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逃避行?
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「というわけで、イレリオ。ちょっと外に出てってくれる? 大丈夫、悪いことはしないから」
「……ですが、」
「大丈夫だよ。俺だって急に襲い掛かったりしないし。上官命令ね」
ルアンは決して声を荒げることはないけれど、でもきっぱりと強い口調で言葉を切った。
まるで、自分に逆らうのか?と言外に発しているようだ。
それはイレリオにも伝わったようで、犬耳をピンと立てたままの彼は、何度も俺の方を振り返りながら部屋を後にした。
その様子を見ながらルアンは顔に苦笑を浮かべた。
「サタ君も難儀な生き物だよね。あんまり色気振りまき過ぎない方がいいよ」
この世界でニンゲンは確かに難儀な生き物だけど、決して色気は振りまいていない。
ここまで連れてきてもらうなかで、俺はお荷物にはなっていたけど、それだけだ。
意味の分からないことを呟くルアンに俺は返事をせずに視線を向ける。
すると彼は、俺を再びソファに深く腰掛けさせて、その横に座った。
俺一人を悠々と受け止める長椅子は、大きすぎるルアンの身体がどさりと乗っかってもきしむ音すら上げない。
ルアンは布張りのその背凭れに肘をついて俺の方を向くと、まるで俺の奥深くまで見透かそうとしているかのように目を細めた。
「で? 君は、本当にレオンと逃避行しに来たの?」
「は? 逃避行……?」
逃避行ってあれか。
さっきレオンがしきりに逃げようと言っていたせいか。
まさかあれを真に受けて、俺がレオンをそそのかしに来たと思ったのか。
あんな子供を。
「そんなことしません。ここに来たのは、本当にレオンが心配で……レオン、あんな子供なのに俺、何にもできてなくてずっと申し訳なく思ってたんです」
「でもアズラークには外に出るなって言われてるんじゃない?それでもそこから抜け出してきたってことは、アズラークの傍にいるのは嫌だってことだろ?」
「アズラークには保護してもらっている恩があるし、アズラークとの生活に不満なんてありません。むしろ、良くしてもらい過ぎているくらいです。俺は番でもないのに申し訳ないぐらいの待遇を受けてます」
匿ってもらって衣食住を与えてもらって、しかも勉強まで教えてもらってる。
それがただの男娼まがいの男には与えられすぎだということは理解している。
たぶんニンゲンだからってことだろうけど、それだって本来なら国に俺を押し付けてそれで終わりにできたのだ。
俺には何の見返りも渡せないのに。
彼の優しさに付け込んでいる自覚はあるけれどそれを手放せないことに葛藤がないわけじゃない。
胸を棘のように刺す罪悪感に顔を俯けるとルアンは口の端を面白そうに持ち上げた。
「へぇ?それこの間も言ってたよね、番じゃないって。あれからアズラークとは何もないの?」
「だからありませんよ。アズラークは俺なんか番にしないでしょう」
「サタ君はニンゲンだし、本能的にもアズラークも抗えないくらい惹かれてると思うけどねぇ……。で、アズラークはやめてこの国でレオンの番になるつもり?きっとそれ血を見ることになるけど」」
獣人はニンゲンに惹かれる生き物。
そう本能に刷り込まれている、と言っていたのは目の前のルアンだ。
その話は衝撃的だったけどアズラークが一向に俺に手を出してこないのを見る限り、あいにく俺にはそれほどの魅力はないようだ。
「レオンはまだ子供です。番とかありえないでしょう。あとさっき、俺がニンゲンだから本能に抗えないって言ってましたよね。俺、アズラークは俺みたいのは別に好みじゃないと思いますよ。全然そんな素振りないですし」
別に好かれてもいない相手に、ニンゲンだからと迫るわけにもいかない。
俺はこの世界に来て優しいアズラークに惹かれてしまったけど……アズラークにその気がないなら諦めるしかないだろう。
俺はいつか元の世界に戻りたいし、そもそも男同士だし、彼にはもっと似合う相手がいるだろうし。
ぼんやりとアズラークのことを考えている俺に__金色の瞳は俺を見つめたままゆったりとした仕草で座ったまま腕を伸ばしてきた。
近付いてくるそれになぜか仄かに恐怖心が湧きおこる。
大きな手のひらが俺の方を掴んだ、そう思ったら。
