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「ぼくは、ウェバーこうしゃくけのあととりとして、ひび、べんきょうにはげんでいます。それなのに、アヴリルおねえさまは、なんのどりょくもしないで、まいにちあそんでばかり。それでもおとうさまとおかあさまに、あいされている。そんなアヴリルおねえさまが、ぼくはだいきらいでした。そういういみでは、アラーナおねえさまのほうが、まだマシでした」

 扉の隙間から、ロブが淡々と言葉を紡いでいく。アヴリルは、呆然としていた。

「……だって、あなた、あたしのこと、大好きだって言ってたじゃない……」

「それは、しかたなくです。おとうさまとおかあさまにあいされているアヴリルおねえさまをきらいなんていったら、ぼくもアラーナおねえさまとおなじあつかいをうけていたかもしれません。それがこわかっただけです」

 でも、どうやらそのひつようもなくなったようですね。ロブは、にやりと口角を上げた。

「さきほどのおとうさまたちとのやりとり、こっそりとみていました。アヴリルおねえさま、おこられていましたね。はじめてみました」

 蔑んだ笑みを浮かべるロブに、アヴリルの怒りが爆発した。

「……あんた、最低ね! お父様たちがあんたの本性を知ったら、きっと屋敷から追い出されるわよ!?」

 脅しともとれる言葉を、ロブは鼻で笑った。

「──あのね、アヴリルおねえさま。ぼく、おもうのです。アラーナおねえさまは、ちょうじょで、みらいのおうひとなるひとでした。そしてぼくは、おとうさまからしゃくいをつぐちょうなん。おとうさまたちがアヴリルおねえさまにきびしくしないでやさしかったのは、なにもきたいするひつようがないそんざいだったからではないですか?」

 ぶちっ。アヴリルは頭の中で、血管が切れるような音がした。

 ロブの胸ぐらを掴み、ロブの名を、怒鳴りながら叫ぶ。その声は屋敷中に響き、数人の使用人たちと──ウェバー公爵夫人が、部屋から姿を現した。それに気付いたアヴリルは「お母様!」と、ロブから手をはなし、駆け寄った。

「お母様! ロブは最低な子です! こんな子、早く屋敷から追い出すべきです!」

「……あなた。姉ばかりか、弟にまでそんなことを」

 母親の落胆したような表情に、アヴリルは「どういう意味ですか!」と、必死に訴えかけた。

「あたし、アラーナお姉様にはなにもしていないでしょう?! それに、ロブはあたしに、とてもひどいことを吐き捨てたのです!!」

「……ひどいこと、ですか」

 ウェバー公爵夫人は、ちらっとロブを見た。ロブは「ほんとうのことをいっただけです」と、答えた。

「ぼくは、なんのどりょくもしないで、まいにちあそんでばかりなのに、それでもおとうさまとおかあさまにあいされているアヴリルおねえさまが、ほんとうはだいきらいでした」

「……ロ、ブ?」

「でも、これまではそんなこと、いえませんでした。もしいっていたら、きっと、ぼくもアラーナおねえさまとおなじようなあつかいをされていたでしょう?」

 アヴリルが「ね? ひどいでしょう!?」と同意を求めるように瞳をうるわす。

「おまけにあたしのこと、なにも期待する必要のない存在だって……だからお母様たちは優しくしてくれたなどと言ったのですよ?!」

 ウェバー公爵夫人は、がくっと膝から崩れ落ちた。なにもかもが、衝撃で。頭を鈍器で殴られたような錯覚を覚えた。

(幸せな家庭だと、思っていた……何もかも、うまくいっていると……あたくしは、何も間違っていないと……)

 もしかすると、一番冷静に家族のことを見ていたのは、一番幼い、ロブだったのかもしれない。

 ──けれど。

 アラーナの失踪──いや、自殺したことすら、もう察しているかもしれないこの子は、それでも普段通りの生活を送っている。

(ロブも、もう……わたくしたちと同じように、歪んでしまっているのかもしれない……)

 後悔の涙を流しても、時は元には戻らない。その罰のように、ウェバー公爵とウェバー公爵夫人は、これより先、アラーナの幻影に怯える日々を送ることになる。



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