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「直接聞くのが怖いの?」

 黙りこむロッティ。リンジーは大袈裟に「仕方のないお嬢様ね」と、ため息をついた。

「なら、ジェフ様の背中を確認してみたらどうかしら」

「……背中?」

「ええ。あたし、行為の最中によくジェフ様の背中に爪をたててしまう癖があってね。つい二日前に抱いてもらったばかりだから、まだ傷が残っているんじゃないかしら」

 リンジーが口元に指先をもっていき、目を細める。ロッティの顔色はもう、真っ青だった。

「それでもまだ信じられなくて、直接訊ねる勇気がないのなら、あたしに手紙をちょうだい。住所は教えておいてあげるから」

「……何をするつもりですか」

「あたしとジェフ様が、デートするところを見せてあげる。それと──口付けするところをね」

 ロッティが血の気の引いた顔で、口を僅かに半開きにする。それが可笑しくて、リンジーはまた笑ってしまった。


 ──数日後。

 ロッティから手紙が届いた。あなたと夫の逢瀬を確認したいとの内容だった。リンジーは、ついにやったと涙を滲ませた。ロッティはきっと、逢瀬を確認出来れば、別れるつもりだろう。これが成功すれば、ジェフ様が手に入る。

 そうすればきっと、親の呪縛からも逃れられる。リンジーはそう思った。

 デートの約束は取り付けた。ジェフがロッティが出かける日にしようと言ったので、リンジーはさっそくロッティに手紙を送った。するとすぐに、ジェフから誘いがきた。

 次の休日。ロッティは友達と出かけるそうだから、その日にしようと。

(お嬢様のくせに、行動が早くて助かるわ)

 リンジーは有頂天だった。これできっと、何もかもうまくいく。やっとあたしが幸せになる番がきたんだわ。お嬢様は今までずっと幸せの中で生きてきたんだもの。少しの哀しみぐらい、味合わせてあげないとね。


 そして、デート当日。
 街にある、中央に大きな噴水がある広場まで来ると、リンジーはジェフと向かい合った。

「今日はありがとうございました」

「……ああ。こちらこそ」

「ここでお別れですね」

「……そうだね。一人で大丈夫?」

「まだ明るいし、慣れてますから」

 リンジーがわざと明るく微笑むと、ジェフの顔が辛そうに歪むのがわかった。

(ふふ。やっぱり、ジェフ様はあたしが好きなんだわ)

 確信を持ったリンジーは、一歩、ジェフに近付いた。この広場の何処かにいる、ロッティに見せつけるために、リンジーはジェフと唇を重ねた。

 一瞬の間のあと。

 顔を真っ青にしたジェフに、リンジーは押された。ジェフがまわりを見渡す。

 不倫がばれることを恐れているのは知っている。でもそれは、ロッティが好きだからじゃない。世間体のためだ。

 ──だって、ジェフ様が一番好きなのはあたしだもの。

(あたしはジェフ様と一緒なら、どんな困難も乗り越えていけると信じているの。だからジェフ様も、信じて)

「……ジェフ様。あたし、やっぱり」

 ぱあん。伸ばした手を、ジェフに払われた。ジェフは見たことない鋭い視線で、リンジーを睨み付けてきた。びくっ。リンジーの肩が震える。

「ジェ、ジェフ様……?」

「──もし誰かに見られていたら、どう責任をとるつもりだ?」

「あ、あの」

 ジェフが「情けなど、かけるんじゃなかった」と吐き捨て、背を向ける。リンジーが待ってとすがりつく。ジェフはそれを、乱暴に振り払った。

「幻滅したよ。二度と私に近付かないでくれ」

「待って……待ってください……! あたしにはあの人と違ってジェフ様しかいないの! だからっ」

「だから? だから何をしてもいいのか? 人を裏切っても?」

 冷たく言いはなつジェフの姿に、リンジーは絶句した。こんなジェフを見たのは、はじめてだった。

(どうして……そんなに世間体が大事なの? あたしよりも……?)

 リンジーが手を伸ばす。行かないで。拒絶しないで。あたしを受け入れて。胸中で叫ぶが、返ってくるのは、ジェフの氷のような視線だけ。

 動けない。まわりの声も、何もかも聞こえない。そんな中、静かな、澄んだ水のような声音だけがふいに耳に響いてきた。


「──それをあなたが言うの?」

 
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