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「な、なにか誤解があるようですね。ニアがあなた方になにを吹き込んだのか知りませんが、その子は昔から、虚言癖がありまして」
フラトン子爵夫人に続き、焦ったように義姉が続く。
「そうですよ。虐待だなんて、そんなことはしていません。きっとニアは、伯爵たちにかまってもらいたくてそんなことを」
「──フラトン子爵家の使用人から、証言はとれている。誰もが金を渡せば、ペラペラと話してくれたぞ。自分は悪くない。助けたくても立場上、できなかったと付け加えてな」
アラスターが怒気を含んだ声色で呟くと、フラトン子爵たちはびくりと身体を揺らし、唇を引き結んだ。
「さて、フラトン子爵。子への虐待は、犯罪だ。それはご存知かな?」
オールディス伯爵の静かな問いかけに、フラトン子爵は、私はなにもしていない、とぼそっと答えた。
「ニア、そうだろう? 私はなにもしていない。それはお前が一番よく理解しているはずだ。お前に暴言を吐き、暴力をふるったのは誰だ?」
ゆらりと起き上がり、フラトン子爵が目を血走らせながら足を動かしはじめた。ニアに向かって、ゆっくりと。
「そうですね。フラトン子爵は、わたしが誰になにをされていても、見下した目でただ、見ているだけでした」
「……貴様ぁっっ!!」
無表情なニアに飛びかかろうとするフラトン子爵。けれどオールディス伯爵に命じられた従者によって腕を捻じ曲げられ、ふたたび床に伏せられた。
フラトン子爵夫人と義姉は口元を覆い、その一連の流れをただ、震えながら見ていた。
「フラトン子爵夫人。屋敷の者をみな、ここに集めてくれ」
オールディス伯爵の命に、フラトン子爵夫人が、え、あ、とおろおろする。
「──早くしろ」
射貫かれるような双眸に、フラトン子爵夫人は「す、すぐに」と、応接室を飛び出していった。
残された義姉は、しばらく呆然としていたが、やがて、ニアに殺意を込めた視線を向けてきた。
──でも。
それを上回る殺意を、アラスターとオールディス伯爵から向けられた義姉は、なにも言わず、さっと目を伏せた。悔しそうに、握った拳を震わす。
数十分後。
応接室に、フラトン子爵家に仕える者すべてが勢揃いした。フラトン子爵の家族も合わせ、数は、ちょうど十人。
「ニア嬢。この中に、きみを庇ったり、優しくしてくれた者はいるか?」
隣に座るニアに、アラスターが質問した。その内容に──状況を理解していない使用人も中にはいたはずだが──後ろめたいものがある全員が一様に、顔をさっと青ざめさせた。ニアは集まった者たちを見ることなく、いいえ、と首を左右にふって、それを否定した。
「そんな人、一人もいませんでした」
その中には、アラスターたちが証言をとった者もいて。声を最初に上げたのは、その一人だった。
「待ってください、ニア様! わ、私はなにも、あなたにしなかったでしょう?!」
ニアは不思議そうに、アラスターに視線を向けた。
「なんだか、カイラ様の友だちや、フラトン子爵と同じことを言うのですね」
「……そうだな。こういうことをする奴は、似たような思考回路をしているのかもしれない」
「そうなのですね」
アラスターは苦笑しながら「こいつらに言いたいことはあるか?」と問うと、ニアはしばらく黙考したあと、言いたいことといますか、と呟いた。
「体験してみてほしいことがあります」
「体験?」
「はい。腐った野菜と肉で作ったスープを、食べてみてほしいです」
?!
フラトン子爵家の者たちが、驚愕に目を見開いた。
フラトン子爵夫人に続き、焦ったように義姉が続く。
「そうですよ。虐待だなんて、そんなことはしていません。きっとニアは、伯爵たちにかまってもらいたくてそんなことを」
「──フラトン子爵家の使用人から、証言はとれている。誰もが金を渡せば、ペラペラと話してくれたぞ。自分は悪くない。助けたくても立場上、できなかったと付け加えてな」
アラスターが怒気を含んだ声色で呟くと、フラトン子爵たちはびくりと身体を揺らし、唇を引き結んだ。
「さて、フラトン子爵。子への虐待は、犯罪だ。それはご存知かな?」
オールディス伯爵の静かな問いかけに、フラトン子爵は、私はなにもしていない、とぼそっと答えた。
「ニア、そうだろう? 私はなにもしていない。それはお前が一番よく理解しているはずだ。お前に暴言を吐き、暴力をふるったのは誰だ?」
ゆらりと起き上がり、フラトン子爵が目を血走らせながら足を動かしはじめた。ニアに向かって、ゆっくりと。
「そうですね。フラトン子爵は、わたしが誰になにをされていても、見下した目でただ、見ているだけでした」
「……貴様ぁっっ!!」
無表情なニアに飛びかかろうとするフラトン子爵。けれどオールディス伯爵に命じられた従者によって腕を捻じ曲げられ、ふたたび床に伏せられた。
フラトン子爵夫人と義姉は口元を覆い、その一連の流れをただ、震えながら見ていた。
「フラトン子爵夫人。屋敷の者をみな、ここに集めてくれ」
オールディス伯爵の命に、フラトン子爵夫人が、え、あ、とおろおろする。
「──早くしろ」
射貫かれるような双眸に、フラトン子爵夫人は「す、すぐに」と、応接室を飛び出していった。
残された義姉は、しばらく呆然としていたが、やがて、ニアに殺意を込めた視線を向けてきた。
──でも。
それを上回る殺意を、アラスターとオールディス伯爵から向けられた義姉は、なにも言わず、さっと目を伏せた。悔しそうに、握った拳を震わす。
数十分後。
応接室に、フラトン子爵家に仕える者すべてが勢揃いした。フラトン子爵の家族も合わせ、数は、ちょうど十人。
「ニア嬢。この中に、きみを庇ったり、優しくしてくれた者はいるか?」
隣に座るニアに、アラスターが質問した。その内容に──状況を理解していない使用人も中にはいたはずだが──後ろめたいものがある全員が一様に、顔をさっと青ざめさせた。ニアは集まった者たちを見ることなく、いいえ、と首を左右にふって、それを否定した。
「そんな人、一人もいませんでした」
その中には、アラスターたちが証言をとった者もいて。声を最初に上げたのは、その一人だった。
「待ってください、ニア様! わ、私はなにも、あなたにしなかったでしょう?!」
ニアは不思議そうに、アラスターに視線を向けた。
「なんだか、カイラ様の友だちや、フラトン子爵と同じことを言うのですね」
「……そうだな。こういうことをする奴は、似たような思考回路をしているのかもしれない」
「そうなのですね」
アラスターは苦笑しながら「こいつらに言いたいことはあるか?」と問うと、ニアはしばらく黙考したあと、言いたいことといますか、と呟いた。
「体験してみてほしいことがあります」
「体験?」
「はい。腐った野菜と肉で作ったスープを、食べてみてほしいです」
?!
フラトン子爵家の者たちが、驚愕に目を見開いた。
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