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詰問

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いつもの無表情のくせに不機嫌のマティアに引きずられて家にたどり着き、俺は玄関にへたり込んだ。
なにから言えばいいんだ。

目につくような所で済まそうとして悪かった?
俺もお前の夜の事情には突っ込まないから、俺の邪魔をしないでくれ?
そもそも何で邪魔をしたんだ?

痛む頭を押さえて考えていると、俺が口を開くより先にマティアスが冷たい声を落として来た。


「それで、あれは昔の恋人か?」

「違う。」


ケビンはフルネームどころか本名も知らない。
セフレですらない行きずりの相手。
だけどそれを言うことは躊躇われて口をもごもごさせる。
だってそのことを言ったら、検査はしているから病気はないとか、もし持ってても日常生活で移ることはないとかそんなことまで口から出そうだし、そんな奴と一緒に住むなんて嫌すぎるだろ。
何を言っても墓穴を掘る気がする。
床にへたり込む俺を見下ろすマティアスは相変わらずの温度のない美貌で、それでも苛立ちを感じさせる声を出した。


「昔の恋人じゃないなら・・・まさか今も付き合っているなんて言うなよ。いずれにしろ、あんなにベタベタ触らせるな。」

「へ?なんで?」

「結婚している以上、貞操を守る義務があるだろう。」


貞操。

貞操ってあれのことか。
あの、操を守る的な。
確かに結婚していたら普通はその相手としかしないだろうけど・・・それは、あくまで普通に結婚した人たちの話だ。
俺たちみたいに利害関係というか、なりゆきで結婚した場合は当てはまらないんじゃないか?


「いや、結婚しても、そこらへんは自由にするんじゃ・・・。」


俺は何か思い違いでもしてるのかと不安になって尋ねると、俺の言葉にマティアスは怒ったような視線を向けてくる。


「俺がいつそんなことを言った。」

「言われてはないけど・・・じゃあ、溜まったらどうやって処理しろって言うんだ。」


まさか紙の上だけの結婚生活でも貞操を守れっていうのか。
いやいや、無理だろ。
俺がお前に襲い掛からないように、どれだけ我慢していると思ってるんだ。
人の気も知らないで無防備にシャワー後に半裸でうろついたり、ソファでうたた寝したりしやがって。


「溜まってるのか?」

「ああそうだよ、溜まってるよ。」


俺は聖人君子なんかじゃないから、好きな奴と一緒に暮らして、でも触れないなんて生殺しの状態に溜まりまくってるよ。
苛々と頭を掻く。

すると大きな体が不意にかがんだと思ったら・・・マティアスが覆いかぶさってきた。


「は?って、・・・・・っ、!」


強い力で壁に押し付けられて、顎を掴まれる。
端正な顔が迫ってくるのをまるでスローモーションのように見ていると、柔らかい唇がそっと押し当てられた。

目を閉じることもできず、マティアスの深い緑色の瞳と目が合う。
その瞳はいつも通り落ち着いていて何を考えているのか分からない。

ただ茫然としていた俺は、マティアスの舌がぺろりと俺の唇を舐めてようやく我に返った。


「マティア、・・・っん、ぁ、」


マティアスの顔を手で突っぱねて距離を取ろうとすると、口を開いた瞬間に舌が咥内に滑り込んでくる。
俺を壁に押さえつける力が一層強まって、まるで壁に縫い付けられるようにして自由を奪われる。
そのまま彼に舌を吸われ、咥内を嬲られ、唾液を啜られる。


「ふ・・・っ、んん、、!」

くちゅくちゅと水音を立てて口腔を舐られ、ぞくぞくとしたものが背筋を這いあがった。
ちろちろと舌を弄ばれると体中から力が抜けて、後先になんて考えられなくなってしまいそうだ。

ああ、やばい。
このままだと・・・・・。

その時、マティアスの手が顎から離れて俺のシャツのボタンを外しにかかるのを感じて、俺は強く顔を彼から引きはがした。


「・・・っ、おいマティアス!やめろ!」


は、は、と上がった息が恥ずかしい。
いつの間にかいくつかボタンが外されていた胸元を抑えて、近づかれないように腕を突っぱねた。
だがマティアスはやや不機嫌そうな顔でこちらをじっと睨みつける。


「なぜだ。溜まっているなら、結婚相手と解消するのが筋だろう。」

「なに言ってんだよ、お前、男としたことないだろ・・・?」

「そうだが・・・勉強はした。なにかやり方が間違っているか。」


憮然と言われて俺は何から言えばいいかと混乱する頭を抑えた。
やり方とかそういう問題じゃない。
そういう問題じゃないだろ。


「マティアス、お前が・・・その、結婚相手の俺に対して責任感とかあるのは分かる。お前は良い奴だし、真面目だからそう思うのかもしれない。・・・だけど、俺はお前には好きな奴としかセックスしてほしくないんだよ。好きでもないけど義務感からセックスするとか、そういうのはやめとけ。」


彼の今までの言い分を考えると、そういうことだろう。
結婚した相手には貞操を守る。
で、結婚相手が溜まっているならその解消を手伝う。

このエリート然とした男が真面目で実直で実は良い奴だっていうのは俺は誰よりもよく知っているつもりだ。
確かにこの男なら自分の都合で結婚させた相手のためなら、処理くらい手伝ってやろうと言い出しかねない。
いくら相手が、好きでもなんでもない男でも。

俺は別にいい。
なにしろケビンとですら寝られる程度には乱れてる。
男が好きだって分かってから長年、付き合ってもいない奴と何度も慰めあってきた。

だけどマティアスはそうじゃないだろう。
そんな綺麗な男に、義務とか責任とかで好きでもない薄汚れた俺を抱かせたくない。
わざわざ自分から汚れるような真似しなくていい。

そう思ってため息をつきながら立ち上がり、少しだけ震える膝を無視して廊下を進むと。


「そうか。なら問題ない。」


低い声が耳元で響いたのと同時に、腕が強く掴まれた。

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