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兄が亡くなって誰より焦ったのは、兄の従者だろう。兄の唯一の共犯者で、兄の命のまま、アラスターを力でねじ伏せたり、兄がアラスターを階段から突き落とすところを黙って見ていたのだから。
次期当主はお前だと。オールディス伯爵が告げたとき、アラスターは、兄の従者を見た。従者は顔を下げたまま、震えていた。
いまは無理でも、いずれ当主となったとき、復讐されるかもしれない。誰に信じてもらえずとも、当主となれば、そんなもの関係ない。
それが恐ろしかったのか。従者は、みなの前で自白をはじめた。兄に脅され、仕方なかったんですと。アラスターに向かって、土下座した。ほとんどの者はぽかんとしていたが、二人の使用人が、時間差で、ぽつりぽつりと証言をはじめた。
兄が陰でアラスターにしていた非道な行い。それを目撃したことがあると。
両親も、使用人たちも、アラスターに謝罪してきた。兄が亡くなってから、やっと。嬉しさはなく、ただ、怒りだけがこみ上げてきて。
──当主になれば、こいつらに復讐できるのか。
そんな思いが芽生えた。
十八になれば、家を出て、自立する。そうなればカイラと住み、家族とは縁を切り、幸せな人生を送ろうと決めていた。
でも、兄が亡くなり、それは叶わなくなった。平民のカイラとの結婚は、認められないのだとオールディス伯爵が頭を下げてきた。当主になれば、こんな奴の言うことに従わなくてよくなる。それまでの辛抱だと、命のまま、ある令嬢と会うことになった。
兄の婚約者だった女だ。
オールディス伯爵はその女とアラスターを、婚約させようとしていた。
「あの方から、あなたのことは聞いていました。あの子には嫌われていると、いつも嘆いていましたよ。あんな人格者の方に、あなたはっ」
互いに好意的なものは一切なかった。少し驚いたのは、両親が、兄がアラスターを虐めていたことを相手に話したことだった。それだけ、この女と婚約してほしかったということなのだろうが、兄の婚約者は、信じなかった。
「すぐには無理だろうが、きっとわかってくれる。お前には絶対、幸せになってほしい。彼女は家柄も人柄も、申し分ないはずなんだ」
オールディス伯爵はそう言い、彼女をアラスターの婚約者候補とした。すぐに婚約させなかったのは、一応、気は使っていたのだろう。
「わたしには、あなたが兄を想うように、他に愛する人がいます」
一度目のデートのとき、アラスターは告げた。はじめての顔合わせのとき、私が愛するのはあの方だけですとさんざん念を押されたのに、腹が立っていたから。
兄の婚約者が、そうですか、と無関心に答える。どうせカイラしか愛せないなら、案外、お似合いなのかもしれないなという考えが過った。
でも。
「し、施設に貴族令嬢がきて、あたし、馬車に無理やり乗せられて……っ」
親がいないカイラは、施設で暮らしている。そんなカイラに会いにいくと、カイラは怯えたように、アラスターに抱き付いてきた。
「アラスターのこと、たくさん聞かれたの。少しでもどもると、怒鳴られたり、打たれたりして……あたし、怖かったっっ」
「なっ……っ」
特徴を聞くと、兄の婚約者とよく似ていて。アラスターはその足で、兄の婚約者の元へと向かった。
「あなたの人となりを尋ねただけです。怒鳴ったり、まして打ったりなどしていません」
兄を愛する女の言うことなど、とても信じられなくて。頭に血がのぼったアラスターはオールディス伯爵に直談判し、婚約者は自分で選ぶと告げたのだった。
次期当主はお前だと。オールディス伯爵が告げたとき、アラスターは、兄の従者を見た。従者は顔を下げたまま、震えていた。
いまは無理でも、いずれ当主となったとき、復讐されるかもしれない。誰に信じてもらえずとも、当主となれば、そんなもの関係ない。
それが恐ろしかったのか。従者は、みなの前で自白をはじめた。兄に脅され、仕方なかったんですと。アラスターに向かって、土下座した。ほとんどの者はぽかんとしていたが、二人の使用人が、時間差で、ぽつりぽつりと証言をはじめた。
兄が陰でアラスターにしていた非道な行い。それを目撃したことがあると。
両親も、使用人たちも、アラスターに謝罪してきた。兄が亡くなってから、やっと。嬉しさはなく、ただ、怒りだけがこみ上げてきて。
──当主になれば、こいつらに復讐できるのか。
そんな思いが芽生えた。
十八になれば、家を出て、自立する。そうなればカイラと住み、家族とは縁を切り、幸せな人生を送ろうと決めていた。
でも、兄が亡くなり、それは叶わなくなった。平民のカイラとの結婚は、認められないのだとオールディス伯爵が頭を下げてきた。当主になれば、こんな奴の言うことに従わなくてよくなる。それまでの辛抱だと、命のまま、ある令嬢と会うことになった。
兄の婚約者だった女だ。
オールディス伯爵はその女とアラスターを、婚約させようとしていた。
「あの方から、あなたのことは聞いていました。あの子には嫌われていると、いつも嘆いていましたよ。あんな人格者の方に、あなたはっ」
互いに好意的なものは一切なかった。少し驚いたのは、両親が、兄がアラスターを虐めていたことを相手に話したことだった。それだけ、この女と婚約してほしかったということなのだろうが、兄の婚約者は、信じなかった。
「すぐには無理だろうが、きっとわかってくれる。お前には絶対、幸せになってほしい。彼女は家柄も人柄も、申し分ないはずなんだ」
オールディス伯爵はそう言い、彼女をアラスターの婚約者候補とした。すぐに婚約させなかったのは、一応、気は使っていたのだろう。
「わたしには、あなたが兄を想うように、他に愛する人がいます」
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兄の婚約者が、そうですか、と無関心に答える。どうせカイラしか愛せないなら、案外、お似合いなのかもしれないなという考えが過った。
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