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金曜日
PM 19:00
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なんとか予定通りに業務を終えて、会社を出る。飲み会の幹事は、なんと杉田だったらしい。
課内のメンバーだけ集めても面白くもなんともないという理由から、杉田は他支社にいる俺の知り合いにも総動員で声をかけたらしい。なぜか本社から途中参加してくるヤツもいるとかで、居酒屋の座敷を借りきっての大規模なものになっているようだ。
「ちょっと舜介、なにコソコソしてんのよ?」
正面に座るのは、支社で別チームに所属する同期、羽瀬香織だ。小柄でショートボブで、一見すると可愛く無害な印象に見えるが、甘く見ていると仕事で痛い目にあわされるだろう。緻密で隙がなく、自分にも他人にも厳しい。元々の性格も相当の過激派なのだが。
「あー。昨日は終電だったし、ちょっと眠くてさ……」
「そんなの、あんただけじゃないし! いいから飲め!」
目の前で同期の女にジョッキを一気飲みされれば、もう応じるしかなかった。良識ある社会人としては、良い子のみんなはマネしないように、と言うしかない。
「やるじゃんか、榊! そんじゃ。杉田も行きまーす!」
「……って、おまえもついてこなくていいから、杉田!」
非常にマズい展開だった。俺としては今朝、気まずい雰囲気のまま別れた向晴にフォローのメールでも送っておくつもりだったのだが、まだ何もできていない。
「おい、榊! ちょっと来い!」
この大声は部長である。本社から遅れて到着する──と聞いていたが、なぜだか俺たちよりも先に着いて、上座に陣取っていた。
「おまえなぁ、いつまでもチャラついてんじゃねえぞ?」
「……はい?」
どうも、すでに出来上がっているようである。迷惑な話だ。
「『カジュアルビズ』だか何だか知らねえが、学生みてーな髪型してんじゃねえぞ?」
「『ビジネスカジュアル』は主に服装の話ですが。それに、こんくらいの色は誰でも入れてますって」
「嘘つけ! 支社じゃオマエくらいじゃねえか!」
「俺が支社に来たのはまだ今週の話だ──!」
またやらかしてしまった……こいつは、こうやって飲みの席などで若手を挑発しては、その場での失言、失敗をネタにムチャぶりしてくることで有名だ。
「……いやぁ。見事にやっちまったわねー、舜介」
憮然としながら席に戻ると、羽瀬はホタルイカを肴に、大ジョッキでビールを飲み干している。おまえはどこのオッサンか。
女子力とは対極にあるその姿に、さすがにドン引きする男性陣。
「なんならずっと『支社』にいればいいだろう、榊くん?」
「嫌だよ! とりあえず俺は炎上プロジェクトからはさっさと卒業してーんだ!」
俺は、となりから杉田に肩を抱かれた。こんな感じで、俺の同期は酒が入ると、とにかくタチが悪い。
どうせ部長の口ぶりだと、いまのプロジェクトが終われば、次の炎上プロジェクトにでも俺を送り込むつもりなんだろうな。ちなみに『支社』というのは基本、ほぼ全国にある。ろくでもないウワサや伝説は、地方ごとにいくつでもあった。
「……でもさぁ。なんであんた、そんなに本社に戻りたいわけ?」
羽瀬に不思議そうに問われると、なぜか返す言葉がなかった。
「あんたが、そんなに出世、中央志向だったとはね。新卒のころは、もっとエンジニア寄りのヤツだと思ってたんだけど」
「それは、俺だって……たぶん」
そういえば、どうだったんだろう──指摘されるとわからなくなった。
「……まあ、いいから飲みんしゃい。ってオヤジも言ってるぜぇ?」
この杉田も、かなり酔いが回ってきたようだ。オヤジ呼ばわりされた課長は、羽瀬のとなりに座り、ただ頷いているだけである。この人も、部下の暴言失言くらいちゃんと咎めればいいのに。
「はいはーい! お姉さーん、追加注文いいっすかー! えーと、生が五つと……」
「いい加減に暑苦しいんだよ。その腕、離せ。このクソ杉田ッ!」
いい加減にブチ切れそうになって杉田と羽瀬のコンビから逃れた先は、トイレの個室だった。ため息をついて携帯を取り出す。何件かの新着メッセージがあったが向晴からのものではない。
アプリを立ち上げ、新規メッセージを作成──だが、最初の一文がどうしても思いつかない。上っ面の言葉を入力したところで中身は空回りするばかりで、書いては消してをくりかえすうちに、ついに手が止まってしまった。
画面を待ち受けの状態に戻して、もうひとつ息を落とす。
直接、通話をするにしても、すでに酒が入った状態でできる話題ではないし。そもそも場所も状況も最悪だ。俺はもう今、自分が置かれている状況に途方に暮れるしかなかった。
そうだ。すべては明日の土曜日に。
直接会って、話せばいいだけだ──。
課内のメンバーだけ集めても面白くもなんともないという理由から、杉田は他支社にいる俺の知り合いにも総動員で声をかけたらしい。なぜか本社から途中参加してくるヤツもいるとかで、居酒屋の座敷を借りきっての大規模なものになっているようだ。
「ちょっと舜介、なにコソコソしてんのよ?」
正面に座るのは、支社で別チームに所属する同期、羽瀬香織だ。小柄でショートボブで、一見すると可愛く無害な印象に見えるが、甘く見ていると仕事で痛い目にあわされるだろう。緻密で隙がなく、自分にも他人にも厳しい。元々の性格も相当の過激派なのだが。
「あー。昨日は終電だったし、ちょっと眠くてさ……」
「そんなの、あんただけじゃないし! いいから飲め!」
目の前で同期の女にジョッキを一気飲みされれば、もう応じるしかなかった。良識ある社会人としては、良い子のみんなはマネしないように、と言うしかない。
「やるじゃんか、榊! そんじゃ。杉田も行きまーす!」
「……って、おまえもついてこなくていいから、杉田!」
非常にマズい展開だった。俺としては今朝、気まずい雰囲気のまま別れた向晴にフォローのメールでも送っておくつもりだったのだが、まだ何もできていない。
「おい、榊! ちょっと来い!」
この大声は部長である。本社から遅れて到着する──と聞いていたが、なぜだか俺たちよりも先に着いて、上座に陣取っていた。
「おまえなぁ、いつまでもチャラついてんじゃねえぞ?」
「……はい?」
どうも、すでに出来上がっているようである。迷惑な話だ。
「『カジュアルビズ』だか何だか知らねえが、学生みてーな髪型してんじゃねえぞ?」
「『ビジネスカジュアル』は主に服装の話ですが。それに、こんくらいの色は誰でも入れてますって」
「嘘つけ! 支社じゃオマエくらいじゃねえか!」
「俺が支社に来たのはまだ今週の話だ──!」
またやらかしてしまった……こいつは、こうやって飲みの席などで若手を挑発しては、その場での失言、失敗をネタにムチャぶりしてくることで有名だ。
「……いやぁ。見事にやっちまったわねー、舜介」
憮然としながら席に戻ると、羽瀬はホタルイカを肴に、大ジョッキでビールを飲み干している。おまえはどこのオッサンか。
女子力とは対極にあるその姿に、さすがにドン引きする男性陣。
「なんならずっと『支社』にいればいいだろう、榊くん?」
「嫌だよ! とりあえず俺は炎上プロジェクトからはさっさと卒業してーんだ!」
俺は、となりから杉田に肩を抱かれた。こんな感じで、俺の同期は酒が入ると、とにかくタチが悪い。
どうせ部長の口ぶりだと、いまのプロジェクトが終われば、次の炎上プロジェクトにでも俺を送り込むつもりなんだろうな。ちなみに『支社』というのは基本、ほぼ全国にある。ろくでもないウワサや伝説は、地方ごとにいくつでもあった。
「……でもさぁ。なんであんた、そんなに本社に戻りたいわけ?」
羽瀬に不思議そうに問われると、なぜか返す言葉がなかった。
「あんたが、そんなに出世、中央志向だったとはね。新卒のころは、もっとエンジニア寄りのヤツだと思ってたんだけど」
「それは、俺だって……たぶん」
そういえば、どうだったんだろう──指摘されるとわからなくなった。
「……まあ、いいから飲みんしゃい。ってオヤジも言ってるぜぇ?」
この杉田も、かなり酔いが回ってきたようだ。オヤジ呼ばわりされた課長は、羽瀬のとなりに座り、ただ頷いているだけである。この人も、部下の暴言失言くらいちゃんと咎めればいいのに。
「はいはーい! お姉さーん、追加注文いいっすかー! えーと、生が五つと……」
「いい加減に暑苦しいんだよ。その腕、離せ。このクソ杉田ッ!」
いい加減にブチ切れそうになって杉田と羽瀬のコンビから逃れた先は、トイレの個室だった。ため息をついて携帯を取り出す。何件かの新着メッセージがあったが向晴からのものではない。
アプリを立ち上げ、新規メッセージを作成──だが、最初の一文がどうしても思いつかない。上っ面の言葉を入力したところで中身は空回りするばかりで、書いては消してをくりかえすうちに、ついに手が止まってしまった。
画面を待ち受けの状態に戻して、もうひとつ息を落とす。
直接、通話をするにしても、すでに酒が入った状態でできる話題ではないし。そもそも場所も状況も最悪だ。俺はもう今、自分が置かれている状況に途方に暮れるしかなかった。
そうだ。すべては明日の土曜日に。
直接会って、話せばいいだけだ──。
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