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それから彼は、夜毎に私に触れた。
最初は、同じように私が自分で慣らして彼に跨っていた。
これは彼の欲を発散させるための行為で、私が気持ちよくなる必要はないのだから。
だが優しい男はそうは思わなかったようで。
初めはそっと私の肩や髪を撫でていた手が、いつの間にか胸に触れ、腰に触れ、陰茎まで扱かれる。
いつしか私の方が寝台に押し倒されて、後孔に彼の太い指に体内を探られた。
そんなことしなくていい。
早く突っ込めばいい。
何度もそう涙混じりに訴えたが、彼はそれをしたいのだと頑なに譲らず、情けないほどに体を蕩かされた。
こんなに深く___まるで愛されているかのように抱かれて、私はこの先、一人で生きていけるのだろうか。
愛情の欠片もないような王宮で、優しさの欠片も見つからない生活で、彼を失って生きていけるのだろうか。
彼のいない毎日に、たった一人で、誰にも抱きしめられることなく。
そう考えるだけですっかり彼の熱に甘やかされていた体が、凍えるように冷えた。
深く隠していたはずの気持ちが、もう目を逸らせないほど大きく膨れ上がっている。
初めて見た時から惹かれて__どうしても諦められなかった。
嫌悪の対象だと分かっても、手を伸ばしてしまうほど。
騙して、唆して、彼の体を奪って。
その真面目さに付け込んで。
醜悪で最悪な男だと自分でも理解しているが、どうせここまで落ちたならと……心の奥に再び欲が芽生えるのを感じた。
長かったはずの戦も、いつしか帰路を辿るようになっていた。
私的な理由で帰還を遅らせることなんてできるはずもなく、もう彼と共に過ごせる夜は来ないだろう。
そのことに胸が潰れそうな程痛みを感じるが、なんとか平静を装って彼との時間を過ごす。
エリオスはいつも通りの時間に来て、同じように私を抱いた。
情事が終わるとすぐに服を着て、私の体を拭う。
その彼の態度からは私の体への執着は欠片も見つけられなくて、分かっていたことながら苦笑が漏れた。
私にとっては彼との夜はかけがえのないもので、一瞬でも長く彼の熱を感じていたかったけれど、彼にとってはそうではないと思い知らされた気分だ。
帰還するのならば尚更、王都なり故郷なりに戻れば彼の相手はいくらでもいる。
性欲処理だと偽ってはじめたこの関係も、彼はもう面倒になっているのかもしれない。
頭に浮かぶ自嘲的な考え。
だが考えれば考えるほどそれが真実な気がして、息が苦しい。
しかし、このまま寝転がっていたら今夜までで二人の関係は全く終わってしまう。
なんとか、たとえ糸のように細い関係であっても彼と繋がっていたかった。
「我儘に付き合わせて済まなかった。なにか褒美を与えたいんだが、欲しいものはあるかな?」
私の白々しい声が、天幕に響く。
金品で釣るのなんてきっと虚しさしか感じない。
それは分かり切っている。
だけど私にはそれ以外に手がなかった。
もし彼が金を要求するのなら、彼が欲する以上の額で彼を説得して___近衛兵に隊を移動させよう。
地位を求めるなら、それだって近衛の中で用意しよう。
愚かな私に芽生えた欲望は、彼をどうにか王族直属の近衛兵団に入隊させようというものだった。
王都に戻ってまで関係は強要しない。
妻帯だってしていい。
これから先、もう我儘なんて言わないから。
だから、せめて視界にいれることぐらいは許してくれ。
でなければ、私はあの冷たい王宮で凍えてしまうかもしれない。
一体彼は何を求めるだろうか。
穏やかな顔を装って彼の言葉を緊張しながらも待つ。
すると。
「俺は……あなたが、欲しいです」
彼の口から出てきた言葉が理解できなくて、私は首を傾げる。
私が欲しいって、いや、そんな訳はない。
一体どういう意味だと尋ねる前に、彼は再び口を開いた。
「あなたを、俺なんかが求めることすら不敬なのは分かっています……ですがあなたの側に置いて欲しいです。なんでもします。この一月の褒美でしたら、あなたの側に居させてください」
「エリオス?私の、……傍に?」
「お願いします。愛人にして欲しいなんて我儘は言いません。あなたの性欲処理の犬としてでもいい。ですから、どうか」
これは都合のいい夢だ。
