上 下
19 / 20

19

しおりを挟む
 ロッティへの慰謝料を払うため、二人で暮らしていた屋敷は売った。小さな家に移り住むとき、使用人は一人もついてこなかった。使用人はみな、ロッティを好いていたから。

 ジェフが不倫が原因で離縁したと知ったまわりの反応は、様々だった。疎む者。蔑む者。軽蔑する者。もっとうまくやれよと嗤う者。空っぽの心には、何も響かなかった。

 リンジーには最近、新しい恋人ができたようだ。ロッティと離縁したばかりのころは、どれだけ無視しようともしつこく付きまとってきていたが、ちょっと優しくされただけで、すぐに別の男にのりかえてしまった──噂によると、相手は妻子持ちらしいが、ジェフにとっては、どうでもいいことだった。


「……ただいま」

 王宮から帰宅し、玄関の扉を開ける。出迎えてくれる者はいない。今は通いの使用人が二人いるだけで、ジェフが遅く帰宅するときには、もう誰もいない。

 薄闇の中。聞こえるのは、ただ、静寂の音のみ。どんなに遅くなろうとも、笑顔で出迎えてくれたロッティはもういない。

 ロッティと離縁してから、もう一年が経つ。その間、ロッティとも、家族とも、一度も連絡をとってない。とりたくてもとれないのだ。手紙を送っても返事はないし、直接屋敷を訪ねても、門前払いをされてしまうから。

「あ、ああああああああ……っっ」

 ジェフが膝から崩れ落ち、泣き叫ぶ。

(きみがいないことがこんなに辛いなんて、思わなかった。一人がこんなに寂しいなんて……っ)

 どうしてあんなことをしてしまったのだろう。毎日毎日、後悔しかない。時間が巻き戻せるなら。ロッティを取り戻せるなら、何でもするのに。

 いくら時が経とうとも、ロッティに対する想いは消えるどころか、増していくばかり。そこでジェフは、はたと気付いた。

 ──ロッティも同じ気持ちなのではないかと。


 一度思うと、もう止まらなかった。ジェフはロッティの実家がある方へと駆けた。ロッティの屋敷に行くのは、半年ぶりだった。その前は数日ごとに通っていたが、あまりにしつこくすると、かえって嫌われてしまうのではということに気付いてからは、手紙を送るにとどめていたから。


 駆けて。駆けて。息も絶え絶えになりながら、ジェフはようやくロッティの実家近くにたどり着くことができた。

(半年も姿を見せていないのだから、きっとロッティも、私のことが気になっているはずだ)

 ジェフはこのとき、信じて疑わなかった。重い足を引きずるように、前に動かす。やがて視界に入ってきたのは、ローレンスの屋敷だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

欲に負けた婚約者は代償を払う

京月
恋愛
偶然通りかかった空き教室。 そこにいたのは親友のシレラと私の婚約者のベルグだった。 「シレラ、ず、ずっと前から…好きでした」 気が付くと私はゼン先生の前にいた。 起きたことが理解できず、涙を流す私を優しく包み込んだゼン先生は膝をつく。 「私と結婚を前提に付き合ってはもらえないだろうか?」

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

〖完結〗もうあなたを愛する事はありません。

藍川みいな
恋愛
愛していた旦那様が、妹と口付けをしていました…。 「……旦那様、何をしているのですか?」 その光景を見ている事が出来ず、部屋の中へと入り問いかけていた。 そして妹は、 「あら、お姉様は何か勘違いをなさってますよ? 私とは口づけしかしていません。お義兄様は他の方とはもっと凄いことをなさっています。」と… 旦那様には愛人がいて、その愛人には子供が出来たようです。しかも、旦那様は愛人の子を私達2人の子として育てようとおっしゃいました。 信じていた旦那様に裏切られ、もう旦那様を信じる事が出来なくなった私は、離縁を決意し、実家に帰ります。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全8話で完結になります。

過去に戻った筈の王

基本二度寝
恋愛
王太子は後悔した。 婚約者に婚約破棄を突きつけ、子爵令嬢と結ばれた。 しかし、甘い恋人の時間は終わる。 子爵令嬢は妃という重圧に耐えられなかった。 彼女だったなら、こうはならなかった。 婚約者と結婚し、子爵令嬢を側妃にしていれば。 後悔の日々だった。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

彼女は彼の運命の人

豆狸
恋愛
「デホタに謝ってくれ、エマ」 「なにをでしょう?」 「この数ヶ月、デホタに嫌がらせをしていたことだ」 「謝ってくだされば、アタシは恨んだりしません」 「デホタは優しいな」 「私がデホタ様に嫌がらせをしてたんですって。あなた、知っていた?」 「存じませんでしたが、それは不可能でしょう」

わたしを捨てた騎士様の末路

夜桜
恋愛
 令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。  ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。 ※連載

処理中です...