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「──馬鹿馬鹿しい。何だ、この調査報告書は」

 ぱさっ。
 伯爵令息であるパーシーは、テーブルに三枚に束ねられた紙をほうった。向かい側に座る伯爵令嬢のカーラは、その紙を横目に、紅茶の入ったカップを手に取った。一口、口に含む。ああ、やはりこの店の紅茶は美味しいわね。そう胸中でささやくと、カーラは静かに口を開いた。

「きちんと目は通してもらえましたか?」

「むろんだ。そのうえで、もう一度言わせてもらうよ。馬鹿馬鹿しい、とね。そもそもどうして、きみは探偵なんか雇ってまで、こんなことをしたんだ?」

 ざわざわ。ざわざわ。
 王都内でも評判のカフェ。昼時のいまは、客で溢れかえっている。

「──女のカン、というやつでしょうか」

「何だ、それは。素直に言ったら少しは可愛げがあるのに」

「素直、とは」

「婚約者のぼくに、きみだけを見てほしいから、こんなことをしました、とかね」

 カーラは一つため息をつき、確認するようにもう一度訊ねた。

「きちんとその調査報告書に目を通されたうえで、あなたはわたしの言っていることを馬鹿馬鹿しいと、信じないというのですね?」

「き、きみを馬鹿馬鹿しいとは言ってないし、きみを信じていないわけじゃない。でも、これは……」

 カーラは「わかりました」と、調査報告書を手に取り、カバンにしまった。

「それではどうぞ、お好きになさいませ」

「! い、いいのかい?!」

「ええ。かまいませんとも」

「あ、ありがとう。きみなら理解してくれると信じていたよ。言うまでもないことだけど、ぼくが愛しているのは、きみだけだから」

「はあ、そうですか。それではわたしはこれで、失礼します」

 カーラがカバンを手に、席を立つ。テーブルには自分の分のお茶代をきっちり置いて。

「よしてくれ、カーラ。男のぼくが、婚約者のきみにお金を出させるなんて真似、はずかしくてできないよ」

「ああ。そういう理由なら、大丈夫ですよ」

「どういう意味?」

「すぐにわかります。では、急ぎの用がありますので」

「急ぎの用?」

「ええ」

「それはなんだい? ぼくにも手伝えることかな?」

「あー……いずれは、そうですかね」

「そうか。懐の深い、愛するきみのためならぼくは何でも手伝うよ。任せてくれ」

「それはどうも。では、わたしはこれで」

「うん。かくゆうぼくも、忙しくなりそうだからね。このコーヒーを飲んだら、さっそく行動を開始することにするよ」

 そうですか。
 感情を込めずに返すと、カーラはさっさと喫茶店から出ていった。

 パーシーもコーヒーを飲みほすと、さて、と声を出しながら、腰をあげた。
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