上 下
6 / 7

6

しおりを挟む
 ザカリーが、はっと鼻で笑う。

「どうして、か。なあ、ブライズ。きみは、きちんと鏡を見たことがあるのかな?」

 え。ブライズが固まる。ザカリーは確かに、自分の名を呼んだ。でも、鏡を見たことがあるかなんて、いったいどういう意味。掠れた声が、ぽつぽつと僅かにこぼれた。

「ここまで言ってもわからないとは。きみは、頭まで悪かったんだね。唯一の取り柄だと思っていたのに」

 ザカリーは隣にいる者と短い会話をしたあと、こう言い放った。

「ブライズ。きみは顔も醜く、体型も美しいとはいえない。取り柄といえば、頭の良さだけ」

 驚愕したのは、ブライズだけではない。ベサニー以外の全員が、信じられない、といった風に、言葉を失っていた。もっとも魔女は、まあ、と一言、漏らしただけだったが。

 ザカリーは、目の前にいる相手──ザカリーにしか見えないブライズと、会話を続ける。ここがどこかも、誰に見られているかも忘れ、本心を曝け出していく。

「ひどいとは、失礼だな。この十年間、ぼくの婚約者でいられただけ、ありがたいと思わないか?」

 これが、本音。ずっと醜いと陰で笑い、嘲笑っていた。仕事を手伝うたび、高価なプレゼントを送るたび、ありがとうと笑みを浮かべ、愛していると囁いていた同じ口からもれる本心に、心がズタズタに引き裂かれていく。ブライズは哀しみと悔しさから、一筋の涙を流した。

「きみが応じなくても、ぼくが決めたことなんだ。従ってもらう」

 それからザカリーは、勝ち誇ったように口角をあげ「父上は、病に伏せられた」と告げた。

 国王と王妃が、僅かにぴくりと動いた。

「王位は、第一王子であるぼくが継ぐ。父上も、みなも、それを認めてくれた」

 魔女は言った。いまザカリーは、自身が望む世界を見ていると。ならばザカリーは、父親が病に伏せ、自らが王になることを望んでいるということになる。


「そういうな、ベサニー」

 ザカリーが呼んだ自身の名に、ベサニーは反応した。ちらっ。横目で、哀しみにくれる公爵令嬢を見る。

(隣にいるのは、どうやらあたしみたい。ごめんなさいね、公爵令嬢様)

 事情も忘れ、ベサニーが勝ち誇ったようにほくそ笑む。 

 婚約解消は嫌か、ブライズ。どうしてもぼくの婚約者でいたいなら、条件がある。

 声色から、ザカリーが完全にブライズを見下しているのがわかる。哀しみにくれるブライズとは別に、コスキネン公爵とコスキネン公爵夫人は、腹の底から湧き上がってくる怒りを抑えるのに、必死だった。

「そう身構えなくていい。ただお前に、ぼくが側妃をもつことを了承してほしいだけだ」

 ザカリーの科白に、ベサニーは目を輝かせた。側妃にしてくれるという言葉は、嘘ではなかった。あのときは公爵令嬢が怖くて、ああいうしかなかったんだわ。ベサニーは、緩む口元を手で隠した。

「それだけ受け入れてくれれば、お前をぼくの正妃にしてやる。婚約解消もしない。どうだ? ──そうか。嬉しいよ、ブライズ。ありがとう」

 ザカリーは見えないブライズをそっと抱き締めたかと思うと、後ろを振り向き、苦笑した。

「ベサニー。彼女は小さなころからずっと、王妃教育に勤しんできた。他ならぬ、ぼくのためにね。そのことには、本当に感謝しているんだ。好みとは、また別問題でね」

 ブライズは顔を覆うと、静かに泣き崩れた。コスキネン公爵夫人が膝をつき、ブライズの肩を抱き寄せる。コスキネン公爵は、血走った目で、ザカリーを睨み付けている。

 ベサニーの両親は、娘のしでかしたことの重大さに怯え、顔を真っ青にさせていたが、ベサニーだけは、これから自分の身に起こることも忘れ、上機嫌だった。

 ──が。

 そうだね。顎に手をあてながら、ザカリーは隣にいるであろうベサニーの全身を舐めるようにじっくり見てから、

「残念だよ。ブライズの顔と身体が、ベサニーのようだったら、きっと愛せたのに。あ、そうだ。ブライズ、きみとは子作りする気はないから、そのつもりで。できない、と言った方が正しいかな──理由は、もう言わなくてもわかってくれるよね?」

 と言った。

 それを聞いて、むろんブライズはこれ以上ないほど傷付いていた。あまりに酷い。惨すぎる本音に、ブライズの心はバラバラに壊れてしまいそうだった。が。

 ベサニーも先ほどからの上機嫌から一転して、「……はあ?」と顔を歪ませていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

私をもう愛していないなら。

水垣するめ
恋愛
 その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。  空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。  私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。  街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。  見知った女性と一緒に。  私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。 「え?」  思わず私は声をあげた。  なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。  二人に接点は無いはずだ。  会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。  それが、何故?  ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。  結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。  私の胸の内に不安が湧いてくる。 (駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)  その瞬間。  二人は手を繋いで。  キスをした。 「──」  言葉にならない声が漏れた。  胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。  ──アイクは浮気していた。

愛されない妻は死を望む

ルー
恋愛
タイトルの通りの内容です。

諦めた令嬢と悩んでばかりの元婚約者

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
愛しい恋人ができた僕は、婚約者アリシアに一方的な婚約破棄を申し出る。 どんな態度をとられても仕方がないと覚悟していた。 だが、アリシアの態度は僕の想像もしていなかったものだった。 短編。全6話。 ※女性たちの心情描写はありません。 彼女たちはどう考えてこういう行動をしたんだろう? と、考えていただくようなお話になっております。 ※本作は、私の頭のストレッチ作品第一弾のため感想欄は開けておりません。 (投稿中は。最終話投稿後に開けることを考えております) ※1/14 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

婚約者の座は譲って差し上げます、お幸せに

四季
恋愛
婚約者が見知らぬ女性と寄り添い合って歩いているところを目撃してしまった。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。 でも貴方は私を嫌っています。 だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。 貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。 貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。

別に構いませんよ、予想通りの婚約破棄ですので。

ララ
恋愛
告げられた婚約破棄に私は淡々と応じる。 だって、全て私の予想通りですもの。

処理中です...