「……じゃあ、アズラークもレオンもやめて、俺の番になる?」
ルアンが嘘くさい笑みを乗せたままの顔で俺にそう告げた。
「……ですが、」
「大丈夫だよ。俺だって急に襲い掛かったりしないし。上官命令ね」
ルアンは決して声を荒げることはないけれど、でもきっぱりと強い口調で言葉を切った。
まるで、自分に逆らうのか?と言外に発しているようだ。
それはイレリオにも伝わったようで、犬耳をピンと立てたままの彼は、何度も俺の方を振り返りながら部屋を後にした。
その様子を見ながらルアンは顔に苦笑を浮かべた。
「サタ君も難儀な生き物だよね。あんまり色気振りまき過ぎない方がいいよ」
この世界でニンゲンは確かに難儀な生き物だけど、決して色気は振りまいていない。
ここまで連れてきてもらうなかで、俺はお荷物にはなっていたけど、それだけだ。
意味の分からないことを呟くルアンに俺は返事をせずに視線を向ける。
すると彼は、俺を再びソファに深く腰掛けさせて、その横に座った。
俺一人を悠々と受け止める長椅子は、大きすぎるルアンの身体がどさりと乗っかってもきしむ音すら上げない。
ルアンは布張りのその背凭れに肘をついて俺の方を向くと、まるで俺の奥深くまで見透かそうとしているかのように目を細めた。
「で? 君は、本当にレオンと逃避行しに来たの?」
「は? 逃避行……?」
逃避行ってあれか。
さっきレオンがしきりに逃げようと言っていたせいか。
まさかあれを真に受けて、俺がレオンをそそのかしに来たと思ったのか。
あんな子供を。
「そんなことしません。ここに来たのは、本当にレオンが心配で……レオン、あんな子供なのに俺、何にもできてなくてずっと申し訳なく思ってたんです」
「でもアズラークには外に出るなって言われてるんじゃない?それでもそこから抜け出してきたってことは、アズラークの傍にいるのは嫌だってことだろ?」
「アズラークには保護してもらっている恩があるし、アズラークとの生活に不満なんてありません。むしろ、良くしてもらい過ぎているくらいです。俺は番でもないのに申し訳ないぐらいの待遇を受けてます」
匿ってもらって衣食住を与えてもらって、しかも勉強まで教えてもらってる。
それがただの男娼まがいの男には与えられすぎだということは理解している。
たぶんニンゲンだからってことだろうけど、それだって本来なら国に俺を押し付けてそれで終わりにできたのだ。
俺には何の見返りも渡せないのに。
彼の優しさに付け込んでいる自覚はあるけれどそれを手放せないことに葛藤がないわけじゃない。
胸を棘のように刺す罪悪感に顔を俯けるとルアンは口の端を面白そうに持ち上げた。
「へぇ?それこの間も言ってたよね、番じゃないって。あれからアズラークとは何もないの?」
「だからありませんよ。アズラークは俺なんか番にしないでしょう」
「サタ君はニンゲンだし、本能的にもアズラークも抗えないくらい惹かれてると思うけどねぇ……。で、アズラークはやめてこの国でレオンの番になるつもり?きっとそれ血を見ることになるけど」」
獣人はニンゲンに惹かれる生き物。
そう本能に刷り込まれている、と言っていたのは目の前のルアンだ。
その話は衝撃的だったけどアズラークが一向に俺に手を出してこないのを見る限り、あいにく俺にはそれほどの魅力はないようだ。
「レオンはまだ子供です。番とかありえないでしょう。あとさっき、俺がニンゲンだから本能に抗えないって言ってましたよね。俺、アズラークは俺みたいのは別に好みじゃないと思いますよ。全然そんな素振りないですし」
別に好かれてもいない相手に、ニンゲンだからと迫るわけにもいかない。
俺はこの世界に来て優しいアズラークに惹かれてしまったけど……アズラークにその気がないなら諦めるしかないだろう。
俺はいつか元の世界に戻りたいし、そもそも男同士だし、彼にはもっと似合う相手がいるだろうし。
ぼんやりとアズラークのことを考えている俺に__金色の瞳は俺を見つめたままゆったりとした仕草で座ったまま腕を伸ばしてきた。
近付いてくるそれになぜか仄かに恐怖心が湧きおこる。
大きな手のひらが俺の方を掴んだ、そう思ったら。
「……じゃあ、アズラークもレオンもやめて、俺の番になる?」
ルアンが嘘くさい笑みを乗せたままの顔で俺にそう告げた。
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