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「──は?」
「うまく聞き取れなかったか? アントン・ゴーサンス。もう一度、繰り返すか?」
夕刻。アントンが暮らす寄宿舎を訪れたクリフは、アントンと対面していた。
「……いえ、けっこうです。それより、どうして私が謹慎処分を受けなければならないのか。それをお教えいただきたい。まさか、朝の出来事が理由だなんて言わないですよね?」
「──そうだと言ったら?」
試すような口調に、アントンは目を吊り上げた。
「冗談ではありませんよ。クリフ殿下はあの場にいらしたからよくご存じのはず。訳もわからず、愛する婚約者に殺人者呼ばわりされたのですよ? むしろ、被害者は私の方です!」
「殺人者呼ばわりされる理由に、心当たりは?」
「ありません。それに私は、本気でエリノアとの婚約を破棄するつもりはありません。頭が冷え、謝罪をしてきたなら、きちんとそれを受け入れようと思っています」
「非はすべて、彼女にあると?」
「すべて、とは言いません。朝も申した通り、昨日、エリノアは賊に攫われかけました。その恐怖から、きっと混乱し、あんなあり得ない被害妄想をしてしまったのでしょうから」
その件だが。クリフは、口調を強めた。
「聖女エリノアが賊に攫われたとき、唯一、傍にいたのはきみだけだったと聞いた。そのとききみは、何をしていたんだ?」
アントンは「……エリノアから聞いたのですか」と、片眉をぴくりと上げた。
「ああ。あの場にいた兵士にも、個別に当時の状況を詳しく説明してもらった。魔物がいなければ攫われていたなんて、随分と笑えない話しだな。魔物討伐部隊隊長」
ぎりっ。アントンが、悔しげに奥歯を噛み締めた。
「……まわりをきちんと警戒していた結果です。が、確かにあれは、失態でした」
「報告書に、その失態は書かれていなかったようだが」
「…………エリノアは無事でしたので」
絞り出すような声色に、クリフは「必要ないと判断したわけか」と吐き捨てた。
「聖女エリノアは、いま、王宮内にある客室にいる」
「な、ど、どうして」
「心が限界寸前だと感じたからだ。実際、聖女エリノアは、これできみと顔を合わせなくていいと安堵し、泣いていたよ」
アントンは、あり得ない、と愕然とした。
「どうしてそんな嘘をつくのですか?! もしや、クリフ殿下はエリノアを狙って……っ」
クリフの後ろに控えていた従者が、腰に下げた剣の柄を握るのが視界に入り、アントンは慌てて、一度、口を閉じた。
「し、失礼しました。ですが、どうしても信じられないのです。エリノアに直接、真意を問わせてください!」
必死に訴えるアントンに、クリフは「──駄目だ」と、ぴしゃりと言い捨てた。
「うまく聞き取れなかったか? アントン・ゴーサンス。もう一度、繰り返すか?」
夕刻。アントンが暮らす寄宿舎を訪れたクリフは、アントンと対面していた。
「……いえ、けっこうです。それより、どうして私が謹慎処分を受けなければならないのか。それをお教えいただきたい。まさか、朝の出来事が理由だなんて言わないですよね?」
「──そうだと言ったら?」
試すような口調に、アントンは目を吊り上げた。
「冗談ではありませんよ。クリフ殿下はあの場にいらしたからよくご存じのはず。訳もわからず、愛する婚約者に殺人者呼ばわりされたのですよ? むしろ、被害者は私の方です!」
「殺人者呼ばわりされる理由に、心当たりは?」
「ありません。それに私は、本気でエリノアとの婚約を破棄するつもりはありません。頭が冷え、謝罪をしてきたなら、きちんとそれを受け入れようと思っています」
「非はすべて、彼女にあると?」
「すべて、とは言いません。朝も申した通り、昨日、エリノアは賊に攫われかけました。その恐怖から、きっと混乱し、あんなあり得ない被害妄想をしてしまったのでしょうから」
その件だが。クリフは、口調を強めた。
「聖女エリノアが賊に攫われたとき、唯一、傍にいたのはきみだけだったと聞いた。そのとききみは、何をしていたんだ?」
アントンは「……エリノアから聞いたのですか」と、片眉をぴくりと上げた。
「ああ。あの場にいた兵士にも、個別に当時の状況を詳しく説明してもらった。魔物がいなければ攫われていたなんて、随分と笑えない話しだな。魔物討伐部隊隊長」
ぎりっ。アントンが、悔しげに奥歯を噛み締めた。
「……まわりをきちんと警戒していた結果です。が、確かにあれは、失態でした」
「報告書に、その失態は書かれていなかったようだが」
「…………エリノアは無事でしたので」
絞り出すような声色に、クリフは「必要ないと判断したわけか」と吐き捨てた。
「聖女エリノアは、いま、王宮内にある客室にいる」
「な、ど、どうして」
「心が限界寸前だと感じたからだ。実際、聖女エリノアは、これできみと顔を合わせなくていいと安堵し、泣いていたよ」
アントンは、あり得ない、と愕然とした。
「どうしてそんな嘘をつくのですか?! もしや、クリフ殿下はエリノアを狙って……っ」
クリフの後ろに控えていた従者が、腰に下げた剣の柄を握るのが視界に入り、アントンは慌てて、一度、口を閉じた。
「し、失礼しました。ですが、どうしても信じられないのです。エリノアに直接、真意を問わせてください!」
必死に訴えるアントンに、クリフは「──駄目だ」と、ぴしゃりと言い捨てた。
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