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ウィラード視点

誤解

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久しぶりに彼の部屋に招かれると、いつもと違う雰囲気をまとったセノウさんがいた。
寝椅子に寝転がっているところなんて、初めて見た。
退廃的な魅力に心臓が思わず高鳴る。
いつもと違って力が抜けたような彼が心配になるのと同時に、もしかして心を許されているのかと思うと喜びを感じた。

だが、彼が口にした言葉は、俺を奈落の底に突き落とすようなことだった。


「……ウィラード、単刀直入に言う。今夜限りで、お前との私的な関わりはなくそうと思う」


彼の言葉は、いつも慎重でそれでいて重みがある。
彼は自分が分かっていない言葉をいたずらに使うことはなく、また自分の意図しない言葉を滑り出させるような迂闊さはない。
相手に誤解や曲解をけして許さない。

つまり。
つまり彼は……いや、俺の勘違いかもしれない。
勘違いであってほしい。そう思わずにはいられなかった。
ふわふわと幸せに浮かれていた俺の心臓が、変な音を立てた。


「・・・・・・・・セノウさん?それは、どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。・・・ああ、手切れ金が必要か?言い値で出そう。いくら欲しい?」


セノウさんは、口を開くたびに俺が予想もしていなかったことを告げる。
手切れ金。
彼ほどの地位にいるなら、今まで付き合っていたい人に払っていたのかもしれない。
金で清算したくなるほど早く俺との関係を切りたいってことに、絶望を覚えた。
だが俺が知りたいのはそういうことじゃない。


「違います!・・・・どういうことですか?」


確かに俺はまだただの一兵卒で、彼から見たら取るに足らない存在かもしれない。
高嶺の花のセノウさんとは釣り合わないのは分かっている。
でも、気持ちだけは誰にも負けないと思っていたのに。


「違うと言うと・・・・・出世のほうか?それも心配しなくていい。近衛団の団長とは付き合いが長い。それとなく根回ししておこう。」


頭の中が真っ赤になった。
もしかして、ずっと恋人だと思っていたのは自分だけなんじゃないかと今更ながらに気が付いた。
セノウさんにとっては、俺なんていつでも切れる愛人の一人だったんじゃないかと。
それだったら、手も出さずにこの部屋に通っていた俺は、そうとう間抜けに彼の目には映っていただろう。
ぶるぶると震える俺の手に、ああ俺は怒ってるんだと実感した。
俺はあんまり怒りやすい人間じゃないのに。


「・・・・・っ!セノウさん、どこまで本気で仰っているんですか!?」


俺の愛した麗人は、少しなにかを諦めたような顔をしてほほ笑んだ。
その顔すら美しかったが、そんな笑みは見たくないと思った。


「ウィラード、おまえとは無駄な腹の探り合いはしないつもりだ。他に何か条件があるなら、言ってくれ。できるだけ善処する。」

「条件・・・?私と別れる条件ってことですか?」


別れることは、彼の中で決定事項なのか。
なら。
だったら。
最後にずっとしたかったことをしてもいいんだろうか。
恋に狂った俺は、短絡的かつ暴力的に、そう結論づけた。
今思えば、男として、いや人としてクズだとしか言いようがない。


「・・・・・・じゃあ、俺ももう優しい男のふりをするのはやめましょう。」


そう言うと俺は大股で寝椅子まで近づき、片手でセノウさんを抱え上げた。
細い方だとは知っていたが、思っていた以上に華奢な体に内心驚く。

乱暴に抱き上げられたセノウさんは、突然のことに目を大きく瞬かせていた。
その表情ですら可愛らしい。


「・・・・っな!?」


いつでも忠実で指一本触れてこなかった犬が、急に噛みつこうとしてびっくりしているんだろうか。
ベッドの上に放り投げて覆いかぶさった。
こんな乱暴にベッドに連れ込むなんて・・・・・・絶対になによりも誰よりも優しくしたかったのに。
俺の恋心が小さく悲痛な声をあげる。


「王女ですか?それともレグルス殿下?」

「・・・・・なにがだ?」

「俺と別れるように、あなたをそそのかした相手です。」

「そその、かす?」

「ええ、そう言えば今日はレグルス殿下があなたの執務室に入ったきりなかなか出てこなかったらしいですね。小姓がヤキモキしていましたよ。俺もイライラさせられてましたけど。」


醜い嫉妬をぶつける。
前からずっと気になっていて、でも聞けなかったことだ。
王宮内でも、ふと見かける近しい距離で話すセノウさんとレグルス殿下。
王族なら俺なんかと付き合うよりもずっと彼のためになる。
地位も権力も金もある。
もしかして、俺が浮気相手で向こうが本命なのかとすら思った。


「レグルス様は、私をそそのかすような真似はしない。」

「へぇ・・・、それは、あちらが本命だから?」

「っ!・・・・・ウィラード、何をする気だ?」


体を無遠慮になぞると、彼の体は陸にあげられた魚のようにびくりびくりと跳ねる。
その反応の良さにさえ苛ついた。
ほっそりした指が、俺の手を止めようと縋ってくる。
その両手を頭上で拘束しつつ、ああ、手を握るのは初めてだと狂ったことを考えた。
それよりもずっとおぞましいことを、これからするつもりなのに。


「分かっているでしょう。・・・・・・・・レグルス殿下とも、こういうことは?」

「・・・ウィラード!」


邪推であって欲しい、と今まで何度も思ってきたのに。
否定の言葉が聞けずに、より一層イライラが募った。
最低な言葉が口から滑り出る。


「さっき言っていた条件です。別れたいなら、俺に抱かれてください。」




それからの俺は理性をなくした、ただの獣だった。

服を引き裂いて彼を縛り、全身を舐めまわす。
夢にまで見た彼の素肌は思った以上に美しくすべらかで、俺が触れていないところがない、というほどすべてを愛撫する。

ナイトテーブルに置かれた香油が使いかけなことに、酷く嫉妬した。
すぐ近くに用意していたということは、誰かと使う予定があったんだろう。
そのことに狂いそうなくらい腹が立って仕方なかった。

もう嫌われただろう俺に触られても反応する体を弄ぶ。
慎ましい胸の飾りを舐めしゃぶり、屹立を苛み、後孔をほぐす。

嫌だ嫌だと泣く彼に興奮して、彼の中に押し入った時には思わず達しそうになったくらいだ。
それでも少しでも長く繋がっていたくて奥歯を噛んで耐える。
俺がようやく彼を手放したとき、彼はとっくに気を失っていた。

本当に、俺はとんでもないボンクラで間抜けで最低だ。







◇◇◇◇◇










「ウィラード・・・?何をしているんだ?」


昔を思い出しながらぼんやりと彼の顔を見て髪を撫でていたら、セノウさんの瞼がふるりと震えて目を開いた。
俺の顔が近くにあるのを見て、彼は小さく微笑む。
少年のようにあどけない笑顔に胸が引き絞られる。


「起こしてしまいましたか?すみません。」


ただでさえ睡眠時間を削りがちなセノウさん。
もっとちゃんと眠らせておいてあげたいのに、彼の意識が自分にあることを嬉しく思ってしまう。
彼は首を横に振ると、俺の頬にその指を伸ばす。


「眠れないのか?明日は昇格試験なんだろう?」

「はい・・・でも、眠るのがもったいなくって。」


腕を伸ばして彼を抱き寄せると、すっぽりと俺の腕の中に納まる。
前よりは少しだけ肉付きのよくなった体に安心をする。
もちろんまだまだ細すぎるけど。


「なにがもったいないんだ?寝不足で行って、落ちるなよ?」

「落ちません。ちゃんと頑張って早く出世して、セノウさんの役に立つようにします。」


俺の言葉に、セノウさんは面白そうにくすくすと笑う。
穏やかな微笑みが体から伝わってくる。


「努力しているのは知ってるよ・・・・・私の手助けなんて、必要なかったな。」

「また言ってるんですか。やめてくださいね、俺はちゃんと実力でのし上がりますから。」


彼の勘違いを聞かされた時は、色々と天地がひっくり返るような気分だった。
私が恋焦がれて付き合ってもらっていた、と思っていたのに、セノウさんに通じていなかったなんて。
ルシアール王女のことの誤解を思い出すと、いまだに情けなくて、苦しめたことが申し訳なくて涙がでそうだ。


「セノウさん、愛しています。初めて会った時から、あなたの影すら崇拝しておりました・・・今は、この髪の毛の一筋すら他人に渡したくない。」


高嶺の花だった彼を腕に閉じ込める。
手に入った途端、俺はひどく欲張りになったのを感じる。


「私もだよ、ウィラード。もし別れたいと言われたら、今度は金と権力を使ってでもお前を引き留めてしまいそうだ。」

「俺から別れたいなんて言うことはありません。絶対に。」


愛を伝えるようにぎゅうぎゅうと強く抱き、小さな頭にキスを降らせた。




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