姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ

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「ライナス殿下……?」

 マイラが目をはち切れんばかりに見開く。どうしてここにいるのか。

 ──もうとっくに、手の届かないところまで行ってしまったはずではないの?

 明るい場所で逢うのは、はじめてで。ライナスの銀の髪が、風に揺れる。空色の瞳が、じっとこちらを見ている。

「……わたしがわかるのか?」

 言われてようやく、マイラはしまったとばかりに右手で口を覆った。その様子にライナスは首をかしげたが、ふいに距離を縮めたライナスに焦った兵士二人が、駆け寄ってきた。

「お、お待ちください。どこの誰とも知れない者を、ライナス殿下に近付けさせるわけにはいきませんのでっ」

 慌てる兵士に、ライナスは「大丈夫だ。わたしは彼女を知っている」と言い、兵士たちを落ち着かせた。

「彼女はベーム公爵の娘。マイラ嬢だ。宮殿で知り合った」

 兵士たちは「こ、公爵様のご令嬢でしたか」とマイラを振り返り「失礼しました」と頭をさげた。

「い、いえ。そんな」

「──マイラ嬢」

「は、はい」

 もう一度名を呼ばれ、マイラはライナスに視線を戻した。ライナスがマイラの様子を観察していると、ホレスが口を開いた。

「突然申し訳ありません、マイラ様。私の主であるライナス様が、どうやらあなたのバイオリンの音色をたいそう気に入ったようでして。あなたと少しお話がしたいとおっしゃられているのですが」

 マイラが「わ、わたしもぜひ、お話がしてみたいです!」とバイオリンケースを強く抱き締める。ホレスはにこっと微笑んだ。

「ありがとうございます。では、こちらに」

「は、はい」

 促され、歩き出す。ふと思い付いたようにマイラは使用人の女性を振り返り、ぺこっと会釈をした。それから隣を歩くライナスを見るマイラは、静かに、けれどとても幸せそうに笑っていた。

 使用人の女性は、思った。もしかしたらマイラは、記憶喪失になどなっていないのではないかと。でも、口には出さずにいた。

「……どうか、お元気で」

 最後にそう告げると、ゆっくり頭をさげた。
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