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4. 盗み聞き

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「っ……、っは、びっくりした」


咄嗟に飛び出してしまった俺は、僧侶の姿が見えないところまで走ると、木に体を預けて息を吐いた。

戦士や魔術師に嫌われているとは思っていたけど、あの僧侶も俺を嫌悪していたのか。
しかも僧侶の俺に対する侮蔑は、他の人よりもどこかどろどろして強い気がした。
深い沼のような憎悪。
そんなに嫌われているなんて思ってもいなかった。
俺はパーティーに入ってからウォーレン以外とほとんど喋っていないし、何が彼を苛立たせたんだろうか。
考えても仕方ない。
きっと俺が弱いのが気に入らないんだろう。
そう思って気持ちを切り替えようと頭を振る。

強い嫌悪感に驚いて走り出した俺は、休憩していた場所から離れてしまったようだった。
どうしようもなく嫌だけれど戻らなければ。
こんな山道で一人きりなるのは危険だし、それに俺が急に消えたらウォーレンは心配するだろう。
きっと、ウォーレンだけは。



獣を近づけないように、足音をたてないように来た道を戻る。
来た道を半分くらい戻っただろうか。
不意に聞こえてきた人の声に、俺は慌てて足を止めた。



「ウォーレン、こっちに魔獣はいないみたいだ。そろそろ戻るか?」

「そうだな」


探るように木の陰に隠れた俺が見つけたのは、偵察に行っていたウォーレンと戦士だった。
響いた低い声にドキリと心臓が高鳴る。


「あー、次の町まであとどれくらいだっけ。もう野宿飽きたわ」

「そう言うな。あと5日もあれば着くだろう」

「はー……なんで冒険者なんて女っ気がない職についちゃったんだろ俺。まぁ実入りはいいけどさぁ」


面倒そうに戦士はぶつぶつと言いながら地面を蹴りながら歩いている。
そんな戦士にウォーレンが苦笑すると、彼はまるで拗ねた子供のように唇を尖らせた。


「おい、無視するなよ。ウォーレンだって溜まってるだろ? お前はただでさえハーフオークなんだし」

「……まぁ、な」


オークは人間に比べて遥かに精力が強い。
ウォーレンはハーフオークだし、理知的なエルフの血が混じっているから気が付かなかったけど……そうなのか。
盗み聞いてしまったウォーレンの夜の事情に、俺はなぜか顔が赤くなる。


「旅の途中だと適当に済ませるのも面倒だしなー……。あ、あいつならいいんじゃねぇの?ロルドならさ、お前に懐きまくってるじゃねぇか」


突如として戦士の口から飛び出して来た俺の名前。
いいってどういう意味だ。
目を瞬かせて戦士の話の意味を理解しようとしていると、次に彼の口から出てきた言葉に、俺は衝撃を受けた。


「どうだ? あいつなら、お前が言えば簡単に股を開くぞ」


ウォーレンが言えば股を開くって……待て、俺はそういう風に見られてたのか。
俺が、ウォーレンと。
頭の中でウォーレンに抱かれている自分を想像してしまって、既に赤くなっていた顔が更に真っ赤になる。

あの戦士、なんてことを言うんだ。
でもウォーレン溜まってるって言ってたよな。
だったら……いやいや馬鹿なこと考えるな。
前のパーティーを解雇された理由を忘れたのかよ。
あんなに嫌がってたことを、ウォーレンにはあっさり許すってどうなんだよ。

思考がぐちゃぐちゃに混乱する。
なんなら、もう二人の前に姿を現してしまおうか。

そうしようかとすら思っていた、けど。


だけど。
物陰で一人で焦っている俺には気が付いていないウォーレンは、酷く冷たい声をだした。


「ロルド? 冗談でもそんな馬鹿なこと言うな」


その苛立ちを露わにした声に、俺はびくりと体の動きを止めた。
明らかに不愉快だと、その話を続けたくないという明確な響き。

今までこんなに冷たい声を出すウォーレンを見たことがあっただろうか。
いつでも余裕たっぷりで、少し笑っていて、俺みたいな奴相手ですら丁寧だった彼が。


「はは、お前にも好みくらいあるよな。じゃあ、やっぱり次の町のエイダを口説くのか?あの女、美人だもんなぁ~。でも俺も狙っててさー」


戦士もどこか不穏なものを感じたんだろう。
少し引き攣った笑い声を上げた後に、まるで話題を変えるようにぺらぺらと女の話をし始めた。

仲間がいる方へ大股で歩いていく二人の後ろ姿を見ながら……俺も行かなくちゃと思いながら、その場に立ちつくした。





……冗談でも嫌か。

そうだよな。
それはそうだよな。
ウォーレンはあれだけ格好良くて一流の冒険者で、たとえ間に合わせでも俺なんかとは寝たくないよな。
ちょっと纏わりついちゃってる自覚はあったけど、戦士には俺がウォーレンに抱かれたがってるように見えたのかな。

それにしてもウォーレン、迷う素振りすらなかったなぁ。
それどころかムカついてるのが丸わかりだったし。
冗談でも馬鹿なことを言うなと言ったウォーレンの言葉が胸に突き刺さる。

前のパーティーの戦士は、俺を性欲処理の相手として雇ったって言ってた。
でもウォーレンにはその相手としてすら役に立てないんだ。

なんだか、一瞬でも心臓を跳ねさせた自分がどれだけ思い上がっていたか思い知らされた気分だ。
ウォーレンが溜まっているから何だって言うんだ。
それで抱いてもらえるとでも、戦士にそそのかされてウォーレンに口説かれるとでも思ったのか?
この旅の間だけでも、いつも優しいウォーレンが、夜も優しく俺を愛してくれるとでも?

そんなことあるわけない。
町に着けばいくらでもウォーレンの相手をする女の子はいる。
オークの性欲がどれだけ強いのか知らないけど……それでも俺に手を出すなんてことはないんだ。

俺じゃあウォーレンの相手にはならない。
そう口の中で何度も言葉を転がしながら、俺はやけに重たくなった足を地面から引っぺがした。

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