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帰宅と波乱

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「アズラーク団長の家までだね?帰りも俺が抱えるけど、いいかな?」

「あ、お願いします」


大きなレオンの家の門の前で犬耳のイレリオにそう尋ねられて、俺は素直に頷いた。
さっきも思ったけど重たくはないんだろうか。
だけど俺の脚でアズラークの屋敷まで帰ったら朝になってしまう。
辺りはすっかり闇に包まれていて、どうやら俺はルアンの家に思ったよりも長居してしまったことを悟った。


「じゃあ、ちょっとごめんね」


俺も少しは走ろうか、そう聞こうか迷っているうちにイレリオは俺を抱え上げて走り出した。
俺の体重を感じさせない軽やかな走りでどんどん周りの景色が後ろへ流れていく。


「……さっきルアン団長と二人きりで何を話していたんですか?」


振り落とされないようにぎゅっと体に抱き着いていると、風を切って走りながらイレリオが呟いた。
大人を一人抱えて走ってるっていうのに随分余裕だな。
若干の上下の揺れで舌を噛まないか心配になりながら俺は先ほどのルアンのことを脳裏に描いた。

二人きりで話がしたいと言ったルアンは、結局俺に何を言いたかったんだ。
俺がアズラークやレオンとどういう関係かっていうことを話して、それから、そうだ番にならないかと誘われたんだ。
その時は目が真剣だった気がするけど、その後のあっさりした態度を見てもあれが本心だったとは思えない。


「あ~……。まぁ、からかわれてた感じ?ですかね」


あんまり俺はああいう冗談は得意じゃない。
この世界に来てから男に迫られることも性的なことも増えたけど、それでも番って特別なものだろう。
日本でだって俺は遊びで付き合ったりできるタイプじゃなかったんだから、ルアンみたいな遊び人っぽい男に迫られるとなんて対応していいのか分からなくて困ってしまう。

俺の困惑を感じ取ったのか、イレリオは走りながら器用に頷いた。


「あの人は本当に手が早いですから、気を付けて」

「手が……あー、確かに早そうだね」


悪そうに微笑んでいたルアンの色気を思い出すと鳥肌が立つ。
男なのに絡めとるような性的な魅力があってあのまま押されていたら頷いてしまっていたかもしれない。
いやいや何考えているんだ。
自己嫌悪に陥っていると、イレリオがどこか慎重に探るような声を出した。


「サタ君は__アズラーク団長の番、なのかな?」


このやり取りは何度目だろうか。
どうして皆俺がアズラークの番だって思うんだ。
それはきっと俺の獣性が薄いせいだろうけど、アズラークにだって好みくらいあるのに。


「アズラークにはもっと相応しい人がいるよ。俺なんて相手にされてないって」


ため息を堪えて返事をすると、イレリオが少しずつ走る速度を落とした。
ああ、アズラークの屋敷の前の付いたのだと気が付いて、高くまで聳え立つ柵の前で、地面に降ろしてもらう。

俺のことを地面に降ろしたイレリオ。
彼はなぜかじっと俺の顔を見つめている。
それから頭の上に乗っかっている猫耳も。
もしかしてズレたのだろうかと耳に手を当てると、イレリオはその両腕を俺に伸ばした。


「君ほど獣性が薄い人にこんなこと言うなんて身の程知らずかもしれないけど……」


大きな掌が二の腕を掴んでくる。


「もしまだ番がいなくて、誰も心に決めた人がいないなら、俺、」


彼の薄い茶色の瞳がなぜか爛々と光っている。
ごくりと唾を飲み込む音。
じわりと額に滲む汗。
は、と熱い吐息が吐き出されて、それから力強い声で呟かれた。


「俺に……首筋を噛ませてくれませんか?」


「は?」


















「噛ませてって……なんだったんだ……」


使用人用の出入り口から屋敷に戻り、アズラークに与えられた部屋のベッドに行儀悪くどさりと身を投げた。
使わせてもらってるベッドでこんなことしちゃいけないって分かってるけど何だかへとへとに疲れてしまった。
ちょっとレオンの顔を見て帰ってくる、それだけのつもりだったのに。

前よりも大きくなって唸り声を上げるレオン。
悪そうな顔で微笑むルアンに、それから熱っぽい顔で俺を噛みたいといったイレリオ。


『いや、そういうプレイはちょっと……』


プレイって伝わったのか分からないけど思わずそう言って、送ってもらったお礼もそこそこに逃げ出してしまった。

やたらアズラークも噛んできたし、一体なんなんだ。
やっぱり獣人だし牙が痒いとか?
犬って歯の生え変わりのときにそんなんがあったよな。
って、いやいや子犬じゃないんだし。

それとも俺があまりにも弱そうだから獲物にでも見えるとか?
だったら噛みつくのはますます勘弁してほしい。
そのまま食い殺されたら堪ったものじゃない。

一度だけアズラークと寝た時も、あまりにあちこち舐められて弄られて奥深くまで征服されて、本当に食い殺されてしまうかと思ったけど……って俺は何を思い出しているんだ。

唸って枕に顔をうずめて悶えていると、扉に軽いノックの音が響いた。
いつの間にか外は空の色が変わり始めている。
白く薄ぼやけた光が部屋に差し込んで、辺りを照らす。

もう朝になっていたのか。
なんとか間に合ったみたいだ。
でも体は重くて怠くて、徹夜なんていい歳してするものじゃない。

よたよたとベッドから立ち上がって扉を押し開く。

するとなぜか驚いた顔をしたアズラークが立っていた。



「アズラーク、おはよう。それからおかえり」

「ああ、」


アズラークは部屋の中に一歩入り込んで来て、後ろ手に扉を閉める。
俺もつられるようにして後ずさる。

そう言えば彼は家を出る前になにやら怒っていた。
俺の我が儘に苛ついて、ここから出るな、と。

……バレてないよな?
少しどきどきと心臓が脈打つ。
アズラークは今帰ってきたばかりみたいだし大丈夫、のはず。

彼の怒りは解けたんだろうかと思って、身長の高い彼と視線を合わせようとすると。


「アズラーク……?」


アズラークは瞳を鋭く眇めて、俺に腕を伸ばしてきた。
片手が俺の後頭部を掴んで彼の方へ引き寄せられる。

もう片方の手に腰を抱きこまれるようにして距離を詰められ、屈んだ彼の顔が俺の首筋にうずめられた。
何かを確かめるように首から胸元に下がって、それからまた上へと上がって首筋と髪の毛へと鼻筋を押し付けるようにされる。

俺が驚きに固まっていると。


「どういうことだ」


ようやくゆっくりと顔を上げたアズラークは俺を恐ろしい顔をして見下ろしていた。
地響きのような、怒りを感じさせる低い獣の唸り声がする。
息をするのも忘れてその顔を見つめた。


「なぜ、他の雄の匂いがする」





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