上 下
8 / 12
受け視点2

7

しおりを挟む
ウリョウは、私を疎んでいる。


寝台に横になっても一睡もできないまま夜が明けて、そのことが私の胸の中でどんどん黒く大きく育っていった。

苦しい。
胸が痛い。

……彼は、私が初めて好きになった相手なのに。

そのウリョウに嫌われているなんて。
誰かに嫌われているということがこんなに辛いなんて知らなかった。
今までは故郷さえ無事なら他は何でもいいと思っていた。
どれだけ前王が苛つこうが、他の男たちに体を暴かれようが、大したことじゃないと思えたのに。

何度目になるのか分からないため息を吐く。

助けられて、優しい言葉をかけられてそれだけで好きになってしまうなんて愚かだ。
頭ではそう分かっているのに未だに胸はじくじくと彼への思慕を痛みとともに訴えている。

だけど彼に嫌われていると分かった以上、今までのようにのんびりとこの贅沢な生活を享受するわけにはいかないだろう。

寝不足でふらふらする頭を寝台から持ち上げて、のそりと室内へと向かった。

「エイレン、ジシェン様の部屋へ案内してほしい」

既に使用人たちは起き出していて部屋の中でこまごまと働いている。
その中でも雀が跳ねるように動き回っているエイレンに声をかけた。

「カレル様……?ジシェン様のお部屋、でございますか?」
「彼にも執務室があるだろう。話がしたいんだ」

驚いたように目を見開くエイレンに頷き返す。
私の言葉にエイレンは戸惑ったように何度か口を開け閉めして、それからぎこちなく笑みを浮かべた。

「では、ウリョウ様に許可を、」
「ウリョウには宮廷の外へ出なければ好きにしていいと言われているよ。支度して、すぐに行きたい」

彼の言葉を遮るようにして言葉を重ねる。
今までウリョウがいない時にはせいぜい庭へ出るくらいしか外出してこなかった。
でもウリョウには、あまり遠くへ行かなければ、あと護衛をつければ大分自由に外出することが許されている。
それは本当だ。
今まで、私が自らあまり人に姿を見せないようにしていただけだ。

やや強い口調でエイレンに言うと、彼はますます困った顔になる。

「ですが……」
「それから、また髪を結って化粧をしてほしい。あと服もできるだけ派手なものを」

困惑に固まってしまっているエイレンを置いて、鏡台の前に座る。
私の言葉に、他の使用人がエイレンの方を伺いながら近寄ってきて、そっと私の髪に櫛を通し始めた。

「……かしこまりました。ご準備いたします」

頑なな私の態度にエイレンは悲し気な表情を見せると、それからようやく他の使用人に目配せをして。
それから服を準備すると言ってそっと部屋から出て行った。

そして数十分もしないうちに私は以前のように髪を結あげられ、きつく化粧を施された。
昨夜ウリョウに会うときよりもずっと濃い化粧だ。
やや目元は寝不足で腫れているけれどそれすら分からないほど。

エイレンが持ち帰ってきた派手な色合いをした服に袖を通し、扉の前まで足を進める。
するとその前にエイレンが立ち塞がるようにして扉を背に両手を広げた。

「カレル様、……今からでもお考え直しください。どうぞ、ジシェン様にお伝えすることがあるなら私が伝言に行きます。それか、せめてウリョウ様とご一緒にお訪ねください」
「直接話したいんだ。別になにか企んでいるわけじゃないよ。それに……ウリョウにとってもいいことなんだ」

なぜ彼はこんなに必死に止めようとするんだろう。
それほどにジシェンは位が高い御仁なんだろうか。
だとしたら、急に訪れたりしたら私も不興を買ってしまうかもしれないな。

そんなことが頭に浮かぶけれど、エイレンのその態度に気を回すほどの余裕が今の私にはなかった。

私がこの宮廷で顔を知っているのはウリョウと、昨日会ったばかりのジシェンしかいない。
他の誰も知らない。
もちろん私の身の回りの世話をしてくれる人たちのことは知っているけど、彼らには今から私がする『頼み事』は叶えられないことだ。

