3 / 20
3
しおりを挟む
それは、突然だった。
「あたし、ジェフ様のこと諦めようと思います」
仕事の休憩中に呼び止められ、人気のない廊下の端へとジェフを連れてきたリンジーは、真剣な顔で言った。ジェフは絶句し、目を見張った。
「……本当に?」
「はい。あたし、決めたんです」
ジェフにとってみれば、願ってもないことだった。関係を終わらせなければ。リンジーを傷付けずに、どう説得すればいい。ずっと悩んでいたから。だがいざこうなってみると、嬉しさや安堵よりも、哀しみや寂しさといった感情の方が大きい気がした。
──何と勝手な。
ジェフは流石に自身に呆れたが、それらの想いはむろん、隠しながら小さく微笑んだ。
「……そうか。きみが決意してくれて、嬉しいよ」
「はい。あの、それで……最後にお願いがあるんです。聞いてもらえますか?」
最後。その単語と見上げてくる潤む瞳に、ジェフは胸が締め付けられる思いがした。
「私にできることなら……」
静かに答えると、リンジーは「あたしと、デートしてください」と震える声音で言った。
ジェフはすぐに返答することができなかった。
これまでリンジーとは──偶然を除いて──王宮外で会ったことは一度もない。それは誰かに、何よりロッティに、万が一にでも見られないようにするため。だからこれまでのリンジーとの逢瀬は、全て王宮の中だけだった。
「……あたし、一度でいい。好きな人とデートがしてみたいんです……っ」
「いや。しかし、妻に見られでもしたら……」
「デートのように見られなけばいいんです。あたし、ジェフ様と腕を組んだり、恋人らしいことしないと誓います。ただ一緒に食事をして、買い物をしたいだけなんです」
「……だが」
リンジーが一歩、ジェフに近付く。
「父様への贈り物を、たまたま街で偶然出会ったジェフ様が一緒に選んでくれた。それならどうですか?」
必死に説得しようとするリンジーの姿に、ジェフはとうとう折れた。
「……わかったよ。きみの案にのることにする。ただし、これが最後だからね」
リンジーが「……はいっ」と、花が咲いたように明るく笑った。今まで見てきた中で、一番の笑顔だった。ジェフはたまらずそっとリンジーを抱き締めた。
「──今度は、きみだけを愛してくれる人を探すんだよ」
リンジーは答えず、ただ、ジェフの背に腕をまわした。
「あたし、ジェフ様のこと諦めようと思います」
仕事の休憩中に呼び止められ、人気のない廊下の端へとジェフを連れてきたリンジーは、真剣な顔で言った。ジェフは絶句し、目を見張った。
「……本当に?」
「はい。あたし、決めたんです」
ジェフにとってみれば、願ってもないことだった。関係を終わらせなければ。リンジーを傷付けずに、どう説得すればいい。ずっと悩んでいたから。だがいざこうなってみると、嬉しさや安堵よりも、哀しみや寂しさといった感情の方が大きい気がした。
──何と勝手な。
ジェフは流石に自身に呆れたが、それらの想いはむろん、隠しながら小さく微笑んだ。
「……そうか。きみが決意してくれて、嬉しいよ」
「はい。あの、それで……最後にお願いがあるんです。聞いてもらえますか?」
最後。その単語と見上げてくる潤む瞳に、ジェフは胸が締め付けられる思いがした。
「私にできることなら……」
静かに答えると、リンジーは「あたしと、デートしてください」と震える声音で言った。
ジェフはすぐに返答することができなかった。
これまでリンジーとは──偶然を除いて──王宮外で会ったことは一度もない。それは誰かに、何よりロッティに、万が一にでも見られないようにするため。だからこれまでのリンジーとの逢瀬は、全て王宮の中だけだった。
「……あたし、一度でいい。好きな人とデートがしてみたいんです……っ」
「いや。しかし、妻に見られでもしたら……」
「デートのように見られなけばいいんです。あたし、ジェフ様と腕を組んだり、恋人らしいことしないと誓います。ただ一緒に食事をして、買い物をしたいだけなんです」
「……だが」
リンジーが一歩、ジェフに近付く。
「父様への贈り物を、たまたま街で偶然出会ったジェフ様が一緒に選んでくれた。それならどうですか?」
必死に説得しようとするリンジーの姿に、ジェフはとうとう折れた。
「……わかったよ。きみの案にのることにする。ただし、これが最後だからね」
リンジーが「……はいっ」と、花が咲いたように明るく笑った。今まで見てきた中で、一番の笑顔だった。ジェフはたまらずそっとリンジーを抱き締めた。
「──今度は、きみだけを愛してくれる人を探すんだよ」
リンジーは答えず、ただ、ジェフの背に腕をまわした。
117
お気に入りに追加
1,274
あなたにおすすめの小説
私を顧みず幼馴染ばかり気にかける旦那と離婚して残りの人生自由に行きます
ララ
恋愛
夫と結婚してもう5年経つ。
私は子爵家の次女。
夫は男爵家の嫡男。
身分的には私が上だけれど下位貴族なのであまりそこは関係ない。
夫には幼馴染がいる。
彼女は没落した貴族の娘。
いつだって彼女を優先する。
結婚当初からちょくちょく相談を夫に持ちかけたり呼び出しがあったり‥‥。
最初は彼女も大変だろうから行ってあげて、と送り出していたがあまりに多い呼び出しや相談に不快感は増すばかり。
4話完結のショートショートです。
深夜テンションで書き上げました。
政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。
hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。
明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。
メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。
もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
旦那様は私より幼馴染みを溺愛しています。
香取鞠里
恋愛
旦那様はいつも幼馴染みばかり優遇している。
疑いの目では見ていたが、違うと思い込んでいた。
そんな時、二人きりで激しく愛し合っているところを目にしてしまった!?
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる