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ザカリーが、はっと鼻で笑う。
「どうして、か。なあ、ブライズ。きみは、きちんと鏡を見たことがあるのかな?」
え。ブライズが固まる。ザカリーは確かに、自分の名を呼んだ。でも、鏡を見たことがあるかなんて、いったいどういう意味。掠れた声が、ぽつぽつと僅かにこぼれた。
「ここまで言ってもわからないとは。きみは、頭まで悪かったんだね。唯一の取り柄だと思っていたのに」
ザカリーは隣にいる者と短い会話をしたあと、こう言い放った。
「ブライズ。きみは顔も醜く、体型も美しいとはいえない。取り柄といえば、頭の良さだけ」
驚愕したのは、ブライズだけではない。ベサニー以外の全員が、信じられない、といった風に、言葉を失っていた。もっとも魔女は、まあ、と一言、漏らしただけだったが。
ザカリーは、目の前にいる相手──ザカリーにしか見えないブライズと、会話を続ける。ここがどこかも、誰に見られているかも忘れ、本心を曝け出していく。
「ひどいとは、失礼だな。この十年間、ぼくの婚約者でいられただけ、ありがたいと思わないか?」
これが、本音。ずっと醜いと陰で笑い、嘲笑っていた。仕事を手伝うたび、高価なプレゼントを送るたび、ありがとうと笑みを浮かべ、愛していると囁いていた同じ口からもれる本心に、心がズタズタに引き裂かれていく。ブライズは哀しみと悔しさから、一筋の涙を流した。
「きみが応じなくても、ぼくが決めたことなんだ。従ってもらう」
それからザカリーは、勝ち誇ったように口角をあげ「父上は、病に伏せられた」と告げた。
国王と王妃が、僅かにぴくりと動いた。
「王位は、第一王子であるぼくが継ぐ。父上も、みなも、それを認めてくれた」
魔女は言った。いまザカリーは、自身が望む世界を見ていると。ならばザカリーは、父親が病に伏せ、自らが王になることを望んでいるということになる。
「そういうな、ベサニー」
ザカリーが呼んだ自身の名に、ベサニーは反応した。ちらっ。横目で、哀しみにくれる公爵令嬢を見る。
(隣にいるのは、どうやらあたしみたい。ごめんなさいね、公爵令嬢様)
事情も忘れ、ベサニーが勝ち誇ったようにほくそ笑む。
婚約解消は嫌か、ブライズ。どうしてもぼくの婚約者でいたいなら、条件がある。
声色から、ザカリーが完全にブライズを見下しているのがわかる。哀しみにくれるブライズとは別に、コスキネン公爵とコスキネン公爵夫人は、腹の底から湧き上がってくる怒りを抑えるのに、必死だった。
「そう身構えなくていい。ただお前に、ぼくが側妃をもつことを了承してほしいだけだ」
ザカリーの科白に、ベサニーは目を輝かせた。側妃にしてくれるという言葉は、嘘ではなかった。あのときは公爵令嬢が怖くて、ああいうしかなかったんだわ。ベサニーは、緩む口元を手で隠した。
「それだけ受け入れてくれれば、お前をぼくの正妃にしてやる。婚約解消もしない。どうだ? ──そうか。嬉しいよ、ブライズ。ありがとう」
ザカリーは見えないブライズをそっと抱き締めたかと思うと、後ろを振り向き、苦笑した。
「ベサニー。彼女は小さなころからずっと、王妃教育に勤しんできた。他ならぬ、ぼくのためにね。そのことには、本当に感謝しているんだ。好みとは、また別問題でね」
ブライズは顔を覆うと、静かに泣き崩れた。コスキネン公爵夫人が膝をつき、ブライズの肩を抱き寄せる。コスキネン公爵は、血走った目で、ザカリーを睨み付けている。
ベサニーの両親は、娘のしでかしたことの重大さに怯え、顔を真っ青にさせていたが、ベサニーだけは、これから自分の身に起こることも忘れ、上機嫌だった。
──が。
そうだね。顎に手をあてながら、ザカリーは隣にいるであろうベサニーの全身を舐めるようにじっくり見てから、
「残念だよ。ブライズの顔と身体が、ベサニーのようだったら、きっと愛せたのに。あ、そうだ。ブライズ、きみとは子作りする気はないから、そのつもりで。できない、と言った方が正しいかな──理由は、もう言わなくてもわかってくれるよね?」
と言った。
それを聞いて、むろんブライズはこれ以上ないほど傷付いていた。あまりに酷い。惨すぎる本音に、ブライズの心はバラバラに壊れてしまいそうだった。が。
ベサニーも先ほどからの上機嫌から一転して、「……はあ?」と顔を歪ませていた。
