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何を。サイラスが問う前に、オーエンは語りはじめた。
「サイラス殿下。あなたが落馬したときの状況を、覚えておいでですか?」
「……一年前のか? 宮殿の庭で馬を走らせているとき、木の陰から突然子どもが現れ、それを避けようと落馬して──目が覚めたときには、もう寝台の上にいたな。覚えているのはそれぐらいだが……」
「そうです。実は、木の陰から現れた子どもは、私の息子でして。私の忘れ物を、宮殿まで妻と一緒に届けにきてくれたのです。少し目を離した隙に、いなくなってしまい──」
とたん、サイラスは背筋がぞっとした。
「まさか……わたしのせいでどこか怪我を? だからお前は、わたしを恨んで……」
いいえ、とオーエンは哀しそうに笑った。
「サイラス殿下がご自身の怪我も厭わず、馬をとめて下さったおかげで、息子は怪我一つ負わずにすみました」
そうか。安堵しかけたサイラスだったが──。
「処刑されてしまいましたがね」
続けられたオーエンの科白に、サイラスは凍りついたように動けなくなった。
「王族の命を危険に晒した、からだそうです。あなたが落馬した次の日にはもう、刑は執行されてしまいました。息子は、九つになったばかりでした」
「……そんな……そんなこと、誰も……っ」
血の気の引いた顔で、サイラスが膝から崩れ落ちる。オーエンは手すりからおり、サイラスの目の前で膝をついた。
「いろいろあってお忘れかもしれませんが──当時。何も知らないあなたは、私にこう問いました。あのときの子どもは無事かと。私が、はいと答えると、あなたは安堵していましたね」
はは。サイラスは乾いた笑いを浮かべた。
「……恨まれて当然だ。殺されても、文句は言えないな」
「まさか。逆ですよ」
目を見張り、サイラスが顔をあげる。オーエンと、視線がぶつかった。その双眸に、憎しみや恨みなどは感じられなかった。
「私は嬉しかった。王族の──いずれ国王となるあなたに、人を思いやる、優しい心があったことが。だからこそ、あなたに知ってほしいと願った」
それからオーエンは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「──サイラス殿下。王族はさぞ、醜かったでしょう?」
「サイラス殿下。あなたが落馬したときの状況を、覚えておいでですか?」
「……一年前のか? 宮殿の庭で馬を走らせているとき、木の陰から突然子どもが現れ、それを避けようと落馬して──目が覚めたときには、もう寝台の上にいたな。覚えているのはそれぐらいだが……」
「そうです。実は、木の陰から現れた子どもは、私の息子でして。私の忘れ物を、宮殿まで妻と一緒に届けにきてくれたのです。少し目を離した隙に、いなくなってしまい──」
とたん、サイラスは背筋がぞっとした。
「まさか……わたしのせいでどこか怪我を? だからお前は、わたしを恨んで……」
いいえ、とオーエンは哀しそうに笑った。
「サイラス殿下がご自身の怪我も厭わず、馬をとめて下さったおかげで、息子は怪我一つ負わずにすみました」
そうか。安堵しかけたサイラスだったが──。
「処刑されてしまいましたがね」
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「王族の命を危険に晒した、からだそうです。あなたが落馬した次の日にはもう、刑は執行されてしまいました。息子は、九つになったばかりでした」
「……そんな……そんなこと、誰も……っ」
血の気の引いた顔で、サイラスが膝から崩れ落ちる。オーエンは手すりからおり、サイラスの目の前で膝をついた。
「いろいろあってお忘れかもしれませんが──当時。何も知らないあなたは、私にこう問いました。あのときの子どもは無事かと。私が、はいと答えると、あなたは安堵していましたね」
はは。サイラスは乾いた笑いを浮かべた。
「……恨まれて当然だ。殺されても、文句は言えないな」
「まさか。逆ですよ」
目を見張り、サイラスが顔をあげる。オーエンと、視線がぶつかった。その双眸に、憎しみや恨みなどは感じられなかった。
「私は嬉しかった。王族の──いずれ国王となるあなたに、人を思いやる、優しい心があったことが。だからこそ、あなたに知ってほしいと願った」
それからオーエンは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「──サイラス殿下。王族はさぞ、醜かったでしょう?」
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