でなければ私はとっくに矢に当たって命を落として、天国にでもいるのかもしれない。
あり得ないと思う言葉を彼が吐き出して、驚愕に目を見張る私の手をそっと掴む。
その熱に彼が幻でも何でもないことを知って。
彼の言葉が少しづつ、ほんの少しづつ心に染み渡っていった。
「愛人にはできないし……犬なんてもっての外だ」
彼の真意がどこにあるのかは、まだ分からない。
別に好きだと言われたわけでもないし、こんな詰まらない男の傍に居たいだなんて信じられない。
何か見返りを求めているのかもしれない。
だけど。
「愛人にはしたくない。その代わり、王都に戻ったら、私の恋人になってくれないか?」
愛人になってくれるというのなら、それなら、恋人にだってなってくれないか。
彼が欲しいものなら何でも差し出すし、悪いようにはしない。
そう思って呟くと、彼はなぜか驚きに目を瞬かせているようだた。
なかなか是というはっきりとした言葉を言わない彼に焦れて、無理やり寝台の上に引き上げる。
縋りつくようにその体に抱き着くと、太い腕に覆われるように抱きしめられた。
そのまま、離さないと囁かれて自然と涙が零れてしまう。
体が震えて、しゃくりあげるのを必死で我慢する。
まだ若い彼は、いつか私の側から居なくなってしまうかもしれない。
私以外にも恋人がいるかもしれないし、本当は私のことなんて好きでもなんでもないかもしれない。
だけどこの腕がある限り、私はいつまでも強く立っていられる気がした。
-------------
王子:家庭環境に恵まれなかったため、愛されることに慣れていない。野性的なエリオスに貴族の娘たちが騒ぐのを苦しく思うけど、束縛もできなくて一人で悩みがち。ちゃんとエリオスに好きって言えるまでもう少しかかる。
エリオス:兵士としては優秀。お上品な近衛兵では異色。王子が無自覚に他の貴族たちに口説かれるので、たまに静かにキレる。ただいつか王子が結婚する時には身を引こうと覚悟をしている。王子には自分の気持ちが駄々洩れていると思っていたので、好きだとなかなか言わない。それが王子を悲しませていると知って後からは告白魔に。
それから彼は、夜毎に私に触れた。
最初は、同じように私が自分で慣らして彼に跨っていた。
これは彼の欲を発散させるための行為で、私が気持ちよくなる必要はないのだから。
だが優しい男はそうは思わなかったようで。
初めはそっと私の肩や髪を撫でていた手が、いつの間にか胸に触れ、腰に触れ、陰茎まで扱かれる。
いつしか私の方が寝台に押し倒されて、後孔に彼の太い指に体内を探られた。
そんなことしなくていい。
早く突っ込めばいい。
何度もそう涙混じりに訴えたが、彼はそれをしたいのだと頑なに譲らず、情けないほどに体を蕩かされた。
こんなに深く___まるで愛されているかのように抱かれて、私はこの先、一人で生きていけるのだろうか。
愛情の欠片もないような王宮で、優しさの欠片も見つからない生活で、彼を失って生きていけるのだろうか。
彼のいない毎日に、たった一人で、誰にも抱きしめられることなく。
そう考えるだけですっかり彼の熱に甘やかされていた体が、凍えるように冷えた。
深く隠していたはずの気持ちが、もう目を逸らせないほど大きく膨れ上がっている。
初めて見た時から惹かれて__どうしても諦められなかった。
嫌悪の対象だと分かっても、手を伸ばしてしまうほど。
騙して、唆して、彼の体を奪って。
その真面目さに付け込んで。
醜悪で最悪な男だと自分でも理解しているが、どうせここまで落ちたならと……心の奥に再び欲が芽生えるのを感じた。
長かったはずの戦も、いつしか帰路を辿るようになっていた。
私的な理由で帰還を遅らせることなんてできるはずもなく、もう彼と共に過ごせる夜は来ないだろう。
そのことに胸が潰れそうな程痛みを感じるが、なんとか平静を装って彼との時間を過ごす。
エリオスはいつも通りの時間に来て、同じように私を抱いた。
情事が終わるとすぐに服を着て、私の体を拭う。
その彼の態度からは私の体への執着は欠片も見つけられなくて、分かっていたことながら苦笑が漏れた。
私にとっては彼との夜はかけがえのないもので、一瞬でも長く彼の熱を感じていたかったけれど、彼にとってはそうではないと思い知らされた気分だ。
帰還するのならば尚更、王都なり故郷なりに戻れば彼の相手はいくらでもいる。
