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 しん。
 室内が静まり返る。やはり、望みを口にするなど、許されなかったのだ。ニアの鼓動が、徐々に落ち着きを取り戻していく。

「すみません。わたしなどが望みなど、図々し過ぎましたね」

 アラスターは「ちがっ」と口にしたあと、苦しそうに、オールディス伯爵に顔を向けた。

「……父上。ニア嬢を、信用できる誰かの養子にすることはできませんか」

 オールディス伯爵は、しばらくの間のあと「私を信用できるのか」と、訊ね返した。オールディス伯爵夫人が、あなた、と声を挟む。

「アラスターがせっかく頼ってきてくれたのですよ?!」

 それを、オールディス伯爵は手を上げて止め、続けた。

「お前の知る誰よりも、ニア嬢に心から寄り添えるのは、お前ではないのか?」

「……わたしは、そう思えません」

「ニア嬢はどうだ? アラスターが嫌いか?」

 オールディス伯爵に問われたニアは、いいえ、と首を左右にふった。

「アラスター様は、はじめてわたしに、優しさというものをくれた人だと思いますから」

「……っ」

 アラスターが言葉に詰まるのを見て、オールディス伯爵は、お前の除籍は後で考えよう、と言った。

「まずは、金貸しだな。あとは、ニア嬢への慰謝料の額の相談に、弁護士も必要だ」

「……はい。よろしくお願いします」

 深く頭を下げるアラスターの肩を、オールディス伯爵は、任せろと、ぽんと叩いた。




 三日後。

 アラスターだけでなく、オールディス伯爵まで屋敷に姿を現したことにすっかり怯えたカイラたちは、応接室の椅子に座るアラスターとオールディス伯爵を前に、横並びに立ち尽くしていた。

 カイラは何度もアラスターに話しかけようとしたが、その度に従者に止められ、また、アラスター本人にも完全に無視され続けたため、心が折れたように、下を向いていた。

「これが、お前たちが支払う慰謝料の額だ。二枚の書類があるから、確認しろ」

 オールディス伯爵に手渡された従者が、カイラたち四人に、それぞれ書類を配る。二つの慰謝料を確認した四人は、想像よりも大きい額に、膝から崩れ落ちそうになった。

「こ、こんな額、とても……」

 ブリアナが震えながら声を上げると、オールディス伯爵は「安心しろ。金貸しは呼んである」と、控えていた一人の中年男を呼んだ。

「大丈夫です。この私が責任を持って、仕事を紹介して差し上げますので。しかし、みなさん運がいい。平民が貴族に逆らうなど、本来なら、命を落とされても不思議ではないですよ。流石は領主様。器が違いますね」

 金貸しの科白に四人は震え上がり、それ以上、慰謝料のことについてなにも文句など言えるはずもなく、その場で、金貸しが用意した書類に、署名した。

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