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匂い

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レオンは先程まで俺の胸元に顔をうずめて涙ぐんでいたのに。
今はキッとその瞳をすがめて俺を睨んで、瞳孔が縦に細長く開かれる。
その様子に目を瞬かせる俺を見て、やっぱり、と呟いた。


「匂いで分かった。信じられなかったけど……とんでもなく強くい雄の、どろどろの執着心に塗れた匂いがしたから。あれ、アズラーク団長の匂いだよね」


執着心に塗れた匂い?
それなら、アズラークのものじゃないんじゃないか?
だって俺は別に彼と番なわけじゃないし、なんならセックスしたのだってあの晩の一度きりのことだし。
それ以降別に口説かれるどころか遊びで手を出されることもない。


「いや、レオン、何言ってるんだよ」

「隠さなくてもいいよ。それは……サタを見たら誰でも欲しくなるもん」


隠しているわけじゃないし、本当に何にもない。
俺はどちらかというとアズラークの家ではニンゲンであるってだけでただ飯食らいをしている存在だ。
なんて答えようか困っていると、俺の話を聞かないままレオンは一人で話し出す。


「だから俺が立派な成獣になってアズラーク団長を倒すまで、もうサタには会えないと思ってたんだ。酷い目に遭わされてるんじゃないかって、泣かされてるんじゃないかって本当に毎日心配してたし助けられないのが悔しかった。なのに一人で俺のところに来てくれるなんて……あの男の目を盗んで逃げてきたの?」

「えっと、まぁ、確かに今はちょっと目を盗んで出て来てるけど、」


レオンの頭の中でアズラークはどんな悪人になっているんだ。
酷い目って。
泣かされるって。
俺が拷問でもされていると思ったのか。

それは否定したいけれど、確かに今は彼の目を盗んでここまで来ている。
だからあまり長居はできないんだと伝えようと思ってそう口にすると、レオンは真剣な顔をして頷いた。


「じゃあサタが逃げたのに気が付かれる前に、一緒に遠くへ逃げよう」

「へ?」

「この国にいたらきっとすぐ捕まっちゃう。俺はもうサタと引き離されたくない」

「いや、ちょっと待って、」

「国境越えは大変だし、こんなか弱いサタに辛い思いさせちゃうかもしれない。ごめん。でも、俺、一生サタのこと守るから」


国境超えって、レオンは一体何を言ってるんだ。
そんなに俺って指名手配レベルで逃げなきゃいけなかったっけ?
確かにニンゲンだから見つかったらヤバイけど、アズラークはそれも知ってるし、なんなら元の世界に帰る方法も探してくれてるらしいし。
このままでも問題ないと思ってたんだけど違うのか。

どこか鬼気迫るレオンの表情に圧倒されながら、掴まれている腕を放してもらおうと引っ張るけど、びっくりするくらい手は力強くてビクともしない。


「ちょ、ちょっと、レオン?」

「ずっとアズラーク団長からサタのこと取り返したくて、でも、騎士とか警備の獣人はみんな成獣だから敵わないのは分かってて……だから次に会ったら、絶対に……」


怖い顔をしたままレオンがぶつぶつと呟く。
俺の話を聞いてくれないその顔は知らない人みたいで恐ろしい。
どうしよう。
レオンは何を考えているんだ。
ちょっと挨拶してお互いの無事を確認するだけのつもりだったのに。
どうしてどこかへ逃げるなんて。
頭が混乱して上手く言葉がでてこない。
子供のはずのレオンにも組み敷かれて腕の中から逃げ出すことができない。

もがく俺を見て、ソファの後ろに立っていたイレリオが、ウウ、と小さく唸り声を上げた、その時。
レオンの身体が急に宙に浮いた。


「なっ!おい、放せ!」

「そーそー、大人には敵わないよな。それで、この向こう見ずなガキを保護したのが、俺ってわけ」


そう言いながら面白そうに瞳を細めて立っているのは、黒豹の耳の付いた長身。
アズラークよりは細身だけれどそれでも屈強な体付きをしたルアンが、レオンの首根っこを掴んで持ち上げていた。

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