性欲処理だと偽ってはじめたこの関係も、彼はもう面倒になっているのかもしれない。
頭に浮かぶ自嘲的な考え。
だが考えれば考えるほどそれが真実な気がして、息が苦しい。
しかし、このまま寝転がっていたら今夜までで二人の関係は全く終わってしまう。
なんとか、たとえ糸のように細い関係であっても彼と繋がっていたかった。
「我儘に付き合わせて済まなかった。なにか褒美を与えたいんだが、欲しいものはあるかな?」
私の白々しい声が、天幕に響く。
金品で釣るのなんてきっと虚しさしか感じない。
それは分かり切っている。
だけど私にはそれ以外に手がなかった。
もし彼が金を要求するのなら、彼が欲する以上の額で彼を説得して___近衛兵に隊を移動させよう。
地位を求めるなら、それだって近衛の中で用意しよう。
愚かな私に芽生えた欲望は、彼をどうにか王族直属の近衛兵団に入隊させようというものだった。
王都に戻ってまで関係は強要しない。
妻帯だってしていい。
これから先、もう我儘なんて言わないから。
だから、せめて視界にいれることぐらいは許してくれ。
でなければ、私はあの冷たい王宮で凍えてしまうかもしれない。
一体彼は何を求めるだろうか。
穏やかな顔を装って彼の言葉を緊張しながらも待つ。
すると。
「俺は……あなたが、欲しいです」
彼の口から出てきた言葉が理解できなくて、私は首を傾げる。
私が欲しいって、いや、そんな訳はない。
一体どういう意味だと尋ねる前に、彼は再び口を開いた。
「あなたを、俺なんかが求めることすら不敬なのは分かっています……ですがあなたの側に置いて欲しいです。なんでもします。この一月の褒美でしたら、あなたの側に居させてください」
「エリオス?私の、……傍に?」
「お願いします。愛人にして欲しいなんて我儘は言いません。あなたの性欲処理の犬としてでもいい。ですから、どうか」
これは都合のいい夢だ。
でなければ私はとっくに矢に当たって命を落として、天国にでもいるのかもしれない。
あり得ないと思う言葉を彼が吐き出して、驚愕に目を見張る私の手をそっと掴む。
その熱に彼が幻でも何でもないことを知って。
彼の言葉が少しづつ、ほんの少しづつ心に染み渡っていった。
「愛人にはできないし……犬なんてもっての外だ」
彼の真意がどこにあるのかは、まだ分からない。
別に好きだと言われたわけでもないし、こんな詰まらない男の傍に居たいだなんて信じられない。
何か見返りを求めているのかもしれない。
だけど。
「愛人にはしたくない。その代わり、王都に戻ったら、私の恋人になってくれないか?」
愛人になってくれるというのなら、それなら、恋人にだってなってくれないか。
彼が欲しいものなら何でも差し出すし、悪いようにはしない。
そう思って呟くと、彼はなぜか驚きに目を瞬かせているようだた。
なかなか是というはっきりとした言葉を言わない彼に焦れて、無理やり寝台の上に引き上げる。
縋りつくようにその体に抱き着くと、太い腕に覆われるように抱きしめられた。
そのまま、離さないと囁かれて自然と涙が零れてしまう。
体が震えて、しゃくりあげるのを必死で我慢する。
まだ若い彼は、いつか私の側から居なくなってしまうかもしれない。
私以外にも恋人がいるかもしれないし、本当は私のことなんて好きでもなんでもないかもしれない。
だけどこの腕がある限り、私はいつまでも強く立っていられる気がした。
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王子:家庭環境に恵まれなかったため、愛されることに慣れていない。野性的なエリオスに貴族の娘たちが騒ぐのを苦しく思うけど、束縛もできなくて一人で悩みがち。ちゃんとエリオスに好きって言えるまでもう少しかかる。
エリオス:兵士としては優秀。お上品な近衛兵では異色。王子が無自覚に他の貴族たちに口説かれるので、たまに静かにキレる。ただいつか王子が結婚する時には身を引こうと覚悟をしている。王子には自分の気持ちが駄々洩れていると思っていたので、好きだとなかなか言わない。それが王子を悲しませていると知って後からは告白魔に。
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