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 部屋の入り口に立っていたのは、アラーナがはじめて見る人物だった。

「……誰、ですか? それに、仮死状態って」

「仮死状態ってのは、呼吸はほとんど止まってはいるが、心臓は動いている状態のことだ。つまりは、死んだふりしても、脈を確かめられれば一発でバレるってことだな」

 アラーナは男からテレンスに視線を移した。テレンスは「あいつは、わたしの幼なじみのサムです」と答えた。

「幼なじみ……ああ、この人がそうなのね」

 アラーナはサムを見つめ、目を細めた。あれはいつのことだったか。テレンスが嬉しそうにしていた日があって、何かあったの、とたずねたら、幼なじみと偶然再会したと言っていて。会ってみたいと何度言っても、テレンスは、それだけは聞き入れてくれなくて。

「……会えて嬉しいです、サムさん」

 小さく微笑むアラーナに、サムは、目を丸くした。

「公爵令嬢様に、そんなこと言われるとは思ってなかったよ。あんた、優しい人なんだな。そりゃ、テレンスも全力で守りたくなるわな」

 テレンスは苦笑してから、寝台に横たわるアラーナに向き直った。

「……アラーナお嬢様を騙すかたちになってしまったこと、謝罪します。ですが、わたしは……っ」

 アラーナは、ゆるりと頭をふった。

「……いいえ。謝らなければならないのは、わたしよ。あなたをこんなに苦しませて、ごめんなさい」

「お嬢様……」

「ねえ、それより教えて? わたしが、その……仮死状態になってからのこと。ここは、サムさんのおうちなの?」

 サムは「うちっつうか、根城っつーか。まあ、仲間たちと住んでるから、間違ってはねーか」と、肩を竦め、テレンスを見た。

「教えてやれよ。オレに話したみたいに」

「しかし……」

「もうすぐ王都から出立すんだろ? 家族の対応聞きゃ、未練なんかすっぱりなくなんじゃねーのか?」

「そうかもしれないが……あ、お嬢様。まだ寝ていたほうがっ」

 アラーナは「平気よ」と言い、上半身を起こし、改めてテレンスを見詰めた。

「お願い。どうか、真実を教えて?」

「……わかり、ました」



「先ほどもサムが言っていた通り、アラーナお嬢様の呼吸は止まっていても、心臓は動いていたんです。親なら、娘の死をそんなに簡単には受け入れられないはずですから……必死に、生きている可能性を探るかと思っていたのですが……」

「こいつは、たとえどんな罰を受けようとも、あんたを死なせたくなかったし……まあ、微かな希望も抱いてたわけだな。その可能性は低いにしても、流石に娘の遺体は教会へと持っていくはずだから、そのときは、オレたちが馬車を襲い、仮死状態のお嬢さんを盗む手はずだった──が」

 サムは一旦言葉を切り、テレンスを横目で見た。テレンスは沈黙していたが、止める気はないようだったので、サムは続けた。

「お嬢さんの父親はあんたの遺書を破り捨て、あんたは忽然と屋敷から姿を消したことにすると宣言した。そして、テレンスがあんたの遺体をどこか遠くに捨ててくるという提案をあっさりとのんだってわけ。お嬢さんとテレンスが乗った馬車を追ってくる奴もいなかったおかげですんなり事が運び、あんたたちは現在、ここにいるってわけ」

 ざっくり説明すると、こんな感じかな。サムは肩を竦めながら、アラーナを見た。アラーナは、やはりショックだったのか、目を見張っていたものの、すぐに薄く、小さく笑った。


「……そう。わたし、本当に愛されていなかったのね。わかっているつもりだったけど、ここまでとは思っていなかったわ。わたしも、まだまだ甘いわね」

「お嬢様……」

「ありがとう、テレンス。サムさんも。わたしも、心のどこかでテレンスと同じように、少しはわたしの死を哀しんでくれるのではないかと微かな希望を抱いていたのかもしれない。でも、そんなものはなかった。それが思い知れて、良かった」


 哀しそうに、それでも確かに吹っ切れたように、アラーナは一つ、笑った。


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