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過ち
しおりを挟む「……?なんか、いつもと違う味だな」
アディーノはそう言うと、少し不思議そうにお茶を眺めた。その言葉に僕はぎくりと肩を震わせる。いつもと違う味の理由に、心当たりがあるからだ。
「あ、ごめん、淹れるのちょっと失敗しちゃったみたいで。まずかったら残して」
「いや、別に不味いわけじゃない。むしろ何だか不思議な甘さがあるというか……。だいたい、野営しているときは汚い川の水でも飲む騎士が、お前の淹れた飲み物に文句なんてつけないさ」
そう言ってアディーノはカップに残ったお茶も一気に飲み干す。僕は内心飛び上がりそうになりながらも、自分のお茶に口をつけた。僕のほうはいつも通りの普通の味だ。
「それよりも……その、来たばかりで悪いんだが」
カップをかちゃりとテーブルに置いて、アディーノがまっすぐこちらを向く。アディーノはいつも笑顔だから、その見慣れない真剣な表情に僕の心拍数が跳ね上がる。
「ネモル、お前、俺のことどう思ってる?」
「ア、アディーノのこと?」
それは勿論、大好きだ。そう言えれば簡単なんだけど、それができないからこうやって惚れ薬なんかの卑怯な手を考え付いたりしているし、今ここで彼に『好きだ』って伝えてもきっと困るだろう。僕はなんて答えようか考えあぐねて、うつむいた。
「ああ。急にこんなこと言われて驚くかもしれないんだけど……俺、なんだかネモルを見てたら変な気持ちになるんだ」
変な気持ち。変な気持ちとは一体どういう意味か分らなくて顔を上げると、予想以上に強いアディーノの視線にとらわれた。
「最初はか弱そうだから守らなきゃいけないっていう使命感だと思ってたんだけどな……。男同士で気持ち悪いかもしれないが、ネモルが好きなんだ。付き合って欲しい」
はっきりとした声で好きだと告げられる。その瞬間、僕の頭の中で一つの答えがスパークするように導き出された。
「噓、もしかして、ほんとに効いちゃったの……?」
「効いちゃった……?」
「あ、ごめん、何でもない」
うっかり言葉が漏れてしまったが、真剣な目をしたアディーノはそれよりも会話の続きのほうが気になるようだ。
「で、どうなんだネモル。俺と付き合ってくれるのか? ……それとも、やっぱり男同士は嫌か?」
「嫌じゃないよ! 僕のほうこそ、アディーノがずっと前から好きだったんだ!!」
それは噓じゃない。ずっと前からアディーノが好きだった。影から見守るだけじゃ物足りなくなるくらいに、とてもとても好きだった。
でも今のアディーノの言葉は、もしかしたら、いや、もしかしなくても僕の作った惚れ薬の結果だろう。気休め程度で始めた些細なおまじないのつもりだったのに、なんだかとんでもないことになってきた。これは一刻も早く、真実を話してしまわないと。彼に軽蔑されて嫌われるかもしれないけど、このままじゃあ彼の気持ちをもてあそぶ事になってしまう。そんなことがしたかった訳じゃない。
「本当か!?良かった……、嬉しい」
「アディーノ……」
僕の席まで回りこんできたアディーノに、ギュッと抱きしめられる。たくましい腕に強く抱きしめられて、彼にしでかしたことも忘れて、思わずうっとりと息をつく。そんな場合じゃないっていうのに、ずっと恋焦がれて夢にまで見ていた彼の腕の中にいることに、気持ちがふわふわと浮き足立って思わず顔をその胸に小さく擦り付ける。すると、頭の上から呻くような声が聞こえた。
「アディーノ?」
「ごめん。なんだかさっきから体が変なんだ。我慢が、きかない……」
はぁっとアディーノが熱い吐息を吐き出したかと思ったら、彼の唇が顔中に降ってきた。額や頬や鼻先に次々と降らされるキスに、顔が紅潮する。恥ずかしい話だが、僕は一度も恋人ができたことがない。アディーノに会う前は、誰も好きにならなかった。僕がとんでもないドジだから、いつも怒られないように縮こまっていたせいもあるけど、彼に会うまでは周りを見回す余裕なんてなかった。それに大体の人は僕のことを怒るかバカにするかだったし、そんな僕を好きになってくれるような人なんていなかった。僕は誰にとっても取るに足らない存在だったし、それが普通だと思って認められる努力もしなかった。
つまり他人とほとんど触れ合ったことがなかった。恋人同士がするようなことも、僕にとっては御伽噺のなかの甘い夢物語で、まったく現実味がなかった。僕には起こらないことだと思っていたのかもしれない。軽く触れられた唇が僕の始めてのキスでも、僕の心臓を飛び跳ねさせるのには十分だった。アディーノに申し訳ないと思いながらも、初めてのキスが初めて好きになった人で良かったとすら思ってしまった。
でもアディーノは、そんな子供みたいな僕とは違うことを考えていたようだ。
「え、あ、アディーノ……?」
ぐっと顎を掴まれて上向かされる。何かと思う暇もなく噛み付くような口付けが落とされた。
「……っぅん!!」
唇を軽く噛まれ、思わず開いた口元から舌がするりと入り込んでくる。驚いて舌を引っ込めても追いかけてきて絡め取られる。ぬめる舌で歯列を刺激され、初めての感覚に体をぶるりと震わせた。
膝もなんだか力が抜けてがくがくする。頭がぼんやりと霞がかかったようで、まともに考えることができない。
「……ごめん。本当はちゃんと待とうと思ったんだけど……無理みたいだ」
僕の艶のない地味な黒髪に手を差し込み、首筋に鼻を押し付けてアディーノが苦しげに呟く。今のキスのことを言っているのかと思ったら、ざらりと首筋を舐め上げられた。その感覚に、ぞくりとしたものが背筋を這い上がる。そのまま軽がると持ち上げられると、テーブルの上に転がされる。
「ネモル、他のやつに盗られる前に、俺のものにしときたいんだ」
そう言った彼の表情も雰囲気もいつもと全く違うもので。僕は自分自身がしでかしたことの罪深さにようやく気がついた。
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