利用されるだけの人生に、さよならを。

ふまさ

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 自室の机で頭を抱えていると、かちゃりという音が部屋に響いた。はっとしたエイベルが、部屋の扉に目を向ける。鍵をかけたはずの扉がゆっくりと開き、そこから、国王と王妃が入ってきた。

「……ち、父上? 母上?」

 合鍵は、確かにある。けれどそれを使われ、なおかつノックもなしに侵入してきた両親に、呆然とする。礼儀に厳しい二人が、こんなことをしたのは、はじめてだった。

 王妃は机の前にいるエイベルにつかつかと近付いてきたかと思うと、エイベルの左頬に、右のてのひらを思い切り振り下ろした。

 ぱあん。
 乾いた音が、部屋に一つ、落ちた。

「──あなたの身辺調査をしました」

 静かな怒りを宿した声色で、王妃は吐き捨てた。エイベルが、頬の痛みも忘れ、ぴたっと動きを止める。

「自身の学園での評判、あなたは理解しているのですか?」

「……ひょう、ばん?」

「婚約者の妹との密会。あげく、生徒会長の仕事の押し付け。王立学園に通う生徒は、貴族の子息、令嬢たちばかりなのですよ。これがどういうことか、わかりますか?」

 エイベルの双眸が、絶望の色にかわる。

「ま、待ってください……どうして、それを」

「あなたは隠し通せていると考えていたようですが、甘かったですね。これでもう、あなたを国王と認める者は、誰もいない」

「ち、違います……誤解ですっ」

 頭をふり、立ち上がろうとするエイベルの肩を押さえつけ、王妃は、耳元でそっと、低音で囁いた。

「──トマスから、何もかも、聞きました」

 エイベルの背筋に、冷たい汗が一筋、流れた。ガタガタと、上下の歯が揺れ出す。

「よいですか? 何もかも、です。あなたがアラーナ嬢に吐いた科白も、全てです。例えば──そうですね。どうしてあなたが愛するアヴリルではなく、アラーナ嬢を婚約者に選んだのか。その理由も、もうわたくしたちは知っているのですよ?」

 ひんやりとした声音に、エイベルは震えながらも、あの裏切り者め、と小さく吐き捨てた。

「──どうした。トマスの一族もろとも、皆殺しにするのか? どうやって?」

 刃のような鋭い国王の声に、エイベルの震えが一瞬、止まった。

「お前は、守るべき婚約者を傷つけ、追い詰め、臣下を脅迫したあげく、王族の品位を貶めた」

 ゆっくりと、静かに、国王が近付いてくる。

「そして、国王である私に虚言を吐いた。約束通り、相応の罰を受けてもらう」

「ち、父上……」

 国王は歩みを止め「お前から、王位継承権を剥奪する」と宣言した。

「そ、それはあんまりです! ぼくは、それほどひどいことはしていません!」

 青い顔で、それでも抗議するエイベルに、国王は、愚か者め、と吐き捨てた。

「それだけですむはずがないだろう」

「…………え?」

「王宮内にある、塔があるだろう。王族の恥であるお前の姿を国民に晒すわけにはいかないからな。お前は生涯を、そこで過ごせ。なに、食事は毎日運ばせる。お前の嫌いな仕事も、もう何もしなくていい」

 はは。エイベルは、乾いた笑いを浮かべた。

「う、嘘、ですよね……? いくら何でも」

 国王は、答えない。エイベルは王妃に視線を移した。王妃は「……あなたはまだ、アラーナ嬢にした仕打ちを理解できていないのですね」と、そっと目を伏せた。

「……これから、時間はたっぷりあります。自身の行いを振り返り、せめて、アラーナ嬢に心から謝罪ができる日がくることを、祈っています」

 エイベルは、ようやく察した。これは嘘でも何でもない。本気で、塔に幽閉するつもりなのだと。

「──し、しました! ぼくは本当に、アラーナにひどいことをしました! こ、心から反省しています!」

 突然叫び出したエイベルに、国王は大きく息を吐くと、部屋の外で待機している兵を呼んだ。

 塔に連れて行け。

 国王が命じる。エイベルが嫌だと悲鳴をあげ、部屋を逃げ惑う。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔は、いつも自信であふれていたものとはかけ離れていて。

 見る影もなかった。



 ──その頃。

 アヴリルも、似たような顔で、一人泣きじゃくっていた。

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