27 / 40
27
しおりを挟む
「ぼくは、ウェバーこうしゃくけのあととりとして、ひび、べんきょうにはげんでいます。それなのに、アヴリルおねえさまは、なんのどりょくもしないで、まいにちあそんでばかり。それでもおとうさまとおかあさまに、あいされている。そんなアヴリルおねえさまが、ぼくはだいきらいでした。そういういみでは、アラーナおねえさまのほうが、まだマシでした」
扉の隙間から、ロブが淡々と言葉を紡いでいく。アヴリルは、呆然としていた。
「……だって、あなた、あたしのこと、大好きだって言ってたじゃない……」
「それは、しかたなくです。おとうさまとおかあさまにあいされているアヴリルおねえさまをきらいなんていったら、ぼくもアラーナおねえさまとおなじあつかいをうけていたかもしれません。それがこわかっただけです」
でも、どうやらそのひつようもなくなったようですね。ロブは、にやりと口角を上げた。
「さきほどのおとうさまたちとのやりとり、こっそりとみていました。アヴリルおねえさま、おこられていましたね。はじめてみました」
蔑んだ笑みを浮かべるロブに、アヴリルの怒りが爆発した。
「……あんた、最低ね! お父様たちがあんたの本性を知ったら、きっと屋敷から追い出されるわよ!?」
脅しともとれる言葉を、ロブは鼻で笑った。
「──あのね、アヴリルおねえさま。ぼく、おもうのです。アラーナおねえさまは、ちょうじょで、みらいのおうひとなるひとでした。そしてぼくは、おとうさまからしゃくいをつぐちょうなん。おとうさまたちがアヴリルおねえさまにきびしくしないでやさしかったのは、なにもきたいするひつようがないそんざいだったからではないですか?」
ぶちっ。アヴリルは頭の中で、血管が切れるような音がした。
ロブの胸ぐらを掴み、ロブの名を、怒鳴りながら叫ぶ。その声は屋敷中に響き、数人の使用人たちと──ウェバー公爵夫人が、部屋から姿を現した。それに気付いたアヴリルは「お母様!」と、ロブから手をはなし、駆け寄った。
「お母様! ロブは最低な子です! こんな子、早く屋敷から追い出すべきです!」
「……あなた。姉ばかりか、弟にまでそんなことを」
母親の落胆したような表情に、アヴリルは「どういう意味ですか!」と、必死に訴えかけた。
「あたし、アラーナお姉様にはなにもしていないでしょう?! それに、ロブはあたしに、とてもひどいことを吐き捨てたのです!!」
「……ひどいこと、ですか」
ウェバー公爵夫人は、ちらっとロブを見た。ロブは「ほんとうのことをいっただけです」と、答えた。
「ぼくは、なんのどりょくもしないで、まいにちあそんでばかりなのに、それでもおとうさまとおかあさまにあいされているアヴリルおねえさまが、ほんとうはだいきらいでした」
「……ロ、ブ?」
「でも、これまではそんなこと、いえませんでした。もしいっていたら、きっと、ぼくもアラーナおねえさまとおなじようなあつかいをされていたでしょう?」
アヴリルが「ね? ひどいでしょう!?」と同意を求めるように瞳をうるわす。
「おまけにあたしのこと、なにも期待する必要のない存在だって……だからお母様たちは優しくしてくれたなどと言ったのですよ?!」
ウェバー公爵夫人は、がくっと膝から崩れ落ちた。なにもかもが、衝撃で。頭を鈍器で殴られたような錯覚を覚えた。
(幸せな家庭だと、思っていた……何もかも、うまくいっていると……あたくしは、何も間違っていないと……)
もしかすると、一番冷静に家族のことを見ていたのは、一番幼い、ロブだったのかもしれない。
──けれど。
アラーナの失踪──いや、自殺したことすら、もう察しているかもしれないこの子は、それでも普段通りの生活を送っている。
(ロブも、もう……わたくしたちと同じように、歪んでしまっているのかもしれない……)