「どうして、か。なあ、ブライズ。きみは、きちんと鏡を見たことがあるのかな?」
え。ブライズが固まる。ザカリーは確かに、自分の名を呼んだ。でも、鏡を見たことがあるかなんて、いったいどういう意味。掠れた声が、ぽつぽつと僅かにこぼれた。
「ここまで言ってもわからないとは。きみは、頭まで悪かったんだね。唯一の取り柄だと思っていたのに」
ザカリーは隣にいる者と短い会話をしたあと、こう言い放った。
「ブライズ。きみは顔も醜く、体型も美しいとはいえない。取り柄といえば、頭の良さだけ」
驚愕したのは、ブライズだけではない。ベサニー以外の全員が、信じられない、といった風に、言葉を失っていた。もっとも魔女は、まあ、と一言、漏らしただけだったが。
ザカリーは、目の前にいる相手──ザカリーにしか見えないブライズと、会話を続ける。ここがどこかも、誰に見られているかも忘れ、本心を曝け出していく。
「ひどいとは、失礼だな。この十年間、ぼくの婚約者でいられただけ、ありがたいと思わないか?」
これが、本音。ずっと醜いと陰で笑い、嘲笑っていた。仕事を手伝うたび、高価なプレゼントを送るたび、ありがとうと笑みを浮かべ、愛していると囁いていた同じ口からもれる本心に、心がズタズタに引き裂かれていく。ブライズは哀しみと悔しさから、一筋の涙を流した。
「きみが応じなくても、ぼくが決めたことなんだ。従ってもらう」
それからザカリーは、勝ち誇ったように口角をあげ「父上は、病に伏せられた」と告げた。
国王と王妃が、僅かにぴくりと動いた。
「王位は、第一王子であるぼくが継ぐ。父上も、みなも、それを認めてくれた」
魔女は言った。いまザカリーは、自身が望む世界を見ていると。ならばザカリーは、父親が病に伏せ、自らが王になることを望んでいるということになる。
「そういうな、ベサニー」
ザカリーが呼んだ自身の名に、ベサニーは反応した。ちらっ。横目で、哀しみにくれる公爵令嬢を見る。
(隣にいるのは、どうやらあたしみたい。ごめんなさいね、公爵令嬢様)
事情も忘れ、ベサニーが勝ち誇ったようにほくそ笑む。
婚約解消は嫌か、ブライズ。どうしてもぼくの婚約者でいたいなら、条件がある。
声色から、ザカリーが完全にブライズを見下しているのがわかる。哀しみにくれるブライズとは別に、コスキネン公爵とコスキネン公爵夫人は、腹の底から湧き上がってくる怒りを抑えるのに、必死だった。
「そう身構えなくていい。ただお前に、ぼくが側妃をもつことを了承してほしいだけだ」
ザカリーの科白に、ベサニーは目を輝かせた。側妃にしてくれるという言葉は、嘘ではなかった。あのときは公爵令嬢が怖くて、ああいうしかなかったんだわ。ベサニーは、緩む口元を手で隠した。
「それだけ受け入れてくれれば、お前をぼくの正妃にしてやる。婚約解消もしない。どうだ? ──そうか。嬉しいよ、ブライズ。ありがとう」
ザカリーは見えないブライズをそっと抱き締めたかと思うと、後ろを振り向き、苦笑した。
「ベサニー。彼女は小さなころからずっと、王妃教育に勤しんできた。他ならぬ、ぼくのためにね。そのことには、本当に感謝しているんだ。好みとは、また別問題でね」
ブライズは顔を覆うと、静かに泣き崩れた。コスキネン公爵夫人が膝をつき、ブライズの肩を抱き寄せる。コスキネン公爵は、血走った目で、ザカリーを睨み付けている。
ベサニーの両親は、娘のしでかしたことの重大さに怯え、顔を真っ青にさせていたが、ベサニーだけは、これから自分の身に起こることも忘れ、上機嫌だった。
──が。
そうだね。顎に手をあてながら、ザカリーは隣にいるであろうベサニーの全身を舐めるようにじっくり見てから、
「残念だよ。ブライズの顔と身体が、ベサニーのようだったら、きっと愛せたのに。あ、そうだ。ブライズ、きみとは子作りする気はないから、そのつもりで。できない、と言った方が正しいかな──理由は、もう言わなくてもわかってくれるよね?」
と言った。
それを聞いて、むろんブライズはこれ以上ないほど傷付いていた。あまりに酷い。惨すぎる本音に、ブライズの心はバラバラに壊れてしまいそうだった。が。
ベサニーも先ほどからの上機嫌から一転して、「……はあ?」と顔を歪ませていた。
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