そう思いながらそっとエイレンの肩に手を掛ける。
彼は顔を伏せて、そしてようやく扉を開くと道を先導して歩き始めた。















「おや、いらっしゃい」

先触れもなく訪れた私を、ジシェンはにこやかに出迎えた。
無礼だと怒鳴られたり長い時間待たされたりするくらいは覚悟していたのに、あっさりと彼の部屋の扉は開かれた。
室内にいた何人かの、おそらく共に仕事をしていたんだと思う部下らしき人達がこちらを見てぎょっと目を開く。
思わず顔を俯けるとジシェンは彼らに外に出ているように声をかけた。

私もエイレンたちを外に出し、二人きりになった室内で唾を飲み込む。
両方の手を前でぎゅっと握ると口を開いた。

「ジシェン様……お話があってまいりました」

ジシェンにじっと見つめられて掌に、それどころか全身から汗が出る。
ウリョウの穏やかで優しい視線とは違う。
値踏みをするような、私の真意を見抜こうとするような冷たい視線。
思わずひるみそうになるけれど堪えて言葉を続ける。

「私は今、ウリョウ、いえウリョウ様のものになっています。私の生活の面倒を見ているのは彼です」
「うん? まぁそうだろうね」

何を当たり前のことを言っているのだと言いたげにジシェンが頷く。
それに私は再度唾を飲み込むと、大きく息を吸い込んだ。

「ですが、どうか、私の身を引き受けてくれませんか」

どうか、この汚い体を。
いや、汚い体でも貰ってもらえないか。

思わずその場に膝をつき、祈るように握り合わせた手に力が籠る。

ウリョウに私は嫌われている。
だけど彼は優しいから、一度助けてしまった私を捨てることはできないんだろう。

ウリョウが私を使ってくれるなら、彼のために役立てるなら別にそれでもいい。
彼が私に触れなくても、他の誰かに貸し出されてそれで役に立てるならそれでいい。
性接待だったらたくさんしてきた。
だけどウリョウは本当に優しくて、嫌っている私でさえも使おうとしないから。

だったら私なんてただ負担になっているだけじゃないか。

「あーーーー、ごめん、ちょっと待って」

私の言葉を聞いたジシェンは、なぜか大きな掌で彼の口元を覆う。
それからなにかぶつぶつ呟いて、それから私のもとへと近づいてきた。
彼もその場に膝をついて、そっと暖かい掌が肩に置かれる。

「どういう意味かな?」
「ジシェン様が要らないようでしたら、誰か別の方を紹介していただけませんか。誰でもいいです。誰でも」

ジシェンの服に縋りつく。
だけど明らかに困った様子の彼の顔に、ジシェンが引き受けてくれる可能性は薄そうだと少し落胆する。

それも仕方ないことだ。
もとから私に価値なんてないんだから。
でもだったら誰か別の人はいないだろうか。

私に喜んで手を出していた男たちの顔が朧気ながらに頭に浮かぶ。
ウリョウでなければ誰もでもいい。
今のような待遇をされなくてもいい。
冷たく狭い部屋でただ使われるだけでいい。
それも無理ならば使用人として働く。

「前王の時に、私を宛がわれた方たちがいたと思うんですが、彼らは、」
「そいつらは全員処刑されたよ」

一縷の望みを託して呟いた言葉はあっさりと斬って捨てられた。
処刑という言葉の重さに思わず体がおののく。

蒼褪めて固まる私の顔をジシェンは覗き込んで、ゆっくりと尋ねた。

「ウリョウのところに居るのが嫌になったってこと?」
「いえ、違うの、ですが」

本当はウリョウのところにずっと居たい。
彼が訪れることが喜びだった。
顔を見ることができるだけで幸せだった。

……でも嫌われているなら。
私の存在が彼にとって不快なら。
彼に嫌な思いをさせてまで、その優しさに縋りついているんだと知ってしまったなら、もうそばには居られない。
何も知らない気が付いていない顔をしてただのうのうと彼の負担になるなんてできない。

今まで知らずにただ喜んでいたことが辛い。
いつかは彼が手を出してくるだろうと愚かに考えていた自分を殴ってしまいたい。
優しくしてくれるかもしれないと夢想していた自分を斬り捨ててしまいたい。
ただただ彼にとっては邪魔な存在だったということに、それを知らずに彼に甘えていたということに、胸が苦しくて。

「……辛くて」

ぼろりと涙が溢れ出る。
せっかく化粧をした顔が醜く崩れてしまう。
これでは『誰か』を紹介してもらっても、要らないと断られてしまうかもしれない。
そう思って涙を止めようとするけど後から後から溢れて止まらない。

顔をこすったら服も汚れてしまう。
なんとかぐっと唇を噛みしめ声を出すと情けなく震えていた。
汚い顔でジシェンに取り縋ったまま、ただ辛いと繰り返す。

ジシェンが何か言おうとして口を開いた、その瞬間、部屋の扉が音を立てて開かれた。


貴人の部屋だというのに、入室の許可を取ることさえなく開かれた扉。

そちらに視線を向けると……大きな体が、立ち塞がるようにして立っていた。




「ここで何をしている」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜

ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……? ※残酷な描写あり ⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。 ムーンライトノベルズ からの転載です。

病室で飼われてます

夕紅
恋愛
入院した私は、夜になると担当医に犯される。

完結「不治の病にかかった婚約者の為に、危険を犯して不死鳥の葉を取ってきたら、婚約者が浮気してました。彼の病が再発したそうですが知りません」

まほりろ
恋愛
「リシェル・ゼーマン辺境伯令嬢!  貴様は婚約者である僕の看病をそっちのけで、新米の兵士でも一週間あれば余裕で取れる不死鳥の葉を、一か月もかけてのろのろと取ってきたそうだな!  しかもキマイラやグリフォンやケルベロスの出る山を五つ越え、バジリスクの住む死の荒野を越え、毒蠍の出現する砂漠を越え、アンデットモンスターが闊歩する毒の沼地を越え、不死鳥の山を半日ほどロッククライミングして山頂にいる不死鳥とバトルして、艱難辛苦の末に、不死鳥が守っていた木から不死鳥の葉を手に入れ来たなどと嘘をついているそうじゃないか!  そんな薄情で嘘つきでずる賢い女は僕の婚約者に相応しくない!  よって今日限りで貴様との婚約を破棄する!  僕は、病に冒された僕の手をずっと握っていてくれた優しいクラーラと結婚する!」  苦労して不死鳥の葉を取ってきて王太子の病を治してやったのに、彼から言われた言葉はこれだった。  こんなアホでも一応幼馴染、十八歳の若さで死なせるのは可哀相だと思い、不死鳥の葉を取ってきたのが間違いだった。  こんな愚か者とはさっさと別れて、故郷に帰ってのんびり暮らしましょう。 「婚約破棄、承知いたしました」  私は淑女の礼をして部屋を出た。  王太子は病が完治したと思い込み私を切り捨てた。  しかし数か月後、王太子の病が再発して……。  不死鳥の葉を取りに行けるのは勇者の血を引く私と父のみ。  王太子殿下、私たち親子をあれだけ罵っておきながら今さら泣きついてきたりしませんよね? 【こんな人におすすめ】 ・強いヒロインが好き ・ざまぁは徹底的に ・ハッピーエンドが好き ・スパダリから溺愛されたい ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※後日譚を不定期に投稿してます。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※「不治の病にかかった婚約者の為に危険を犯して不死鳥の葉を取ってきた辺境伯令嬢、枕元で王太子の手を握っていただけの公爵令嬢に負け婚約破棄される。王太子の病が再発したそうですが知りません」のタイトルで、小説家になろうにも投稿してます。 ※2023年9月17日女性向けホットランキング5位まで上がりました。ありがとうございます。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

処理中です...