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「ブライズ。きみとの婚約を、解消したいと思っている」

 この国の第一王子であるザカリーが、学園の卒業パーティーの中、静かにそう告げた。目の前には婚約者であるブライズが。隣には、婚約者ではない令嬢──ベサニーが、口元に笑みを浮かべながら、立っていた。

 ブライズが、驚愕に目を見開く。

「……ど、どうしてですか?」

 ザカリーは、はっと鼻で笑った。

「どうして、か。なあ、ブライズ。きみは、きちんと鏡を見たことがあるのかな?」

 どういう意味かわからない。そう言った風に戸惑いながらも「……も、もちろん、ですわ」と、ブライズが答える。ザカリーがやれやれと肩を大袈裟にすくめた。

「ここまで言ってもわからないとは。きみは、頭まで悪かったんだね。唯一の取り柄だと思っていたのに」

 ベサニーが「駄目ですわよ、ザカリー殿下。彼女には、もっとはっきり言わないと、伝わりませんよ?」と、笑う。

「そうか。婚約者であるきみを傷付けずにすまそうという、ぼくなりの優しさだったんだが」

「……ザ、ザカリー殿下?」

「ブライズ。きみは顔も醜く、体型も美しいとはいえない。取り柄といえば、頭の良さだけ」

 ブライズは、ぶわっと涙を浮かべた。声を震わせ「……そ、そんな……ひどい……っ」と、訴えかける。

「ひどいとは、失礼だな。この十年間、ぼくの婚約者でいられただけ、ありがたいと思わないか?」

 遠巻きで見守る生徒たちが、確かに、とクスクス笑う。ブライズはこぶしを握り、滲む視界の中、ザカリーを見詰めた。

「わ、わたくしは、婚約解消には絶対に応じません!」

「きみが応じなくても、ぼくが決めたことなんだ。従ってもらう」

「そんな勝手なこと、陛下やお父様たちが許すはずありませんわ!!」

 ふっ。
 ザカリーは、勝ち誇ったように口角をあげた。

「父上は、病に伏せられた」

「…………え?」

「王位は、第一王子であるぼくが継ぐ。父上も、みなも、それを認めてくれた」

 混乱しながらも、ブライズが必死に続ける。

「……け、けれど、お父様たちは……きっと」

「まあ、確かに。婚約解消は、互いの親の合意がいるからな」

 ベサニーが、良いことを思いついたとばかりに、両手をぱんとならした。

「なら、婚約破棄になさってはいかがです?」

「わ、わたくしは婚約を破棄されることなんて、何もしておりません!」

「そうでしょうか? そのようなお顔、そのようなふくよかな体型で、ザカリー殿下の傍にいたことは、罪ではないのですか?」

「そういうな、ベサニー」

 先ほど、同じことを言っていた口で、ザカリーがベサニーをいさめる。それだけでブライズは「……ザカリー殿下」と、嬉しそうに目を細めた。

「婚約解消は嫌か、ブライズ」

 ザカリーが問うと、ブライズは期待の込めた目をしながらすぐに、はい、と答えた。

「どうしてもぼくの婚約者でいたいなら、条件がある」

「な、何ですか……?」

「そう身構えなくていい。ただお前に、ぼくが側妃をもつことを了承してほしいだけだ」

 ブライズが「側妃……」と繰り返す。ザカリーが、そうだ、と優しく微笑む。

「それだけ受け入れてくれれば、お前をぼくの正妃にしてやる。婚約解消もしない。どうだ?」

「……! う、受け入れます! わたくし、受け入れますわ!」

「そうか。嬉しいよ、ブライズ。ありがとう」

 ザカリーがブライズをそっと抱き締める。ブライズが、嬉しさに震える。面白くないのは、ベサニーだ。

「ザカリー殿下!」

 頬を膨らませたベサニーが、ザカリーの服の裾を軽く引っ張る。すまない、とザカリーが苦笑する。

「だが、理解してくれ。ぼくの愛は、一つではないんだよ」

「……そのようなお顔の方がお好みなのですか?」

「ベサニー。彼女は小さなころからずっと、王妃教育に勤しんできた。他ならぬ、ぼくのためにね。そのことには、本当に感謝しているんだ。好みとは、また別問題でね」

「お顔は、あたしの方が好みということですか?」

 そうだね。顎に手をあてながら、ザカリーはベサニーの顔から胸に視線を移した。ブライズの、三倍はありそうな、膨よかな胸を。

 そして、細く、括れた腰を。


「残念だよ。ブライズの顔と身体が、ベサニーのようだったら、きっと愛せたのに。あ、そうだ。ブライズ、きみとは子作りする気はないから、そのつもりで。できない、と言った方が正しいかな──理由は、もう言わなくてもわかってくれるよね?」


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