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 翌朝。

 いつものようにジェフを玄関先で見送ったロッティは、とたんに顔を曇らせた。心配する使用人に、大丈夫だとだけ答える。けれどロッティは、哀しみの限界に来ていた。まだ確かな証拠もないまま、誰かに話すことなど出来ない。でも、誰かに話を聞いてもらいたくてたまらなかった。でないと、感情が爆発しそうだった。

 そんなとき。ふと脳裏を過ったのは、ローレンスの姿だった。

 ローレンスが不倫をした妻と離縁するとき、ジェフは言った。一度のあやまちぐらい、赦してあげたらいいのに。兄上は心が狭すぎると。

 ロッティは声に出して、それに否定も肯定もしなかった。でも心の中では、それだけ奥様のことを信じ、愛していたからこそ、裏切りが赦せなかったのではないかしら。そんな風に思っていた。けれど今、思う。はじめて見たローレンスの涙。その哀しみを、本当の意味では理解していなかったのだと。

(……こんなに、こんなに辛いものだったのね)

 ロッティは馬車に揺られながら、痛む胸を握りしめるように、胸の上の服をぎゅっと握った。約束はしていない。ローレンスはノイマン公爵家の長男であり、今は父親であるノイマン公爵の仕事の手伝いをしている。いずれ爵位と仕事を継ぐために。

 ローレンスの屋敷は、ノイマン公爵家の近くにある。今は昼前。屋敷にいない可能性の方が高い。訪ねていなければ、すぐに引き返そう。帰ろう。そう決意しながらローレンスの屋敷を訪ねると──。

「ロッティ? どうしてここに……一人で来たのか?」

 ロッティはローレンスの屋敷の前で、馬車からおりた。そのタイミングで、ローレンスが屋敷に帰ってきた。あまりの偶然に、ロッティは目を点にした。

「お仕事は……?」

「ああ。ここのところ忙しくてね。ろくに休めていなかったから、父上が今日はもういいと言ってくれて──それで。きみはどうしてここに?」

「あ、あの……」

 ロッティが言いよどんでいると、何かを察したローレンスから「久しぶりに会ったのだし、お茶でも一緒にどうかな」と提案してきてくれた。ロッティは知らぬ間に、小さく息を吐いていた。

「……ええ。ありがとう」


「きみは小さなころから、この紅茶が好きだったよね」

 正面に座るローレンスが微笑む。ロッティは「覚えてくれていたのね」と、小さく呟きながら紅茶の入ったカップを手に取った。

「まあね」

 ロッティは紅茶を一口、飲んだ。温かい紅茶が、身体に染み渡っていく。この部屋には、ロッティとローレンスの二人しかいない。ロッティは張りつめていたものが一気に溶けたように、ボロボロと泣きはじめた。

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