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 王宮勤めをしているトマスは、休みを利用し、妻と、とある街を訪れていた。馬車に揺られながら、はじめて見る景色を追っていく。

「この街にはね、とても美味しいって評判の魚料理屋があってね。あと、すごく有名な宝石店もあって」

 仕事が忙しくて、普段、あまり構ってあげられていない妻がとても嬉しそうにはしゃいでいて、トマスも知らず、笑顔になる。

 子どもはまだいないが、もし生まれれば、こうして二人でゆっくりと、とは今よりきっと、難しくなるだろう。

「まずは、何処に行きたい?」

「そうね。まずは、腹ごしらえからね!」

「そうだな。ちょうど昼時だし、いいかもしれないね」

 妻から、外に視線を移す。馬車の窓の向こうに、進行方向とは逆の、反対側から、親子が連れ立って歩いてくるのが視界に入った。

 左手は父親。右手は母親とつなぎながら、女の子が嬉しそうに歩いている。歌を歌っているのだろう。舌っ足らずな微かな声が、こちらまで聞こえてきた。

「あら、可愛い」

 妻も気付いたのか、三人の親子を微笑ましそうに見ている。

 そうだな。答えようとしたトマスは、女の子の母親であろう女性の顔に、釘付けになった。

「…………え?」
  
 他人のそら似、だろうか。いや、けれどあまりにも。

「──とまってくれ!!」

 御者台に向かい、叫ぶ。は、はい。御者が、慌てて手綱を引っ張り、馬を止めた。

「あ、あなた。どうしたの?」

 妻が混乱する中、トマスは馬車の扉の取っ手に手をかけ──でも。そのまま、手は止まってしまった。

(……声をかけて、あれがアラーナ様ではなかったら?)

 そんな考えにとらわれる。

 あなたは生きていて、いま、幸せであるという可能性にすがりたい。

 それは、あまりにも勝手すぎる願いだろうか。

(けれど。一緒にいた男も、見覚えがあるような……)


 あの事件のあと。

 アラーナの遺体を遠くに捨ててくればよいという提案をしたのも、それを実行したのも、いつもアラーナの傍にいた、護衛役の男だと知った。それを聞いたとき、トマスは首を捻った。

 ──あの男が? と。


『テレンスがいるから、大丈夫よ』


 いつだったか。エイベルがアラーナをほうって先に帰ってしまったとき、送っていきましょうかと言ったトマスに、アラーナが言った科白だ。

 あのときのアラーナは、どこか、嬉しそうで。こんな表情は、はじめて見たなという感想を抱いたのを覚えている。

「…………っ」

「あなた?!」

 突然涙を流しはじめたトマスに、妻が驚愕しながら、ハンカチを渡してくる。

「だ、大丈夫?」

 それを受け取り、トマスが、大丈夫だと、泣き笑いを浮かべる。


 ──ねえ、アラーナ様。きっと、そうなのでしょう? あなたも、好きな人と結ばれて、幸せになったのでしょう?


 三人の背中が、遠く、小さくなっていく。トマスは馬車からおり、涙を拭うと、その背中に向かって、深く、深く、一礼した。




              ─おわり─

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