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「……あら。お早いお戻りで」

 ランドルが玄関の扉を開けると、カバンを片手に立つアルマがいた。ランドルはカバンに気付きながらも、たいして気にした様子もなく、口を開いた。

「セシリアはいまどこに? 部屋にいるのかな?」

 アルマは「……は?」とあからさまに顔を歪めた。

「旦那様が奥様に、離縁するから屋敷を出ていけとおっしゃったのでは?」

「ああ、セシリアから聞いたのかい? あのときはちょっと、僕も苛ついていてね。つい」

「つい、ですか」

 吐き捨てるような言い方に苛立ちながらも、ランドルは平静を保った。

「ちなみに、セシリアから何か他に聞いたことはある?」

「他、とは」

「そうだね。僕が離縁を言い渡した理由とか」

「何も。私が聞いたのは、旦那様に離縁するから屋敷を出ていけと言われたことだけですので」

 本当は全てを聞いていたが、アルマはしれっと嘘をついた。こんなクズ相手に、馬鹿正直に話す義務などないからだ。それでも雇い主相手に嘘をつくなど有り得ないと考えるランドルは、胸を撫で下ろした。

「そうか。それで、セシリアは?」

「旦那様の言い付け通りに、とっくに屋敷を出ていかれましたよ」

 ランドルは「え?」と目を見開いた。

「どこに……? まさか、実家に帰ったのか?」

「存じませんが、どうして旦那様がそんなことを気にするのですか? 出ていけと命令したのは旦那様でしょう?」

 ランドルは目を吊り上げた。

「ただの使用人が、随分と偉そうだね」

「失礼しました。ですが、今日を限りに辞めさせていただくので、もう使用人ではありません」

「……辞める?」

「はい。では、失礼します」

 さっさと屋敷から出ていこうとするアルマ。急すぎる展開に、ランドルがアルマを呼び止めた。アルマが不思議そうに首をかしげる。演技ではなく、本当に不思議だったから。
 
 使用人の男が言っていた、シンディーの援助金を増やすという話。それを聞いてから、アルマは嫌な予感がしていた。この屋敷は、もう充分過ぎるほど節約している。なら、どうやって援助金を増やすのか。一つの可能性として浮かびあがってきたのは──自身の解雇。

 自分のことより、セシリアのことが心配になった。今まで二人でこなしていた仕事を、全てセシリアがおうことになるのだ。それに何より、セシリアが孤独になってしまう。

 どうしよう。どうしよう。悩んでいると、セシリアが屋敷を出ていく決断をした。その経緯には殺意も沸いたが、これでもう、何の未練もなかった。セシリアは知らないが、アルマの給料は、平均的なメイドのものと比べて明らかに少なかった。馭者の男の給料も少ないが、男は、いい加減な仕事をしてもお叱りを受けないから楽だという理由だけで、ここにいる。

 お世話になりました。最後にそう告げようとしたアルマだったが、特にお世話になってないなと考え直し、そのまま屋敷を出て行った。
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