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受け視点

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嵐のような風に打ち付けられて、がたがたと窓が震えた。



季節外れの大雨は夜半になっても降りやまず、使用人たちもバタバタと走り回って忙しない。
外に怖いお化けがいると泣いていた弟は泣いてはいないだろうか。

殴られて腫れの引かない頬を濡れた布で抑えながら、暗くて何も見えない窓の外へと視線を向けた。

そこから故郷が見えるわけでもないと言うのに。





◇◇◇








祖国は美しいところだった。

山と山に挟まれたほんの僅かな領土。
一年中寒く、日照時間が短くて農作物を作るのには適さない土地。

それでも春になると小さな白い花が一面に咲き、生まれたばかりの子ヤギが元気に跳ねまわる。
それを見て父も母も、弟たちも皆が幸せだと笑った。
慎ましい生活だが満ち足りていた。


その穏やかな幸せが、美しい土地が侵されたのはもう何年前になるだろうか。

小さな国土を取り囲むように、灰色の甲冑を身に纏った男たちが現れた。

鈍く光る刀を手にした男たちは、あっという間に小さな土地を取り囲んだ。
祖国は貧しい土地で、辿り着くまでの道も険しく、その痩せた土地を欲しがるような大国はそれまでなかった。
だから油断していた。
逃げることもできずに震える私たちの前で、理不尽な貢物の要求をした男たちは、従うのならば誰も殺さないと宣した。
それに抗う術など、私の国では誰も持ち合わせていなくて。


『和平の印に、王の子を差し出せ』


その言葉にも、ただ諾々と従うしかなかった。

私の祖国にはこの国のような『王』はいなかったが、私の父は族長のようなものをしていて、それならば私が一番適任だと自ら手を上げた。

大国に連れ去られてもきっと生涯幽閉される。
下手をしたら殺される。
まだ幼い弟たちを、まだようやく芽吹いた新芽のような子たちをそんな目に遭わせられるはずがない。

私自身もその時は青年と呼ぶには若すぎる年だったけれど、それでも大国まで歩く体力も、その後に起こるであろう仕打ちにもしばらく耐えることができると思ったから。


この世の終わりのように泣き叫ぶ父母と弟に見送られ、10日、首に縄を掛けられて歩きとおした。
馬に乗った男に家畜のように手綱を引かれ、贅を尽くした豪奢な王宮へと連れて来られて。

這いつくばり頭を床に擦り付ける私の髪を掴み、高い玉座から降りてきた王は残酷な笑みを浮かべた。
私よりも倍ほど年上の王はそれでもまだ王としては若く、血気盛んで狂暴な瞳をしていた。


『辺境の民など蛮族かと思ったが、綺麗な顔をしているではないか』


その日のうちに王の閨へと引きずり込まれ、恋をしたことすらなかった体を乱暴に拓かれた。
痛い、怖いと繰り返し叫ぶ私を甚振るのが存外楽しかったらしく、王は繰り返し私を夜に呼ぶようになった。
それまで周りにいた女たちは、王が何をしてもほほ笑むばかりだったようで、私のように怯える姿が新鮮だったのかもしれない。

いつしか私は王の寵愛を受けていると言われるようになった。
冷たく狭かった部屋から、日当たりの良い広い部屋に移された。
身の回りを世話する使用人も増えた。
監視役だったはずの男たちが、いつの間にか護衛という名前に代わった。



だが、この生活で幸せだと思うことなどない。

昨日は数日ぶりに王のお召しがあった。
反応が悪い、もっと鳴けと言われて繰り返し叩かれた頬も体も、乱暴に打ち付けられた腰も酷く痛む。
ここのところ王は前よりも苛ついている気がする。
できることは、どうか暫くは呼ばれることがないように、とそればかりだ。

ざあざあと降りしきる雨を見ながら、成長を見ることができなかった弟が、今どれほどの背丈なのかと夢想する。
それしか私にはできることはない、ただ彼らの息災を祈ることしかできないのだから。



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