心から愛しているあなたから別れを告げられるのは悲しいですが、それどころではない事情がありまして。

ふまさ

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 十六歳の伯爵令息であるミッチェルには、一つ年下の婚約者がいた。

 伯爵令嬢である、エノーラだ。親同士が親しいこともあり、小さな頃から親交があった。長男であるミッチェルのもとに、兄がいるエノーラが嫁いでくる。それをミッチェルもエノーラも疑ってはいなかったし、エノーラが王立学園を卒業すると同時に、結婚することは決まっていた。

 ミッチェルもエノーラを愛していたし、エノーラもまた、ミッチェルを愛していた。

 けれど、一年早く王立学園に入学したミッチェルは、出逢ってしまった。これまでいかに狭い世界で生きてきたかを実感し、痛感した。

 エノーラを愛していると思っていた。でもそれは、言ってしまえば妹に対する情に近かった。

 同じクラスの、子爵令嬢であるアグネとはじめて言葉を交わしたのは、入学式の日。エノーラと一つしか違わないのに、妙に大人っぽく見えた。けれど笑顔は可愛らしくて、はじめて胸の高鳴りを覚えた。

 まるで運命であったかのように、二人は惹かれ合った。僕にはエノーラがいるのだから。いくら否定しようとも、更に心は燃え上がった。

『例え家を追い出されたとしても、あなたと二人なら、何処ででも生きていけるでしょう』

 涙ながらに、アグネが訴える。地位や名誉などいらないと。愛しくてたまらなかった。ここまで愛してくれる女性が、どれほどいるだろう。

 もう駄目だと思った。心に嘘はつけない。一人の女を愛するとは、惹かれるとは、こういうことかとはじめて思い知った。エノーラに対する情とはあまりに違いすぎて。こんな想いのまま、エノーラと一緒になどなれない。このままでは、エノーラを傷付けてしまうばかりだ。

 そう考えたミッチェルは、学園の休みを利用して、地方に住むエノーラに会いにいった。馬車に揺られながら、どう告げよう。どう言えば、傷付けずにすむか。そんなことばかり考えていた。

 ミッチェルは別に、エノーラを嫌いになったわけではない。ただ単に、本当の愛を知ってしまっただけなのだ。

(……泣く、よな。それに父上とブラート伯爵からも、きっと叱られる──どころじゃすまないだろうな)

 それでも、決めたのだ。この先の道を、アグネと共に歩いてゆくと。

「……ぼくと別れるなら自害します、とか言わないといいけど」

 一人、ため息をつきながら呟く。

 昼過ぎに訪れたブラート伯爵の屋敷にいたのは、使用人を除けば、エノーラだけ。ブラート伯爵も伯爵夫人も出掛けていて、留守だった。

 エノーラの自室に通されたミッチェルは、重く、口火を切った。頼むから、自害だけはしないでくれ。そう願いながら。


 ──けれどエノーラの反応は、まるで予想だにしないものだった。
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