2 / 20
2
しおりを挟む
十六歳の伯爵令息であるミッチェルには、一つ年下の婚約者がいた。
伯爵令嬢である、エノーラだ。親同士が親しいこともあり、小さな頃から親交があった。長男であるミッチェルのもとに、兄がいるエノーラが嫁いでくる。それをミッチェルもエノーラも疑ってはいなかったし、エノーラが王立学園を卒業すると同時に、結婚することは決まっていた。
ミッチェルもエノーラを愛していたし、エノーラもまた、ミッチェルを愛していた。
けれど、一年早く王立学園に入学したミッチェルは、出逢ってしまった。これまでいかに狭い世界で生きてきたかを実感し、痛感した。
エノーラを愛していると思っていた。でもそれは、言ってしまえば妹に対する情に近かった。
同じクラスの、子爵令嬢であるアグネとはじめて言葉を交わしたのは、入学式の日。エノーラと一つしか違わないのに、妙に大人っぽく見えた。けれど笑顔は可愛らしくて、はじめて胸の高鳴りを覚えた。
まるで運命であったかのように、二人は惹かれ合った。僕にはエノーラがいるのだから。いくら否定しようとも、更に心は燃え上がった。
『例え家を追い出されたとしても、あなたと二人なら、何処ででも生きていけるでしょう』
涙ながらに、アグネが訴える。地位や名誉などいらないと。愛しくてたまらなかった。ここまで愛してくれる女性が、どれほどいるだろう。
もう駄目だと思った。心に嘘はつけない。一人の女を愛するとは、惹かれるとは、こういうことかとはじめて思い知った。エノーラに対する情とはあまりに違いすぎて。こんな想いのまま、エノーラと一緒になどなれない。このままでは、エノーラを傷付けてしまうばかりだ。
そう考えたミッチェルは、学園の休みを利用して、地方に住むエノーラに会いにいった。馬車に揺られながら、どう告げよう。どう言えば、傷付けずにすむか。そんなことばかり考えていた。
ミッチェルは別に、エノーラを嫌いになったわけではない。ただ単に、本当の愛を知ってしまっただけなのだ。
(……泣く、よな。それに父上とブラート伯爵からも、きっと叱られる──どころじゃすまないだろうな)
それでも、決めたのだ。この先の道を、アグネと共に歩いてゆくと。
「……ぼくと別れるなら自害します、とか言わないといいけど」
一人、ため息をつきながら呟く。
昼過ぎに訪れたブラート伯爵の屋敷にいたのは、使用人を除けば、エノーラだけ。ブラート伯爵も伯爵夫人も出掛けていて、留守だった。
エノーラの自室に通されたミッチェルは、重く、口火を切った。頼むから、自害だけはしないでくれ。そう願いながら。
──けれどエノーラの反応は、まるで予想だにしないものだった。
伯爵令嬢である、エノーラだ。親同士が親しいこともあり、小さな頃から親交があった。長男であるミッチェルのもとに、兄がいるエノーラが嫁いでくる。それをミッチェルもエノーラも疑ってはいなかったし、エノーラが王立学園を卒業すると同時に、結婚することは決まっていた。
ミッチェルもエノーラを愛していたし、エノーラもまた、ミッチェルを愛していた。
けれど、一年早く王立学園に入学したミッチェルは、出逢ってしまった。これまでいかに狭い世界で生きてきたかを実感し、痛感した。
エノーラを愛していると思っていた。でもそれは、言ってしまえば妹に対する情に近かった。
同じクラスの、子爵令嬢であるアグネとはじめて言葉を交わしたのは、入学式の日。エノーラと一つしか違わないのに、妙に大人っぽく見えた。けれど笑顔は可愛らしくて、はじめて胸の高鳴りを覚えた。
まるで運命であったかのように、二人は惹かれ合った。僕にはエノーラがいるのだから。いくら否定しようとも、更に心は燃え上がった。
『例え家を追い出されたとしても、あなたと二人なら、何処ででも生きていけるでしょう』
涙ながらに、アグネが訴える。地位や名誉などいらないと。愛しくてたまらなかった。ここまで愛してくれる女性が、どれほどいるだろう。
もう駄目だと思った。心に嘘はつけない。一人の女を愛するとは、惹かれるとは、こういうことかとはじめて思い知った。エノーラに対する情とはあまりに違いすぎて。こんな想いのまま、エノーラと一緒になどなれない。このままでは、エノーラを傷付けてしまうばかりだ。
そう考えたミッチェルは、学園の休みを利用して、地方に住むエノーラに会いにいった。馬車に揺られながら、どう告げよう。どう言えば、傷付けずにすむか。そんなことばかり考えていた。
ミッチェルは別に、エノーラを嫌いになったわけではない。ただ単に、本当の愛を知ってしまっただけなのだ。
(……泣く、よな。それに父上とブラート伯爵からも、きっと叱られる──どころじゃすまないだろうな)
それでも、決めたのだ。この先の道を、アグネと共に歩いてゆくと。
「……ぼくと別れるなら自害します、とか言わないといいけど」
一人、ため息をつきながら呟く。
昼過ぎに訪れたブラート伯爵の屋敷にいたのは、使用人を除けば、エノーラだけ。ブラート伯爵も伯爵夫人も出掛けていて、留守だった。
エノーラの自室に通されたミッチェルは、重く、口火を切った。頼むから、自害だけはしないでくれ。そう願いながら。
──けれどエノーラの反応は、まるで予想だにしないものだった。
397
お気に入りに追加
3,530
あなたにおすすめの小説

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
双子の妹を選んだ婚約者様、貴方に選ばれなかった事に感謝の言葉を送ります
すもも
恋愛
学園の卒業パーティ
人々の中心にいる婚約者ユーリは私を見つけて微笑んだ。
傍らに、私とよく似た顔、背丈、スタイルをした双子の妹エリスを抱き寄せながら。
「セレナ、お前の婚約者と言う立場は今、この瞬間、終わりを迎える」
私セレナが、ユーリの婚約者として過ごした7年間が否定された瞬間だった。

【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前
地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。
あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。
私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。
アリシア・ブルームの復讐が始まる。

あなたの仰ってる事は全くわかりません
しげむろ ゆうき
恋愛
ある日、婚約者と友人が抱擁してキスをしていた。
しかも、私の父親の仕事場から見えるところでだ。
だから、あっという間に婚約解消になったが、婚約者はなぜか私がまだ婚約者を好きだと思い込んでいるらしく迫ってくる……。
全三話

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません
しげむろ ゆうき
恋愛
ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。
しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。
だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。
○○sideあり
全20話

離婚したらどうなるのか理解していない夫に、笑顔で離婚を告げました。
Mayoi
恋愛
実家の財政事情が悪化したことでマティルダは夫のクレイグに相談を持ち掛けた。
ところがクレイグは過剰に反応し、利用価値がなくなったからと離婚すると言い出した。
なぜ財政事情が悪化していたのか、マティルダの実家を失うことが何を意味するのか、クレイグは何も知らなかった。
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる