上 下
6 / 19
水曜日

AM 8:30

しおりを挟む
「それより舜さん、寝不足っすね?」

 たしかに「先輩」と呼ぶなとは言ったが、いきなり「舜さん」呼ばわりして違和感を抱かせないのは、その性格ゆえか。

「残業がちょっとな……前から聞きたかったんだけど、俺ってそんなに疲れて見えるのか?」

 月曜日。夜にもらったメールで指摘されていたことだが。

「疲れてる。誰がです?」
「おまえが言ったんだろ。月曜日のメールで『疲れてるみたいだから寝ろ』って」
「そうでしたっけ──?」

 脱力。だいぶ前から気づいてはいたが、やはりこいつは天然系だ。

「ああ……よくは覚えてないんですけど」
「ん──?」
「あの日の舜さんは、なんか無理してリラックスしてるような気がしたんです」

 不意を突かれて鼓動が跳ね上がるのがわかる。記憶を辿たどるように視線をめぐらせながら向晴が口にしたセリフは、あのときの俺の真情を思いのほか的確に表していた。
 無理してリラックスしてるように見えた、か……。

 あまり主将らしくもない向晴だが、しっかり見るところは見ているということか。他人ひとの体調だとか、メンタル的な部分も含めて。
 そうすると途端に、なにか負けたような気がして悔しい。大人びた顔つきとか、身にまとう落ち着いた空気も相まって。俺よりも、だいぶ年下なのに。

「あのさ。俺、もしかしたら……」

 しばらく本社には帰れない。引き続き、この時間、この電車で通勤することになるだろう──そう告げようとしてやめた。
 向晴にしてみれば俺は、寝坊して遅刻した学校行事に向かう電車で、たまたま乗り合わせただけのOBに過ぎないのだし。一週間の期限つきで通勤、通学電車を待ち合わせているのは何かの縁だが、それも「そこから先」はないと知ればこそだろう。ちゃんと期限があるからこそ、そのときには「来週もがんばれ」と、気軽に終わらせられるから。
 結局のところ俺たちは先輩、後輩の間柄で──それ以上でも、それ以下でもないんだから。

「もしかしたら……?」
「いや、なんでもない。気にすんな」

 向晴は一瞬だけ怪訝けげんそうな顔つきになったが、すぐに静かに、どこか困ったように笑う。

「舜さんは、今日も残業になりそうなんですか?」
「やー、間違いねーなぁ……」
「明日はオレ、バイトだし。週末──金曜なんて、どう考えても無理っすよね?」

 って、いきなり何の話だよ──。

「月曜日のお礼、つーかお詫びっつーか。一緒にメシでもどうかなって……相談したいこともあるんで」

 照れて後頭部に触れる仕草は、でかい図体にそぐわなくて、俺は笑った。

「あのな。おまえがどう思ってても構わないけどさ、俺は高校生にオゴらせるつもりなんて一切ねーぞ」
「じゃあ、OKっすか?」
「いや、それが金曜はダメなんだよ。なんか会社の飲み会があるらしいんだけど……。土日なら、俺は大丈夫」

 本来なら「送別会」となるはずだった飲み会は、すでに公然と「歓迎会」設定になっているのが明らかだったが。

 ドアの開く効果音チャイムを鳴り響かせて電車が止まったのは、向晴の降りる駅だった。そのタイミングのよさに、俺たちは笑う。

「そんじゃ土曜っすね。あとでまた連絡します!」

 ホームに駆け出していくのを見送って、軽く手を上げる。朝の通勤の他にも会う口実ができたことに、たぶん俺は浮かれていたんだ。日を追うごとに憂鬱ゆううつになっていく通勤。向晴の屈託くったくない明るさにはどこか救われる心地がしていたから。

 土曜日はどこに、何を食いにいこうか──などと考えながら会社の受付、自動ドアのセキュリティをIDカードで解除する。スーツの上着を脱いでパソコンを立ち上げると社内システムのマイページには、新着情報として俺の出向延長の辞令が表示されている。
 つまり、が正式に決定した瞬間、だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

王様のナミダ

白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。 端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。 驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。 ※会長受けです。 駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。

華麗に素敵な俺様最高!

モカ
BL
俺は天才だ。 これは驕りでも、自惚れでもなく、紛れも無い事実だ。決してナルシストなどではない! そんな俺に、成し遂げられないことなど、ないと思っていた。 ……けれど、 「好きだよ、史彦」 何で、よりよってあんたがそんなこと言うんだ…!

転生したら乙女ゲームのモブキャラだったのでモブハーレム作ろうとしたら…BLな方向になるのだが

松林 松茸
BL
私は「南 明日香」という平凡な会社員だった。 ありふれた生活と隠していたオタク趣味。それだけで満足な生活だった。 あの日までは。 気が付くと大好きだった乙女ゲーム“ときめき魔法学院”のモブキャラ「レナンジェス=ハックマン子爵家長男」に転生していた。 (無いものがある!これは…モブキャラハーレムを作らなくては!!) その野望を実現すべく計画を練るが…アーな方向へ向かってしまう。 元日本人女性の異世界生活は如何に? ※カクヨム様、小説家になろう様で同時連載しております。 5月23日から毎日、昼12時更新します。

処理中です...