後悔の涙を流しても、時は元には戻らない。その罰のように、ウェバー公爵とウェバー公爵夫人は、これより先、アラーナの幻影に怯える日々を送ることになる。
扉の隙間から、ロブが淡々と言葉を紡いでいく。アヴリルは、呆然としていた。
「……だって、あなた、あたしのこと、大好きだって言ってたじゃない……」
「それは、しかたなくです。おとうさまとおかあさまにあいされているアヴリルおねえさまをきらいなんていったら、ぼくもアラーナおねえさまとおなじあつかいをうけていたかもしれません。それがこわかっただけです」
でも、どうやらそのひつようもなくなったようですね。ロブは、にやりと口角を上げた。
「さきほどのおとうさまたちとのやりとり、こっそりとみていました。アヴリルおねえさま、おこられていましたね。はじめてみました」
蔑んだ笑みを浮かべるロブに、アヴリルの怒りが爆発した。
「……あんた、最低ね! お父様たちがあんたの本性を知ったら、きっと屋敷から追い出されるわよ!?」
脅しともとれる言葉を、ロブは鼻で笑った。
「──あのね、アヴリルおねえさま。ぼく、おもうのです。アラーナおねえさまは、ちょうじょで、みらいのおうひとなるひとでした。そしてぼくは、おとうさまからしゃくいをつぐちょうなん。おとうさまたちがアヴリルおねえさまにきびしくしないでやさしかったのは、なにもきたいするひつようがないそんざいだったからではないですか?」
ぶちっ。アヴリルは頭の中で、血管が切れるような音がした。
ロブの胸ぐらを掴み、ロブの名を、怒鳴りながら叫ぶ。その声は屋敷中に響き、数人の使用人たちと──ウェバー公爵夫人が、部屋から姿を現した。それに気付いたアヴリルは「お母様!」と、ロブから手をはなし、駆け寄った。
「お母様! ロブは最低な子です! こんな子、早く屋敷から追い出すべきです!」
「……あなた。姉ばかりか、弟にまでそんなことを」
母親の落胆したような表情に、アヴリルは「どういう意味ですか!」と、必死に訴えかけた。
「あたし、アラーナお姉様にはなにもしていないでしょう?! それに、ロブはあたしに、とてもひどいことを吐き捨てたのです!!」
「……ひどいこと、ですか」
ウェバー公爵夫人は、ちらっとロブを見た。ロブは「ほんとうのことをいっただけです」と、答えた。
「ぼくは、なんのどりょくもしないで、まいにちあそんでばかりなのに、それでもおとうさまとおかあさまにあいされているアヴリルおねえさまが、ほんとうはだいきらいでした」
「……ロ、ブ?」
「でも、これまではそんなこと、いえませんでした。もしいっていたら、きっと、ぼくもアラーナおねえさまとおなじようなあつかいをされていたでしょう?」
アヴリルが「ね? ひどいでしょう!?」と同意を求めるように瞳をうるわす。
「おまけにあたしのこと、なにも期待する必要のない存在だって……だからお母様たちは優しくしてくれたなどと言ったのですよ?!」
ウェバー公爵夫人は、がくっと膝から崩れ落ちた。なにもかもが、衝撃で。頭を鈍器で殴られたような錯覚を覚えた。
(幸せな家庭だと、思っていた……何もかも、うまくいっていると……あたくしは、何も間違っていないと……)
もしかすると、一番冷静に家族のことを見ていたのは、一番幼い、ロブだったのかもしれない。
──けれど。
アラーナの失踪──いや、自殺したことすら、もう察しているかもしれないこの子は、それでも普段通りの生活を送っている。
(ロブも、もう……わたくしたちと同じように、歪んでしまっているのかもしれない……)
後悔の涙を流しても、時は元には戻らない。その罰のように、ウェバー公爵とウェバー公爵夫人は、これより先、アラーナの幻影に怯える日々を送ることになる。
161
お気に入りに追加
5,298
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる