいと言っていただろうが!」
「ああ。だから、ウリョウみたいな男に貰われていて幸せだった」
弱い立場である者を甚振らず、人として尊厳を与えてくれた。
ウリョウほどの男の傍に居られて良かったと頷くが、彼は鼻筋に皺を寄せる。
「は、俺がまともだったとでも言うのか?俺は自分の欲望のためにお前をねじ伏せたくてたまらない。そんな男だ。それが分かっているからお前もジシェンのところへ逃げたんだろう。前王と同じ醜悪な男だ、と」
言いながら彼の手に力が籠り、肩が圧迫されてぎしぎしと痛む。
それでも耐えているんだろう。きっとこの男が本気をだしたら、私の肩なんてすぐに砕けてしまう。
ウリョウの言葉を聞きながら、私は静かに首を横に振った。
「ウリョウは前王と一緒なんかじゃない。それにウリョウがどんな欲望を持ってるのか知らないが私は……好きな相手に抱かれて嬉しかった」
口に出して言うとまるで夢見がちな少女のようだ。
これから幽閉される男のいう言葉じゃない。
だけどそれが私の本心だった。
薄っすらと微笑んでそう言うと。
「好きな、相手?」
握りつぶされそうなほど強く掴まれていた肩。
その手から力が抜ける。
「嘘だろう」
ようやく聞き取れるほどの小さな声でウリョウはそう呟いた。
「お前は、まともな男がいいと……」
「ウリョウはまともな男だ。いや、まともなんて言い方だと失礼だな。いい男だ。この国で誰よりも」
「だが、……だが、ジシェンに、お前は縋ったじゃないか。俺じゃなくて、あいつに助けを求めて逃げようとしただろう」
「ジシェン様?あれは……その、ウリョウに抱いてもらえないし嫌われているから……。私は散々人の手垢がついているし抱く気にならないだろう?それじゃあウリョウの傍にいても迷惑かと思って、新しい主を見つけてもらおうと頼みに行ったんだ」
そこまで口にして目を伏せる。
本人に向かって抱いてもらいたかったのに断られたのだということは、どうにも恥ずかしい。
いやらしい男だと自分から告げているようだ。
「待ってくれ。お前は、俺のことが嫌で逃げようとしたんじゃないのか?」
「ウリョウを嫌う?そんなわけない。嵐の晩に、共に逃げようと言ってくれた時から、ずっと好きだよ」
自覚したのは最近だった。
でもずっとずっと彼のことが私の心の支えだった。
彼がいたから、生き延びることができた。
それは肉体的なことだけじゃなくて、彼のような人が私のために心を砕いてくれた、ということが支えになっていた。
そんな彼を好きにならないわけがない。
たとえ彼がどう思っていて、私がどれだけ汚れていようとも。
嫌われていると早くに気が付いていても、きっとウリョウのことを好きになることは止められなかった。
「じゃあ、……俺のそばに居るというのか?」
「ああ。牢に移されるなら、別にそれでいい」
強く頷く。
すると突然膝立ちになったウリョウが、覆いかぶさるように抱きついてきた。
押し倒されるように体が後ろへ崩れる。
何事かと思っていると、掠れた声が耳元でした。
「牢になんて入れるわけないだろう。……こんなに、俺はお前に惚れているのに」
溜息のように零された声に、今度は私が嘘だろうと目を見開いた。
「……私は、前王のお手付きだよ」
「そんなことは承知で引き取った、いや奪い取っただろう」
「だけど、その後だっていつまでたっても手を出さないし、こんな汚い体は嫌じゃないのか」
体を引き剥がそうと彼の胸を押すが、より一層強く腕が体に回る。
なぜかウリョウは低く低く呻くと、小さな声で『嫌われないように我慢していたんだ』と呟いた。
「我慢……?」
「そうだ。笑うか」
「いや、だけどなんでそんな真似」
「初めて見た時からどうしようもなく惹かれていた。俺は他の男とは違う、ゆっくりお前を大事にしようと思っていた。なのに近くに居られるようになってからは欲が増して、お前をぐちゃぐちゃにしたくてどうしようもなくなった。前の王にどんな風に抱かれたのかと、嫉妬と劣情で狂いそうだった。……だから不用意に手を出して壊したくなかったんだ」
ぐちゃぐちゃに、と言われて、散々嬲られたことを思い出す。
たしかにもし、私が自分の気持ちに気が付いていない時にあんな抱かれ方をしたら驚いたかもしれない。
だけど驚くくらいで別に嫌いなんてしなかったのに。
「こんな男だが、まだ好きだと言ってくれるか?」
濃すぎた性交を思い出して一人で赤面しているとウリョウがどこか恐る恐る尋ねてくる。
もちろん好き、私こそ信じられないと素直に告げると、覆いかぶさっていたウリョウの体から力が抜けた。
「良かった。いまさら誰かに奪われたらきっと俺は死んでしまう」
「ウリョウに死なれたら困る。この国で一人にしないでくれ」
「ああ、そうだな。誰かに奪われたら、奪い返しにいかないと」
くすくすと笑うウリョウの背中に手を回す。
温かな皮膚に静かに鳴る鼓動。
そのことに、彼が本当にそばにいるんだとじわじわと心に染みこんでくる。
心を殺して、故郷のためだけに辛うじて命を繋いでいただけの私を彼は救ってくれた。
ああ、今度は私がこの言葉を彼に伝えられる。
そのことがどうしようもなく幸せだと思った。
「……どうか、この国で共に」
もう私は、故郷が恋しいと泣くことはないんだ。
ジシェン様の部屋に行ったのは、まだ昼餉すら食べていない時間だったのに。
何が起こったのか途中から記憶がない。
彼の膝に乗せられたまま揺さぶられて精を吐き出させられた後、寝台にうつ伏せに寝かせられ腰だけを上げさせられてまた突きこまれた。
脚が震えて態勢を保てなくなってからは、彼の動きに合わせて人形のようにただただ体を揺すられた。
くぐもった悲鳴のような嬌声。
幾度となく伸びてくる手。
覆いかぶさってくる大きな影。
ウリョウが何度も吐精していたのを、体の奥が覚えている。
……もしかしてウリョウは相当溜まっていたんじゃないか。
彼の子種だったら欲しがる女が列を作るだろうにもったいない。
いつまでも延々と終わらなかった時間を思い出して無駄なことを考えた。
いつの間にか帯が解かれた腕が僅かに痺れている。
さるぐつわも取り去られていた。
ならばいつまでもこの寝台を占領してはいられないと怠くて重い体を持ち上げる。
が、体は思ったよりもずっと消耗していたみたいだ。
腕がぶるぶる震えて、柔らかくすべらかな寝台の布の上を滑った。
あ……落ちる。
足ではなくて顔から床に着地しそうになって……太い腕に、がしりと抱きとめられた。
「……何をやっているんだ」
低く掠れた声が後ろからかかる。
そのまま張りのある筋肉のついた腕に、寝台へと引き戻された。
ウリョウ。
そう呟こうとしたがなぜか言葉にならない。
ウリョウは声を上げない私を寝台に転がすと、自分は胡坐をかいて座った。
かろうじて下半身は寝具に隠れているけれど、その厚い胸筋や割れた腹筋に顔が赤くなる。
お互いに裸のままだし、散々触れ合ったというのに。
だが一人で動揺する私を、深い皺を眉間に寄せた男は、冷え冷えとした視線で私を射抜いた。
まるで逃げ出そうとした愚かな羊を見るような瞳だった。
……本当に嫌われている。
その冷たさに、どこかふわふわと浮き上がっていたような気持ちがあっという間に凍えた。
抱かれて、知らず知らずのうちに調子に乗ってしまっていたのだろうか。
彼が、私のことを嫌っていると知っていたのに。
前は視線にも態度にも温かさがあった。
あれは演技だったんだろうか。
彼の優しさからでた、愚かな人質の気持ちを慰める、ただそれだけの。
抱いてみて、思ったよりも具合が良くなかったんだろうか。
気晴らしにもならないほどに。
前王は『叩いたほうがよく締まる』と言っていたし、それを彼に伝えれば良かった。
まぁ、もう次の機会なんてないのだろうから無駄なことだ。
それとも、汚い存在に触ってしまったことが不快だったとか?
だとしたら謝るほか術がない。
申し訳なさに眉を下げていると、ウリョウは渋い顔をしたまま口を開いた。
「これから外出は一切禁止だ。部屋の外に出たくなったら俺に遣いをよこせ。気が向いたら連れて出してやる。手紙のやりとりも、誰かに部屋を訪れさせることも許さん」
ウリョウは冷酷な顔をしたまま淡々と告げる。
その内容に私の体がびくりと跳ねた。
外出の禁止に、面会の禁止。
人質なら当たり前のことかもしれないけれど、私はどうやら幽閉されるらしい。
今、宛がわれている部屋はそのまま使わせてくれるんだろうか。
それとももっと狭い、牢のようなところへと移されるんだろうか。
分からないけど、彼の強い口調から私に選択肢なんてないことは分かった。
ただの人質であるのに今までが恵まれすぎていたんだ。
この国の王の息子に嫌われているなら、幽閉でも有難いくらいだ。
前王の手垢の付いた存在なんか、そんな恥となる存在を今まで外に出していたのが異様だったのだ。
「……何か言いたいことはあるか?」
私の意見なんて聞かれないだろうと思っていたら、ウリョウはなぜか自嘲するように呟いた。
予想していなかったことに思考が定まらなくて。
咄嗟に、思っていたことがそのまま口をついて出てしまった。
「……気持ちよかった」
いや、何を言っているんだ。
そういうことじゃない。
謹んでお受けする、とか、いやいっそ口を噤んだまま土下座をするとか。
こんなことを言うべきじゃないと分かっているはずなのに言葉は口から出てしまって、それが自分の耳に届いた途端、あまりに場違いな言葉に自分で驚いた。
だけど今までの……前王や他の男との性交とは全く違ったから。
彼が触れたところから体が溶けてなくなってしまいそうだった。
彼の唇が肌を吸う度に心まで震えた。
後孔が腫れたような感じはあるけど切れてはいないようだし、体には痣一つない。
前はただ痛くて怖くてぼろぼろにされたのに、今体を包んでいるのはどこか甘い気怠さだけだった。
本当にただ幸せな時間だったのだ。
「おい、何を、お前は、」
思い切り、変な顔をしたウリョウが低く呟く。
明らかに困惑した表情。
口元に手を当てて視線をさまよわせている。
……最後くらい思っていることを伝えてしまおうか。
その困ったような顔をみたら、なぜかそう思えた。
「私のことを嫌っているのに、最後に抱いてもらえて嬉しかった」
寝台の上に座りなおして頭を下げる。
「もう会えなくなると思うと寂しい。いや、こんなことを言われても疎ましいだけだとは分かってるけど……」
ウリョウが何に怒って、何を思って私を抱いたのかは分からない。
彼の心のうちなんて一つも私には分からない。
この先また会うこともない。
だけど今まで与えられた優しさが、たとえ偽りであっても、それだけが心の支えだった。
前王に囚われていたときからずっと。
感謝してもしきれないのだと頭を下げたまま言う。
彼は嫌がるだろうか。
それとも、冷たく嗤うだろうか。
少し彼の反応を恐ろしく思いながら顔を上げると。
「いや、違うだろう!」
「わ、!」
大きな声で怒鳴られた。
その迫力に仰け反って後ろに倒れそうになると、腕が伸びて来て両肩を掴まれる。
「故郷に帰せとか、もう触れるなとか……!思ってることを言え!」
「いや、故郷はこの間帰してもらって無事が分かったし、触れられるのもウリョウなら別に嫌じゃないし……」
だから思っていることを言ったんだけれど。
言外にそう告げながら肩を掴まれた手に触れる。
できるだけ刺激しないようにそっと。
しかしウリョウは顔を歪めたまま歯ぎしりをした。
「だがお前は、次はまともな男に貰われたいと言っていただろうが!」
「ああ。だから、ウリョウみたいな男に貰われていて幸せだった」
弱い立場である者を甚振らず、人として尊厳を与えてくれた。
ウリョウほどの男の傍に居られて良かったと頷くが、彼は鼻筋に皺を寄せる。
「は、俺がまともだったとでも言うのか?俺は自分の欲望のためにお前をねじ伏せたくてたまらない。そんな男だ。それが分かっているからお前もジシェンのところへ逃げたんだろう。前王と同じ醜悪な男だ、と」
言いながら彼の手に力が籠り、肩が圧迫されてぎしぎしと痛む。
それでも耐えているんだろう。きっとこの男が本気をだしたら、私の肩なんてすぐに砕けてしまう。
ウリョウの言葉を聞きながら、私は静かに首を横に振った。
「ウリョウは前王と一緒なんかじゃない。それにウリョウがどんな欲望を持ってるのか知らないが私は……好きな相手に抱かれて嬉しかった」
口に出して言うとまるで夢見がちな少女のようだ。
これから幽閉される男のいう言葉じゃない。
だけどそれが私の本心だった。
薄っすらと微笑んでそう言うと。
「好きな、相手?」
握りつぶされそうなほど強く掴まれていた肩。
その手から力が抜ける。
「嘘だろう」
ようやく聞き取れるほどの小さな声でウリョウはそう呟いた。
「お前は、まともな男がいいと……」
「ウリョウはまともな男だ。いや、まともなんて言い方だと失礼だな。いい男だ。この国で誰よりも」
「だが、……だが、ジシェンに、お前は縋ったじゃないか。俺じゃなくて、あいつに助けを求めて逃げようとしただろう」
「ジシェン様?あれは……その、ウリョウに抱いてもらえないし嫌われているから……。私は散々人の手垢がついているし抱く気にならないだろう?それじゃあウリョウの傍にいても迷惑かと思って、新しい主を見つけてもらおうと頼みに行ったんだ」
そこまで口にして目を伏せる。
本人に向かって抱いてもらいたかったのに断られたのだということは、どうにも恥ずかしい。
いやらしい男だと自分から告げているようだ。
「待ってくれ。お前は、俺のことが嫌で逃げようとしたんじゃないのか?」
「ウリョウを嫌う?そんなわけない。嵐の晩に、共に逃げようと言ってくれた時から、ずっと好きだよ」
自覚したのは最近だった。
でもずっとずっと彼のことが私の心の支えだった。
彼がいたから、生き延びることができた。
それは肉体的なことだけじゃなくて、彼のような人が私のために心を砕いてくれた、ということが支えになっていた。
そんな彼を好きにならないわけがない。
たとえ彼がどう思っていて、私がどれだけ汚れていようとも。
嫌われていると早くに気が付いていても、きっとウリョウのことを好きになることは止められなかった。
「じゃあ、……俺のそばに居るというのか?」
「ああ。牢に移されるなら、別にそれでいい」
強く頷く。
すると突然膝立ちになったウリョウが、覆いかぶさるように抱きついてきた。
押し倒されるように体が後ろへ崩れる。
何事かと思っていると、掠れた声が耳元でした。
「牢になんて入れるわけないだろう。……こんなに、俺はお前に惚れているのに」
溜息のように零された声に、今度は私が嘘だろうと目を見開いた。
「……私は、前王のお手付きだよ」
「そんなことは承知で引き取った、いや奪い取っただろう」
「だけど、その後だっていつまでたっても手を出さないし、こんな汚い体は嫌じゃないのか」
体を引き剥がそうと彼の胸を押すが、より一層強く腕が体に回る。
なぜかウリョウは低く低く呻くと、小さな声で『嫌われないように我慢していたんだ』と呟いた。
「我慢……?」
「そうだ。笑うか」
「いや、だけどなんでそんな真似」
「初めて見た時からどうしようもなく惹かれていた。俺は他の男とは違う、ゆっくりお前を大事にしようと思っていた。なのに近くに居られるようになってからは欲が増して、お前をぐちゃぐちゃにしたくてどうしようもなくなった。前の王にどんな風に抱かれたのかと、嫉妬と劣情で狂いそうだった。……だから不用意に手を出して壊したくなかったんだ」
ぐちゃぐちゃに、と言われて、散々嬲られたことを思い出す。
たしかにもし、私が自分の気持ちに気が付いていない時にあんな抱かれ方をしたら驚いたかもしれない。
だけど驚くくらいで別に嫌いなんてしなかったのに。
「こんな男だが、まだ好きだと言ってくれるか?」
濃すぎた性交を思い出して一人で赤面しているとウリョウがどこか恐る恐る尋ねてくる。
もちろん好き、私こそ信じられないと素直に告げると、覆いかぶさっていたウリョウの体から力が抜けた。
「良かった。いまさら誰かに奪われたらきっと俺は死んでしまう」
「ウリョウに死なれたら困る。この国で一人にしないでくれ」
「ああ、そうだな。誰かに奪われたら、奪い返しにいかないと」
くすくすと笑うウリョウの背中に手を回す。
温かな皮膚に静かに鳴る鼓動。
そのことに、彼が本当にそばにいるんだとじわじわと心に染みこんでくる。
心を殺して、故郷のためだけに辛うじて命を繋いでいただけの私を彼は救ってくれた。
ああ、今度は私がこの言葉を彼に伝えられる。
そのことがどうしようもなく幸せだと思った。
「……どうか、この国で共に」
もう私は、故郷が恋しいと泣くことはないんだ。
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