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「舜さんは理系出身なんですか? たしか仕事、エンジニア職でしたよね」

 具体的な仕事の内容を話した記憶はないが、名刺の肩書きを見れば明らかだろう。一般にそこまで名の通った会社でもないが、社名を見れば何となくわかるはずだ。

「いや、文系プログラマなんだ。大学は法学部だったし」
「たしかに、あんまり理系っぽくは見えないっすよね、舜さんは」

 やや失言に近いコメントのような気がするが、とりあえず悪意は見えないようだ。

「それ、もしかして悪口か何かなのかな? ていうかおまえも理系には、さっぱり見えないけどな?」
「それが理系なんですよ。まあ成績はさっぱりなんすけど」

 なんだか授業中には常に爆睡しているようなイメージしか浮かんでこないが、そもそも推薦を取れるくらいなんだし意外と優等生なのかもしれない──スポーツ推薦であっても。

 しかし、やっと大学進学が決まったばかりの高校生から、もう職業やら職種の話題が出るとは。俺には、いつもすぐ目の前のことしか見えていなかったが──そこは今でもあまり変わっていないけど。

「そういやおまえって、彼女いんの?」

 そこで向晴は、いきなり口をつぐんだ。何やら痛いところを突かれたらしい。

「……わりと最近、別れました」
「ああ。フラれたんか」

 試しに断定的に言ってみると、下を向いた顔が少し赤い。

「……はい」
「それで慢性的な睡眠不足、ついでに欲求不満て感じか?」

 見下ろしてくる視線が暗い。ちょっとばかりイジリ過ぎたか。

「そういう舜さんはリア充ですか? そうですか……」

 その単語の響きに、思わず吹いてしまった。どうにも向晴らしくないというか。

「……何でそうなるんだ? 俺もひとり身だよ、どうせ」
「なんだ、仲間じゃないっすか」

 なんつー恥ずかしい会話だ。近くに他の乗客もいないとはいえ、公共交通機関でするような会話ではないだろう。

「ええとさ。つまり……おまえの言う『相談』ってのは、そういうことなのか?」

 どうも恋愛絡みには、あまり免疫も耐性もないように見える。思うに部活バカだったんだろう。間違いない。

「まあ、それも少しはあるんですけど。それがメインじゃないというか……」
「──ふーん。まあいいや」

 こんな電車のなかで突っ込んで聞くべきことでもない。土曜にゆっくり聞いてやろう。

「舜さん、土曜日なんすけど──とりあえず映画にでも行きませんか?」

 しかし今度こそ、本気で俺は吹き出してしまう。

「おっまえ、なにそれ。デートコースなの? 中学生か!」

 向晴は、顔をさらに赤くした。イジり甲斐がいがあり過ぎて困るヤツだ。

「……言っとくけど俺、ノーマルだぞ?」
「オレだってそうっすよ! ただのフツーの劇場版アニメです。こういうの、ひとりじゃ行きづらいし。いーじゃないすか!」

 笑いすぎて涙が出てきた。

「わかった、了解。なんせ、すべては少年のためだからな」
「舜さんって、わりと性格悪いですよね……」

 言葉とともに、拳まで握りしめている。いじくるのも今日は、このくらいにしておいた方がよさそうだ。

「ドア閉まっちゃうよー。降りたほうがよくない?」
「くっそ、覚えとけ!」

 捨て台詞を残して走り去る背中に哀愁あいしゅうが見えた。なかなかに期待を裏切らないヤツだ。
 しかし、視線を感じて振り返ると、となりの車両から俺を凝視する同僚の姿があった。そうして、そのあと質問攻めにされることになったのは言うまでもない。
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